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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
15/46

014 風使いの狩人

 男が荒れた教会内を(あゆ)むと、グレースが叫んだ。


「カイル・ノート! 何故ここに!?」


愚問(ぐもん)だな。【狩人(ハンター)】が異形を狩りに来て何がおかしい」


 顔見知りなのか、男――カイルはグレースの呼びかけに淡々(たんたん)(こた)える。


「私が言っているのはそういうことではなく」


「相変わらずいちいち鬱陶(うっとう)しいメイドだな。邪魔だ」


 グレースをあしらうと、カイルは片手を掲げ、そこに気流を生む。

 先の(すさ)まじい刃風(じんぷう)を見た時点で、エフリールには彼が魔術師だということが分かる。それも、とてつもない強さの。


 カイルの実力を感じ取ったのは、エフリールだけではない。雄山羊(おやぎ)はこれまでの何倍にも()する邪悪な気配を噴出(ふんしゅつ)すると、黒血(こっけつ)の海から数十もの異形を生み出し、残る右手に豪壮(ごうそう)戦斧(せんぷ)を作り出した。


「しゃらくさい」


 カイルの手から、風が(はじ)けた。

 旋風(せんぷう)侵略(しんりゃく)峻烈(しゅんれつ)だった。群れのように(つど)った異形の配下を一瞬で全て()ぎ倒し、戦斧の盾をかいくぐって雄山羊の胴まで両断した。


