着ぐるみの中の人、聖獣になる
降ってわいたのを勢いで仕上げたので、おかしな所や矛盾があるかもしれません。
後、直接描写はありませんが、異種族とのアレな行為をしたという話す所があります。
苦手な方や嫌だと思う方は、バックしてください。
それでもよろしい方は、暇潰しにお楽しみください。
バイトが終わって、更衣室に入ったと思ったら私は光に包まれた。
突然の事に驚き、何もできないでいると、だんだんと光は薄れ、目を開くとそこには枯れた大地と石で出来た祭壇らしきもの、そして、やせ衰えた人……人?のような姿をした者達が私を囲んでいた。
「ああ……!!成功したんだ!神は願いを聞き届けてくださった!!」
訳の分からない現状に、極度に混乱した頭は一周回って冷静になり、「ああ、ラノベでよく見る異世界召喚っていうやつか」と。つまり、彼等は私を召喚して魔王退治とか世界を救ってくれとか、そういう事をさせるために呼んだのかと思った。
この時までは。
「まるで新芽の如く輝く御姿!緑を司る、名のある聖獣様なのでしょう……。我らの声にお応えしていただけるとは……なんと、なんと御礼申し上げればよいか……!」
「聖獣様、我らには応えて頂いたあなた様を、今の我らは、もてなす事ができません……。何もできず、さらには頼りきりとなる情けない事、大変申し訳ございません……。」
……んん?
聖獣様……ってなんだ?
こういうのって、勇者とか聖女なんじゃないのか?あと、緑をって……ああ、バイトで着てたこれのせいか。いや、そんな神々しい物じゃないんだけどな……。
とりあえず、地面にめり込む程顔を下げてる彼等へ誤解を解く事、現状を聞く事、この世界の事……色々聞かないと。
「顔を上げてください。そのままでは話せることも話せないでしょう。それと、この姿は……って、あれ?」
おかしい。
今になって気付いたが、私は着ぐるみを着ていたはずだ。なのに、着ぐるみを脱げない。
いや、それ以前に……顔を下げれば、着ぐるみの中の私の身体が見えるはずなのに、見えない。その代わり、着ぐるみの頭が私の意思通りに動き、着ぐるみの身体を見ている。
……まさか、着ぐるみが私の身体になっている?
そんなバカな。なんの冗談だ。
ぺたぺたと触れる範囲で身体を触ってみるが……嘘だろ、なんで自分の肌を触ってる感触がするんだっ?思いの外ひんやりツルツルで気持ち良いけど今はそれどころじゃない!
「おお、それもそうですな。聖獣様は普段、清浄なる地にてお過ごしになられる。下界の事など知らぬことばかりでしょう。ささ、汚い所ではありまするが、まずは我が家へお招きいたします。そこで詳しい事をお話いたしましょう。」
固まってしまった私を丁重に、彼等は村長(仮称だ。聖獣の召喚とやらを主導した人だった)の家へと、ゆるキャラカッパの恰好をしていたはずの水野 聖乃を、聖獣と称される存在として招いたのだった。
※
私が召喚された国はハイノルフ魔法国という国……があった場所。
以前は、緑豊かな、美しい国だったそうだが、土地は荒れ、作物も育ちにくく、水も澱んだ、今は滅ぼされた国だ。
この国は魔法を扱う事に長けた種族、魔族を主とし、多種族で構成された国だったらしい。
私の中で魔族のイメージは、ゲームの印象が強くて、恐ろしく、人に害をなす存在だと思っていた。しかし、この世界ではそんな事は無く、どちらかと言えば穏やかで、のんびりとした性格の者が多い。誰かと争い、武器を持つより、田畑に出て農具を持つ。そんな種族なんだそうだ。
穏やかで優しい、誰もが笑っているような、そんな国だったそうだ。
しかし、そんな日常は突然崩れ去った。
25年前、ハイノルフ魔法国とはヴェネダ大山脈を超えた先に在る隣国、アガルデルダ王国という国が勇者を召喚した。理由は「恐ろしい魔族から人族の国を救ってほしい」というもの。
当たり前だが、嘘だ。
このアガルデルダ王国、元々あちこちに侵略戦争をふっかけては国を大きくしていった国だそうで、豊かだったハイノルフ魔法国も狙っていたそうだ。
しかし、ハイノルフ魔法国は戦いを好まない者が多かったが、戦闘が苦手なわけでは無い。それに、魔法の扱いは、この大陸一の国だった。大山脈を越えるだけでも大変な事もあり、迂闊に手を出せなかったのだ。
そこで「勇者」だ。
私は、まあ、事故で来てしまったが、聖獣……この世界に存在する、高位のものを呼ぶものだったから問題は無い。
しかし、勇者召喚というのは禁術だという。
勇者とは言うが、ただこの世界への高い適性を持つ者を、便宜上そう呼ぶだけだそうだ。適性が高いというのは、この世界自体に体が馴染んでいるという事。つまり、あらゆる力を行使できるんだとかなんとか。
真理とか根源に近いっていうのかな。それなんてチート。
話を戻して、なぜ禁術なのかと言うとだ。
こちらから異世界へ穴を開け、こちら側に「落とす」。召喚の仕方を簡単に言うとこんなだが……勇者召喚とは名ばかりで、実際は、勇者としての適性があろうが無かろうが、死んでようが死んでまいが関係無く、異世界の者を呼ぶのだ。強制的に。さらに性質が悪いのが、「落ちる」際に異世界との壁というか膜というか……それを抜けられないと、途中までは生きていてもそこで魂だけが死ぬ可能性があるのだとか。
呼ばれた方はたまったもんじゃないな。そんな事実は「落とされた」人には隠されるんだろうけど。
で、だ。
当時召喚された「ユウシャサマ」は最悪な事に、勇者の適性がとても高かった。そして、思い込んだら一直線な少年だったという。とても扱いやすい彼に、アガルデルダ王国の上層部はある事無い事吹き込み、都合の良い存在に仕立て上げた。
こうして勇者として鍛えられた彼は、山脈を越え、旅人と称しハイノルフ魔法国へ侵入し……当時のハイノルフ王を単騎で殺害した。アガルデルダの思惑通りに。
しかし、ここでアガルデルダにとって誤算が2つあった。
