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夕食の片付けをした後、病院の消灯の時間を狙って勇樹の病室に直接、転移をした。転移する前に消音魔法と遁甲魔法をすでに発動している。今日は念の為に魔物理防御障壁と遮断魔法も上掛けして張っておいた。
「勇樹?来たよ。」
「ん?え?」
私は勇樹の返事を待たずにカーテンの内側に入って行った。
「普通の声の大きさで喋っても大丈夫だよ。魔法使ってるから。」
勇樹はベッドの中で、キョドッていた。私は椅子に腰かけて勇樹の魔質を視た。不安…と緊張。
「どうやって来たんだ?急にそこに立ってたみたい…。」
「ああ、転移魔法を使って家から直接来たから。」
「て、転移?テレポート?すっげ…!」
瞬間移動…とは違うんだけどさ、まあいいか。
「検査、疲れた?」
「全然。俺は寝転がってるだけだもん。」
「そっか…。」
少し笑って勇樹の下半身を診た。やっぱり魔力が流れていない。
「なあ、俺の足…本当に治るのか?」
「絶対とは言わない。そもそも異世界人の治療は初めて……でもないか。この間からお父さん達の肩こりとか腰痛も治してる。治ってるね。」
「肩こり?地味っ!」
「何言ってんの、肩こりも酷いと頭も痛くなって辛いらしいじゃない。」
勇樹は少し笑った後に、大きな溜め息をついた。
「今日の検査の後さ…母さんが私も仕事辞めなきゃ…て言って、家もバリアフリーにしなきゃって言い出してさ、これから勇ちゃんの為に私頑張らなきゃね…て言われた。」
「うん。」
「俺…自分が動けなくなって、自分だけが人生詰んだ…とおも…ってた、けど…そうじゃなか…家族皆の人生が…狂って…。」
「うん。」
「これが俺が死ぬまで続くのか…と思ったら、情けなくて…腹立って…。」
勇樹は何とか私の方へ顔を向けた。
「莉奈…やってくれ。試して下さい。ダメだったとしても構わない、莉奈…お願いします。」
「勇樹…失敗する可能性もある。本当に本当に大丈夫?もっと考えてからでも…。」
「時間がないんだ…。早くしないと母さんも仕事辞めちゃうし、家のリフォームも始めてしまう。どちらにしても早くしないと…。」
ああっ…勇樹は先のことも、ご家庭のことも考えて選んだのか。
「悪いな莉奈…。お前には責任は負わさねえから…。」
そうじゃないよ、勇樹やっぱり私のせいなんだよ…。
私は息を整えた。これで勇樹が助かる、いや助けてみせる。私には勇樹を助けることが出来る魔力がある。今使わないでいつ使うのだ。
この治療魔術を使うことで、魔術師のいないこの世界に不審な魔術の痕跡を残すことになるかもしれない。世の中には沢山の病が存在するのに、勇樹一人を助けてしまうのは間違っているかもしれない。
でも
私には勇樹の幸せな人生を、彼から奪ってしまった大切なものを返さなければいけない。
「勇樹、始めるよ。」
「お…おう!」
私は勇樹の体に術をかけた。
………体の魔力がごっそり抜けていく。勇樹の体の下半身に向けて魔力を送り込んでいく。
意識を集中する。魔術もこちらの世界で言うところの『イメージ』が大事だ。魔力を病巣に当てている時に、良くなれ!とか病巣が消えていくイメージを頭に描く…。その方が術が効きやすい。
下半身に練り込んだ魔術を全部送り込んだ。立っていた足がフラついて床に座り込んだ。こんなに魔力を消耗した感覚は初めてだった。ベッドに手をかけて何とか立ち上がった。
ピィーピィーピィー!ビビビビッ!
びっくりした。隣のベッドの心電図モニターの音だけじゃない。廊下に有りとあらゆる計器のエラー音?が鳴り響いている。その音に驚いたのか、患者さんから悲鳴やら騒いでいる声が聞こえて、急に部屋の電気が点いた。看護師さん達が走り回っている。私は怖くなってガタガタと震えていた。
こんなに機械に影響があるとは思ってもみなかった。勇樹を見ると、眠っている。いや、気を失っているのかもしれない。勇樹の魔質を診てみる。
良かったっ!魔流が足まで流れてきている!
