第五話「どうして?」
「よーし! 少し休憩だ! しっかり水分を補給しておけよ!」
「ふー、疲れた疲れた」
陽樹が帰った後、竜夜は若干不真面目な感じで、気づかれないように練習をしていた。
そして、休憩になると同じ一年達と陽樹の話題を切り出す。
「それにしても、さっきのあいつまだ落ち込んでると思ってたが、思っていたより元気そうだったな」
「だな。僕はてっきり会話もまともにできないほど落ち込んでるかと思ったんだけど。だって、湊ちゃんってあいつのこと好きだったんだろ?」
と、めがねをかけた一年が問いかけると、竜夜はああと勝ち誇った表情で頷く。
「けど、湊は俺の彼女になった。湊もあんなヘタレより俺のことを選んだんだよ。しかも、陽樹の奴。完全に俺達の関係を祝福してくれていたよな? まったく気にしてないような素振りだったし」
スポーツ飲料をぐびっと飲み、竜夜は角刈りの一年に確認する。
「ああ。なんだか普通にな。まさか、あいつそこまで好きじゃなかったんじゃないか? 湊のこと。もし好きだったら一日で復活なんてできないと思うが」
僕だったら学校に来れないかも……と、めがねの一年が俯く。
「そうだなぁ……確かにあいつは湊のことは好きだったはずだぜ。けど、それは幼馴染としてであって恋愛対象にはなってなかったんだろうな。つーか、あいつに恋愛なんて無理だろ? だって地味だし。あいつのことを好きになったのなんて湊とガキぐらいだろ」
竜夜の言葉に話を聞いていた二人は首を傾げる。
「どういうことだ?」
「あいつ、やたらとガキに好かれるんだよ。そんで、あいつもそれを笑顔で受け入れてる」
「それはただ子供好きってだけじゃないのか?」
めがねの一年の言葉にもう一人が同意するように頷く。
「じゃあ、将来は小学校の先生です! てか? まあ、あいつアニメや漫画に夢中なのに成績いいからな」
「というか、湊はなんで告白しなかったんだろうな」
角刈りの一年の言葉に、竜夜はぴくっと反応する。
が、すぐにコーチから休憩終了の言葉が響き渡る。生徒達は、気持ちを切り替え早々と練習に戻る。
「……」
しかし、竜夜だけ自分のバッグに入っているスマホを見詰めたまま動かずにいた。
それを見たコーチは、聞いているのか! 竜夜! と呼び掛ける。
「今いきますよーっと」
・・・・
再び俺は、リィリアちゃんの家に訪れていた。
昨日ぶりだが、入ってきてそうそうメイドさん達が笑顔で出迎えてくれる。
何事!? と驚く俺に、リィリアちゃんが説明してくれた。
どうやら俺がリィリアちゃんと仲良しなため全力でおもてなしをすべく待機していたのだそうだ。
まさかそこまでしてくれるとは。
まあ結局、俺が遠慮したところ残念そうに表情を曇らせるも、下がってくれた。
「はい、お兄ちゃん。膝枕だよ」
「い、いいの?」
なんだか自室に到着した瞬間、当たり前かのように膝枕をしてくれる体勢に入ったので俺は少し戸惑ってしまう。
確かに甘えたいけど。
「もちろん。この膝はお兄ちゃん専用だからね」
「俺、専用!?」
なんて甘美な言葉なんだ。
こんな可愛い子の膝が俺専用だなんて……!
「で、でもさ。今リィリアちゃん……す、スカートなんだけど」
それも短めの。なので素肌へダイレクトに頭を乗せることになる。いや、正直乗せたい。
そう。新たなステージに。
「もしかして、スカートが邪魔?」
「え?」
俺の中途半端な言葉に対して、リィリアちゃんはスカート指で摘まみ首を傾げる。
なんて破壊力の仕草……! エロ可愛いとはまさにこのこと!
「ち、違うよ! 別に下着をみたいとかそういうのでは!」
やばい。焦ってとんでもないことを口にしてしまった。これはさすがのリィリアちゃんでも、ゴミを見るような目で。
「へー、お兄ちゃん。そういう風に考えてたんだ」
あぁ、やっぱりこれは……き、嫌われる!
おわた。
そう思った俺だったが、リィリアちゃんはスカート摘まんだまま口を開く。
「いいよ」
今なんと?
「お兄ちゃんにだけ、特別に見せてもいいよ?」
恥ずかしそうに。しかし、まるで誘っているかのように呟く。
特別に見せてもいい。
そ、そんな素敵な言葉が現実で聞けるなんて!?
「……」
いやいや、いかん! エロい目でリィリアちゃんを見るなんて!
俺は紳士だ。
変態という名の紳士ではなく、正真正銘の紳士なんだ!
なので。
「これでよろしくお願いします!!」
俺は決してリィリアちゃんのパンツは見ない。ダイヤモンドのような硬い決意をし、リィリアちゃんの素肌へと顔を埋める。
あぁ……なんて柔らかさなんやぁ。
「ふふ。紳士的だね、お兄ちゃんは。そのまま顔を上げても良いんだよ?」
優しく頭を撫でながら、再度誘惑してくるリィリアちゃん。くっ! 顔をあげたい。おそらく音からして、スカートをたくし上げているのに違いない。
今、顔を上げれば確実に視界に映る。天使の下着が! おそらく俺は、ただでは済まないだろう。そして、一度見たら歯止めが効かなくなる……そうなれば、俺は人として何かが壊れる。
だから、向かない。
例え、どんな甘い誘惑がきても!
「……しょうがないなぁ。だったら思う存分堪能してね。膝枕」
「はい!!」
「はーい。いい返事ですねぇ、お兄ちゃん」
ふう……これで何とか人として何か守れたはずだ。まあ、冷静に考えてみればこうやって小学生に甘えている時点で色々と終わっているような気がするけど。
「ねぇ、お兄ちゃん。聞いてもいいかな?」
しばらくの静寂が続き、眠気が襲ってきた時だった。
少し真面目な声音で問いかけてくる。
「なんだい?」
「答えられなかったら無理に答えなくてもいいんだけど……昨日どうしてあんなに落ち込んでたの?」
……そういえば話していなかったな。リィリアちゃんもあえて聞こうとしなかったみたいだったし。
でも、やっぱり気になるよな。
「実は」
彼女になら話してもいい。そう思った俺は、リィリアちゃんの顔を見上げながら語り出す。
昨日の出来事。
「ーーーてことがあってさ。考え事をしながら歩いていたら、霧が漂う森に居て、君に出会ったんだ」
なんだか少しスッキリしたかな。膝枕の効果もあってか、体全体が軽くなった、ような気がする。
「リィリアちゃん?」
じっと俺を見詰めたまま動かない。どうしたんだろう?
「お兄ちゃんは今……その二人のこと、どう思ってるの?」
「……今までの関係は壊れちゃったかもしれないけど。まだ幼馴染の関係で居たい、のかな。あはは、ちょっとわからないや。ごめん」
わからない。本当に俺はどうしたいのか……わからないんだ。正直驚きはした。でも、どうして落ち込んだのか。告白かもって期待していた自分が居たってことは……湊に好意があったのかな、俺。
それも今更か。
「わたしこそごめんね。お兄ちゃんを悲しませるようなこと聞いて」
「べ、別にリィリアちゃんが気にすることないよ! なんていうか……うーん……れ、恋愛って難しいよね? なんて」
恋愛なんてしたことがない俺が何を言ってるんだ。なんだか恥ずかしくなった。
リィリアちゃんの顔をまともに見れない。
「よしよし」
……気持ちいい。この包み込むような優しさは、もう抜けられないな。