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仙というもの

「話しておくべきことは話しました。さて、今度はあなたの話をしてもらえますか」



そう尋ねる神官アマリの目はこちらを射抜く。年下の少年であるはずなのに、その目が放つものはイサクの心を覗き込むような、うすら寒くなるような色をもっていた。



言い訳のように、何も悪いことはしていないんだからと考えてしまう。そう考えたことで自責の念にかられ、その贖罪かのように話をしてしまう。悪い癖だと思うものの、前の記憶の頃からの癖はなかなか離れない。改めて家を追い出されたこと、行くあてなく歩いていたところ木の下に宿り、樹精の助けを得てこの町までたどり着いたことを話した。



樹精の話に差し掛かったあたりでアマリは眼光を緩め、自嘲するかのように微笑みを浮かべるようになった。困惑しつつも話し終えると、アマリはこちらから目の前に口を開ける暗い穴に目を向けた。



「そうですか。あの樹精が」

「知っておいでなんですか」

「そうですよ。何年も前のことですが、わたしもその樹精を見たことがあります。今も残っているとは思いませんでした」



そう語る少年はまたイサクの目を見つめる。今度はさきほどのような射るような視線ではなく、まるで子猫か赤ん坊を見るような慈愛に満ちた視線であった。その視線もすぐにまた心を覗くようなものに戻った。



「すると、あなたは隣の国から来たのですね。あの道は魔除けの木に囲まれているとはいえ、人が一人で歩いて来れるような道ではありません」



まさか隣の国まで歩いてきてしまったとは思わなかった。生まれてこのかた村から出たことはなく、外の話もたまに来る行商人や教会にある本でしか見聞きしたのみであった。自らの生まれた村が国境(くにざかい)に近い辺境だったことは初めて知った。もっとも、人の身でも三日も歩き続ければ遠くに行ける。隣の国まで来てしまっていてもおかしくはなかった。



そんなイサクの驚愕の内心を知ってか知らずか、アマリはまた視線を弱める。



「いや、失礼。やはり、あの道は数は少ないものの、今まで何人かは歩いて通ってくることがありました。隣国とはしばらくの平和を享受しあう仲です。間者というには時期が違います」



アマリは何かを自問自答して納得している。イサクとしては国と国の仲など知る由もないし、正直、何を疑われていてもイサクにとっては初めての外の世界である。何も知らなかったのだった。



「さて。引き留めましたね。これから働くあてはありますか?どこも働き手は欲しい。よろしければ、どこかよいところを紹介しますが」

「・・・世話になっている宿のおばちゃんがお代官さまへ紹介してくれるそうです」

「代官へ?ずいぶんと買われたようですね。するともしかしたら、今後は折につけ、会うことがあるかもしれません」



どういうことだろう。アマリは代官とよく会っているということだろうか。神官というにもまだ幼げな少年なのに、代官に頻繁に会っているというのは得心がいかない。



「うん?ああ、そうですよね。わたし、この見た目ですが、本来の(よわい)は百を超えています」



なんと。相手は神官と思い、伏していたのは正解だったようだ。だが、目の前の少年がそんな年齢であることが理解できない。



「神に仕え、仙となった者は、その時点で体は成長も老化も止めてしまうのです。仙となった者は死ぬことも、ほとんどないそうですよ。わたしは幼少の時分にラーヴァから神意を受けて以来、ずっとこの姿です」



アマリはその場でくるりと回る。身につけた亜麻布がはためくが、その下にある肌は小皺や筋肉といったものとは全く無縁であった。アマリいわく、百歳を超えて不老不死という。魔法だの魔物だのがあるならそういうのもあるかもしれないと納得するしかない。



ただ、それが本当ならアマリの姿はそのしぐさと違和感がなく、外見相応に見えるものであるため、ずいぶんと若作りをしていることになる。年齢相応なら老成したしぐさというものがある。それがないということは。



「老人め。と思いましたよね。ふふ、そうやって初めて来た人を驚かせるのも楽しみの一つになりました。弱い者とみれば甚振る(いたぶる)ような趣味を持つような輩であるなら、わたしもある程度対処できるくらいの力を持っていますからね。仙というのはただそれだけで魔法を扱えるようになるものですから」



イサクが呆気にとられると、アマリはくすくすと笑い声を漏らす。ただこの様子を見ているだけならほほえましいが、実は百歳超えですといわれると微妙な気持ちになる。しかも結構黒い楽しみ方をしている。先ほどの射るような視線も、経た年月の成せる業だったようだ。



「不老不死、僕もなれるんですか?仙に、なれるんですか?」



当然の疑問として聞くが、アマリは首を振る。



「仙になれるのはごく一部の者です。神との相性か、心を通わせるか、契約か、形は様々だと思いますが、そう何人も不老不死になっていてはおかしなことになると、神々はなかなか仙になる者を選ばないのです。それに、不老不死になどならない方がいいのですよ。わたしはそうしなければならない理由がありましたから仙になりましたが、自分の姿が変わらず、親しい者たちが老いていき、そして彼らが死んだら穴に葬り続けるというのはなかなか悲しいものでありますから」



あくまで明るくアマリは振る舞う。それが当然であるかのように、ごく自然に。目の前の少年は、老人は、自分の容姿を使って変な楽しみを始めたりするまでに、きっとたくさんの人を送り出してきたのだろう。そうでなければ、自分を保ち続けることはできないほどに。



「そんなわけなので、代官とはよく会うのです。この神殿の管理をしているのも、ラーヴァとの託宣をするのも、わたしですから。おっとちょうどいい」



そのとき、真ん中にある穴に吸い込まれていた煙がが吹き出してきた。まるで何かに押し出されるかのようなその空気の流れはしばらく続くと、穴の中から巨大な緑色のミミズのようなものが出てきた。道端に落ちていた短いものたちより、ずっと長い。穴の暗闇に続く体躯は少なくとも人の胴回り以上の太さがある。イサクが手を広げたとして、おそらく同じくらいの幅になるだろう。



「紹介します。地龍、ラーヴァです」

「ど、どうも・・・」



緑色のミミズには体のところどころに、ほんとうに貧相な、小さな手のようなものがある。よく見れば体表は淵が淡く黒く染められた鱗に覆われている。頭と思わしき先端が避け、いやに肉感的な口内と牙を見せてようやく、それが下等な地蟲などではなく、爬虫類のようなものであると認識できた。いつか前の世で見た、創作や伝説の中でのみ語られる存在と似ているものだった。



ラーヴァと呼ばれたものは目が見当たらないものの、明らかにこちらを向いて『見て』いる。口以外は何もなく、どこが天地かわからない造形ではあるものの、確かにこちらを『見て』いる。巨体は威圧感を放ち、イサクは思わず後退る。手や脇にもじっとりと嫌な汗が噴き出ているのを感じる。



これがこの神殿の主、この町を支える食料の供給者、地に住まう龍、そして、神と呼ばれる存在なのであった。

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