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緑の神

町の外周をぐるっと一回りして、自分の泊まっている宿を見つけたイサクは町の中心部を目指すことにした。



どうやらこの町は楕円形をしているらしく、イサクが歩いてきた、南西にある山林にへばりつくようにして作られていた。北東の柵の外には小麦畑が広がり、背の高い緑色は収穫の時を今か今かと待ちわびているかのようだった。



イサクの生まれ育った村では食うに困り口減らしをするほどであったというのに、どうしてこの町ではこんなに豊かに小麦が実っているのだろうと疑問を持った。山を隔てて気候が違うのだとしても、土の滋味か、水か、手入れの違いか、あるいはその全てが違うのだろうか。



考えながら歩いていたせいか、何かに躓いてしまった。躓いたものに目をやると、それは生き物だった。しかし手足はなく、顔にあたる部分には目鼻がなく、口に寸胴で短い胴体がついた緑色の蚯蚓(みみず)のようなものだった。大きさは、人の幼児ほどである。



「う、わぁ・・・」



思わず驚きが口から漏れた。蚯蚓にしてもここまで大きなものは見たことがない。その蚯蚓は道に落ちている人糞に食らいつき、飲みこんでいるのであった。あたりを見回せば、そこここに大きさは微妙に異なるものの、同じ見た目の生き物が落ちている。そして行きかう人たちはそれを当たり前にあるものとして扱い、腰を抜かして驚いているイサクを見て奇異の視線を向けている。



恥ずかしさからすぐに立ち上がり、歩きつつ地を這う巨大蚯蚓に目をやる。



「なんだか雨が降った後の朝に道で干からびてるミミズを思い出すなぁ」



注意深く見れば、このあたりから道に落ちている人糞はとても少なくなっている。巨大蚯蚓はどうやら舌を持っているようで、時折濡れた道を舐める。おそらく尿を舐め取っているのだろう。



ともすると、巨大蚯蚓が人に抱えられているのを見た。その巨大蚯蚓をどうするのかと見ていれば、刃物を突き立てて中身を捨てている。これは、捌いているのか?



手慣れているようで、すぐに巨大蚯蚓は肉と緑色の皮となった。



「アレ、食べるつもりか・・・?」



その後どうなるかは通り過ぎてしまったため分からなかったが、さも当たり前のように捕まえ、そして捌いていたところを見るに、食べるか、それとも何かに利用されているものなのだと思われる。虫のような生き物を食べるのは一抹の嫌悪感がよぎるが、それがここでの文化なのだろうと思うと嫌悪感を持つこともはばかられた。



そうして歩いていると、すぐに町の中心へと至った。この場所から町の外側へ、放射状に道がある。そして中心には継ぎ目のない石で作られたドーム状の建物がある。壁、柱に至るまでそれぞれが一枚岩で作られており、表面はぼこぼことしているもののわずかに黄色が入って白く、鈍い光沢を持っている。



イサクは建築や石材についての知識の持ち合わせはなかったが、この石が奇妙なものであることは分かった。切り出したならば光沢を持っていないはずであるし、磨いたならば表面は滑らかであるはずだからだ。またこんなにも大きな一枚岩というものは人の手に余る。



ドームを囲むようにして建物があり、イサクは興味から門をくぐった。



建物の中は薄暗かったが、不思議と壁が陽の光を透かし、窓がなくとも足元に不自由はしない程度に明るさがあった。目が覚めるような香りの香が焚かれ、煙は一点へと吸い込まれている。



その一点。ドームの下にはどこへ続くか分からない大きな穴があり、それを中心として木製の長椅子が並べられていた。穴の周りには落ちないようにか縄が張られている。



「おや、見ない顔ですね。旅の方ですか」



声のした方へ振り向けば、橙色の髪を短くした少年が立っていた。一枚の白い亜麻布を体に巻き付けるようにして纏うその姿は、イサクの生まれ育った村でも見た法衣である。つまり、目の前の少年は神官である。



「飢饉で家を追い出されたためにこの町へとたどり着きました。どうかよろしくおねがいします」



今生にあって神官はとても権威がある。神との仲立ちであるだけでなく、人を裁き、知識を溜め込み伝導する者であるからだ。さらに神の御業によるものなのか、擦り傷程度ならばその手で血を拭うだけで癒す。相手は年下の少年だからと軽んずるべき存在ではない。イサクは顔を伏せ、(ひざま)いた。



「面を上げてください。・・・そうですか。よく参られましたね。名前は?」

「イサクと申します」

「わたしはアマリです。見ての通り、この神殿の神官を務めています。」



神殿なのか。ドーム状の作りは神殿っぽいだろうか?しかし、神殿というからには拝する神があるはず。この場には神像の類はなく、拝むとしたら中心の穴くらいだろうか。



「失礼ながら。神殿とは申されますが、この神殿はどんな神を礼拝するんですか?」

「新参者ですから、語っておかねばなりませんね。朝の務めも終わったところなので、お話しましょう。おかけください」



アマリと名乗った神官が指示したのは穴に近い椅子だった。吸い込まれそうな暗い穴に近づくのは若干恐怖があったが、逆らうのもためらわれるため素直に従った。アマリはイサクの隣に座る。



「わたしたちが奉じる神は豊穣、財産の神、ラーヴァです。御姿(みすかた)は緑色の蛇。もしかしたら、ここに来るまでにその眷属を見ていたかもしれませんね」

「もしや、町の人が刃物で切り刻んでいたものですか。神の眷属としたら罰あたりじゃ」

「いいえ、ラーヴァは望まれてああしているのです。一年に一柱ずつを生かすならば他の眷属は食らうがいい。と申されました。そして生かされた眷属は大きくなり、また眷属を生み出すラーヴァとなるのです。そして、ラーヴァは地虫(ワーム)ではなく地龍(ワーム)なのです。」

「町での落とし物を綺麗にしているのは」

「あれはラーヴァの眷属にとっては常の食事です。われらの排泄物を食べ、畑の土を食べ、生きているのです。」



つまるところ、あの巨大蚯蚓は実は蛇なのだが、本当に蚯蚓のような生態をしていて、それで人と共生しているらしい。それに加えて生んだ子供を人に保護してもらって繁殖しているようだ。人に依存した生態の生き物ということだろうか。神というからには人が考える概念であるとばかり思っていたし、イサクの生まれ育った村では自分たちを見守ってくれる存在だと教えられていたが、この町では実際にある生き物を神として崇めているらしい。



「この町の畑が豊穣であるのは、そのラーヴァのおかげなんでしょうか」

「ええ、そうですよ。そのままでは作物にとって有毒な人糞をこなし、畑の土と混ぜて地の滋養を増してくれているのです」

「この目の前にある大きな穴は・・・」



イサクはこの穴から緑色のニョロニョロが頭を出すところを幻視していた。



「この穴は町の至るところへとつながる穴です。時折、ラーヴァはこの穴から御姿を現します。そして、魔物避けの香を町の隅々まで広げてくださっているのです。」



先ほどから穴へ吸い込まれている煙はそういうものだったのか。宗教施設にはよくある雰囲気づくりであると自然に考えていたが、実際に効能のある代物だったらしい。

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