第二話「よしよしからのかぷっ」
リィリアちゃんの部屋はとてもファンシーだ。
ぬいぐるみがたくさん置いてあり、床に敷いてあるカーペットなんてふわふわ。クッションも、机も、カーテンまでが、可愛いを詰め込んだような部屋だ。ベッドなんてリィリアちゃん一人には広すぎる。俺が寝たって広いかもしれないからな。
「落ち着かない……」
現在リィリアちゃんは入浴中。
俺も入浴したのだが、男と女で分けられてるって温泉宿か! と一人で突っ込んでしまった。
しかも、メイドさん達が俺の体を洗うとかでついてきそうだったけど全力で遠慮したら、とても残念そうに退場した。
そして、先に上がったのでこうして待っているというわけだ。
なんだこの状況……別にやましい気持ちはない。
というかもってはいけないのだ。あんな天使のような子に欲情するなど、あってはならない!
「お待たせ、お兄ちゃん」
「……」
俺が部屋で待つこと五分。
部屋に入ってきたリィリアちゃんは、出会った時の洋服を脱ぎ捨て可愛らしいうさぎの模様がついた水色のパジャマを身に纏っていた。
どうやら髪の毛はすでに乾かしているみたいだ。
「どうかした?」
「あ、いやなんでもないよ」
本当は見惚れていたんだけど。しかし、女の子ってやっぱり髪型ひとつ、服装ひとつで変わるものなんだ。
出会った時の服は大人っぽさがあったけど、パジャマ姿のリィリアちゃんは年相応の可愛さがある。
「そう? それじゃあ、はい」
隣に座ったと思いきや、膝をぽんぽんと叩く。
これはまさか……あの有名な!
「いいの?」
「うん。まだ時間はあるからそれまで膝枕」
やっぱりか! 初めてだ。膝枕なんて……アニメや漫画、ゲームではよく見ていたけど、まさかされる日がこようとは。
しかも、あって間もない子に。
「そ、そんな悪いよ」
そう。いくら精神的に疲労しているとはいえ、そこまでしてもらうなんて。
「そう言いながら、頭を乗せちゃってるよ? お兄ちゃん」
「あれー!? い、いつの間に!?」
なんてこった。頭では否定していたのに、体が勝手に。くっ! 俺の体はそこまで優しさを求めていたということなのか。
「ふふ、よしよし」
あぁ……だめだよ、リィリアちゃん。そんな天使のような微笑みで、声で、優しく撫でられたら、俺は……!
それからというもの、俺はリィリアちゃんに膝枕をされながら頭を撫でられたり、耳掻きなんかもしてもらったりと、もうダメ人間になりそうなほど甘やかされた。
今日は最悪の日だと思っていたのに、一変して至福の日になってしまった。こんな時間がずっと続けばいいのにと思う俺だが……現実は甘くない。
こんこんとドアをノックする音に、ハッと我に戻る。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「もうそんな時間なんだね。お兄ちゃん、元気でた?」
まるで子供に微笑みかけるような表情でリィリアちゃんは俺に問いかけてくる。
この見上げる角度……いい。
「……うん。ありがとうリィリアちゃん。君のおかげで元気になったよ」
本当にありがとう。どうお礼をしたらいいか。それほど彼女の力は大きく、優しさが、温もりが俺の体に満ちていた。
「何かお礼をしたいんだけど……あはは、ごめん。いいのが思い付かないや」
名残惜しいが、俺はリィリアちゃんの膝から頭を上げ頭を掻く。ここまでしてくれた彼女へ帰る前に、お礼をしたいがこれ! というが思いつかない。
「大丈夫だよ。そんな焦らなくても。それにお礼が欲しくてお兄ちゃんを元気付けたんじゃないから」
あぁ……なんて眩しい笑顔。
天使だ。天使が俺の目の前に。
「それじゃあ、行こうか」
「行こうかって、リィリアちゃんも来る?」
「うん。だって」
・・・・
「痒いところはない? お兄ちゃん」
「大丈夫だよ、リィリアちゃん」
まさか移動する車の中でも膝枕をしてもらえるとは。しかも、なんだこの広々とした車は。
完全にコウキュウシャなんですが。
まあでも、リィリアちゃんの膝枕のおかげで緊張することはなかった。なんて魔力を持っているんだ。とはいえ、外の様子も見たい。いったいあの森はどこの森なんだ?
