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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
14/46

013 黒血の展覧会

 胸の鼓動(こどう)が激しい。呼吸がしづらい。視界が明滅していく。

 あの巨大な雄山羊(おやぎ)の異形を目にした途端、エフリールはこれまでにない変調に(とら)われた。

 雄山羊が、人間のように二本足で突進してくる。一挙に間合いを詰めると、前足を振り上げる。


「危ない!」


 エフリールの危機に、グレースが(つる)で引っ張り、自身も跳躍(ちょうやく)しながら回避する。

 目標を失って叩きつけられた前足は、元々ひびの入っていた床を完全に砕いて散らした。凄まじい威力だ。まともに受ければ、人間の体など木端微塵(こっぱみじん)になる。


「……大丈夫ですか? 戦えますか?」


 着地したグレースが、(となり)(ひざ)をつくエフリールに声をかけた。


「……やってみる」


 平気、とは返さなかった。じっとりと汗を浮かべながら、エフリールは〈(パイル)〉を形成する。

 (あるじ)の姿を心配そうにうかがいながらも、あくまで戦う決意を尊重し、グレースも構える。

 雄山羊が動く。野太い咆哮(ほうこう)と共に両前足をその場に叩きつける。すると衝撃が波となって床を(えぐ)り、二人に(せま)った。

 エフリールたちは左右に散って攻撃をかわすと、(はさ)み込むように接近する。

 グレースが先んじて蔓を伸ばす。雄山羊の右腕と右足を抑え込み、更にもう半身へも蔓を伸ばそうとする。

 雄山羊は前足を振り回して蔓をちぎる。しかしその間にエフリールが(ふところ)まで(もぐ)り込んだ。


「はあっ!」


 心臓狙いの一撃は、()しくも左腕に防がれる。厄介(やっかい)なことに〈(パイル)〉が深く突き刺さって抜けなくなった。

 反撃が来るのを見越して、エフリールはすぐさま後方へ離脱する。

 ダメージが大きかったのか、雄山羊の攻撃はなく、(つらぬ)かれた腕からぼたぼたと黒い血を流しながら(うな)っている。

 エフリールは次の〈(パイル)〉を生み出しにかかるが、ここまでの道のりで蓄積(ちくせき)した疲労、()()けずの生成、何よりあの異形を目にしてから起きる変調のせいで、スムーズにいかない。

 雄山羊はグレースの拘束(こうそく)から抜け出すと、床に()れた自身の血から、何かを描き出す。

 突き出した口に生える禍々(まがまが)しい牙、黒い体毛に(おお)われた強靭(きょうじん)四肢(しし)とそこから伸びる鋭い爪、鳴り響くけたたましい遠吠(とおぼ)え。見る見るうちに、血の絵の具から人狼(ウェアウルフ)が生み出された。


「こいつ、手下を……!?」


 グレースから動揺の声が上がった。

 雄山羊の描き出しは止まらない。更に二匹、三匹と、これまで見た別の異形も生んでいく。

 エフリールはその光景を見ながら、別の風景が頭の中に流れ込んでくるのを感じた。


『――坊ちゃん、絵は――好きな物を、もっと――』


 これは、誰の声だ。

 心臓が早鐘(はやがね)のように脈打っている。息も吸えず、ただただ目の前が真っ赤に染まる。


「あああああっ……!?」


 脳が沸騰(ふっとう)しそうだった。覚えのない思い出が、記憶の底からせり出そうとしている。


「エフリール様! くっ、邪魔をするな!」


 増えていく異形たちを前に、グレースは(あるじ)へ近づくことを許されない。

 十分な壁を作り上げたところで、雄山羊がエフリールへ差し迫る。

 豪脚(ごうきゃく)が振るわれる。エフリールに()ける(すべ)はない。全身がバラバラになりそうな衝撃を受けて、祭壇(さいだん)まで叩きつけられる。


「……ごほっ!」


 生きているのも、意識があるのも、不思議なくらいだった。

 血反吐(ちへど)()き散らす。エフリールは痛みで返って呼吸を取り戻した。手足が(しび)れる中、〈(パイル)〉を再形成しにかかる。


「っ!?」


 頭痛が走り、ぐにゃりと風景が(ゆが)んだ。意識が遠のきそうになる。

 今のダメージのせいで、余力が体の再生へと(そそ)がれている。〈(パイル)〉を形成できない。

 慌てて力を込めるのを()める。ここで意識を失えば死は確実だ。


(けど、どうすればいい?)


 雄山羊の追撃が走る。エフリールは身体ごと投げ出して()けた。

 床にもんどりうって転がりながら、呼吸を(ととの)えようとする。それを邪魔するように、記憶が(むしば)んでくる。

 グレースは食い止められたままで、エフリールは戦えない。状況は最悪だった。

 何か手はないのか。エフリールは弾け飛びそうな意識の中、必死に考えを(めぐ)らす。〈(パイル)〉の時のように、ヒントになるものがないか目を()らし。

 しかし無情にも雄山羊がエフリールの元へ追いつき、(とど)めの一撃を構える。


 瞬間、風が吹き荒れた。

 教会の扉が豪快な音とともに開き、一陣の疾風(しっぷう)()け抜ける。

 風はグレースの前に立ちはだかっていた異形たちをずたずたに切り(きざ)み、更に雄山羊の元まで伸びる。

 雄山羊は跳躍して風を()けるが、エフリールが傷つけた左腕だけが回避し切れずに巻き込まれ、切り裂かれた。黒い血液が、床にぶち撒けられる。

 雄山羊と一直線にいたエフリールは、自身も巻き込まれるかと身構えたが、直前で風は消失した。


「教会で異形共が晩餐(ばんさん)とは。えらく(にぎ)やかだな」


 皮肉気味な男の声が響く。

 エフリールが目線を向けると、壊れた扉をくぐってひとりの人物が教会へ足を踏み入れた。

 ブラウンのテンガロンハットとトレンチコートを身に付けた、痩身(そうしん)()り目の男だ。


「俺に信仰なんてものはないが、ちょうどいい。送り届けてやるから、(しゅ)に会って、説教されてこい」


 男はにこりともせず、片腕を飛ばした雄山羊を()めつけた。

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