第二十九話「今後とも」
昨日は、非常に眠くぐっすりと眠っていました。
竜夜が引っ越すことが決まってからは、なんだかトントン拍子にことが進んでいった。
引っ越し作業も、俺達が学校に行っている間に済ませたり、徹底して俺や湊とは会わせないようにしたり。
学校に置いてあったものだって、親が引き取りに来たり。
結局一度も竜夜とは、会わず。
だけど、湊にこんなメッセージが届いた。
お前とは別れる。お前は、もう自由だ。じゃあな。
と。
湊は、そのメッセージを見て、すぐに返信しようとするが、指が止まる。
表情を見る限り、かなり葛藤していた。
そして、考え抜いた結果。
わかった。
と。一言だけ、返信した。既読にはならなかった。見たくなかったのか。はたまた気づいていないだけか。
今日は、丁度あの日から一ヶ月後になる。まだ一ヶ月なのか、もう一ヶ月なのか……色んなことがあり過ぎて、感覚がわからない。
けど、確実に日常は変化しているのは理解できている。
これからも、俺を取り巻く環境は徐々に、いやもしかしたらトントン拍子に、変化し続けていく。
「陽樹お兄ちゃん。いらっしゃい。今日は、何をする? 膝枕? それともハグ? あっ、お医者さんごっことかやってみる?」
「それはいいな。よし、あたしが凄腕医者の役をやろう。リィリアは、看護婦だ!」
この子達と、一緒に居る限りは、普通の日常には戻れないだろう。
「いや、さすがにこの歳でお医者さんごっこは」
なんだか、二人のテンションがいつもより高いような気がするんだが、気のせいかな?
「照れなくても良いんだよ? なんだったら……わたしが患者役をやろうか?」
リィリアちゃんが、服をめくり、可愛らしいおへそを見せてくる。
くっ! なんて高度な挑発なんだ!
こんな……こんな挑発に。
「俺が患者役をやります」
「はーい。それじゃあ、ばんざーいしてくださいねぇ」
俺の理性は勝った。
なんとか俺が患者役になることで、変態への道へと踏み込むのを回避することができた。
「……ふふ」
「り、リィリアちゃん?」
服を脱がされた俺は、しばらく見せ物にされた後。
「じゃあ、お注射を打ちましょうね」
「いきなりですか!?」
しかしながら、そんなものはどこにもない。まあ、ごっこだからな。そういう風にやっている、みたいな感じを出すだけだろ。
が、そんなまだ遊び感覚でいた俺へと、リィリアちゃんは熱い抱擁をしてきて。ドキッとした刹那。
かぷっと。
久しぶりに吸血をされてしまった。注射は注射でも、血液を一気に持っていかれるやつでしたか……あぁ、でもこの感覚。
少し、気持ちいいかも……。
「ぷはっ。はい、よく我慢でしましたねぇ。痛くなかったですか?」
「は、はい」
やばい。吸血をした後のリィリアちゃんは、気分がかなり高揚しているのか。表情が非常にエロい。
とろんとした目に、赤く染まった頬。
口元からは、先程吸った俺の赤い血が垂れている。それを、ぺろっと舌で舐めとり、そのまま離れていく。
「では、後は横になってゆっくりお休みください。さあ、ここに」
手慣れた感じに、自分の膝を叩いて指示するリィリアちゃん。
「ふむ。では、あたしは自室に戻るぞ。あたしの診断はそこでしようか。後で来るんだぞ?」
「え? あ、うん」
レーニャちゃんの部屋か……そういえば一度も行ったことがないな。屋敷にあるのは知ってるけど、よく訪れるのはリィリアちゃんの部屋ぐらいだからな。
どんなところなんだろう? 気になりつつも、俺はリィリアちゃんの膝に頭を乗せ、目を閉じた。
・・・・
「ここか」
十分にリィリアちゃんの膝枕で睡眠をとった後、俺はレーニャちゃんの自室に赴いた。
場所は前から聞いていたので、迷うことなく辿り着けたけど。
「……レーニャちゃん。俺だけど」
まずは、慎重に。
ノックをしてから、相手の反応を待つ。
「入って良いぞぉ」
レーニャちゃんからの許しを得たところで、いざ。
ドアを開けると……そこは、薄暗い広々とした部屋だった。リィリアちゃんのファンシーな部屋とは違い、まさに引きこもるために作られたかのような部屋だ。
大型のテレビに、机や椅子、座布団やクッション。ベッドに、冷蔵庫。そして、大量の漫画やライトノベルが並べられた本棚の数々。
あれ? もしかして、あのドアの向こうは。
「あー、あそこか。一応風呂場とトイレがある」
まるでホテルの一室のような部屋だ。
「すまんな。あたしには、これぐらいの明るさが丁度いいんだ」
点いている電気は、ほんの小さなものばかり。テレビの光が眩しいのか、雰囲気としては嫌いではない。
「まあまあ、横に座りたまえよ」
