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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編
4/46

004 闘争

 エフリールは自分でも信じ(がた)い速度で()け、拘束(こうそく)されたままの人狼(ウェアウルフ)を蹴りつけた。

 人狼(ウェアウルフ)の体は、エフリールより二回りは大きいにもかかわらず軽々(かるがる)と吹き飛び、辺りの立木をいくつも()ぎ倒して、ようやく地面へと落ちた。

 凄まじい力だった。それこそ、怪物のような。

 だがエフリールは驚くよりも先に、グレースの怪我が気になって振り返った。


「だい、じょうぶ……それよりも、まだ……!」


 グレースは、エフリールの異様な力に驚きもせず、首を振って忠告する。

 見れば、人狼(ウェアウルフ)はまるで(こた)えた様子もなく、拘束を解いて立ち上がってくる。頑丈さは見かけ通りらしい。


(何か、武器は……)


 人狼(ウェアウルフ)を警戒しながら視線を巡らすと、グレースの投げた剪刀(せんとう)が二本、地面に刺さっている。

 エフリールは咄嗟(とっさ)にその一本を拾い、迎撃する準備を整える。


「グアアアアアアアッ!」


 咆哮(ほうこう)を上げ、人狼(ウェアウルフ)が飛び出してくる。

 その速度はエフリールの予想よりも素早く、反応が遅れる。

 しかし人狼(ウェアウルフ)は直前でがくんと膝を突き、止まった。

 (つる)が片足に絡みついている。グレースの援護だ。地面に刺さったままのもう一本の剪刀から花を操ったのだ。

 逆に好機となった瞬間、エフリールは全力で攻撃を加えた。

 ちょうど位置の低くなった怪物の胸へ剪刀を突き立てる――が、手応えが妙だ。

 食い止まっている。通じていない。分厚(ぶあつ)い筋肉の壁を前に、剪刀がもろくもひしゃげた。

 はっとしたときには、遅かった。

 怪物の爪が振るわれ、今度はエフリールが、横へと吹き飛ばされた。

 盛大に地面を転がり、茂みの手前で停止する。


「っ、うっ……」


 なんとか手を突いて身を起こそうとすると、激烈な痛みが走った。

 脇腹(わきばら)が無残に切り裂かれている。血に()れた肉の向こうに、骨まで垣間(かいま)見えた。


「――ル様!」


 遠くからグレースの叫ぶ声が響く。

 痛みで朦朧(もうろう)としているエフリールの耳には、はっきりと届かない。

 このままでは二人ともやられるだけだ。

 何か、何か手段はないか。普通の武器では足りない。

 もっと鋭く、相手を貫けるもの、辺りの鉄柵や、槍のように(とが)った、怪物の命を奪うもの――


(……あるじゃないか)


 エフリールは躊躇(ためら)いもなく、己の傷口へ手を突っ込んだ。

 肉を分け入り、その先の骨まで指を届かせる。

 握り締めた肋骨(ろっこつ)を、自ら折って外へと取り出した。


「……〈(パイル)〉」


 自然、呟きが漏れた。あらかじめ知っていたかのように、自身を変成する、力ある言葉を(とな)える。

 握っていた骨が形を変える。手を少しはみ出す程度でしかなかった大きさの骨が、(またた)く間に槍のように長く鋭く変貌(へんぼう)する。

 ()をつかむ手から血が伝い、じわりと白を染め上げ、美しさと狂気を(はら)んだ武器が出来上がった。

 エフリールは骨の槍を支えに立ち上がる。

 怪物の動きがおかしなことになっていた。


「グオオ、オォッ……」


 こちらを凝視(ぎょうし)したまま、どこか恐怖したように震えている。

 何かに(おび)えている?

 だが今のエフリールに、その疑問を解消する(いとま)はなかった。

 分からないことは考えない。

 必要なのは、自分の命を守るため、そして身を(てい)して助けてくれたグレースを守るために、怪物を倒すことだけだった。

 後退(あとずさ)る怪物へ、躊躇(ちゅうちょ)なく突進する。

 突き出した槍は、(あやま)たず怪物の左胸を穿(うが)ち、その強靭(きょうじん)な肉体を(つらぬ)いた。


 咆哮(ほうこう)が重なる。怪物のものと、自分のもの。

 怯え逃れようとする断末魔と、(たけ)()ぜる果断な叫びが(とどろ)く。

 やがて怪物の声がか細く途切れ、ぐらりと地面へ倒れ伏す。

 起き上がってくる気配はない。どころか、怪物の体は形を保てず、日を()びた吸血鬼の(ごと)く、ぼろぼろと灰になっていく。

 気付けば、怪物だったものの姿はどこにもなく、後には砂のように崩れ去った残骸だけが残った。


(……倒した……?)


 実感が湧かない。なおも灰の中から再生し、立ち上がってくるのではないか――

 だが懸念(けねん)を確かめるより先に、エフリールの体に限界が来た。

 ぐらりと世界が(かたむ)く。意識が(まろ)び、地面へくずおれる。

 グレースが何度も自分を呼ぶのを遠くに聞きながら、エフリールは気を失った。

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