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月曜日、何とか会社には出勤した。朝一から報告するのも億劫だけれど、早めに伝えておかなければ後の人事が困るというものだ。


「樫尾、本当に辞めるのか?」


私が今月末で退職したいと退職届を提出すると、吉田部長が眼鏡を何度も押し上げながら、私に向かって再確認をしてくる。


「はい、私の仕事の引継ぎが終わりましたら…それまでは頑張ります。」


「あ、そうかっ!寿退社か?」


あ……あはは、そうきたか。言いにくいなぁ…でも嘘を言うのは気が引けるから…。


「いえ…気持ちを切り替える為に、ちょっと遠方まで引っ越そうかと思いまして。」


私の声が漏れ聞こえたのか、部署の皆がざわついた。


そして席に戻ると、隣の席の山田 美咲先輩がぐぃぃ~と体を近づけてきた。


「ちょっと…引っ越すの?嘘でしょう?」


「いえ…本当です。え~と気持ちをきりか…。」


「彼氏となんかあったの?」


先輩、鋭い。


「よくある浮気というやつです。」


「浮気ぃ!?」


「先輩…声を押さえて…。」


「ああ…ゴメンゴメン。あんたの彼氏って虫も殺せなさそうなヒョロッとした子じゃなかったっけ?そんな子が浮気?」


虫…とかヒョロッとしているのは浮気とは何ら関係が無いとは思うけど、魔力をズオオッと上げて怖い顔をしている山田先輩にはとても言えなかった。


「浮気相手…誰なの?知ってる子なの?」


「そこまでは…偶然二人が歩いてる所に出くわしまして…。」


「……。」


先輩の魔力が怖いです。


「で…彼氏から連絡は?」


「あ…えーと。」


スマホを見る。勇樹から着歴が何件かあって、メッセージも送られてきているが怖くて見ていない。


「怖くて見てません。」


山田先輩の魔力がまた上がる。


「も〜山田、そんなに怒ってやるなよ。」


「莉奈ちゃんに怒ってる訳じゃないよ!そのヒョロッと野郎に怒ってんの!」


私の前の席に座っている既婚者の呉川さん(男性)が会議の資料を手渡してくれた。


受け取って読んではいるが、呉川さんが私を見詰めている視線に気がついて集中出来ない。


「何ですか?」


「メッセージ見ないの?はっきり言っちゃうと見た方が後々の為になるよ。」


呉川さん、やけに断定するね。私と山田先輩の視線に気がついたのか呉川さんは困ったような顔をしてから口を開いた。


「昔ね、付き合っていた彼女と遠距離恋愛になってね。向こうから離れてて辛いから別れてくれって言われたことがあったんだ。」


「は~なるほど。」


「遠恋あるあるですね。」


呉川さんは深く溜め息をついた。呉川さんの魔力が暗く色を変化させた。後悔…とか悲しみとかかな?


「その当時は彼女からメッセージが何件も届いてたのを怖くて見れなかったんだ。それを1か月も放置したままにしちゃってて…飲み会で同僚に相談した時に、酔っぱらった同僚にスマホ取られてメッセージの文章を開いて見られちゃったんだ…。」


「何が書いてましたか?」


つい興味津々になってしまうのはご了承下さい…。


「うん…。『急に思い詰めてしまって悪かった。これからの事をちゃんと話をしたい。』とか『返事をして欲しい。私と向き合って欲しい。』とか…彼女のメッセージはこれからの事…先の話をしてくれている内容だったんだ。俺は申し訳なくて、でも嬉しくて彼女に急いで電話をした。そうしたら彼女から冷たい声で『今更何の用だ?もう二度とかけてくるな。こっちは1か月かけて吹っ切ろうとしているのに邪魔をするな』て言われた。すでに手遅れだったんだ。」


私と山田先輩は思わず止めていた息をドッと吐いた。


「俺もさ結婚したし、今は幸せだけど…それが小骨が喉に刺さってるみたいに、ずっと気になるんだよ。タラレバだけどね?多分一生、小骨が喉に刺さったみたいにずっと気になるんだろうな…って思うとね。だから樫尾さんはそんな思いはしないで欲しいな~と思っただけ。」


人生の先輩、呉川さんの重い想いを受け取って…私は震える手でメッセージを開いた。今は個室のトイレの中でスマホいじってます。


スマホのメッセージのアイコンをタップした。


『俺と別れて欲しい。お前と会っていても心が躍るような事が無くなってしまった。』


そうか………ああ、やばいっ…ほんの少し、本当に少ーーーし期待したのに…これかよっ。


「辛らぁぁぁ…。ぐすっ。」


因みにトイレの個室の周りには消音魔法を使ってます―――!ちくしょうーー!


