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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編2
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009 死への従容

従容しょうよう:ゆったりと落ち着いているさま。危急の場合にも、慌てて騒いだり焦ったりしないさま。

 その家は、付近の住居と違い、門が設置されていた。

 規模もやや大きく、二階建てとなっている。明らかに立場の異なる人間の住処(すみか)だ。

 門には(こけ)がむしており、古びた木戸が風を受ける度にぎしぎしと音を立てる。垣間(かいま)見える庭は荒れ放題で、長い間手入れされた様子はない。


「……人が住んでいそうにはありませんが」


 グレースの(つぶや)きに、エフリールは同意する。


「光ってたのが怪物だったらどうしよう?」


「そうですね……うまく捕まえて照明に使えないでしょうか」


 常人が聞けば呆気(あっけ)に取られそうな解答だが、エフリールは感心して(うなず)いた。

 窓は閉め切られている。直接行かねば、中の様子はうかがえそうにない。

 門を抜けて入り口へ近づく。

 すると、エフリールの足元で何かがぷつんと切れた感触があった。


「ん――うっ!?」


 突如、肩口に衝撃が走り、エフリールは()()って倒れ込んだ。


「エフリール様!?」


 痛みが走る。グレースが(あわ)てて(そば)(かが)み込んだ。(とが)った鉄串(てつぐし)のようなものが、肩に突き刺さっていた。

 歩いた箇所(かしょ)をよくよく見返す。いくつも細い糸が張り巡らされていた。


(わな)……!? 下がりましょうっ」


 さほど大きな怪我(けが)ではないが、グレースの手を借り、起き上がろうとする。

 再度何かが飛来する。今度は腹に矢が撃ち込まれた。エフリールは地面にうずくまった。


「っ、この……!」


 グレースが怒りの形相(ぎょうそう)剪刀(せんとう)を出現させ、矢が飛んできた二階の窓へ投げつける。

 窓はわずかに開いており、そこから狙い撃ってきたようだ。突き刺した剪刀から(つる)を伸ばし、グレースは襲撃者を牽制(けんせい)、その間にエフリールを門の陰へと避難させる。


「大丈夫ですか?」


「うん。どうせ治るし。それより」


 エフリールは、罠や自分の怪我よりも、二階の窓へと視線を向ける。


「誰かいたね」


「ええ……異形、とは毛色が違うようですが」


 グレースが、エフリールに突き刺さった鉄串と矢を引き抜いて、これまたどこかから取り出した布で傷口を押さえる。

 武器、罠の存在、窓から狙い撃ってくるという行動、確かに怪物とは思い(がた)い。

 エフリールは軽く痛みに(うめ)きながら、提案をする。


「人間なら、話が出来ないかな?」


「正気ですか? あ、いえ……」


 驚くグレースだったが、言い過ぎたと思ったのか、すぐさま仰々(ぎょうぎょう)しく頭を下げる。


「申し訳ございません。ですが、一度申し上げた通り、この街にまともな人間などおりません。そのような真似(まね)は危険です」


 グレースの忠告は正しい。たった今狙われたばかりなのだ。

 しかし、エフリールは何故かそれでもあの中へ入らなければならない気がした。

 門の陰から家の扉をうかがう。

 一瞬、また何かが光った。扉の内側、家の内部から、まるで自分を呼ぶように明滅している。


「明かりを持ってるなら借りられるかもしれないし。ちょっと行ってみる」


 言って、エフリールは立ち上がる。痛みはあるが、動きに支障(ししょう)はない。庭の罠と、窓の隙間(すきま)に注意しながら入り口まで()け抜ける。


「あ、ちょっと……ああ、もうっ、お待ちください!」


 狙撃手は蔓に動揺して引っ込んだのか、()かけてくることはなかった。

 憤慨(ふんがい)したグレースが追い付いてくると同時、エフリールは扉を開け、中へ足を踏み入れた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 家の中は(ほこり)で充満していた。息苦しさを(はら)うように手を振りながら、エフリールは玄関を入ってすぐに、奥へ続く廊下と、二階へつながる階段を見つけた。

 廊下には途中、衣装棚(いしょうだな)が横倒しになって通行の邪魔をしている。はみ出した衣類は、大人のものと小さな子供のものとが混じっていた。

 階段は手すりの付いていない代物で、一段がやけに高い。子供が上へ登れないように配慮(はいりょ)されているのか。


「……二階へ向かうのですか?」


 グレースが声をかけてくる。主の突飛(とっぴ)な行動に(あき)れているのか、やや憮然(ぶぜん)とした表情である。

 何者かがいたのは上の方だ。(うなず)こうとしたところで、エフリールはまたあの光が目に入り、ごく自然と廊下の方へ足を踏み出していた。


一階(こっち)に行こう」


 グレースを(うなが)しながら進む。

 街の中で何度も()いだ匂いが(ただよ)ってくる。死臭と血臭(けっしゅう)腐臭(ふしゅう)、そして獣臭(じゅうしゅう)。だがそれだけではない。言語化し(がた)い、まとわりつくような匂いが、どこからか(かお)っている。

 倒れている衣装棚は、廊下の横手の部屋から飛び出してきていた。足を引っかけないよう、慎重(しんちょう)にまたぐ。

 中は居間だった。本来なら家族が(つど)(いこ)うための場所――だがここにそんな光景は広がっていなかった。

 (えぐ)れた壁や床、打ち壊された家具、何より(おびただ)しい量の血が飛び散っている。

 同時に、どうしてここに衣装棚があるのか、その違和感も理解する。

 室内には、服装と体格からして、女性と少年、二人の人物が死んでいた。恐らく母親と子供だ。


「うっ……」


 すぐ後ろで、同様の光景を(なが)めるグレースが、()()(こら)えて(うめ)いていた。

 無理もなかった。死体の様子が尋常(じんじょう)ではない。

 仰向(あおむ)けに倒れる少年は、首を大きく食い破られ、真っ赤に染まっている。また足や腕から肉が()ぎ落されていた。

 うつ()せの母親も似たような状態で、こちらは背中に(けもの)爪痕(つめあと)のような傷を()っていた。

 異形が家に侵入し、なす(すべ)なく蹂躙(じゅうりん)された、ということだろうか。衣装棚が転がっていたのは、入り口を封鎖(ふうさ)しようと(こころ)みた(あと)か。

 それにしては、とエフリールは先ほどから鼻へ(うった)えてくる、別の違和感が気になってしょうがなかった。

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