1つは、勇者は良かれと思い、ハイノルフ魔法国が国として存続できない様、天災クラスの魔法を放った事だ。
その事で豊かだったハイノルフ魔法国は一気に荒れた大地となった。アガルデルダ王国が欲した豊かさは、ユウシャサマの善意で消えたのだ。
もう1つは、ハイノルフ王が歴代最強の魔法の使い手だったという事。
それこそ、油断などしなければユウシャサマと互角以上に渡り合えるほどの実力はあったという。この世界で魔法の強さと言うのはイコール、魂の強さでもあるという。即死級の傷を与えられても直ぐに死ななかった王は、最後の力を全てつぎ込み、害意あるものを弾き、且つ入れないという強力な結界を国に張ったのだ。これにより、勇者ははじき出され、アガルデルダ王国は侵略できなくなった。
これで他国からの脅威は無くなったそうだ。
しかし、国は強力な王を失い、国民も元々多くなかったが半数以上亡くなり、荒れただけの大地と力の弱い民だけが残った。細々と、元は城があった穏やかな場所で村を作り、小さく小さく、彼等は25年生きて来た。
しかし、このままではいけない。そう奮い立った者が居た。
それが、今回の聖獣召喚を主導した村長(仮)だ。長いと500年近く生きるというほど長命の魔族の中で、30歳と言う、(彼等基準で)まだ若い青年だ。
聖獣召喚は先に言ったように、本来はこの世界の、高位の存在である聖獣を呼ぶものだ。おいそれとやれる術では無いし、呼んでも来ない事もあるという。だが、呼ぶ理由は多岐にわたる。
時には誰も倒せない魔物を倒すための助力を願ったり、時には誰にも治せない病への対処の知識を求めたり……。呼んだ後は、聖獣によってはすぐに帰ったり、気に入った者が居たらそのまま残ったり、色々だそうだ。
さて、それでだ。
私は聖獣として呼ばれた。
しかし、私は異世界産の人間だ……本来ならば。
なにがどうしてこうなったのか、私はアルバイトで着ていたカッパ(ゆるキャラ)の着ぐるみそのままの姿になって、聖獣・カッパとなってしまった。しかも、私は声が一般女性から比べると低い。それも、友人曰く威厳のあるイケボなんだとか。背も180cmはあるのだが、着ぐるみ分が追加されたせいで190cm以上になった。今居る魔族よりおっきいよ!泣ける。
見た目ゆるキャラのカッパなのに、めっちゃくちゃ威厳のある姿と声を出す聖獣様となってしまった。違和感凄い。
いくら私は人間だと、これは着ぐるみなのだと説明しても「聖獣様ジョーク」と片付けられる。脱げないというか、身体になってるから脱げなくて証明できないけどアイアマヒューマン!ホモサピエンス!
なんの冗談だと言いたい。逃げたい。
けれど……彼等は25年間、この荒れた大地で耐えて来た。
魔法による大地への攻撃は、魔力焼けと言われる状態で……多少なら問題は無く、むしろ大地へ恵みをもたらすそうだが、国全土に及ぶ、異常な魔力は害でしかない。この魔力焼けは、いつ解消されるのか分からないものだという。対処は地道に土地を治す事。地返ししたり、肥料入れたり……とにかく、土に良い事をするのが、一番の対処法だという。
しかし、悠長にしていられないのが彼等の現状だ。長命種族とはいえ、100人になるかならないかの民が、大地が治る頃まで生きているのかも分からない。
聖獣は、じんわりとだが、居るだけで土地を癒せるらしい。だから、藁にも縋る思いで、応えるか分からない聖獣を呼んだのだ。
何の因果か、私は聖獣となってしまった。
そして、この状態を少しでも早く改善できるのは、今のところ私以外にいない状況。ならば、もう腹をくくって、彼等を助けようじゃないか。これも縁だ。
男は度胸というが、女だって度胸だ!大ざっぱに言えば人だって獣なんだ!聖獣やってやる!!
ところで、聖獣は基本何が出来るんだ?
※
あれから半年。
「すみません、キヨノ様!この大岩をどかすの手伝っていただけますか?」
「任せろ。」
現在、私は聖獣・カッパとして生きている。
元はただの女子大生だった私が、聖獣をやっていけるか不安もあったが、それなりにやっている。
強力な魔法もいくつも使える。カッパの姿だからなのか、水関係の魔法が特に使いやすい。腕力も、大岩はワンパンで壊れたり、大木も根っこごと引っこ抜いて持っていけるほどの力がある。物も掴もうと思えば掴める。まるで某猫型ロボットの様だ。こっちは緑のカッパだが。あとついでに、普通に食事もできる。が、なぜか排泄が必要ない体らしい。
良い事多いけど、なんなんだこの身体。ハイスペックだな。背中掻けないけど。
ともかく、私の力とハイノルフの民のおかげで、少しずつ、だが確実に大地に緑が戻りつつある。
この間なんか、25年間咲かなかったらしいマルカデルと言う、赤いバラによく似た花が咲き、みんな喜んでいた。なんでも、先代ハイノルフ王が愛した花だそうで、まるで王が大地に緑が戻って来た事を喜んでいるようだから自分達も嬉しいんだと言っていた。
なんというか、清らか過ぎて、聖獣と言われている私の方が浄化されている気がする。
「キヨノ様、少しよろしいでしょうか……?」
つらつら考えながら大岩を片付けていると、ルノーと言う、魔族の青年が声をかけてきた。
「ああ、今岩を片付けた終わった所だ。なにかな?」
「はい、実は……。」
村から西に1時間程行ったところにそれなりに大きな森がある。その奥には湖があるのだが、昨日そこで大きな魔物を、狩りに出た者が見たという。そこで調査に行った結果、恐らく蛇の魔物、それもかなり大きなものが居ると分かったという。
被害が出る前に何とかしようと考えたが、自分たちの力では太刀打ちできないと判断。そこで、聖獣である私に助力を願ったという訳だ。
「分かった。微力ながら手伝おう。」
「ありがとうございます!」
寸足らずの手でポンと胸を叩けば、ほっとしたように彼は笑い、討伐隊に連絡してくると言って走り去っていった。
はい。
やってきました湖!
