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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
17/46

016 知の在り処

「それじゃあ、とっとと行こう。あまり同じ場所にいると、腹を()かせたワン(こう)(ども)がやってくる」


 教会の出口を指差し、カイルが(うなが)す。

 エフリールは(うなず)き、グレースに支えられて立ち上がる。

 つと、右目がうずいた。

 エフリールは何かに引っ張られるように、教会の祭壇(さいだん)を振り返った。


「エフリール様? どうされました?」


「……階段がある」


 ぼやけてうまく(とら)えられないが、右目の視界にだけ、祭壇奥の空間が見える。

 視覚だけでなく、嗅覚(きゅうかく)にも何か(うった)えかけてくる感触(かんしょく)がある。

 水路とはまた違う、湿(しめ)()をわずかに(ふく)んだ、(かび)のような匂いだ。

 足は既に祭壇の方へ向かっていた。

 雄山羊(おやぎ)との戦いの(さい)、エフリールが叩きつけられたため、所々(ところどころ)にひびが入っている。

 エフリールは割れ目を広げようとするが、今は消耗のせいで〈(パイル)〉を出せない。

 仕方なく素手で触れると、どこかに魔術の核でもあったのか、ひとりでに壁が崩れ、上へ向かう階段が現れた。


「……隠し部屋、ですか。何があるのやら」


「行ってみよう。カイルもいい?」


 エフリールが聞くと、カイルは動揺しながら頷いた。


「……なあ、坊主。エフリールって言ったか。お前、本当に何者なんだ?」


 カイルの目に、威圧するような雰囲気はない。

 戸惑(とまど)いと、むしろどうにかして探り、見定めようという意志がうかがえた。


「僕もそれを探している途中なんだ」


「……そうだったな。だったらせっかくだ。手掛かりが転がってることを期待しとこう」


 カイルの言葉にエフリールは同意して、階段を下りていく。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 階段は途中から、ねじれたような(いびつ)な経路を辿(たど)り、やがてエフリールたちを広い書庫へと導いた。

 (ただよ)ってきた黴臭さは、ここが原因だったらしい。

 中へ入りながら、見渡す限りの書棚と本の山に、三人は圧倒される。

 一番後ろにいたカイルが真っ先に声を上げた。


「なるほど、こいつはすごい。ただの本の山じゃない。本来はご禁制(きんせい)代物(しろもの)が、端から端まで埋まってやがる」


「禁制? 何の本だというんです?」


「決まってるだろ。魔術書だ」


 カイルは辺りの本を次から次へ手に取って適当にページをめくると、上機嫌に口笛を吹かした。


「人格と肉体の変性、死者蘇生(そせい)に異界を渡る魔術、(ふる)き神の名を集めた添書(てんしょ)、無意識領域を(つな)げる秘儀、天体の配列と人間の魂の構造の照合……これだけでひと財産だな」


「そのようなものが……もしかして、この悪夢に(もち)いられた魔術も、その中に?」


「そりゃ入っているだろうな。破る(すべ)まであるかは分からんが。調べてみる価値はありそうだ」


「なら手分けして……あ」


 グレースが急にふらつき、膝を突く。


「グレース、どうしたの?」


「おい、大丈夫か」


 エフリールが(そば)にしゃがみ込む。カイルも驚いて呼びかける。

 息苦しそうに(あえ)ぐグレースの体は、どこかぼんやりと()け、消えかかっている。

 彼女が語っていた、ついて来られる距離の限界に間違いなかった。

 半ば呆れたようにカイルが言った。


「お前、そんな状態でここまで来たのか?」


「……だとしたら何だというのです? それが主人に(とも)しない言い訳になりますか?」


 硬い声で返すグレースに、カイルは大きく首を振った。


「やれやれ。参るね、どうも。とにかく邪魔だから休んでおけ」


「いえ、私は」


「グレース、無理はしちゃダメだよ。ほら、座って」


 エフリールは手近な椅子を見つけてきて、ほこりを払う。


「……分かりました」


 グレースは観念した様子で、(すす)められた椅子へ腰掛けた。


「よし、じゃあ調べるか。……と言ってもこの量だ。おまけに読める字で載ってるとも限らんだろうし、分かる物だけ片っ端から行くぞ」


「うん、分かった」


 エフリールとカイルは(おびただ)しい本の山に取りかかり始めた。

2020/08/29 カイルの口調を若干修正

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