「あれ?」
ちょっと膝から離れ、外の様子を伺ったところ、すでに森から出ており、見覚えのある道路を走っていた。
もうこんなところまで。
運転手さんには住所を教えてあるけど、この辺りだと後五分ぐらいで到着してしまうな。
「……リィリアちゃん」
「どうしたの?」
再びリィリアちゃんの膝に頭を乗せた俺はふと呟く。
「ひとつ……いや、二つほど質問していいかな」
「いいよ。わたしに答えられることなら何でも」
「じゃあ、まずひとつめなんだけど。これは出会った時と同じく。どうして、俺にこんなにも優しくしてくれるの?」
わかっている。これまで彼女の優しさに触れてきた俺には、彼女が本当に善意で俺に優しくしてくれていることを。けど、見ず知らずの男にこんなに優しくしてくれるのには何かに理由があるんじゃないかと考えてしまうんだ。
「そうだね……最初にも言ったけどお兄ちゃんがとても悲しそうにしていたからって理由もだけど。他にも理由ができちゃったんだ」
「他にも?」
それってやっぱり……血、なのかな。
「でも、その理由は自分勝手だって、反省したから。もう大丈夫だよ」
「そ、そうなんだ」
「うん。それで、二つ目の質問は?」
「……これは答えられなかったら、答えなくてもいいんだ」
俺は、彼女の目をしっかりと見詰め、口を開ける。
「君は、何者なんだ?」
ずっと気になっていた。出会った時から感じていた違和感。
彼女を取り巻くオーラというか、雰囲気というか、普通ではないと直感した。
「お嬢様、目的地に到着しました」
しばらくの沈黙が続いていると、俺の家の前に到着してしまったようだ。残念だけど、答えは聞けないか。
「ありがとうございます」
運転手さんにお礼を言って俺は車から出ていく。
我が家だ。
あんな豪邸を見た後だと、小屋みたいに見えてしまうな。
「リィリアちゃん。ありがとう。君がいなかったらどうなっていたか……さっきの質問の答えは、その無理に」
「ううん」
ドアを開けたまま、座っているリィリアちゃんに話しかけていると、おもむろに抱き付いてきた。
え? こ、これはいったいどういう。
「やっぱり、お兄ちゃんに決めた」
「決めたって、何を?」
顔は見えない。抱きつかれたまま耳元で囁かれている。ま、まずい運転手さんも見ているのに。
「お兄ちゃん。わたしにお礼をしたいって言ったよね?」
「まあ、うん。俺にできることなら何でも」
「じゃあ、お礼、貰うね?」
貰う? いったい何を、と聞こうとした刹那。
「いただきます」
かぷっ。
首もとに痛みが走る。視線を向けると……リィリアちゃんが噛みついていたのだ。
そして、何かを吸われる感覚が。
や、やっぱりリィリアちゃんは。
「ぷはっ……えへへ」
十秒ほど俺に噛みついていたリィリアちゃんは、ようやく離れ、唇に垂れる俺の血をぺろりと舌で舐めとり、高揚した表情で笑う。
う、なんかちょっとエロいって思ってしまった。
「わたしはね、吸血鬼なの」
「やっぱり、そうだったんだ……」
まさか本当に吸血鬼なんて存在が実在したなんて。ん? というか吸血鬼に血を吸われたら確か。
「この味、癖になっちゃうな。……ねえ、お兄ちゃん」
「は、はい」
キラリと、八重歯を見せつけながらリィリアちゃんは悪戯っこな笑顔でこう言った。
「これからも、末長くよろしくお願いします」
……えっと、それはどういう意味なんだろうか?




