第六話「その時」
「なあ、陽樹」
「なに? 父さん」
今日は早上がりだったため家族三人で夕食を食べていると、父さんが真面目な表情で問いかけてくる。
「最近はどうだ? その、学校は」
俺は、察した。
本当に聞きたいことはそれじゃないと。関連していることだろうけど、父さんはあえて違うことを問いかけてきたんだ。
「楽しいよ、毎日」
これは本心だ。確かにあんなことが遭ったけど、それでもそれだけが全てじゃない。
「そうか。それはよかった……」
本当に安心している。めがねの奥にある瞳と声音でわかる。
「父さん」
俺は一度箸を置いて、自分から突っ込んでいくことにした。
「なんだ?」
「遠慮なんてしなくてもいいよ」
そんな俺の言葉を聞いた父さんは、一度間を置いてから口を開く。
「正直、どう思っているんだ? 竜夜君と湊ちゃんが付き合っていることに」
やっぱりそのことか。
「最初は驚いたけど、俺が今更割って入るのはなんていうか……うん。今更って感じ」
「昔からお前達三人が仲が良かったのは知っている。そして、竜夜君には悪いが、将来はお前と湊ちゃんが付き合うって思っていたよ、父さんは」
「母さんもよ。よく湊ちゃんのお母さんとは、将来について話し合ったものよ」
それだけ俺達は仲が良かったってことか。
けど、俺は湊の気持ちに気づいてやれなかった。ずっと幼馴染として、それか同い年だが妹のようにも見ていた。
昔の湊は、本当に臆病で、俺の後ろに隠れたり、他の友達ともあまり一緒に居ることがなかった。
あいつが変わったのは、確か……小六の秋からだった。
何があったかわからないけど、急に積極的になって、俺の世話を焼こうとするようになったんだ。
それにより、俺と竜夜以外の友達とも一緒に居るようになったんだっけ? それで中学三年の頃からなんかこう俺も自然と接し方が変わったんだったか。
「なんかごめん」
「お前が謝ることじゃない。父さん達が勝手に盛り上がっていただけなんだから」
「そうよ。あなたの人生なんだから。あなたの自由に生きなさい」
……ありがとう。父さん、母さん。
「とーこーろーで」
ん? なんか一気に雰囲気が。
「あの子とは、どうなの? 陽樹」
やっぱりか母さん!
「あの子? まさか陽樹。お前、もう他の子と?」
そういえば父さんはまだ知らなかったっけ。
「実はね。こーんなに可愛い女の子と知り合ったのよ!」
めちゃかちゃにやにやしたゆるーい表情で母さんはスマホを父さんに見せる。
そういえば、あの時母さん。リィリアちゃんの写真を。
「ほう。可愛いじゃないか。しかも外国人か?」
「そうなのよ! 名前はリィリアちゃんって言ってね。専属の運転手が居るほどのお金持ちのお嬢様なんですって!」
「凄いじゃないか、陽樹。まさかこの子が居たから湊ちゃんとは付き合わなかったのか? だが、どう見ても小学生ぐらいにしか……陽樹。ちょっと真剣に話し合おうか?」
やばい。父さんがさっきとは違う意味で真剣モードに。
母さんめ……余計なことを。
その後、俺はしばらく夕食に手をつけられず、父さんと真剣な話し合いを小一時時間に及びし続けるのだった。
・・・・
「いや、それでよ。陽樹の奴がさ、その時なんて言ったと思う? 湊」
丁度十八時半を回った時刻。
夕日も大分沈み、夜を迎えようとしていた。町では、帰宅する社会人。まだまだ遊び足りないとばかりに店に入っていく若者達。
時間が過ぎていくのも忘れて会話に夢中な老人で溢れていた。
そんな中に、制服姿のまま並んで歩いている男女。
竜夜と湊だ。
竜夜は、先日の出来事を陽気に話しており、湊はそれに興味あり気な、しかし聞きたくないような表情で聞いていた。
「ありゃあ、完全に俺達のこと祝福してくれてる顔だったぜ。ま、あいつにとってお前はその程度の存在だったってことなんだよ」
「……ごめん。ちょっとトイレに行くね」
丁度コンビニ前に来た時だった。
湊は、トイレに行くと言って駆けていく。一人になった竜夜は、電柱に背を預け、スマホをいじり始める。
「……ふっ」
そして、不敵な笑みを浮かべた時だった。
「あわわわっ!? ど、退いてくれぇ!?」
「あん?」
どこからともなく老人の声が響き渡る。
その声に気付き、振り向くと自転車の籠やハンドルなどにパンパンの袋を取り付け、ふらふらで突っ込んできていた。
竜夜がそれに気付いた時にはもう遅い。
若干軌道はずれたが、自転車と衝突してしまった。
「いでっ!?」
その勢いで、竜夜は転倒し、自転車に乗っていた老人は買ったものを盛大にぶちまけてしまう。
「てぇな。何しやがるじじい!!」
「ご、ごめんよ。怪我しなかったかい?」
老人には怪我はなく、ぶちまけたものよりも竜夜の心配をする。
周囲の人達は何事だと集まってくる。
「別にして」
「あっ、手を怪我してるじゃないか。えっと……」
よく見ると左の掌から血が滲み出ていた。
「り、竜夜君。どうしたの?」
そこへ湊が戻ってくる。老人がハンカチを取り出し、竜夜の血を拭おうとしていたのを見て、なんとなく状況を把握した湊。
「触るんじゃねぇよ、じじい!」
少し血を拭ったところで竜夜は乱暴に払い除ける。
「ごめんよ、坊や」
「気を付けろ。いくぞ、湊」
「う、うん」
さっさと去っていく竜夜とものを拾っている人達を見てから、老人に会釈して追いかける湊。
「まったくなんて少年だ」
ぶちまけたものを拾ってくれていたサラリーマンが去っていく竜夜を見て眉を顰める。
だが、老人は苦笑いをしながら呟く。
「ぶつかったのは私なので、あの子は悪くないよ」
「そうでしょうけど。少しは老人を労るべきではないでしょうか?」
「本当に良いんだ。それより、すみませんね。拾ってもらって」
「いえいえ。この量、お一人じゃ大変でしょう? もし宜しければ家まで運びましょうか?」
と、拾ってくれていた主婦が言う。
「お爺ちゃん! もう、一人でそんなに買い込んで!」
「そういう時は私達を頼ってって言ったでしょ?」
そこへ現れる二人の少女。どちらも栗色の髪の毛だが、一人は小学生ぐらいで長髪、もう一人は高校生ぐらいの大きさでポニーテールだ。
「おや? もしかしてお孫さんですか?」
拾ったものを詰めた袋を籠に乗せたサラリーマンが微笑ましそうに言う。
「ははは。実は、そうなんです」
「すみません。祖父がご迷惑をかけたようで」
姉と思わしき少女が深々と頭を下げる。だが、ものを拾ってくれた人達は気にしないでと笑顔で対応する。
「ほら、お爺ちゃん。帰るよ!」
「買い物袋の半分は私達が持つね」
「ありがとう、二人とも。それと、皆さんも」
こうしてちょっとした騒動は終わった。可愛い孫達に囲まれ、老人は笑顔で去っていくのだった。