湖だけど水の流れが無いせいか、だいぶ澱んでいる。泥沼みたいだ。
水辺に立ち、件の蛇はどこかときょろきょろしていると、湖面が揺らぎ、水面下から大きな影が浮かんできた。
「なにやら気配がすると思うて来てみれば……我になんぞ用か?」
ザバァっと水しぶきを立てて現れたのは、泥沼となった湖には不釣り合いな、白銀に輝く、美しい大蛇だった。
パッと見、私よりよっぽど聖獣みたいな蛇だな。
「これは……!名のある神とお見受けいたします……!」
聖獣じゃなくて神様か!
ていうか、神様が平然といる世界なのね、ここ。ああ、でも聖獣なんてものが居るから、いまさらか。
で、ルノーさんが事の経緯を説明している間、ぼーっとしていると、蛇が言った。
「ふん、我は神のなりそこないよ。以前住んでいた川を別の者に盗られ、この場に移り住んだのだ。しかし、そうか……。ふむ、我に贄を捧ぐのであれば、我の事を討伐しようとした事、水に流そう。どうだ?悪い話ではあるまい?」
「あ?」
なんだ、この蛇。こっちも勘違いはあったろうが、めっちゃ傲慢だな。しかも贄と来た。そっちがなりそこないなら、こっちは聖獣もどきぞ?お?同じくらいのやつだろ、多分。ケンカとみなして格安で、むしろタダで買うぞ?おん?
「……なんだ、そこの珍妙な生物は。我に口答えする気か。」
「ああ、する気満々だが?神のなりそこないよ。私は彼等に呼ばれた聖獣だ。彼等を護る者だ。護る者である私が、お前へ贄なぞ出さん。」
「貴様、我が穏便に済ましてやろうというに……。たかが聖獣、我の相手にもならんだろう。」
「だったら、勝負をしよう。それで私が負けたらお前の贄になろうじゃないか。逆に、私が勝ったら村に手出しをしない。どうだ?彼等が贄になるより、聖獣である私が贄になるんだ。珍味だし、お得だろ?」
「ほう?その言葉、後悔するなよ?」
「キヨノ様!」
だいじょーぶ、だいじょーぶと、討伐隊達を下がらせる。
対峙する大蛇とゆるキャラ。
傍から見たら緊張感なんてないだろうなぁ。いや、村人にとっては緊張の一瞬か。聖獣となりそこないとは言え、神との対決だからね。
「さあ、かかって来い、小娘。」
「おや、性別……まあ、いい。行くぞ!!」
私のこの姿で、性別を正しく認識できるとは、すごいな。
まあ、それはそれとしてその余裕かました顔に一発喰らわせたらぁ!!
「ッラァア!!」
「っは?グホォアッ!!?」
ドゴシャッと顔に一発クリティカルヒット!!
ダッパァアアアアアアアアアアアアン!!と大きな水柱を立てて、蛇は倒れた。
……。
「えぇ……。」
いや、この身体、見た目の割に素早いし、力も相当あるから、それなりに勝算あると思って勝負吹っ掛けたんだけれど……目、回してんだけど、蛇。
「あー……えーと……私の、勝ち?」
「そう、ですね。キヨノ様の勝利、です。」
戸惑いながらも、討伐隊の皆が言う。
えーと……。
いえーい、うぃなーわたしー!いえーい!
……。
まじかよ。
※
あれから3か月経った。
あの湖は流れを作った事で、澱みも無くなって来て、元の綺麗な湖に戻るのも時間の問題だろう。
問題と言えば……。
「キヨノ、どこへ行く。我も付いて行こうではないか。」
「ちょっとそこの畑までだ。だから付いて来んで良い。」
「つれない事を言うな。我は愛しいお前と共に居たいのだ。」
「えぇい!まとわりつくな!!」
神のなりそこ無いの大蛇、改めシルクォラナ。
あの一撃で頭をおかしくしたのかなんなのか、押しかけ女房ならぬ、押しかけ旦那となって、あの後村にやってきた。サイズに関してだが、なりそこなったとはいえ、神に近い存在。その辺りは変幻自在だった。今はニシキヘビくらいの大きさになっている。もっと小さくなって餅に包んで食えるほどにならねぇかな。
初めこそ、このやりとりを皆ハラハラしながら見ていたが、今では微笑ましそうに眺めるばかり。
せいじゅう、こまってる。たすけて。あらあらまあまあじゃないんだよぉおお!
私はこいつに対してその気は無い!よくて鑑賞用!目の保養!!なのに巻きついてきおってからに!しつこいとはたくのだが……喜ぶだけだっ!くそう!
被虐趣味なのか?そうなのか?あ?違う?単純に私が好み?そうかそうか。私は私より強い奴が好みだ。つまり、お前は対象外。以上!はなせぇえええ!!!