予め用意されていたクッションを叩き、俺を取り巻く誘ってくる。
「失礼しますっと」
とても柔らかいクッションに腰掛け、アニメを無言のまま共に視聴する。そして、ちょっとエッチな展開になると、レーニャちゃんが口を開く。
「どうだ? 人間。まだ元気がないか?」
「……まあ、あんな奴でも幼馴染だったからな。あんな別れ方をされたら」
「仕方ないことだ。あの竜夜とかいう人間は、悪魔にとりつかれた被害者ではあるが、悪魔にとりつかれるってことは、それだけ負のエネルギーが濃かったってことだ」
それは前にも聞いた。
悪魔にとりつかれる者達は、それだけ負のエネルギーが濃いのだと。竜夜の場合は、俺に対する嫉妬や憎しみ。
そして、湊を独占しようという欲望。
それが竜夜を狂わせ、悪魔によりそれを利用された。
「お前は、まだ幼馴染だと思ってるのか?」
対戦しようと、コントローラーを手渡ししながら問いかけてくる。
俺は、コントローラーを受け取り、キャラクターを選びながら口を開く。
「思っては、いる。けど、あいつが今どう思ってるのか……」
手が止まる。
おそらく竜夜は、これから色んな苦難があるかもしれない。本来なら幼馴染として助けてやりたいけど。
もう、俺たちの関係は……。
「おい」
「え?」
呼ばれたので、レーニャちゃんの方へと顔を向けると。
視界が真っ暗になった。
それと同時にとても柔らかいものが顔を包み込む。あれ? これって……もしかして。
「どうだ?」
視界が明るくなる。視界に映ったのは、レーニャちゃんの顔だった。やっぱりか! どうやら俺は、レーニャちゃんの胸へと顔を埋めているようだ。
大きなだぼだぼシャツと肌の間に。というか、レーニャちゃん……片眼が見えてる。初めて見たけど……ハート? うわ、二次元でしか見たことしかなかったけど、現実で見るのは初めてだ。
「ど、どうって?」
「元気でたか?」
あぁ……元気付けてくれていたのか、これ。
レーニャちゃんってサキュバスだから、本能のままに襲われたのかと思った。
「まあ、でた、かな」
めちゃくちゃ恥ずかしいけど。
「それはよかった。……それにしても、お前は本当に不思議な奴だな」
「どういうこと?」
いかん。レーニャちゃんの柔らかな感触のせいで話に集中できない。
「あたしがサキュバスだってことは知ってるな? 実は、こうして肌に触れた男は、あたしから目を離せなくなるんだ。それに、あたしの目。この目を見た者は理性を失い、精魂が尽きるまで……わかるよな?」
ま、マジか……けど、俺は視線だってそらせるし、理性だって残っている。そういえば、リィリアちゃんにも不思議だって言われたような。俺ってそんなに不思議な存在なのか?
「しかも、あたしは普通のサキュバスよりも力が強いんだ。あたしが、素肌を見せただけで、男達はあたしを求めてくる」
「……あの、レーニャちゃんって」
経験があるのか? と聞こうとしたが、言葉が詰まる。
そんな俺を見て、察したのか。
レーニャちゃんは、ぐっと顔を近づけ。
「実は……未経験、なんだ」
「そ、そう、なの……」
ぐおぉ……なんか今日のレーニャちゃんは、マジでサキュバスだって雰囲気がびんびん感じる。
な、なんだ? 俺、もしかして襲われる?
「あー! やっぱり!!」
しかし、そこへ天使が介入。
リィリアちゃんが、ドアをぶっ壊して部屋へと入ってきた。
「リィリア。ドアを壊さないでくれないか?」
「それはごめんなさい。けど、防音障壁を張ってるレーニャちゃんも悪いんだよ! 絶対陽樹お兄ちゃんを襲おうとしてたでしょ!」
「そんなことはないぞー」
「嘘だよ。だって、現在進行形で襲ってるもん!」
おー、嫉妬しているリィリアちゃん。なんだか、年相応っていうか、いつもの雰囲気からのギャップが。
「まあまあ、落ち着きましょう、リィリア」
「ふぁ!? ふ、フィリスさん!?」
突如として、俺の隣にひょこっと現れるフィリスさん。近い近い……! 鼻と鼻がくっつきそうだったぞ。
というか、大きなシャツだけど、さすがに二人入ると。
「ならば、こうやって一緒に入ればいいんです」
「いや、その考えは違うような」
「わかった!」
なにをわかったの!?
なんかリィリアちゃんって、フィリスさんと接する時、思考停止しているんじゃないかと思う発言があるような気がする。
「こらこら、さすがに三人はシャツが」
「えへへ、サンドイッチだよ、陽樹お兄ちゃん」
「ぬくぬくですねぇ」
「あたしは、熱いんだけど」
俺も熱いです……めちゃくちゃ嬉しいけど、さすがに意識が……。
さて、次回から新たな展開が!
当然新キャラも出てくる予定です。今回の話よりは、ギスギスしない……かな?




