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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
16/46

015 共に立つ

「悪夢を終わらせる? ……はっ。こいつはとんだホラ吹きだ」


 カイルが小馬鹿にしたように(つぶや)く。

 またぞろグレースが噴火(ふんか)しかけるが、その前にエフリールは言った。


(うそ)じゃないよ。そのために頑張ってるんだもの」


 エフリールはじっとカイルを見ながら、ここまでの出来事を伝える。

 (のぞ)き込むようなエフリールの赤い(ひとみ)に、カイルは時々どこか居心地(いごこち)が悪そうに顔を()らすものの、耳を(かたむ)ける。


「ふ、ん。記憶喪失ね……だとしたらやはり信用できんな。それにお前、そう簡単にそのメイドの言うことを聞いていいのか? (だま)そうとしているのかもしれんぞ」


 カイルに指摘されたエフリールはびっくりして、反射的に背後のグレースを見やる。


「私は決してそのようなことはしておりません。カイル・ノート。底意地の悪い真似は()しなさい。根拠のない疑心(ぎしん)を植え付けようとしても無駄ですよ」


 不快感を隠さずにグレースはカイルを(にら)み付ける。

 エフリールも本気で疑ったりはしていない。それはそれとして、先のぶつかり合いといい、グレースがこうも怒りを()き出しにする(さま)には驚きを(いだ)いていた。


「自分の性格の悪さを棚に上げて、よくもまあ人を非難できるな。だいたいお前、この間助けてやった時の恩もまだ返していないだろう」


「あんなものは助けられた内に入りません。たまたま私が異形を追い払っている所に、あなたが余計な手出しをしに来ただけのことです。どうせ小銭(こぜに)目当てでうろついていただけなのでしょう」


 どうやら二人が知り合ったのは、異形に襲われていたグレースを見かねてカイルが手を貸した、ということらしかった。

 愛想(あいそ)のないグレースの態度に、カイルは(たま)らず、がなり立てる。


「かーっ! 厚かましいにも程があるだろうが、この()メイド!」


「だっ、誰が駄メイドですか! この野蛮人(やばんじん)!」


「グレース、助けてもらったってホント?」


 再び喧嘩腰(けんかごし)になる二人を(さえぎ)り、エフリールは(たず)ねた。


「え、ええ……ですがその、あれは別に」


「じゃあ、お礼言わなくちゃ」


 至極(しごく)当たり前のことを口にすると、グレースはぐっと()まった。

 しばし嫌悪感(けんおかん)たっぷりにカイルを見ていたものの、主人への忠誠心の方が(まさ)ったのか、固い動きで頭を下げた。


「どうも、ありがとう、ございました……」


 言葉の合間合間(あいまあいま)に歯ぎしりが挟まってはいたが、グレースは素直に礼を述べた。


「お、おう……本当に主人なのか」


 カイルも本気で礼を言われるとは思っていなかったのか、呆気(あっけ)に取られて呟いていた。

 エフリールは、二人のやり取りを見届けたところで、改めて口を開く。


「ねえ、カイル。お願いがあるんだけど」


「あん? お願いだと?」


「一緒に街の奥へ行ってくれない?」


「……何?」


「っ、エフリール様――」


 割り込もうとするグレースを目で制し、エフリールはカイルへ告げる。


「グレースはもうすぐついて来られなくなる。それでももちろん、街の奥を目指すつもりだけど、僕ひとりだと辿(たど)り着けないかもしれない。カイルが一緒なら、きっとうまくいくと思うんだ」


 それは自然と出た言葉だった。

 カイルが(あき)れと警戒を半々に混ぜた目線を返す。


「俺の腕を見込んで、ってのは理解できるが……正気か? いや、素面(しらふ)で言っているんならもっと(たち)が悪い。取引にすらなってない」


「取引?」


「ああ、そうだ。お前と一緒に組んだって、こっちには何のメリットもない。それどころか、お前らはたった今、この場で、俺に助けられているんだぞ。その対価も払っていない。それでどうやって頼みを聞かせようっていうんだ?」


 カイルの言うことはもっともだ。あのまま二人だけで戦いが続いていたら、勝ち目はなかっただろう。


「対価って、何を渡せばいいの?」


「金だよ、金。他にあるか。最低限、それも出せないのに、人にお願いなんざ出来る立場だと思うなよ」


 エフリールは困惑する。もちろん金品の(たぐい)など持っていない。

 確認するようにグレースの方を振り向くが、彼女も首を振る。どうやら虚空(こくう)のポケットにも収まっていないらしい。


「なら、話は終わりだ。じゃあな」


「待って!」


 エフリールは追いすがり、コートの(すそ)をつかむ。


「あっ、おい、(はな)せ!」


「ねえ、お願いだよ。どうしても僕は、この悪夢を終わらせなきゃいけないんだ。だから誰か――ううん、()()()()()()()()()()()()()。僕と一緒に来てよ」


 根拠があるわけではない。エフリールはただ衝動と客気(かっき)によって発言をしているに過ぎない。

 それでも、見ず知らずの自分たちを救ってくれた彼は、信用できると感じていた。


「ふざけるな! 何で俺がそんなことしなきゃならん! メイドでもベビーシッターでもないんだぞ! この、放せと言ってるだろうが!」


 カイルはコートを取り返そうと引っ張るが、必死にエフリールが握り締めるせいで上手くいかない。

 主人が(たの)()る姿を唖然(あぜん)となって見守っていたグレースだが、意を決したように自身も追従(ついじゅう)する。


「……カイル・ノート」


「ああ!? お前もか、駄メイド!?」


 グレースは罵声(ばせい)に対し、今度は怒りを表さなかった。それどころか、膝を折って、床に()いつくばらんばかりに頭を下げ、懇願(こんがん)する。


「お願いします。厚かましいのも、貴方の恩に(むく)いることの出来ない恥ずべき不明(ふめい)であることも、重々承知しております。その上で、あなたの慈悲(じひ)にすがらせてください。申し上げた通り、私には最後までエフリール様に()()い、その行く先を見届けることが許されていないのです。ですからどうか、私の代わりに(あるじ)を守っていただけませんか。願いを聞いていただけるのなら、私自身をどのようにしてくださっても構いませんから、どうか……どうか」


 文字通り、身を投げ出すような(せつ)なる(うった)えだった。

 (かたわ)らで聞いていたエフリールは、コートから手を離し、自分もグレースと同じような姿勢になって頼み込む。


「お願いします……!」


 カイルは自由になったものの、動くことも出来ず、ただばつが悪そうに二人を(なが)める。


「……ええい、やめろやめろ! 辛気臭(しんきくさ)い!」


 カイルの怒声(どせい)に、それでもしばらく頭を下げていた二人だったが、()し目がちに顔を上げた。


「クソっ、来るんじゃなかった……とんだ貧乏(びんぼう)くじだ……!」


 カイルは苛立(いらだ)たしげに床を踏み鳴らし、二人を見据(みす)える。


「分かったよ! ついてってやるよ! 一緒に行けばいいんだろ!?」


 やけっぱちなカイルの返答に驚いた二人は、ぽかんと口を開け、ほどなくして、はっと顔を見合わせ、感謝の笑みをこぼした。


「どうもありがとう、カイル」


「感謝致します」


「礼なんざいるか……! ちっ、いいか! 足手まといになるなら置いていくからな!」


「うん、気を付けるよ」


 指差して(しか)りつけるカイルに、エフリールは大きく(うなず)いた。

2020/08/29 カイルの口調を若干修正

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