「キヨノ様ー!」
シルクォラナと格闘?をしていると、よく私の世話をしてくれている獣人のエナが慌ててやって来た。
「エナ、どうしたの?」
「え、えっと……。」
「犬の娘、我らの逢引を邪魔するグァッ!」
「誰と誰の逢引か。ちぎるぞ。」
「契りを交わすならいつでも良いぞ!」
「そのちぎりじゃない!!こンの色ボケ蛇が!!……ああ、ごめん、エナ。で、どうした?ゆっくりでいいから話してごらん?」
断じて漫才では無い。漫才ではないが、私達の今のやり取りで少し落ち着いたらしいエナは、少し呼吸を整えてから言った。
「はい……、ヴェネダ大山脈の方面から、自身を魔法使いと称する者が、結界を越えてやって来たと伝令があったんです!」
「結界を越えてきた?」
「はい。越えて来たのはその者だけなのですが、結界の外には3人程、武装した者が……。」
怪しいな。
私もここで短い間とは言え過ごしてきた。そして、あの結界が機能しているのもしっかり目にしている。結界の特性上、その魔法使いに敵意は無いだのろうが……武装しているのが居るっていうのが、穏やかじゃない。
「何を憂いておる、キヨノ。我がその者達を殺せば、万事解決だろう。」
「相手には怪しさしかないが、そんな事をしたらお前の事かば焼きにして食ってやる。」
「お前を食うのは我ぞ?」
「……みんなー、今日は活きの良い蛇のかば焼きだぞー!」
「我!大人しくするぞ!」
初めからせぇや。
まあ、とりあえず、だ。
「その魔法使いだっていうのは、今どこに?会って話をしてみたい。」
「まだ山脈のふもとにいるかと、」
「ここにいる。話は聞いていた。対話を選んでくれて感謝する。」
「えっ?」
いつの間にか、私達の隣に縁に銀の刺繍が施された黒いフードを深く被り、黒いローブを着た男が立っていた。
見た目からそうだが、なるほど、確かに魔法使いだ。気付かれずここに現れた事と言い、なんだか得体の知れない奴だ。人の事言えないけど。
「風変わりな姿をしているが……君は聖獣だな?それに、神のなりかけか。力も申し分ない……。これは都合が良い。」
「都合が良い?どういう事だ。」
「ああ、すまない。説明しなくてはならない事ばかりなのに……。一先ず、自己紹介をしよう。」
そういって、魔法使いがフードを下ろした。
んん?
「僕の名前はき、」
「お前、清光 カナタ!!!」
「えっ。」
清光 カナタ。私と同じ大学の同じ学科学部で、あの世界での友人だ。
日本人でも珍しい、本当に真っ黒な髪に、真っ黒な目をした、高身長の、いわゆるイケメン。陰で、黒薔薇の王子なんてイタイ呼ばれ方をしていたやつだ。……私は白薔薇の王子と言われてた。解せぬ。
「なんで僕の名前を……、いや、その声……え、まさか、聖乃?」
「そのまさかさ。聖乃だよ。水野 聖乃だ!」
「……なんでカッパになってるんだ?」
「……それは私が一番知りたい。」
私と仲が良い異性だと分かり、シルクォラナが暴れかけ一悶着あったが、黙ってもらい、カナタとお互い、なぜここに居るのかの情報交換をした。
先に私の方の情報を話した。ら、腹抱えて笑われた。ヘッ、笑えよちくせう。
落ち着いた後、カナタの番と話を聞いた。
そしたらなんと、カナタはあのアガルデルダ王国に召喚されたというのだ!「勇者」「聖騎士」「聖弓士」「聖女」「聖魔導士」なんて、それらしい「役」を国から与えられて。……聖って付けりゃ良い訳じゃないだろ。
ただ、聖女だけは居なかったそうだ。今代のユウシャサマが聞いたら、適性のある者が居なかったんだと言われたそうだ。うそこけ。
で、今回あの国が彼等を呼んだ理由だが……「魔族に奪われた、我らが聖なる土地を奪還してほしい」という、頭おかしいんじゃない?と言えるものだった。まず、お前らの土地じゃないだろうが。
しかし、今代のユウシャサマもまた思い込んだら一直線の人だった。他の者達も似たり寄ったりな性格な上、「特別な存在」になったのだと浮かれ、あっさり信じた。まあ、異世界召喚だもんね。浮かれるよね。分かる。分かるけど、もう少し疑ってほしい。
ただ、ここで一人だけイレギュラーが存在した。
カナタだ。
なんと、カナタはハイノルフ魔法国の最後の王、エーデル・ジュノー・ハイノルフの生まれ変わりなんだと。どんな偶然だ。異世界召喚(?)されて聖獣なんて、おかしな状況になって無ければ、信じられない話だ。
しかし、事実は事実。
彼は生まれ変わり、日本で育ち、勇者召喚によって帰って来たのだ。アガルデルダ王国の召喚によるってのが、何とも言えないが。
ともかく、彼はアガルデルダの者が嘘を吐いている事を既に知っている。しかし、今回の彼等の狙いを把握しきれなかった彼はすぐに行動した。
召喚された事で、前世扱えていた魔法を使えるようになったプラス、日本のサブカルチャーから得たもので彼の魔法は磨きがかかっていた。こうして、思ったよりあっさり、アガルデルダ王国の本来の目的を得られた。
それが、まあ……「ハイノルフ魔法国は無くなり、めぼしい資源は無い。だが、彼の国を足掛かりに、エルフやドワーフたちの国を得るのには良い場所だから、手に入れよう」と言うもの。召喚された者達は、結界を破る為に呼んだのだ。
滅ばねぇかな、あそこ。
これに頭にキタのが、もちろん、カナタである。
前世ではしてやられたが、今生で諦めていた復讐を叶えられるとも、歓喜した。
召喚されてから9カ月、従順な振りをして、計画をずっと練って来たという。
