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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
13/46

012 変革する力

 枯れた水路へ戻ってくる。以前と同じく、薄暗い通路に霧が充満している。

 エフリールは早速、ランプを掲げる。

 青い光に照らされると、見る見るうちに霧が引いていき、視界が確保された。


「これで進めますね」


「うん。……でもこれ、どっちが持っていよう?」


 もし水路内で怪物と出会った場合、ランプを持ったままとなると、少々戦うのは難しい。

 グレースがすっと剪刀(せんとう)を取り出し、(つる)()やす。蔓の先端で、器用にランプを握り、掲げる。


「便利だね」


「お()めに預かり光栄です」


「にしても、そのナイフって、どこから取り出しているの?」


「いえ、その。自分でも原理は分かっていないのですが、こう、見えないポケットがあるというか。そこから取り出しているのです」


「へえ。それってナイフだけ入ってるの?」


「いえ。布や針、なんなら茶器も運べます。椅子(いす)やテーブルまでは無理ですが」


「そうなんだ。……ひょっとして、それで明かりを持ってくれば良かったんじゃ?」


「あ」


 グレースが目を丸くする。


「も、申し訳ございません……失念していました」


「いいんじゃない? 結果的にあのおじさんを助けられたし、気にしなくて平気だよ」


「はい……で、では進みましょうか」


 気を取り直した様子で、グレースは先行して水路の中へ入っていく。エフリールも後に続く。

 青い光は思ったよりも通路をくっきりと映し出している。密性(みつせい)を高めた石材の(なめ)らかな姿が目に飛び込む。

 それでも、手入れがされていないせいか、まるで人の顔のような()みがあちこちに点在していた。


 水路は迷路のように入り組んでいた。度々(たびたび)、分かれ道が存在し、二人の(あゆ)みを迷わせた。

 グレースが目印に花弁を通路へ落としながら、少しづつ探索していく。

 時折、光に気付いた怪物たちが襲い掛かってくることもあった。人狼(ウェアウルフ)の他、蝙蝠(こうもり)や巨大な蝸牛(かたつむり)の姿もあった。

 水路内は戦闘に不自由しない程度の広さはあったが、どうにも似たような風景が続き、閉塞感(へいそくかん)(さいな)んでくる。

 迷路にうんざりしてきたエフリールは、つい妙なことを口走る。


「ここで水を流されたら、大変な目に()うね」


 グレースがぎょっとしてエフリールを振り返った。


滅多(めった)なことをおっしゃらないでください。本当にそうなってしまうかもしれませんよ」


 強い口調で言い含められ、エフリールの方がかえって驚く。


「大げさじゃない?」


「……エフリール様。貴方は先ほど、あの男性と、彼の妻と子供を、悪夢からお救いなさったでしょう」


 エフリールは目を(しばたた)かせる。自覚的に助けたかはともかく、結果的にはその通りだ。ゆっくりと頷いてみせる。


「貴方は、この悪夢の運命を変えることが出来るのです。貴方の行動そのものが、悪夢の中に強い影響を(およ)ぼしていく。ですから、お気を付けください。ふとした発言でさえ、あるいは貴方に(きば)()いてくるかもしれません」


 言われて、エフリールは自然と口元へ手をやり、あの家での男とのやり取りを思い返した。

 繰り返し見ていたという男の悪夢の連鎖(れんさ)を打ち破り、少年の魂と妻の死体を解放した。確かにそれは、運命が変じたと言っていい。

 (かぎ)であり中心である、とグレースに告げられた意味を、よりはっきりと理解する。

 加えて、街の入り口で諫言(かんげん)(てい)されたことや、記憶に関わることを少しずつしか教えてもらえない理由も察する。迂闊(うかつ)な言動を取らせないためだ。


「……もうひとつ、貴方にお伝えしなければならないことがあります。私は、最後までついていくことが出来ません」


「えっ?」


 予想もしていなかった話に、エフリールは呆然(ぼうぜん)となりかける。

 グレースはこの先も(とも)をしてくれるだろうと、勝手に思い込んでいた。


「私の存在は、貴方が最初に見たあの屋敷と、深く根付いてしまっています。遠くまで離れることが、(かな)わないのです」


 グレースは申し訳なさそうに振り返る。ランプの青い光が、哀切(あいせつ)()まった表情を一層引き立てる。


「……離れたらどうなるの?」


「消えるのでしょう。死ぬということです。逆を言えば、離れなければ私は自分を(たも)っていられるということでもありますが」


 グレースは、淡々と語り、前を向いて()を進める。

 聞くべきではなかったかもしれない。


「無論、死を恐れているからついていけない、というわけではありません。ですが、今の貴方は白紙の身のまま。悪夢を終わらせ、全てを取り戻した貴方が帰ってくるまで、私は消えたくない、消えるわけにはいかないのです」


 背中を向けたまま、グレースが固い声で告げた。

 エフリールは躊躇(ためら)いがちに(たず)ねた。


「……どこまでついて来られるの?」


「もう少し先までは、恐らく()つでしょう。そこからは、私の助けが届くことはありません」


 つまりは、水路を抜けるか、その途中の辺りで別れるということになる。

 その後は、ひとりで街の奥へ向かわねばならない。

 エフリールは、急に不安に()られ、自分の手を見つめた。


「申し訳ございません。貴方の()(すえ)に最後まで力を貸すことの出来ぬ、この(おろ)かな従者を、どのように(ののし)っていただいても結構です。ですが、それでも私は貴方を」


「――大丈夫」


 また暗い顔を見せようとするグレースに、エフリールは反射的に答えた。


「やってみせる。グレースは、ここまで僕を助けてくれたから、無理だというなら構わない。それに、あのおじさんとも約束したもの。悪夢を終わらせるって」


「……はい。ありがとうございます」


 主の快活な返答に、グレースは後ろめたさを追いやるように笑みを作った。


「私も貴方を信じています。必ず全てを終わらせてくれると」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 水路の一端に、エフリールたちは梯子(はしご)を発見する。出口だろうか。

 ここまで、怪物たちに苦戦することはなかった。迷路に多少疲弊(ひへい)させられたものの、〈(パイル)〉を生み出す余裕はまだある。

 今度はエフリールが先行し、梯子を登っていく。グレースもランプを掲げてついてくる。

 登り切ると、ひび割れた大理石の床が広がっていた。荒れた白色の床面には、赤や緑の光がうっすらと落ちている。

 エフリールが床に立って顔を上げると、書物を読みふける片目の男を(えが)いたステンドグラスが目に飛び込んだ。


「教会の中のようですね……例の、スロール教団のものでしょうか」


 遅れて顔を出したグレースが言った。エフリールは丁寧(ていねい)に彼女の手を取り引き上げる。

 この一帯は、霧は充満していないようだ。ひと心地つこうと緊張を(ゆる)める。


 ――ぞくり、と背筋に悪寒が走った。

 同時に、エフリールは動悸(どうき)が激しくなるのを感じた。

 二人は気配のした方を振り返る。

 そこには、巨大な黒い雄山羊(おやぎ)の異形が、教会の扉への道を(ふさ)ぐように、赤い目を爛々(らんらん)と輝かせ、立ちはだかっていた。

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