私は震える指で何とか返信を打ち返した。とても生で電話は出来ない。


『そうですか、分かりました。』


するとあやつはスマホを見ていたのだろうか、文章にすぐ既読の文字が付く。


この野郎ッ!〇獄へ落ちろっ!呪ってやろうかぁぁああん?私はマジで呪詛魔術も使えるんだぞぉぉ!


実は携帯電話や電子機器は、魔力や魔法を媒体することが可能だ。画面を睨みながら思わず指に魔力を籠めそうになって……驚いて魔力を引っ込めた。既読の文字が表示された途端、スマホの画面越しに勇樹の魔力がスマホから流れてきたからだ。


あいつ…泣いているのか?


そんな魔力波形だった。泣きたいのはこっちじゃボケーーっ‼


先に泣かれるとこちらは冷めてしまった。何故フッておいて泣くのだ?俺、可哀そうアピールか?


そう思うと悲しみより怒りの方の比重が大きくなってきた。


私は涙を拭くと、化粧直しをしてからトイレを出た。馬鹿勇樹に構っている暇は無い。やることは一杯ある。


トイレから戻ると呉川さんと山田先輩と視線が合わさった。どうだった?と聞かれる前に自分から言ってみた。


「はは…ダメでしたわ。」


それだけで、お2人には通じてしまったみたいだ。


「今週末に飲みに行こう!」


「そ、そうだね!俺も付き合うよ。」


ふえ~~~ん。心の中で号泣しつつ先輩方に頭を下げる。


「はい…宜しくお願いします。」


私は引継ぎ作業用の資料を作りつつ、今残っている仕事を片付け始めた。


週の中日の水曜日…朝、いつもと同じ時間に家を出た。


ん?ああ、しまった~!駅に向かっている時に気が付いた。勇樹が前の方を歩いている。これ魔力波形が視える、感じるってある意味便利だよね。こうやって不意打ちで会うことを、わざと避けることも可能だ。


うっかりこの時間に出勤してしまった自分が悪いので、仕方なく前を歩く勇樹の魔力波形を遠くから観察する。


ふーーん結構元気そうじゃない。そりゃそうか、私とは綺麗に別れられたし…いや、何を以て綺麗な別れと言うのかは謎だけど?そもそも別れに綺麗なんてものはなくてだね、よく考えれば醜悪とも取れる感情を…。


とか考え込んで歩いている間に、おっといけない!勇樹に近付き過ぎていた。人混みの間に勇樹のスーツの後ろ姿が見える。しかし山田先輩の言う通り、確かにヒョロッとしているかな…。そんな勇樹の後ろ姿を見ていたらまた鼻の奥がツーンと痛み出した。


よしっ…思い切って歩調を速めた。そして勇樹の側を歩いて抜き去ってやった!


勇樹を抜き去って颯爽と歩いていると、勇樹の馬鹿が私に気が付いたようだ。急に速度を上げて距離を詰めて来た。


何の用だよっ!ヒョロッと野郎っ!


私は勇樹の足に加重魔法を使ってやった。簡単言うと足を重くする魔法だ。もっと簡単言うと…嫌がらせ魔法だ。途端に私を追いかけて来る勇樹の足取りが遅くなる。


あはは~ざまあみろ!電車に乗り過ごしてしまえっ!遅刻してしまえぇ!


…………虚しい。


私は駅のホームに着くと、勇樹の魔法を解術してあげた。こんな嫌がらせをするなんて大人気ない。そして私は自身の体に魔物理防御障壁を張ると満員電車に乗り込んだ。


何故、魔法障壁を使ったかと言うと…痴漢防止の為だ。私の場合、障壁越しにしか触られないし…こちらで痴漢だと分かった時に雷魔法と腐食魔法を犯人に使ってやるのだ。痴漢の手を痺れさせて爛れさせてやるのだ。勿論、痴漢を目撃&魔力で感知することも怠らない。遠くの車両で憎き行為をしている変態には魔法をぶつけてやっている。


自分の魔力の及ぶ範囲しか悩める乙女(たまに男子もいる)を助けることは出来ないが、自分の出来る人助けだと自負して『自称痴漢撲滅隊員』を心の中で名乗っている。犯人を捕まえればいいのでは?と思われそうだが、そこまでこの世界の司法の中に自分の存在を知らしめしていいのか悩んで結局、今のスタイルに落ち着いたという訳なのだ。


こういう中途半端な正義感が一番始末が悪いんだよな…。


また鼻の奥がツーンと痛み出した。あれから涙腺が弱い…。暫くこうやってめそめそしちゃうのかな…。


そう思いながらも時間は過ぎている。会社でも引継ぎ作業は順調だ。


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