そして今日、機は熟したから攻めてこいと言われ、転移魔法を使い、やって来たという。計画通りに。後は、結界をひっそり、さらに強固に張り直し、自分以外入れないようにし、「話が通じるかもしれない」と他の者を言いくるめ……今に至る。
ところで、聖獣がゆるキャラのカッパだった事に違和感が無かったのか聞いたら、こういう聖獣が居ないわけでは無いらしい。だから、カッパによく似た聖獣が居ても疑問を持たなかったと。どうなってる、聖獣。生態への疑問が尽きないぞ、聖獣。
話は戻って、9カ月前、という召喚された時期に少し引っかかるものがある。
それはカナタも感じたらしい。で、お互いが召喚された日と時間を覚えている限り話したら、どうも私達は同じ時に召喚の術が発動し呼ばれたらしい。時間の流れは元の世界とそう変わらないというから、間違いないだろう。
で、ここでカナタの推測なのだが……私は、「聖女」として呼ばれる予定だったのではないかと言うのだ。しかし、呼ばれる途中、聖獣召喚の術と混線状態になり、その時に着ぐるみが肉体となったため、術が聖獣と誤認。「聖女」ではなく、聖獣として召喚となったのではないかと。
「聖女」として呼ばれなかったのは良いけれど、なんとなく、手放しで喜べない複雑な人の心。……まあ、いっか。
次に、カナタが「都合が良い」といった理由だ。
初め彼は自国に戻った後、生き残った民を集め、保護。その後、聖獣召喚にて……当時の知り合いでもあるそうだが、最も力の強い聖獣を呼び、この地を守護する者としてユウシャサマ達に紹介する。聖獣は、私も忘れがちだが、この世界では高位の存在だ。そして、善なる存在でもある。
で、だ。
そんな存在が「我が守護する地に不当に攻め入るとは何事か」と言ったとする。例え信じられなくても、ユウシャサマ達はほんの少しでも、アガルデルダ王国に対して疑念を抱くことになるだろう。
そして存分に不安を煽ってからアガルデルダ王国へ戻り、ユウシャサマ達が王に奪還できなかった報告と……本当に、あの土地はこの国の土地だったのか聞く。いくら愚王でも馬鹿正直に「違う」とは言わないだろう。その場ではきっと、ごまかすだろう。
しかし、これで都合の良い駒が少々扱い難くなる。
先代もそうらしいが、現アガルデルダ王も短慮なんだとか。いや、まあ、そうだろうとは思ったけど。ともかく、使いにくい、使えないと思ったらすぐに切り捨てる。そんな王だ。
そう思われたユウシャサマ達はどうなるか?答えは明白だろう。
そこで、カナタが言うのだ。「この国こそ悪しき国。勇者として呼ばれたのは、きっとこの国を正すためだ」とかなんとか。リアルで言いくるめと説得の技能高いからね、こいつ。今なら王様やってたからだと分かる。
そうして上手い事誘導して、アガルデルダ王国を滅ぼすつもりだったそうだ。
ああ、何も知らない国民には手を出す気ないそうだ。むしろ、度重なる戦争のせいで属国や、王都から離れれば離れるほど、国民の疲弊度は高いという。それを立て直すため、真面目に国を憂えている貴族達にそれとなく助言して……かつ、滅んだあとの国のトップに仕立て上げようとしているそうだ。一人でようやる。
で、そんな事を考えていたのだが、帰国したらすでに聖獣が居て……神のなりそこないとはいえ、かなり力のある存在が居た……という訳だ。
「しかもだ、お前は分かっていないと思うが……これは恐らく「勇者召喚」の影響だろうな。聖獣として、かなり力が強い。僕の知り合いの聖獣に匹敵するほどだ。」
「まじか。カッパの姿が影響しているんだと思っていた。」
「なわけない。それでだ、これだけ強い聖獣が守護する土地に手を出すのは、命知らずのする事だ。シルクォラナと言ったか。彼にしてもそうだ。なりそこないと言ったら、まあ、そうだろうが……まず、神成を達成できる所まで行くという存在自体が稀なんだ。……その様子から見るに、彼は後もう少しで蛇神になれただろう。それぐらい、力のある方だ。」
「ふん、そこまで見抜くか。」
へえ、思いの外すごい奴だったのか、こいつ。ワンパンで倒れたのに。あと、セクハラやめぇや。
「そこで、2人に助力を頼みたい。あの3バ、えふんっ、召喚された3人の前に姿を見せて、説明をしてほしい。話が通じなかったら気絶させていい。その後、アガルデルダの王城に行って、話し合いをしてくれ。そうすれば、まあ、ある程度抑えられるだろう。後は、裏から手をひいて、アガルデルダ貴族に下克上して貰えば良い。」
「軽く言ってるけど、大丈夫なの?後、何か含みなかった?」
「気のせいだ。で、あそこの上層部は騎士まで腐りきっているからね。ろくに戦えない。むしろ、国を思っている文官の貴族の方が戦いの心得を知っているし、できる。」
なんというか、破裂寸前の風船みたいな状況なのね。
「まあ、なんだ。私は手伝ってもいいよ。その国、個人的に腹たつし。」
「キヨノと共同作業と言うのは良いが、なぜ我が貴様に協力しなければならないのだ。」
「今回、お手伝いいただければ聖乃からの好感度が上がるかと……。」
「手伝おうではないか!」
うわ……、この蛇、ちょろすぎ……。
「聖乃のその姿も、一時的にどうにかできると思うよ。」
「さあやろうすぐやろう!!」
俄然やる気が出て来た!やってやろうじゃないか!!ハリー!ハリー!
で、カッパの姿だと恐らくなめられるだろうという事で、早速、どうにかしようとなったわけですが……。
「なぜだ……いや、別にくくってはいなかったが、でも、ファーストキスをなぜ、こいつに……っ!!!」
「さあ、キヨノ!我はいつでも構わぬぞ!」
くっそキラキラした目で見るな!
