第十九話「見つけた」
「今週の日曜日?」
《うん。予定とかある?》
「特にないけど」
《よかった。それじゃあ、その日は皆でお出かけしようよ》
それは、とある平日の夕方。
リィリアちゃんから電話がかかってきた。どうやら、今週の日曜日に遊びに行こうというお誘いだったようだ。
前もこういう誘いがあったが、前と違うところと言えば、皆でというところだろう。
「皆ってことは、湊とかも入るのかな?」
《もちろんだよ。むしろ、湊さんを誘わないのはありえない。その日は、湊さんのリフレッシュのためにお出かけをしようと思ってんだから》
なるほど。そういうことか。
確かに、表向きは完全回復をしているように見えるが、まだ悪魔に操られ、犯してしまった罪を心のどこかでまだ引きずっているかもしれない。
俺も、そうだとしたらどうにか元気付けたいとは思っていたんだ。
「ありがとう、リィリアちゃん。何から何まで」
《いいんだよ。それに、これからお兄ちゃんとお付き合いしていくってことは、湊さんとの関わりも多くなるってことだから。今の内に、色々と知っておきたいから》
それに、リィリアちゃんは悪魔祓い以降、湊とは会っていない。湊も直接お礼をしたいって言ってたことだし。
丁度いいな。
「わかったよ。それじゃあ、こっちから伝えておくから。集合場所と時間はもう決まってるの?」
《うん。もう決まってるよ》
それから、俺はリィリアちゃんから集合場所と時間を聞き、通話を切る前にひとつどうしても聞きたかったことがあったので、問いかけた。
「リィリアちゃん。竜夜は……まだ」
いまだに見つからない竜夜のことだ。
こっちでも、家族が警察に捜索願いを出したことで動いているが、ひとつも手がかりが見つからない。
学校の方では、もう死んでいるんじゃないか? やばい連中とからんでいて帰りたくても帰れない状態なんじゃないか? と噂が飛び交っている。
《大丈夫だよ、お兄ちゃん》
「リィリア、ちゃん?」
《そろそろ食いついてくると思うから。お出かけの日までには……絶対終わらせるから。だから、ね? わたしに全部任せて。お兄ちゃんは、いつも通りに過ごして》
……本当、リィリアちゃんには頭が上がらないな。
正直、悪魔という俺達にとっては超常の存在絡みだと何もできることはない。
だから、頼るしかないんだ。
「うん。竜夜のこと、頼んだよリィリアちゃん」
《任せてよ。それじゃ、またね》
「また」
通話が切れてから、俺はベッドに寝転がり、竜夜のことを考える。
本当にあいつ……今、何をしてるんだ?
生きて、いるのか?
あんなことがあったとはいえ、さすがにいつの間にか死んでた、なんてことにはならないでくれよ……。
・・・・
「くそっ! くそっ!! くそっ!!! なんでだ……なんで、体が動かないんだよ!?」
そこは、人気のない薄暗く寂れた倉庫。と言っても、港などにある大きなものではなく、かなり小さめなものだ。
周囲は、草木で生い茂っており、もう何年も人が通っているような形跡はない。
そんな倉庫で、一人。
竜夜が謎の力に押さえ付けられていた。何度も何度も抵抗しているが、ぴくりとも動かない。
「俺は、俺はあの女に報いを!」
《まあ、落ち着けよ。焦ることねぇって》
またこの声だ。
竜夜は、どこからともなく聞こえてくる謎の声に、苛立っている。
「うるせぇ! 黙ってろよ! てか、お前が俺を押さえ付けられているのか!?」
《さあ、どうだろうなぁ? 俺かもしれない。そうじゃないかもしれないなぁ》
まるで、煽るかのように答える声に、竜夜の苛立ちは更に増していく。
《まあ、だがそろそろかねぇ……》
刹那。
今まで、ぴくりとも動かなかった体が自由となった。
「くそっ! 無駄な時間を……!」
ふらりと、立ち上がった竜夜は、倉庫から出る。
本来ならば、昨日の内に仕掛ける算段だった。そのために、人を集めた。
後は、ターゲットをうまいこと誘き寄せれば。
「どうしたんですか? お兄さん」
「あ?」
目的地へと向かおうとしていた竜夜の目の前に、一人の少女が立っていた。
珍しい白銀の髪の毛を揺らし、くすりと笑みを浮かべている。
リィリアだ。
「はは……」
竜夜は、思わず笑いだす。
ズボンのポケットから写真を取り出し、目の前のリィリアと見比べる。
間違いない、と確信した竜夜。
(ははは! まさかそっちから来てくれるなんてな! 予定は狂ったが……ガキがこんなところで一人、何をしてるんだ?)
まあいいと、竜夜は顔を作る。
まるで、森で遭難して弱っている人のように。
「き、君。いいところに……実は森林浴に来たのは良いけど、道に迷ってしまったんだ。携帯も充電が切れて使い物にならなくて」
「それは大変です。実は、わたしこの近くに住んでいて、夜の散歩をしていたところだったんです。よかったら、出口まで案内しましょうか?」
(馬鹿なガキだ。自分が狙われてるとも知らずに)
だが、竜夜も竜夜でまともな思考ができていなかった。普通ならば、こんな夜更けに子供が一人で居るだろうか? と考える。
しかも、ここは人気のない森の奥だ。
子供でなくとも、こんな夜更けにくるのはおかしいだろう。
「あ、ありがとう。それじゃあ、案内してくれるか?」
「はい。では、ついてきてください」
くるっと、なんの警戒心もなくリィリアは背を向けて歩き出す。
竜夜は、ゆっくり……ゆっくりとリィリアに近づいていく。
そして、上着の内ポケットに手を忍ばせた。
(まずは、このガキを気絶させてから縛り上げる。そして、俺が集めた連中と合流して)
「……止めておいた方が良いですよ?」
リィリアの声に竜夜は動きが止まる。
「な、なんのことだ?」
若干動揺した様子の竜夜だったが、なるべく表情を崩さずリィリアに語りかける。
「わたしが、なにも知らないとでも思っていましたか? 草賀竜夜さん?」
くるりと優雅に体を捻るリィリア。
その笑みは、とても可愛らしいものだが、竜夜には異質な不気味さがあるように見えてしまっている。
「な、なんで俺の名前を?」
「なんでって……わたしもあなたを探していたんですよ。わたしの大好きな人を傷つけたあなたを」
一歩、下がってしまった。
気づいた時には、足が勝手に後ろにあった。今まで味わったことのない恐怖。
そんなものを目の前に居る可憐な少女から感じるなど考えられない。
だが、全身に絡み付くようなそれは……確かに自分へ向けられていることを竜夜は、感じ取っていた。
「何者なんだ、お前」
「ただの恋する女の子ですよ?」




