第八話「忠告」
「間違った……?」
リィリアの言葉に湊の脳裏に自分のやった間違いであろう光景が流れる。
「はい。あなたは間違ったんです。陽樹お兄ちゃんのことが好き。もちろん異性として。けど、自分の気持ちが思うように伝わらない。あなたは悩んだ……どうすればこの気持ちが伝わるのか」
まるで心を読めるかのように淡々と呟くリィリア。
湊は反論できずただただ聞いている。
微笑みかけている。普通なら可愛らしい女の子のはずなのに、異様なまでの恐怖を感じる。
「元々内気だったあなたは陽樹お兄ちゃんのために変わったとはいえ、やはり根は内気なまま……それがあなたを間違った方向に導いてしまったんです」
「わ、私は」
リィリアの言っていることは全て本当だ。だから湊は、反論しようにも反論できない。
周囲には他にも人が居るのにも関わらず、周囲の音がBGMかのように聴こえる。
「世の中は、ひとつ間違っただけで修正不可能な道を歩むことになる。あなたは乗せられたとはいえ、最終的に選んだのは……お姉さん? あなたです」
この子はいったいどこまで知っているというのか? そのことは陽樹も知らないはずなのにと、湊の表情は青ざめ、小刻みに体が震え始める。
「簡単な話だったんです。好きなら素直に伝えればよかっただけなんですよ」
「でも、それでも!」
「相手にされない。だめかもしれない、ですか?」
食い気味にくるリィリアに、言葉を飲み込む。
「だとしても諦めなければいいんです。好きだったんですよね? 陽樹お兄ちゃんのこと。本当に好きなら簡単に諦めないはずです。何度も何度も何度も……その人に好きな人がいない限り、好きになってくれるまで」
正論だ。どこかで"また"普通に告白しても……と諦めていたのかもしれない。湊は、自分の不甲斐なさに俯く。
「つまり、あなたは陽樹お兄ちゃんのことを本気で好きではなかったんです」
「ちが」
「違う、と言い切れますか? 気を引くためとはいえ、他の人と付き合うということは、そこまでだったということなんじゃないんですか?」
それがトドメとなった。
もうだめだ、と湊は、その場に膝をついてしまう。
そんな湊にリィリアはぽんと肩に手を置き、耳元で囁く。
「陽樹お兄ちゃんは底無しに優しいですから、真実を知ったら、こんなことをしたあなたでも受け入れてくれると思います。でも、それは幼馴染のあなたとして、です。……最後に、これは忠告です」
笑顔で立ち上がり、湊を見下ろす体勢でリィリアは言葉を送る。
「もし、陽樹お兄ちゃんに危害を及ぼすようなら……許しませんから」
「……」
聞こえているのかどうか最中ではないが、リィリアは一礼してからその場を去っていく。
「ん? なんだ湊。こんなところに居たのかよ。さっきから電話してたのにどうして……おい、どうかしたか?」
そこへすれ違うように竜夜が現れる。
ふらりと立ち上がる湊を見て、竜夜はなんとなく去っていくリィリアを見詰めるが、それよりも危ない足取りで歩く湊が心配で意識を外した。
・・・・
リィリアちゃんとのデートは順調にことが進んでいます。不甲斐ないですが、リィリアちゃんにリードされて。
とはいえ、楽しい。
まあ、最初は小学生とデートしているのを知り合いに見られたらどうしようかと思ったけど、運よく誰とも会わなかった。
しかも、お? 兄妹でデートかい? なんて知らないおじさんに言われた。やっぱり年齢差があるから兄妹にしか見えなよなぁ。
まあ、それはそれで助かるんだけど。
もし、恋人同士に見えていたら俺、世間的に終わっていたかもしれない。いや! 決してリィリアちゃんとのデートが嫌というわけではないのだ。俺のせいでリィリアちゃんにとって悪い方向にならないか心配と言いますか……。
「それにしても、リィリアちゃんどこに行ったんだろ?」
喫茶店で休憩しようと入ってから数分後。
突然用事を思い出したから、少し席を外すと言ってどこかに行ってしまった。
まさか知り合いがいて、茶化されている?
もしかしてあんな普通の男と付き合ってるのー? みたいな?
だとしたら、どうしよう。
やっぱりもっとかっこいい服を着て、髪型とかを変えた方がよかっただろうか……。
「お待たせ、お兄ちゃん」
「お、おかえりリィリアちゃん。もう用事は終わったの?」
よかった。無事に戻ってきてくれた。
「うん。ちょっと対応に困る人だったけど、なんとか」
「そんなにめんどくさい人だったの?」
「そうだねぇ……色々と、かな。困った人だったよ」
ふむ。確かにめんどくさい人の対処は大変だよな。俺も、昔あったなぁ。やたらとノリだけで周りを困らせていて、自分が犯したことを理解していない。
注意しているのに、まったく止めようとしない奴。まあ、そいつは中学の時に引っ越したんだけど。
「頼りないかもだけど。困ったことがあったら相談してよ。話を聞くだけなら俺でもできるから」
完璧そうなリィリアちゃんが困るほどのことを俺が対処できるか不安だけど。
「えへへ。ありがとうお兄ちゃん。……ねえ」
「ん? なんだい、リィリアちゃん」
注文していたプレミアパフェ春のフルーツ乗せを食べようとした時だった。
テーブルに肘つき、両手に顔を乗せるような体勢でリィリアちゃんは。
「わたし、お兄ちゃんのことをだーい好きだよ」
「はは。ありがとう。俺もリィリアちゃんのこと好きだよ」
こんな可愛い子に好きになってもらえて俺は幸せ者だな。
などと、うきうき気分で掬ったものを口に運ぼうとすると、続けるように。
「もちろん。異性として」
思考が停止した。
というか体も時が止まったかのように動かなくなる。しばらくの静寂が続き、俺は掬ったものを戻す。
「……ふっ。今日はいい天気ですね」
「そうですね。雲ひとつない青空が広がってますね」
「ああ……でも日差しが強いかな? ちょっとくらくらしてきたよ」
うん。本当はそれほど強くないけど。
や、やべぇ! なんて破壊力のある不意討ちだ……!? え? もしかして本気? 本気なのか?
湊とのことがあってから、できるだけそういうことに意識していかなくちゃって思っていたけど、いざとなると頭が真っ白になる。
やっぱり恋愛って難しいですよ……!
「あのですね。リィリアちゃん」
「なーに?」
はあ……可愛い。そんな上目遣いで首を傾げないでください。心臓に悪いですから。
「そういうのはですね。もっと互いを知ってからですね」
「わかってるよ。だけど、よく言うよね? 恋愛は戦争だって」
確かに誰かが言っていたような気もするけど……。
「今は、そのままでいいよ。ただわたしの気持ちを先に伝えておきたかったんだ。例え、陽樹お兄ちゃんを好きになった女の子がいっぱい居ても、ね」
「あはは。俺なんかを好きになってくれる子はそういないよ」
「そんなことないよ。絶対陽樹お兄ちゃんの魅力にメロメロになる子はたくさん居る。少なくともわたしが知る限り……三人は居るかな」
ま、マジですか。それってリィリアちゃんの知り合いってことなのかな? ということは、リィリアちゃんと同じ普通じゃない子。
吸血鬼の知り合い……魔女とか、悪魔とかかな?
「そういうわけだから、お兄ちゃんをメロメロにさせるために、積極的に攻めちゃうから。覚悟してね?」
「お、お手柔らかに……」
どうなるんだろ、俺。