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聡子さんが一度、家を片付けに帰りたいと仰ったので、私が面会時間ギリギリまで勇樹に付き添うことにした。
そう言えば今日は浮気女(運命の人疑惑)は面会に来ないの?さすがにチンチクリン呼ばわりしちゃったから顔を合わせづらいわ~と思っていたら
「莉奈、お前仕事は?」
と勇樹に痛いところを突かれた。
「まあ、自由人的希望で世界の見聞を深めるのもいいかと思って~。」
「…辞めたの?」
「…はい。」
潔く認めよう。勇樹ははあ…と深く溜め息をついた。
「あのさ、昨日のさ…まだ実感わかねぇんだわ。魔法使いって…箒とかで空飛ぶの?」
「空を飛ぶのに物は要らないよ。」
「そうか…今使える簡単なの魔法ってないの?見せて。」
簡単な…。私は掌の上に水の塊を浮かせた。
「うっわ…す…イテテ、イテテ…。」
自分で驚きの声を上げて体を動かして痛がっている…。
「こうやってさ、骨折した肩とか腕は痛いのにさ…へそから下が冷たい。体温感じないっていうかプラーンと繋がっている何か…みたいな感覚しかないの。これが神経が通ってないってことなのかな…。」
勇樹は笑おうとして引きつった笑いになってしまっている。
「莉奈…ごめん。俺まだ気持ちを整理出来ない。一気に色んな情報が入って来て、頭ごちゃごちゃ…もう少し待ってもらってもいいか。」
「いいよ。でももう一回言わせてね。私の魔術を使えば回復の可能性はある。その代わり成功しないかもしれないし、逆に危険な場合もある。それだけは覚えておいて。」
勇樹はコクコクと頷いている。
暫く他愛もない話をして昼食の時間になって照れ臭そうにしていたが、勇樹の食事の介助をした。そして昼食後、勇樹はスマホを無事?な方の手で操作していじっている。
「あ……えっと仕事終わりに満穂ちゃんが来るって…。」
マホチャン…ああ、ああ…浮気女(運命の人疑惑)のことね。
「はいはい…暫く出てくるわ~。」
「ごめん…。」
何のゴメンだ!何のっ…。私もチンチクリンとまた修羅場を繰り広げるのはご勘弁したい。
そうだ、夜まで時間を潰すなら、捨てちまった思い出を~掻き集め~……ようは捨ててしまった日用品を(普段着と化粧品等)を買いに行くことにしよう。
久々に駅ビルの中に出店しているファストファッションのお店を覗いたり、デパコス売り場でBAさんにタッチアップをしてもらったり、女子としては非常に充実した時間を過ごせた。
そして一度家に帰り、買った荷物を置いておこうと実家に戻った。
私は両親に勇樹の病状は伝えている。友達として力になりたい。と言うと両親は何も言わなかった。
もう彼女でもない…ましてや友達のカテゴリーにいるのか微妙な私が中途半端に体の不自由になった勇樹と関わろうとしている。心の中では反対なんだよね、魔質がそんな感じですよ。
色々買い揃えた戦利品達を自室に置いた後、軽く卵かけごはんを食べているとスマホが震えた。
『話、終わった。』
簡潔過ぎて分からん内容の無いよう?な勇樹からのメッセージが届いた。
茶碗を洗って片付けてから、転移魔法で病院に移動した。一応人目を避ける為に病院の近くの雑木林の中に転移した。本来は物が乱雑にある場所(例えば物置の室内)とかは転移の座標が指定し辛く、転移先には向いていない。
実際は開けた草原など障害物がない場所が一番転移しやすいのだ。しかし私は奇才の魔術師なので、全くもって問題ないけれどね。転移後、雑木林を掻き分けて病院の入口へと移動した。
そしてプラ~ッと病院の表玄関から中へ入って行くと…げげっ!チンチクリンこと浮気女マホチャンが前から歩いて来た!マホチャンは私に気が付くと、何故だか苦々しい顔をして近づいて来た。
「お見舞い?」
「はぁまあ…。」
マホチャンの魔力は暗く落ち込んでいる。あ…もしかして勇樹に話を聞かされた?マホチャンは昨日会った時のような勢いはまるでなかった。マホチャンは指で外来フロアの横のソファを指差した。
「ちょっと話、いい?」
私は頷いた。
「勇樹から…怪我の事、聞いた?」
マホチャンはそう切り出した。私が頷くとマホチャンは深く息を吐き出した。
「私さ…26なのよ、勇樹より上。正直結婚もチラチラ考えてたのよ。」
おお…マホチャン、もといマホお姉さんは目上の方だったのか。チンチクリンなんて言ってすみません。
「いい子ぶるつもりもないし、ぶっちゃけると車椅子の彼氏なんて…ましてや旦那なんてどうすりゃいいのよ?介護?はぁ?みたいな感じ…。」
嫌味っぽい言い方をしているけれどマホ姉さんの魔質は暗いままだ、相当ショックだったみたいだ。
「私の未来っていうか、先の生活に車椅子の彼氏の面倒を見れる余裕があるか?って聞かれたら無いわ…というしかなかった…。ねえ、私おかしいかな?」
マホ姉さんそれ、元カノの私に聞きますか?