 どしゃりと音を立てて、雄山羊の上半身がエフリールの(そば)へ落ちた。粘液(ねんえき)()みた黒い血が(あふ)れる。


 雄山羊が、最後の足掻(あが)きでエフリールを振り返り、右腕を伸ばす。(にご)った赤い目が、敵意と殺意を持ってエフリールの(ひとみ)(まじ)わる。


『――何故私を! ……どういうことなのですか、旦那(だんな)(さま)! ……ール坊ちゃんは――』


 空洞(くうどう)から声がする。エフリールは、思わず手を伸ばしかけた。

 雄山羊は、エフリールが()れる前に追撃の疾風(しっぷう)によって千々(ちぢ)に切り裂かれた。


 残骸(ざんがい)が散らばる。伸ばしかけた手の上に、片目だけが転がった。形を失った雄山羊の体は、全て黒い()みとなって溶けていく。

 唯一(ゆいいつ)、エフリールの手に残った目玉だけが、白い灰となって(くず)れていった。


 幻想の光景がよぎる。緑輝く屋敷の庭、広大な裾野が遠くに見え、自分はその風景を絵に描いている。誰かと共に。


 幻影が消える。動悸(どうき)(おさ)まり、記憶の海もさざめくことなく静まる。

 エフリールの中に残ったのは、街の奥へ呼び寄せられるような感覚が少し増したという点だけだった。


「とんだ小物(こもの)だったな。これじゃあ駄賃(だちん)にもならん。……それで」


 カイルが怜悧(れいり)な表情でエフリールを見据(みす)える。


()()()()()?」


 エフリールは、ぎくりとなった。

 こちらを見るカイルの目は、明らかに異形へ向けるそれと同じ敵意が(ふく)まれていた。


「カイル・ノート!」


 グレースがカイルへ向けて(つる)を展開し、エフリールをかばうように立ちはだかる。


「おいおい、何の真似(まね)だ?」


「それはこちらの台詞(せりふ)です。助けていただいたことには感謝しますが、私の(あるじ)に何の用です?」


(あるじ)だと? そいつが? 正気か?」


 カイルはますます胡乱(うろん)な目線をエフリールへ向ける。


「こいつがお前の待っていたという例の鍵だと? (たち)の悪い冗談にもほどがある」


侮辱(ぶじょく)は許しませんよ」


「はっ! 今のが一体何の侮辱になるって? こいつは人間か、それとも()(もの)か――」


「私の(あるじ)は人間だ! ふざけたことを抜かすな!」


 沸点(ふってん)を超えたグレースが、カイルを捕らえようと蔓を一挙に伸ばす。

 カイルは鼻を鳴らしながら後方に大きく跳躍(ちょうやく)、風で蔓を切り裂く。


分別(ふんべつ)のつかない女だ。まるで可愛げがない」


「貴方に何を思われようがどうでもいいことです」


「そうかい、そりゃ結構。で、まさか本気でやるつもりか? お前のそのチンケな能力ひとつじゃ、どう足掻いても勝ち目はないぞ」


 しかしグレースは忠告を無視して剪刀(せんとう)を左右へ投擲(とうてき)、正面と合わせて三方(さんぽう)から蔓で(から)め取ろうとする。


「っ、この、馬鹿がっ!」


 カイルが風を呼び、(かこ)いを断ち切る。同時に突風がグレースを打ち据えた。

 怪物相手とは異なり、威力は手加減されていたが、それでも吹き飛びかけ、グレースは苦悶(くもん)(うめ)く。


「くぅっ……!」


 実力差は明らかだった。だがグレースは、なおも無謀(むぼう)な反撃をする。

 苛立(いらだ)った様子でカイルが叫び、烈風を放つ。


「いい加減大人しくしろっ!」


 グレースに逃れる(すべ)はない。エフリールは咄嗟(とっさ)に、グレースの前へ出て盾となった。

 考えがあってのことではない。ただ二人を止めようと思って行動しただけだ。


 (むち)のようにしなる風圧がエフリールを打擲(ちょうちゃく)した。勢いのまま、背後のグレースを巻き込んで、二人とも倒れた。まるで意味を()さないかばい方だった。


「くっ……エフリール様!? しっかり!」


 先に持ち直したグレースがエフリールの肩を抱き、()する。

 エフリールは朦朧(もうろう)としながら、グレースの無事を確かめる。


「……グレース、大丈夫?」


「はい、私は何ともありません。ありがとうございます……ですが、今のはいくらなんでも無茶です!」


 心配そうにしたり、感謝したり、怒ったりと、忙しく顔色を変えるグレースに対して、エフリールはぼんやりと返事をする。


「そうかな。痛いだけだから、平気だよ」


 雄山羊に()わされた傷は()えていないため、それは(なか)ば強がりでもあるのだが、いずれにせよエフリールは自身の状態について頓着(とんちゃく)しなかった。グレースが何とも言えない悲しげな表情になって顔を伏せた。


 押し黙るグレースに気を取られながら、エフリールは横目にカイルをうかがう。

 すると、カイルもやや呆然とした様子でエフリールを見ていた。


「……ちっ」


 やがて舌打ちし、かぶりを振ると、カイルはこちらへ近寄ってきた。

 グレースが再び警戒を(あら)わにする。

 エフリールは構わず無防備に起き上がり、話しかけた。


「僕はエフリール。この街の奥を目指してるんだけど、あなたは?」


「……怪物どもを狩っている。狩人(ハンター)の仕事でな」


 意外にもカイルはあっさりと会話に応じた。先ほどまで(みなぎ)っていた敵意が、若干(じゃっかん)(やわ)らいでいた。


狩人(ハンター)って?」


「異形を狩るのを生業(なりわい)にしている連中の総称さ。大半が魔術協会に所属していない異能者崩れだがな」


「あなたもそうなの?」


「いや、俺は魔術協会に雇われた(がわ)だ。この悪夢に巣食ってる怪物共を狩ってるのさ。もっとも、状況が好転しているとは言えんが」


 不満げにカイルは語る。続けて、鋭い目つきをエフリールへ向ける。


「それで、エフリールって言ったか。お前は何故、街の奥を目指している?」


 正体を探るような態度は変わっていないが、質問の内容は違っていた。

 エフリールはやや考え込みつつも、素直にもっとも重要な言葉を口にした。


「悪夢を終わらせるために」


 エフリールの大真面目な回答に、カイルはただ目を丸くしていた。

2020/08/29 カイルの口調を若干修正

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