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狼獄の街に眠る灰花の夢  作者: kuro
本編
1/46

001 目覚め

 青年が意識を取り戻すと、目の前には一人のメイドが立っていた。


「お目覚めに、なられましたか」


 メイドの灰色の瞳が青年を見据(みす)える。くすんだ銀の髪が、声を発したことでかすかに()れている。

 ()き通る声音(こわね)は、どことなく(なつ)かしい(ひび)きを(ふく)んでいた。

 青年は(ほう)けたまま体を起こそうとする。

 手に土の感触。見渡せば、どこかの洋館の庭に自分は寝ていた。

 少し離れた位置に、白色の小花を()へ密に付けた植物が、大勢たなびいているのが目に飛び込む。


「ここは? 君は誰?」


 青年が(たず)ねると、メイドは動揺して目を(みは)った。


「……覚えておられないのですか?」


 心配そうにこちらをのぞき込んでくる。

 青年は、自分が今まで何をしていたのか、思い起こそうとし――


「僕は誰?」


 思い出せない。記憶を手繰(たぐ)れない。

 メイドが愕然(がくぜん)とした様子で(そば)(かが)み込む。


「まさかそんな……ご自身のことも、私のことも、忘れてしまったのですか?」


 青年は必死に過去を呼び起こそうとするが、何も浮かんで来ない。

 つかむものさえ見当たらない記憶の海の中を、(むな)しくもがくだけだ。


「ああ……なんてこと……」


 メイドは首を振って、ひどく痛ましげに青年を見つめる。青年の記憶喪失を、我がこととして受け取っている(ふし)すらあった。

 青年が戸惑(とまど)っていると、やがてメイドは気を取り直したように表情を引き締める。


「……いえ、返ってこの方がいいのかもしれません。この先のことを思えば」


 何やら意味ありげに(つぶや)くと、メイドは手を差し伸べ、立ち上がるよう(うなが)してきた。

 青年はごく自然にその手を取った。

 (やわ)らかな感触と、ほのかに匂い立つ花の香り――声と同じく(なつ)かしさを想起させ、どことなくむずがゆくなる。

 呆然としたまま起き上がると、メイドはそっと手を離し、少し下がってお辞儀をする。


「では改めまして。私の名は【グレース】。貴方(あなた)(つか)えるメイドでございます」


 (うやうや)しく名乗りを上げた。

 青年は反射的にたずねる。


「僕に? メイドなのに?」


左様(さよう)でございます」


 グレースは可憐(かれん)微笑(ほほえ)んでみせた。

 青年は一瞬、自分が女主人なのかと思いかけたが、体を確かめる限り特にそういうことはなかった。


「じゃあ……グレース。教えて欲しいんだけど。ここはどこで、僕は誰なの?」


 青年が問うと、グレースは真顔になって告げる。


「ここは……ここは【()獄の街】」


「……狼獄(ろうごく)?」


「ここは悪夢の中。産声(うぶごえ)を上げた獣たちが見る災禍(さいか)の夢。終焉(しゅうえん)()らう御子(みこ)の目覚めを待つ、永遠の伽藍(がらん)


 滔々(とうとう)と語るグレース。

 理解が追いつかない。青年は言葉を(はさ)めずに立ち尽くす。


「貴方はここに(とら)われてしまったのです。そして……恐らくその際にご自身のことも失われてしまった」


 言われ、青年は自分の(ひたい)に手を触れる。

 ……やはり思い出せる物は何もない。名前すらも。


「僕は一体誰?」


 もう一度問うと、グレースは何故か若干躊躇(ちゅうちょ)する素振りを見せた。

 だが、すぐさま意を決したように、静かに告げてきた。


「貴方は……貴方の名は、【エフリール】」


「エフリール……」


 自分でも口に出してみる。

 その呟きでも、思い起こされる物はまだない。


「ええ……それが貴方の名です」


 どこか物悲し気に、グレースは言った。

 エフリールが困惑を重ねていると、グレースは再び手を差し伸べてきた。


「さ、こちらへ。街を一望できる場所があります。まずはここがどんな地であるか、そして貴方が何を()さねばならないのか、確かめてみるのがよいでしょう」


 まだ何も分からない。しかし他に向かうあてもない。

 導かれるまま手を取り、エフリールはグレースの後に続いていった。

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