「そうですね…私は勇樹との未来を描いたことが無いのでよく分からないです…。」
「ええ?あんた高校の時から付き合ってて…それでなかったの?」
マホ姉さんはびっくりしたのか結構大きめの声を上げた。
そりゃあ驚くよね?今考えても未来の自分と勇樹なんて想像もしてなかった。先の先なんて考えてなかった。心のどこかで『帰る自分』を常に意識していたからだろう。
「そんな私の事、勇樹には見透かされていたのだと思います。」
マホ姉さんは何とも言えないしょっぱい顔をして私を見ていた。
「私、どうしようもない彼女でしたね。大切なものが何もない…。」
マホ姉さんはちょっと座り直して私に近づいた。
「勇樹はあなたの話を職場で全然しなかったの。だから私ね気になって…勇樹のスマホの中のあなたの写真をコッソリ見たことあるの。綺麗すぎてびっくりした。」
そう…かな?元々の造作のままで黒髪に黒目に見える様に魔法を使っているから、ハーフか外人顔だよねと言われることは多いけど…。
「こんな綺麗な人でも、そうかぁ…。で、あなたはどうするの?私はどう考えても駄目だけど、ごめんね。」
マホ姉さんも何に対してのごめんね、ですか?色々含むのごめんね、でしょうか?
マホ姉さんはサッと立ち上がると、ピョコンと頭を下げた。ちょっと泣いている…。泣きたいのはこっちだっつーの。
そうだ、このマホ姉さんが勇樹の運命の人なのかもしれない…。
そう思うと私はそのまま走り去ろうとするマホ姉さんに向かって、あの…!と声をかけた。
「もし…もし、勇樹の体が元に戻るならまた勇樹と一緒にいてくれますか?」
振り向いたマホ姉さんは顔をしかめた。
「分からないわ…一度、手を振り離しちゃったもの…。」
そう言ってマホ姉さんは走り去った。私はマホ姉さんの背中に向かって深々と頭を下げた。
ごめんなさい、ごめんなさい。必ず必ず勇樹を元に戻します。そしてあなたの所に返します…だからそれまでは…。
私は病室の勇樹の元へ戻った。
「よおっ、あれ…なんか化粧が濃くない?」
「こらっ!濃いって何だ。コスメカウンターでBAさんにタッチアップ…え~とメイクしてもらったんだよ。完全フル装備だと言え。」
私は敢えてマホ姉さんの話題を振らなかった。勇樹からも振って来なかった。
次の日
朝から携帯にメッセージが入っていた。勇樹だ。
『今日は朝からずっと精密検査でいないから、今日はゆっくりしてくれ。』
「はあ…なるほど。」
すぐに連続してメッセージが来る。どうした?
『莉奈が魔術を使うのに俺が何か準備しなきゃいけないことはあるか?』
読みながらスマホを持つ手が震えた。勇樹…!
『ないよ。ただもう一度治療魔法の説明と守って欲しい決まり事の説明もしたい。』
『了解、検査終わったら連絡する。』
いよいよか…。緊張もしているし、失敗したら…という恐怖感もある。でもそれを上回る、これで勇樹を救うことが出来る…という安堵感の方が大きかった。
今日ほど膨大な魔力持ちで良かったと思ったことはない。あちらの世界でも重度の身体的欠損の再生魔術は最高位難度の医療魔術だ。並みの術者では失敗どころか術者本人が施術中に魔力切れを起こして亡くなってしまいかねない術式だ。
私なら出来る…!大丈夫だ!
私はスマホをギュッと握り締めた。夕方、勇樹からメッセージが届いた。
『検査終わった。いつでも来て良いよ。』
『消灯後に行く。』
今は私は実家にニート状態なので、晩御飯を作るのは私の当番だ。本日はつみれ鍋と鳥の甘辛から揚げ。そしてじゃこのっけ盛り和風サラダ。デザートはデパ地下の和菓子屋の桜餅だ。
仕事から帰って来た樫尾のお父さんとお母さんと夕食を食べる。
「いや~莉奈がお料理当番してくれるから晩御飯が豪華になったね。」
「いつも市販の総菜でごめんなさいねぇ~。」
「うわっと、美由紀さん~そんなつもりはぁぁ。」
いつもお父さんとお母さんは仲良いよね。こんなやり取りも今日で見納めかな…。いやいや私には泣く資格なんてありはしない。
本来は夫婦2人で生活していた所に15才の大きな娘が割り込んで来たのだ。この世界の理を歪めているのだ。樫尾のご両親に何かマイナスな影響が出ていないといいのだが…。
「そうそう最近さ、莉奈のご飯食べると偏頭痛が治ってる気がするのよね。」
「あれ美由紀さんも?俺も腰が調子いいんだ。来週のゴルフコンペ楽しみだな~。」
そうかい、そうかいフフフ…。
実は先日からさり気なくご両親の体を治療し続けているのだ。地味に肩コリや腰痛…初期の風邪も治している。言い方は悪いが勇樹の治療魔術の前の練習台にさせてもらっている。
しかしこんなことならもっと早くからご両親に治療魔術を使っておけば良かった。
あれそういえば、私…気にしていなかったけど、樫尾のご両親どうしてご夫婦なのに子供いないのかな?何か決めているのかそれともご病気なんだろうか…。
つみれ鍋を食べている2人の体を診てみる。お父さんの下腹部に魔力の濁りが感じられる。これはお父さん下の病気かな?よし…。
お父さんがご飯のお代わりを入れに立ち上がった。今だ、お父さんの座っていた椅子に魔術印を描く。たまたま卓上に置いていた油性マジックだが気にしない。素早く描き上げると、椅子の上に薄目の座布団を乗せて置いた。
お父さんは何も気にせずにそのまま椅子に腰かけた。座った途端、魔術印が光り輝きだした。
フフフ…治療してる治療してる…。
お父さんは自分の体の魔力の廻りが良くなったことに気が付いたみたいだ。
「あれ…お尻にカイロ入れてたかな?お尻がアッタカイロ?なーんちゃって~!」
「…。」
「…。」
お父さんのオヤジギャグに鍋が急に冷え込んだ気がした。
おっさんの冷え込むギャグはもういいから、とっとと座って治っとけ!