第二十三話「お出かけだ」
ついに約束の日曜日がやってきた。
来週にはもう六月になるので、なんだか特別な感じがする。
まあ、特別と言えば特別か。
何せ、今日は。
「き、緊張してきた」
「俺も最初は緊張したなぁ……まあ、今でも少し緊張してるけど」
リィリアちゃんから誘われたのは、俺だけじゃない。湊も誘われているのだ。目的地まで、リィリアちゃんの家の車で移動するため、俺達は近くの公園へと向かっていた。
集合場所がそこなのだ。
「リィリアちゃんの家ってすごいお金持ちなんだよね?」
「うん。普通にリムジンとかあったり、家が屋敷だったり」
「そんなお金持ちの子が連れていく場所って……そ、想像できないよ、陽くん!」
これは軽くテンパってるな。
気持ちはわからなくもない。普通に生活していたら、リィリアちゃんのようなお金持ちの知り合いなんてそうはできない。
俺だって、今でも信じられない。
あんな可愛い子と知り合って、仲良くさせてもらって……一番信じられないのは吸血鬼だってことだけど。
「あっ、やっぱりもう到着してるみたいだ」
「……ふ、普通の乗用車だね」
公園の駐車場に到着すると、一台の車と二人の女の子、老人が立っていた。
「おはよう、陽樹お兄ちゃん。湊さん」
「おはよう、リィリアちゃん」
「お、おはよう。えっと、今日は誘ってくれてありがとうございます!」
ありゃりゃ、畏まっちゃってるな。
そんな湊を見て、リィリアちゃんの隣に立っていたもう一人の女の子……いや女性が微笑みかける。
「良いんですよ。お気になさらず。今日は思いっきり楽しみましょう。おー!」
うわー、ふわふわしてる。なんていうか、フィリスさんは独特な雰囲気があるよな。
「あ、あのリィリアちゃんのおね」
「お母さんだ」
「……えさん、じゃないの?」
やはり勘違いをしていたか。ま、これが当たり前の反応だよな。普通、誰が見ても母親とは思うまい。
湊は、何回も瞬きをして、俺に視線で訴えてくる。本当に母親なのかと。静かに首を縦に振ると、リィリアちゃんにも同じく視線を送る。
「わたしのママです」
「ママでーす」
「……陽くん。世の中って広いんだね」
「そうだな」
広いって次元じゃない。吸血鬼が存在するってことは、他にもどこかに存在しているんだ。
俺達が空想の存在だと思っていた者達が。
リィリアちゃん達と関わっていればいつかは会えるはずだ。実際、サキュバスと出会ったからな。
そういえばレーニャちゃんは、やっぱりお留守番なんだよな。引きこもりだって行ってたし。さすが、この場には……あれ? なんかフィリスさんの手提げバックから出ているような。
「あの、フィリスさん。バックから何かが」
「ふふ。大丈夫よ。実はね……はい!」
と、笑顔でバックから取り出したのは。
「よう、人間。相変わらずパッとしない顔をしてるな」
「レーニャちゃん!?」
小さなレーニャちゃんが出てきた。いや元々小さかったけど、これはそんなの比にもならないほど小さい。
まるで人形だ。
フィリスさんの掌に乗れるほどに小さい。
「に、人形が喋ってる?」
レーニャちゃんのことを知らない湊は、ミニマムサイズのレーニャちゃんを見て、物珍しそうに観察する。
「おお、お前が湊とかいう人間か。よろしく頼む。あたしはサキュバスのレーニャだ。普段は家に引きこもっているんだ」
「え? じゃあ今日は外に出てきたってこと?」
そこだ。どういう理由かは聞かされていないが、とりあえずレーニャちゃんの力に関係しているようで、外には一切出ないと言っていたレーニャちゃんが今日に限ってどうして? フィリスさんも同伴するみたいだし……今日行くところが、そんなに凄いのか?
「今、ここに居るあたしは本体じゃないから。魔力で作り上げた分身だ。こうして分身を使えば外に出ている気分になれるってことだ」
「なるほど。便利だな、やっぱり魔法って」
こうやって分身を作れるし、それを通して外に出ている気分にもなれる。つまり、レーニャちゃんのように家に引きこもっていても擬似的に外に出ている感覚を味わえるってことだ。
「そういうわけだ。リィリア、さっさと目的地まで移動だ」
「そうそう。リィリアちゃん。今回はどこに行くんだ?」
集合場所や時間などは聞かされていたが、目的地の詳しい話は聞いていない。
リィリアちゃん曰く。
「着いてからのお楽しみだよ?」
とのこと。だが、レーニャちゃんやフィリスさん。そして運転手さんはもちろん知っているだろう。
知らないのは、俺と湊だけ。
いったいどこに行くつもりなんだ?
「さあさあ! ここでいつまでも立ち話をしてないで、さっそく向かいましょう! いっえーい」
「ママ、楽しそうだね」
「そうでしょうか? ふふ」
このテンション……相当楽しいところに行くみた!
着いてからのお楽しみ? いいともさ。そういうドキドキがあった方が楽しい気分になれるからな。
「じゃあ、お二人とも。車に乗って。今日の目的地に直行するから」
どんなところに行くのか……今からが楽しみだ。




