表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

4

午前中は勇樹のマンションに私物を取りに行っていた。その夜は約束通り、山田先輩と呉川さんが飲みに連れて行ってくれた。


会社を辞める本当の理由を言う訳にはいかないので、新天地で頑張ります!と飲み会で山田先輩と呉川さんに宣言した。


2人共半泣きになりながら頑張れ、頑張れ、を繰り返している。もう酔っているのかな?


こんな優しい先輩達の記憶の中から、自分の存在を消していかねばならないことが辛くて…悲しくて泣き叫びたくなる。


週末はやることが沢山ある。色々な記録から私を消していく作業がある。少しほろ酔い気分で駅前でお2人と別れて帰路に着く。何から消していこうか…と心の中で考える。


そうだ、消していくリストを作ってチェックしながらにしよう。そして消し終わったら、最後に樫尾のご両親の記憶を消して……勇樹は知らんわ。きっと私の事なんて話題にも出さないだろうし、あいつ1人で戸惑っておけばいい。それぐらいの意地悪は許してくれ。


マンションに帰るまでにあるコンビニで新作のスイーツと大盛かつ丼を買った。もう太るから~とか虫歯が~とか乙女なフリはする必要が無い。


そもそもだ、このまま元居た世界に帰っても国家反逆罪?みたいな罪で捕まって死刑か、よくても服役刑だろうしこちらで思い残すことの無い様に、自由を満喫してから帰ろうと思っている。


そして捕まるまでにやりたいことがある。


私を産んでくれた両親と会い、産んでくれてありがとう。好きな人が出来て幸せだった…と言いたいのだ。今は全く幸せだとは思えないが、そこは嘘をついてでも、実の両親には微笑んで見せて頭を下げるつもりだ。そう思うとあちらに帰ることに希望も湧くし、少しは前向きになれる気がする。


さて家に帰り風呂にも入り、消していくリストを作り始めた。


「え~と、まず公的機関の戸籍類でしょう。それと銀行の口座はまず解約して…結婚資金に貯めていた定期も解約して…あ~現金どうしよう。あ、そうだ!実家のタンスにでも入れて置いて…。」


リストを書いていくと、各種カードの会社、生命保険会社、ネット通販の会社…自分でも驚くほどにこの世界に痕跡を残している。高校の在校生リストからも削除しておかなきゃ…自分が写っている卒アルの写真は仕方ない。10年以上も経てば『そんな子居たっけ?』レベルの存在感の薄い子だった自信はあるから大丈夫なはずだ。


今思えば友人関係も希薄だった。初めからこの世界の人達に深入りするつもりはなかったのか、無意識で自分がそういう態度になっていたことに気が付いて、凹む。


「だから勇樹にもフラれるんだよ…。」


翌日の日曜日


私は朝からノートパソコンの前に座っていた。電源の入っていない真っ黒の画面にソッと指先を付ける。魔力を流し込んでいきながら、電波と魔力を混じり合わせていく。


「よし、繋がった…まずはカード名義の痕跡を…。」


電子機器は便利だ。だが便利な反面、ネット上でどことでも繋がっている。一度電波と魔力を絡めてしまえば世界中のどのサーバーにも入り込める。


私が悪いハッカーだったらどうなるんだろう?まあ興味は無いけどね。


繋がったサーバーから私は思いつく限りの自分の個人データを消していった。暫く消去作業に没頭する。思いつく痕跡は消せたはずだ。パソコンの画面から指を離すと、今度はA4のコピー用紙を取り出して、細字マジックで魔法陣を描いていく。


これも何だかな~だが、こちらの世界の紙でも筆記具も何でも可で、こうやって正確に魔法陣を描き込めさえすれば普通に術が発動する。情緒がない?異世界の魔術っぽい雰囲気も皆無だがこれが魔法陣だぁ。


「出来たっ記憶誘導魔法。」


私は出来上がったA4用紙をペラーンと掲げ持った後、すぐに家を出た。ますはコンビニだ。


夜半の自社ビルのオフィスはちょっぴり怖い…。暗い中、部署の入口のドア付近の書類棚の壁との隙間に魔法陣を描いたコピー用紙を差し入れた。するとコピー用紙が輝いた。これで明日、この部署に立ち入った人の記憶から、私という存在が消えるはずだ。


