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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編
3/46

003 衝動

「【人狼(ウェアウルフ)】……! こんな場所にまで!」


 変貌(へんぼう)した怪物に気を取られていると、グレースがエフリールをかばうように前に立ち、身構える。

 彼女の指の間には、どこから取り出したのか、花を剪定(せんてい)するための小刀が数本握られている。


「ガアアアアアアッ!」


 人狼(ウェアウルフ)が凄まじい速度で突っ込んでくる。

 グレースは反応して小刀を投擲(とうてき)するが、目標を見誤って地面へ突き刺さる。

 (いな)、見誤ったのではない。


「ガッ!?」


 人狼(ウェアウルフ)の動きが止まる。

 突き立った剪刀(せんとう)から(つる)のようなものが伸び、足に(から)みついている。

 蔓はさらに人狼(ウェアウルフ)の全身へと巻き付き、やがて花を咲かせる。

 見覚えがあった。エフリールが起きた洋館に咲いていた花。あれと同じものだった。


「グウウウアアアァァァ……!」


 締め付けが強くなり、同時に人狼(ウェアウルフ)が脱力していく。

 グレースは花を操りながら、とどめを刺そうと剪刀を構える。


 一方でエフリールは、怪物から目を離せずにいた。

 胸の奥がざわつく。心臓が早鐘(はやがね)のように鳴っている。

 視界がちらつき、赤く染まる。何かが呼んでいる。

 それは遠吠えとなり、あるいは深い(よど)みの底から()い出るような(うな)りと化し、エフリールの心を()き立てる。


「っ、かはっ……!? あぐっ……」


()――エフリール様!?」


 胸を押さえるエフリールに気付き、グレースが振り返る。

 生まれたほんのわずかな(すき)、エフリールの異常に呼応するかの(ごと)く、人狼(ウェアウルフ)の気配が強まる。

 人狼(ウェアウルフ)(いまし)めを引きちぎった。そしてエフリールに向けて襲い掛かる。

 避ける間もなく吹き飛ばされる。

 風景が幾度も回転し、やがて速度を落として止まった。

 腕や足が(こす)れ、息が詰まる。

 だがそれらの痛みよりもはっきりと伝わってきたのは、()し掛かる誰かの重みと、鮮烈な血の匂いだった。

 ぬるり、と手に感触が走る。


「ご、無事、ですか……」


 苦しげな様子でグレースがこちらを見下(みお)ろしていた。

 エフリールは、彼女が自分をかばったことに気が付く。

 傷は、見るまでもない。グレースの背中は大きく怪物の爪によって引き裂かれていた。血の匂いに混じって、弱々しい花の香りが届く。

 驚いている間にも、グレースは立ち上がり、再び構える。

 あふれる血が、ぼたぼたと地面に(したた)る。


「屋敷まで、お逃げ下さい。あそこならば怪物どもは入って来られません」


 肩で息するグレースは、離れた位置にいる人狼(ウェアウルフ)屹然(きつぜん)(にら)む。


「で、も」


 エフリールは手についた血と、彼女の傷とを交互に見る。どう考えても瀕死の重傷だ。

 地面には爪で(えぐ)れた跡が残っており、怪物の膂力(りょりょく)の凄まじさが察せられた。

 このままひとりで逃げる? 彼女を置いて? 本当にそれでいいのだろうか?


「大丈夫……私は死にはしません。貴方が夢から生きて帰るまで、決して」


 グレースが微笑む。痛みを押し殺してまで安心させようとするその姿は、悲壮にすら映った。

 人狼(ウェアウルフ)(せま)る。グレースは短刀を、今度は二本投げる。

 数の増した花の蔓が人狼(ウェアウルフ)の体を捕縛する。

 だが怪我の影響か、蔓を重ねてもなお拘束(こうそく)人狼(ウェアウルフ)の力と拮抗(きっこう)している。

 グレースは、より強く花の操作に集中するが、その度に背中から血を流す。

 このまま長引けば、怪物より先に彼女が力尽きてしまうのは、火を見るより明らかだった。


 どうしたら、いいのか。

 分からない。何も分からない。

 あの怪物が一体何なのかも。

 グレースの奇妙な能力も。

 彼女が自分を守ろうとする理由も。

 何もかもが分からない。どうすればいいのかなど、少しも。


(――()()()()


 不意に、何も浮かび上がらない記憶の海面から、その思考が飛び出した。


(分からないことは、余計なことは、考えるな)


 胸を掻きむしるような焦燥(しょうそう)が、沈んでいく。

 動揺でぼやけていた視界が、鮮明になる。

 鼓動は強く響き、手足に熱を伝わせる。

 ここがどこで、自分が何者であるか。

 取り戻さなければいけないものとは何なのか。

 悪夢とは、狼獄とは、鍵とは、自分自身とは――それら一切が今は関係ない。

 ただ自分を守ってくれたグレースを守るため、エフリールは立ち上がった。

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