カナタいわく。
私とシルクォラナの魔力の相性は良いらしい。これは珍しい事なんだとか。
で、相性が良いと魔力の受け渡しを拒否反応無く行えるというのだが、その魔力にある「聖獣の力」だけをシルクォラナに渡せば、私は人の姿になれるという。普通なら、受け渡しは接触していればどこでも良いというのだが……「聖獣の力」だけと言う風に、一部の、特殊な力だけ渡すのには口づけが効果的なんだとか……。「聖獣の力」というのは私には後付けの力で、着ぐるみの様に纏っているような状態にあるという。だから、力を渡せば人の姿に戻れる。という理屈、らしい。
そうか、やっぱり私は着ぐるみを着たままなんだな!
……嘘だと言ってくれ。
「嘘じゃない。ケースは違うが、僕も、前世の幼い頃に見た事がある。これしか思いつかなくて悪いとは思ってる。でも、今回聖獣の力を彼に渡す事も、お前が人の姿に戻る事にも意味がある。だから、どうか頼む!事が終わったら、お前の気が済むまで殴られるなりなんなりするから……!」
くっ、友だちにそこまで言われたら私も腹くくるしかないじゃん!終わったらお腹いっぱい甘味を所望する!腱鞘炎になれ!
はい。
しました。
本当に上手く聖獣の力だけ渡せたよ。さらば、私のファーストキス。
すると、どうしたことでしょう。白銀の蛇だったシルクォラナの頭に木で出来た大きな角が生え、額にはルビーのように輝く瞳が現れ、身体には苔や花が生えだしたではありませんか。元々、美しい蛇でしたが、うっすら鱗も光っているようで、まるで龍のような、神々しい雰囲気を纏っています。劇的変化。聖獣の力を渡した事で、一時的に蛇神となったそうだ。……まあ、かっこいいよ。言わないけど。
そして、私も9カ月ぶりに、本来の姿へと戻れた。やったぜ!
「ほんの僅かばかり、期待しなかったと言えば嘘になるけど……タンクトップに作業着ってどうなの。」
「着ぐるみ着てた時の中の恰好がこれだったんだ。私は心底、ホッとしているよ。」
「キヨノ!あの姿も良いが、今の姿もまた美しいな!まるで闇に潜む光の精霊かの如く輝いておる!と、ところで、どうだっ?我の姿は!どうだっ?かっこいいかっ?」
「……神々しいとは思う。」
ソンナーじゃないよ。出荷するぞ。
おい、そこなににやけてる。そんな目で見るな!
……さて、シルクォラナは良いとして、私の恰好は頂けないそうだ。まあ、だろうね。
という事で、ありったけ良い物で着飾られました。シンプルなデザインのワンピースは、まるで雪のように穢れの無い白だ。そこにマルカデルの花と短いヴェールを頭に、手足には何かよく分からないが美しい装飾のされた環を付けて完成。
こんなにシンプルで良いのか聞いたら、着飾ってくれた皆曰く、まるで神の妃のようらしい。
今のは聞かなかった事にしたい。
聞かなかった事にして、シルクォラナとカナタと一緒にユウシャサマご一行とご対面しに行きました。
結果。神の巫女とかなんとか騒がれた上、嫁になれ云々言って来たので……殴って気絶させました。はい。ついでに簀巻きにしておきましょーねー。
ところで、一時的に神となっているシルクォラナは魂を見られるらしいのだが、彼等の魂はかなり穢されていると教えてくれた。アガルデルダのせいらしい。精神汚染の魔法でそうなるらしい。ふむ、あの発言もそれの影響か。元のきれいな魂になれるかどうかは、今後の彼ら次第だと。
……元に戻るきっかけになる、ほんの些細な力らしいが、それを彼等に使ったシルクォラナは、まあ、ちょっとドキッとする程度には良かった。言わないがなっ。
はいでは、次!メインディッシュ!
突撃!隣国の晩餐!!
カナタの転移魔法を使ってアガルデルダの城に到着。で、夜の闇の中、明かりに照らされた煌びやかな衣装を纏った……えー、控えめに言って真ん丸な人達が多く居る場所へ私達は、
「邪魔するぞ、アガルデルダの者よ!」
天井からダイナミックお邪魔しますしました!ちょっとやってみたかったんだ!まるで映画のワンシーンだな!瓦礫とかガラスとかはカナタが魔法で抑えてくれてるから怪我人はいない!ありがと!
うーん、しかし、貴族は分かる。分かるが、まさか本当に騎士も使えないとは……腰抜かしてんじゃないよ。
「な、何者だ!貴様らは!それに、そこに居るのは……!」
「こんばんは、アガルデルダ王。聖魔導師のカナタです。このような形で御前に参った非礼、お詫び申し上げる。」
全然詫びてる感じじゃないぞ、カナタ。まあ、今はそんな事は良い。
豪華な椅子の上に真ん丸()な体に、これでもかとジャラジャラ宝石やらなんやら着飾ったのが喚いているが、あれがアガルデルダ王か。なんか、悪い王様のテンプレートみたいな姿だな。
「貴様がアガルデルダの王か……。貴様、我が守護する地へ斯様な者を寄越すとは、一体何を考えておる。」
シルクォラナが威厳たっぷりに言い、ユウシャサマ達をぽいっと、王の前に落とした。怪我しないように、配慮はしたよ。
「ヒ……ッ!あ、あっあ、あなた、様は……、」
「矮小な存在であるお前に、名乗る気は我が神に無い。お前はただひれ伏し、神のお言葉を聴けば良い。」
簀巻き状態の彼等を無視して、ボールのように転がって来たアガルデルダ王はだらだらと汗を流すばかりで、上手く話せないようだ。まあ、なるべくこっちの独壇場で行きたい。シルクォラナの隣にいることが当たり前の存在であるように振る舞い、威厳たっぷりに私は言う。浮遊しながら言うの、どこぞの悪役みたいだな。正直恥ずかしい。これでも小市民なんで!
「聞け、愚かな人の王。そして、それに従う者共よ。彼の地は我と、我が妃の古き友より預かり、守護する地だ。そこへ攻め入るという事は、神の怒りを買うと知れ。もし破れば……分かっておるな?」
誰が妃か。反論したい!ここぞとばかりに言いおって……!
