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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
18/46

017 残る意志

 グレースが書庫の入り口脇に取り残されてからしばらく後、カイルが本を片手に一人戻ってきた。

 エフリールの姿はない。奥にいるままのようだ。


「どうかされましたか?」


「どうもこうもない。ロクなことしないな、あいつは」


 カイルは帽子をかぶり直して、(あき)れた表情を作る。


「内容が分からないからっていちいち聞いてくる。それはまだいい。まあその質問も基本的な単語すら知らないっていう幼稚(ようち)じゃ済まないレベルだが。その上、本の山崩すわ、内容より挿絵(さしえ)に夢中になるわ、余計な手間ばっか増やしやがる。どうなってるんだ」


「……ど、どうもすみません」


 愚痴(ぐち)られた内容は、グレースにとっておおよそ予想してしかるべきものだった。

 主人に代わり、頭を下げる。


「別にお前に謝らせようと思ってきたわけじゃない。……おい、()メイド。あいつは本当に記憶喪失か?」


 グレースはぎくりとする。

 カイルは声を(ひそ)めていた。

 エフリールには聞かせられない話だからだ。


「……あいつの記憶喪失はおかしい。普通、自分のことを思い出せないなら、もっと(あわ)てふためくもんだ。なのに、この異常な悪夢のことを受け入れているし、何より過去を知っているはずのお前に対して一向(いっこう)に食い付かない。まるでわざと()けているみたいにな」


 カイルは、知り合ってたかだか一時間程度しか経っていない相手の違和感に、もう気付いていた。


「それは……彼が(かぎ)であり、記憶がなくともこの悪夢のことを本能で知っているからでしょう」


 グレースは(ひざ)の上で両手を固く握り締め、言った。


「ふん……質問を変えようか。何故あいつに過去を話さない? お前は知っているんだろう? あいつを鍵とやらと(だん)じるほどだ。とっとと教え込んで、事態(じたい)の解決を早めりゃいいじゃないか」


「……それは出来ません。あの方に悪影響を(およ)ぼす危険があるからです。いずれ取り戻す記憶だとしても、今教えるべきではないと考えています。もしほんのわずかでもエフリール様を守るものが崩れたら、その瞬間に彼を狙う者が見つけに来てしまうかもしれない」


 今いるのが、現実の世界ならばグレースも悩みはしない。

 だがここは悪夢の中なのだ。

 いつ、()()()がエフリールの存在に気付くか分からない。

 事情を知らないカイルが、苛立(いらだ)たしげに舌打ちする。


「あのな、分かっているのか? お前がもうついて来られないってことは、話す機会は二度とないかもしれないんだぞ?」


「知っています。……でもいいのです。私の役割は、もう終わっているのですから。いいえ、終わったものを無理矢理に動かし続けているだけ。ですからもう、同じことなのです。何も残せないのも、(そば)にいられなくなるのも」


 カイルが目を(みは)る。

 真相がどうあれ、彼にも伝わったことだろう。

 グレースという少女の現実の命はとうに尽きている。

 ここが悪夢の中であるからこそ、意識だけはまだ(たも)っている。

 そして、もし悪夢が終わればどうなるか。その先は言うまでもない。


「ですから、カイル・ノート。どうか私に代わってエフリール様を」


「……くだらない。役目が終わっただと? ふざけているにも程がある」


 グレースはぎょっとした。

 カイルは怒っていた。それも、異形との戦いの時に見せていたような敵意や殺意ではなく、もっと根本的な怒りだった。


「いいか。()()()()()()()()()()()()()()()。例えこの先ついて行けなかろうが、何の力にもなれなかろうが、くたばっていようが、お前の意志はまだなくなってない。本当に終わった時っていうのはな、自分の残した(あかし)が、世界から全部失われて、初めてそう言うんだ」


 静かに、しかし()え立つように荒々(あらあら)しくカイルは言った。

 何が彼の怒りに触れたのか、グレースには分からない。

 ただ、カイルの(かか)える事情と深く関わりのある言葉を、知らずに口にしたのだということだけは分かった。


「あいつを少しでも心配してるんなら、もう終わった、なんてことは二度と口にするな。でなけりゃ、俺もあいつと一緒に行くのはやめるぞ」


「……分かり、ました」


 グレースは目を伏せ、頷く。

 確かにこの身も意識もまだ失われてはいない。

 例え現実の自分がどうあれ――(いな)、現実の自分がエフリールを守りたいと思ったから今ここにいるのだ。

 この先何も出来ることがなくとも、自分は(あるじ)のために祈り続けなければならない。悪夢を終わらせることを願って。

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