私の魔力と勇樹の魔力は反発せずに上手く交じりあっているようだ。とりあえずは成功だ。しかしまだ、油断は出来ない。やがて病棟内に響いていた計器の警告音が鳴りやんだ。
音が止まってとりあえず混乱は収まったようだ。
その後暫く、勇樹のベッドの横の椅子に腰かけていたが…おかしい。自分自身の体の魔力の流れがいつもと違う。弱い…という表現が当てはまるか。治療で魔力を使い過ぎたのかな。
それから夜明けまで病室で勇樹の様子を診ていた。魔力の流れは綺麗に体全体を流れている。ひとまず安心して、私は転移して自分の家に帰った。
…。
……。
………電子音で目が覚めた。眠い…。電子音の発信源のスマホを手で探る。
「はい…。」
『おっせっ!早く出ろよ。』
勇樹だ…。何…?私はまだ頭が回らない。
「あのさ、私…明け方まで起きてて…。」
『莉奈…。』
「ん?」
『歩ける、立てるよ。』
勇樹の声に一気に意識が覚醒した。私は起き上がったが、途端に眩暈がする…体がダルい…。何これ?
『朝から先生とか看護師さんとか慌てて騒いでる。今、母さんが来るの待ってる。』
「そっか…良かった。本当に良かった。」
『莉奈は今日は来れる?』
正直、体がダルい。起きているのが辛い。目が回る。
「今日は無理かも〜流石に魔力使い過ぎたみたい、疲れてる。」
『えっ?だ、大丈夫か?』
おかしくなって笑ってしまった。
「病人に大丈夫かって心配されてるよ〜。一眠りしたら行くから…で、念押しするけど魔法で治ったことは絶対に秘密で。」
『そっか…うん了解。ちょっと聞きたいこともあるし、後で!』
明るい勇樹の声を聞いていると、涙が溢れてきた。私の力が役にたった。
私はそこで意識を手放した。どれくらい時間が経ったのだろうか?誰かに体を揺すられて目が覚めた。お母さんだ…あれ?
「大丈夫?調子悪いの?」
目を開けると部屋は真っ暗だった。え?夜?
「もう夕方の6時過ぎ。今日の晩御飯は出前取ろうか?」
ひえっ?!寝過ぎていた。慌てて起き上がると体の怠さはとれていた。
「ゴメンね。」
あたふたとベッドから出るとお母さんは心配そうな顔で私を見ている。
「鴻田君の事で疲れてるんじゃない?」
あ…その心配は一応無くなりました〜、と言うのも変なので、アハハ…と笑って誤魔化した。
本日の夕食は出前のお寿司を頼んだ。お父さんが帰って来る前に
「ちょっと、病院に行ってくるね。」
と、出前の寿司を摘まんでから私はそう言って家を出た。今日はちゃんと病院の玄関から入って行く。
そしてヒョイ…と病室を覗くと、あ!勇樹のお兄さんの尚輝さんがいる。シンガポールから帰国したんだ。
「りっ!莉奈ちゃん?!」
わわっ!聡子さんが飛び付いてきた。
「勇ちゃん…勇ちゃん足が…足が…。」
聡子さんは慌ててしまって喋れない。ベッドの上に起き上がっている勇樹と目が合った。あれ…?
「莉奈、やっベー。足が動く。朝起きたら治ってた。」
勇樹は嬉しそうに微笑んだ。うん、打ち合わせ通りの台詞だね。その台詞で誤魔化そー!しかし気になる…勇樹の体の魔力の輝き…あれは…。
私はその後、聡子さんから話を聞きながら驚いたふりをして…そしてちょっぴり泣いた。泣けたのは本当だ。鴻田家全員が大号泣だった為のもらい泣きだった。
まず私が帰った後の朝、目覚めた勇樹はすぐにナースコールを押して『知らない間に治ってたアピール』を始めたそうだ。
勇樹は骨折もついでに治っていた。このとんでもない奇跡に病院関係者は、朝から精密検査で勇樹を連れ回した。結果は異常なし、脊髄損傷の箇所は認められないとのことだった。その後はひたすら先生達の診察三昧。その診察中も勇樹はすっとぼけて何とか乗りきったらしい。
シンガポールからこのタイミングで緊急帰国してきた尚輝お兄さんは、怒っていいのか喜んでいいのか複雑な表情をずっとしていた。
とりあえず、有給を取って家族を置いて帰国してきたので、折角だから一週間は日本に滞在して帰るようだ。
「にーちゃんにも迷惑かけたな。」
「色んな意味で脅かすな!俺の頭がストレスで禿げたらどうしてくれるんだ!」
と、尚樹お兄さんは帰り際に逆ギレして帰って行った。お兄さんシンガポールからオツカレー。
さて…そろそろ面会も終わる時間だ。ご家族は帰り、今は私と勇樹の2人きりだ。私は消音魔法をベッド周りに張った。勇樹は空中に視線を向けている。
あんたもしかして…?
私の目には勇樹の体の周りを、光る魔質の粒子が無数に飛び回っているのが視えていた。