グッと我慢だ……!あ、我慢顔が良い感じに威圧になったっぽいな。あんまり嬉しくない。
「わ、わわかりました!!もう致しませぬ!!だからどうか、どうかッ、此度の事だけは許して……!!!」
「分かればよい。……ああ、それとだ。」
今回それだけのOHANASHIじゃないんだよ。
「ここに居るカナタという魔法使いが面白い事を、我らに教えてくれてなぁ。」
「お、おもしろい、とは……。」
「この者……ああ、そこに転がって居る者達もだが、異世界からやって来たと言うのだ。異世界の者を召喚するのは、この世界を脆くする行為。最悪、世界が崩壊するものだ。だからこその禁術。……はて、なぜ、そのような存在が、4人もおるのだ?」
え、そこまでやばい事言ってなかったじゃん。マジデカ。めっちゃくちゃ高いリスク持った術じゃん!!
驚いて、でも、気付かれない程度にシルクォラナの顔を見ると、黙って聞いていろとアイコンタクトされた。……なんか怒ってる?
「そ、それは……ッ!」
「それと、だ。25年前、ハイノルフが滅亡するきっかけになった者……あれもそうだな?貴様は、この世界を滅ぼしたいのか?」
「ムェッ!めめ、滅相もございません!!!ワシにそのような気は、髪一筋分もございません!!!」
「そうか。此度は、その言葉を信じよう。しかし、だ。禁術を残したままにもしておけぬ。この先も愚か者が出てこぬとは言えぬからな。」
「そ、そうで、ございますな。」
「そこでだ。この魔法使い、珍しく礼儀や道理が分かって居る者だ。我らにとっても、信の置ける者だ。こやつに禁術、またはそれに関する物すべてを処分させよ。」
「なぁっ!?」
「処分させれば25年前の事も不問に処すつもりだが……不満か?やはり、この国を火の海に、」
「お待ちを!!どうかお待ちくだされ!!!その魔法使いに処分させます!ですから、どうかご慈悲を!!!」
おお、なんか一気に話進んだ。
ていうか、なんか、シルクォラナ、お前ただのセクハラ蛇じゃなかったんだな。まあ、なんだ。少し見直すわ。
「初めからそうすれば良いものを……では、早々に行動せよ。ああ、こやつになにかあった場合でも、神罰が下ると肝に銘じておけ。」
「はひぃい……!!」
うん、後はまともな貴族にある程度任せるようかな。
「では、カナタ。後はよろしく頼む。」
「拝命致します、神妃。」
おい、こら。唇の端震えてるの見えてるからな。つか、お前も言うか!こっちに帰って来たら一発殴らせろ!
※
カナタにより、魔法でパッと村に帰って来た。時間も時間で、村は寝静まっていた。そんな中を暴れる訳にもいかず、なんとなく、シルクォラナと会った湖に行った。
移動している間に、怒りはしぼんでいた。怒りと言うより、羞恥に近かったものだし、落ち着けばそんなものか。
しかし、落ち着いたからとすぐに戻るのもなと思い、お互い畔に無言で座っていた。
いつもなら、シルクォラナが私に色々言うのに、なぜか黙って傍にいる。まだ神の姿をしているシルクォラナは、本当に美しくて、でも、私を見る目が、なんだかいつもよりずっと熱くて……空気に耐えられなくなって、気になった事を聞いてみた。
禁術の事を聞いたらハッタリだったと言われた。聞いて、安心したのもつかの間。
微々たるものだそうだが、しかし、世界に負担がかかるのは本当らしい。
じゃあ、なんでそんなのが消されず残っていたのかと言うとだ……神が、本当にこの世界に危機が訪れた時の為に、下界に残したんだとか。まあ、そんな危機が起きた時は、神託を告げ、適した者に術を行わせるそうだ。神は異世界の者を無事に通らせるから安全らしい。ちなみに、神が関わっているからか、危機が去れば元の世界に帰れるそうだ。
とりあえず、だ。今回のアガルデルダの行為は神の目に余ったという。
一時的に神となったシルクォラナは上位の神から言われたそうだ。
『あの術の世界への影響は微々たるものではある。しかし、短期間で、それも今回は複数人を召喚するというのは、さすがに影響が出るだろう。それに、異世界の存在への配慮に欠ける。呼んだ理由もなんとくだらない。あれは遊び道具ではないというのに。我ら神は、下界に余り干渉しないようにしている。いるが、しかし……神の会合のため居なかったとはいえ、25年前に悲劇を起こし、此度は告げられる相手が居らず悔やんでいた……お前に告げる。彼の国に残る召喚に関わるものすべてを処分せよ。彼の国の者達が心を入れ替えるまで、あの術は手に入らぬようにする。』
……神様の会合なんてあるんだ。神無月みたいな?出雲みたいな世界がどこかにあるのかな。
しかし、はぁ、そんな事があったのか。
「それと、上位神がおっしゃっていた……望むのならば、元の世界へ帰す、と。」
「えっ?」
それは、嬉しい。うれしい、はず、なんだけれど……。
「本当、か?」
「本当だ。我はその力を託された。お前達はあの愚王のせいで呼ばれてしまった、生贄の様な者だ。キヨノの事も、事故が重なってしまい、おかしなことになっておるが、帰れば元に戻るとおっしゃっていた。」
元の世界に帰る。実感がわかない。
正直、帰れないと思っていたから、この世界に骨を埋める覚悟でこの数カ月生きて来た。それが、帰れる。
「おまえ、は、」
「うん?」
「お前は、どう考えている……?」
拒絶していたのは、私だ。私なのに、なぜか、こいつの意見を聞きたい。
「……正直に言えば、我はお前に、我の傍に居て欲しい。聖獣では無くても、この世界の者では無くても、我はお前という存在に惹かれているのだ。畏れられたり、蔑まされたり……あまりいい眼をされてこなかった我には、お前の真っ直ぐに前を見つめるその眼が、とても好ましい。それに、真っ向から来るその姿もな、良かったのだ。」
「初めて聴いたぞ、それ……。」
いつも、セクハラしかしない、変な事しか言わない蛇だと思ってたのに。
なんだよ、今日は。状況も何もかも変わり過ぎでは?