「ふぅ…。」


立ち上がって無人のオフィスを見回した。


社会人としてまだ二年目だったけど、ここの世界で働いているという実感を頂けた。


「ありがとうございましたっ!」


目から涙が溢れる。自分で痕跡を消していると段々とこの世界から切り離されているようで寂しくなる。


月曜日から私は無職だ。厳密に言うと、戸籍が無い。


私は転移魔法でマンションの部屋に戻ると布団に入った。とても眠れる状態では無かったけど目を瞑った。日曜日は古着買取や質屋に出かけて換金出来る物は全部現金化にしてきた。ゴミも全てマンション内のゴミ捨て場に置いた。この一週間、出せるゴミは全部出してきたので部屋は空っぽだ。


そして月曜日


朝一で銀行に押しかけると口座を片っ端から解約していった。ぶっちゃけ無国籍の私だが、以前発行して頂いた保険証と運転免許証がある。まだ窓口で出しても疑われないので有効活用だ。


全ての口座から出したお金を銀行のロゴ入りの袋に入れ、急いで実家に向かう。ここでも転移魔法を使った。


月曜日なので共働きの両親は不在だ。玄関で靴を脱ぐと足早にキッチンの隅に置いてあるチェストに向かう。このチェストに銀行関係の書類を置いているのは昔から知っている。


私は二段目の引き出しを開けて普段、両親の通帳を入れているお菓子の空箱の中の底の方に、下ろしてきたお金が入った封筒を隠し入れた。


「ちょっと怪しいけど、この中に入れていたらそのうち使ってくれるはず…。」


私の働いてから貯めていた全財産だ。よく考えれば生命保険も解約してお金を受け取っておけばよかった…。勿体ないことをした。


ゆっくりとしていられない。


ゆっくりしていると樫尾の両親が帰って来てしまうかもしれない。急いで二階の私の部屋へ移動する。


室内に入ると部屋に置いている私の私物を紙袋などに詰めて行く。何個か紙袋を作るとその袋を持って、今住んでいるマンションに転移する。何度か往復して戻って来た時にスマホが着信を告げた。


「あ……携帯解約するの忘れてた。」


画面を見ると勇樹のお母さんの聡子さんだった。もしかして勇樹から別れたと聞かされたかな?一度深呼吸をしてから通話アイコンをタップした。


『莉奈ちゃん…今どこなの?あのね…。ゆうちゃんがね…。』


聡子さんの魔質がスマホ越しに流れてくる。いつもと違う…。焦りと動揺…。


「勇樹がどうかしました?」


『じ…事故で…。』


「…‼」


事故…?


「よ…容態は?」


『意識は戻ったのよ…でもね、…知らない女の子がお見舞いに来ていて…ねえ、莉奈ちゃ…別れたの?勇ちゃんと別れ…。ぐっ…ひぅ…。』


聡子さんが電話口で泣き出してしまった。事故?取り敢えず意識は戻ったってことは交通事故か何かなのか…。緊張していたのか体の力が抜けて、床に座り込んだ。お見舞いに来ている女の子とはあの浮気相手の女だろう。こういう時、元カレの母親に何て言うべきなんだろう…。


そりゃあ勇樹の容態が心配だ。心配だけれども取り敢えず無事なのは良かった…。でもやっぱり…ごめん聡子さん。


「聡子さん、私…勇樹と別れたの…だからお見舞い行けないよ…ごめんね。」


電話口で泣き続ける聡子さんの声に私もまた鼻の奥がツーーンと痛くなってきた。


私は泣き続ける聡子さんを何とか宥めてから通話を切ると立ち上がった。


勇樹が事故…聡子さんから聞き出した所によると、大きなトラックに撥ねられたらしい。勇樹は青信号で横断歩道を歩いていたのでトラックの前方不注意のようだ。意識は戻ったが、まだ予断は許さないらしい。聡子さん曰く、面識のない女の子が面会に来ていてどうやら彼女みたいらしいことと、私と別れたことを知らされていなかったことが癇に障っているらしい。


私は自分の家の玄関の下駄箱の下の隙間に昨日描いた魔法陣の複写した紙を差し入れると、魔術を発動させた。


これも不思議なことなのだが、魔法陣もコピーして何枚でも複写出来るのだ。文明の利器って色々と怖いね。


よし…これでほぼ痕跡を消せた。樫尾のご両親も私の事を忘れるはずだ。玄関先で靴を履くと誰もいない室内に頭を下げた。


「お世話になりました。」


今は勇樹の事故の知らせを受けて、私は心が散り乱れている状態だった。気を抜けばへたり込んでしまいそうだ。暫く玄関先で迷ったが…よしっ。意を決して転移を開始すると、勇樹の実家の近所に降り立った。


張り込み開始だ!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