「初めて言ったからな。我とて、こんな機会が来なければ話せない程度には、その、恥ずかしいのだ。」
蛇の顔でも赤くなるんだ。初めて知ったよ。
「……愛おしいと、生涯の伴侶としたいと、切に思う。だが、お前は元の世界に仲の良い親兄弟が居るのだろう?友人が居るのだろう?帰れるなら、帰れ。それが、お前の幸せに繋がるのならば、我は引き留めぬ。」
なんだよ、普段はしつこいのに……年上の余裕ってやつか?
「……シルクォラナ、いつものサイズになれる?」
「ん?あ、ああ、なれるが……?」
「なってくれ。」
急かすと、不思議そうにしながらも、いつものサイズになった。
これで、いい。
「それで、どうした、」
キスする理想の身長差っていうのがあるらしいが、蛇だとどれくらいなんだろうな?さっきまでのサイズでは難しいから、今がちょうど良いのかな。
「ッハ?キヨノッ?」
「なんだよ、その素っ頓狂な声。でも、さっきまでの余裕ありますって顔より、良い。」
「なんっ!?ドッ!?」
「落ち着いて聞け。私は、帰らない。」
「!!」
家族は心配だ。きっと、行方不明になった私を心配して泣いているだろう。友人達も、心配してくれていると思う。近所の、可愛がってくれたおじさんやおばさん達。懐いてくれた、通学路に居る飼い猫のミーちゃん。慕ってくれた後輩……たくさん、会いたい人が居る。
会えないと思っていた人たちに会える。聖獣様とか、キヨノ様なんて言われない。
でも、私は、
「この世界にいる人達を愛してしまったんだよ。」
「……キヨノ。」
「初めは哀れみと同情だった。それでも、ここで過ごして、彼等と苦楽を共にして……ただの雑草が生えただけでも喜んだり、綺麗な形をしただけの石を見つけただけで良い日だと言ったりする彼等をね、私は本当に護りたい。そう思ったんだ。」
事故によって聖獣もどきとなった。訳が分からなかった。世界自体も違うから、勝手も違う。身体もおかしな事になっていて……本当は、怖かった。
でも、ハイノルフの民を見て、奮い立たせた。
奮い立たせて、気持ちをごまかしていた……けれど、いつの間にか彼等の言う聖獣の様に、彼等を心から護りたいと、そう思えるようになっていた。
「だから、帰らない。それに、彼等との約束もあるんだ。途中放棄も出来ないしな。」
「それで、良いのか……?」
「良いんだよ。悲しいけど、後悔しない。……それに、まあ、なんだ。」
「うん?」
「……お前に、想われるのは、その、悪い気はしないんだよ。」
シルクォラナが正直に言ってくれたから、気付けたことでもある。
まさか、蛇に恋するとは思わなかったけれど、まあ、本当、悪い気はしないのだ。
「ああ、嬉しい……!お前に想われるとは、こんなに嬉しい事は無い!」
しゅるり、と、いつもするように巻きついてくるが、まあ、今くらいは大人しく巻かれよう。鱗の感触とか、苔の感触とか、今の内にしか味わえないだろうし……火照った体にはちょうどいい冷たさだしな。
「結構、鱗、気持ちいいな。」
「我も、お前に撫でられるのは気持ち良いし、嬉しいぞ。」
明日以降、きっと忙しくなる。それならば、今だけは穏やかに、素直に、過ごそう。それくらいなら罰は当たらないでしょ。巻きついているのが、期間限定の神様だし、許される。きっと。
なんて思った私がバカだった。
「お前なんか雷にあたって黒焦げになれば良いんだぁああああああああああ!!!!!!」
「いや、その、悪かった!悪かったからどうか、結界から出て来てくれキヨノォ!!!」
「うるせぇえええええええ!!気付かなかった私も悪いが、いきなり私のハジメテ奪う奴があるかぁああああああばかあああああああっ!!!!!」
ハイ。
月明りの下、私はハジメテを奪われました。
クソヘビガァッ!!人とだってしたこと無いのに、蛇で!しかも神様とか!!初心者に強制的に高いハードル飛ばすな!!もっと、こう、順序とか、さ、その……あるじゃんッ!?
なのに、それが!!ハジメテが!!外!!想い通じ合ってすぐとか!!!しかもだ!!何Rか忘れたけれど途中で「聖獣の力」が私に戻ったのだが、そのままイタシやがった!!そういう穴はあるのね!?訳わかんないこの身体!!!
とにかく、絶倫がぁ……ッ!!喉痛いし身体がだるいし、一部感覚無い感じがするんだが!!??
「キヨノ、その、今の我が出来る事は無いかっ?そうだ、滋養のあるモノを用意しようか!?」
「いらん!!」
「あ、温かい物はどうだ!?冷えただろうっ?」
「いらん!!」
「きよのぉ……っ!」
……さすがに、意地を張り過ぎただろうか?
「反省、してるのか……?」
「しておる!!」
「……じゃあ、温めてくれ。その、お前の体温がちょうど良い、から。」
「キヨノッ!」
「ただし!また手を出したらしばらく行方くらますからな!」
分かった!と言って、結界を解いた私をくるり、と、包む様に温めてくれる。
ひんやりするような、けれど、ほんのり温かい体にほっとしながら私は、多分、きっと、こんな騒々しい、けれど、穏やかな日々を過ごしていくんだろうなと、そんな予感を胸に、心地よい眠りについた。