本日ハ快晴ナリ
長編で暗い話を書いてる分、短編は明るい雰囲気のものを書きたいと思って暇つぶしに執筆しました
最近の不況も作中に組み込んでますがそこの所はあまり気にせず楽しんで下さいませ^^
「う゛っ。うぁぁァああッ!」
俺は目の前で起きた出来事にすっかり萎縮してしまっていた
何故ならば俺の眼前には右腕から切り傷といったモノよりも明らかに大量の血を流してうめき声を挙げている山田の姿が眼に焼き付いていたからだ
山田は工場のプレスマシンで原型を留めない位に右腕を潰されたのだ
それも、山田の作業中にふざけ半分で背後から肩を押した長町のお陰で
惨劇を引き起こした当の長町は自分の引き起こした事態を見つつもその場に突っ立ち体を震わせて居るだけだ
その震えは山田を怪我させたことによる罪悪感では有り得ない。現場で怪我人をだしてしまった責任を自分が問われることになる恐れからだろう
そのただただ山田の為に行動せず呆然としている態度が現在進行形で俺にとって非常に苛立つ原因になっていた
俺は現場工長であり、苦しむ山田の後ろで突っ立っていた長町に詰め寄る
自分の頭が奴に対し完全に沸騰して、非常に不安定な心境の中で、だ
そして未だに己の責務を果たさぬ工長に言う
「お前………。
早く救急車呼べよ」
「違う、アレはオレのせいじゃない!オレの責任じゃない!山田が鈍くさいからッ!?」
気付くと俺の拳は長町を殴っていた
俺のが無造作に放った拳は長町の左眼球に食い込んだ
右腕に感じた液体のなま暖かさを感じたことでソレは理解した
俺は床に左目を抑え床でじたばたしている長町の上に強引にのしかかり顔を上に向かせて、顔を覆っている奴の腕を感情のままに引き剥がし、再度顔面にパンチを繰り出す
長町は涙を流し始めた
奴の切れて血が滲んだ唇が小さく『やめろ』と発音した
――――自分で引き起こした人への迷惑を全く反省しない癖に我が身が危なくなったらソレか
もう奴に対して手加減をする気は起きない
だから後の面道事なんか知らない
俺は剥き出しになった奴の顔面目掛けて手加減なしのストレートを全力で捻り込ませる
長町は最早世間体なぞお構いなしに大声を上げ、無様に泣き叫んでいたがその声は俺の耳には全く入らなかった
再び彼奴を殴ろうとしたが後ろから誰かに羽交い締めにされる
――――止めろ
アイツはまだまだ殴り足りない。俺の邪魔をするな
長町は涙目のままよろよろと力無く立ち上がり、殴られた箇所を手のひらで抑えつつ、涙で潤んだ瞳の奥から俺に向けて限りない憎悪の眼差しを送っていた
思い出すは半年前
「どうだ。仕事でわからない事はあるか?」
俺は長町によって仕事のレクチャーを受けていた
性格柄、派遣社員として仕事を転々としている俺は五社目である今の会社で直ぐに仕事を覚え、テキパキと作業をこなしていた
様々な職を転々としてきただけあって、仕事に対する順応能力だけは人一倍自信があった俺を職場の人間は快く迎え入れてくれた
正社員より働き、尚且つ労働法の規制が甘い派遣社員はコキ使える即戦力になりうるからだ
俺は歓迎され、職場の人間からはたまに世間話をする程度には良好な関係を保っていた
それは群れて行動するのを嫌う俺にとっては余り好ましくなかったのだが、なんの障りもなく仕事が出来るのだけはは好都合だと言えた
しかし俺は職場の連中を好きになれない
此処ではある一人の新入社員がイジメに遭っていたからだ
当然、俺は不干渉を貫く
面倒事に巻き込まれるのはは嫌いだったからだ
だけど、こんな無責任な俺が言うのも何というかおかしいのだが虐められていた山田は多少どんくさいだけのどこにも居そうな青年だ
何回か会話したことのある俺は解っている
山田は現場によっては必ず戦力になるタイプだ
仕事は真面目にこなすし、休憩時間のチャイムが鳴っても自分のやりかけた仕事はキリのいいところまで終わらせるような奴だ
そんな山田を現場工長の長町はあざ笑っていた
長町は判りやすく言えば山田を反転させたような性格の持ち主で、課長や部長の居ない夜勤の出勤時には休憩所で菓子食いながらタバコを吹かしてるような奴だ
それを現場の人間は見てみぬフリをしている
長町が山田にやったイジメを無視するだけならばまだしも加担して仕事を押し付けたりしていた
おかげで彼奴はこの不況で仕事のあまり無い職場に居ながらも四時間、五時間も残業を押し付けられていた
長町を含めた皆が定時で帰宅しているにも関わらずなのに
俺も何回か仕事を手伝ってやったがそれは残業代が欲しかったのが理由であり、手伝うのも飲み会などの予定がない日だけだ
結局は俺も山田のイジメを無視し、アイツを都合の言いように利用したに過ぎない
さっき長町を何回も殴った理由も、不況で派遣の俺が何時クビになるかもしれないという不安からくるストレスを山田の敵討ちの意を含め、美辞麗句で塗り固められた大義名分を掲げてた上にムカつく長町に対して暴力を振るっただけに過ぎない
長町は嫌なヤツだった
だが奴は現場工長だ
俺は確実にクビになるだろう。俺がつけた傷の治療費も請求されるかもしれない
しかしそれは覚悟している
俺は自分のやった事だけには責任を持ちたかったから
そして翌日、派遣社員の俺はクビになった
幸いにも治療費は請求されなかった
長町は恐らく下手に俺を刺激するとまた殴りに来ると恐れたのだろうか
そうだとしたらどこまでも臆病な奴だ。何時かリストラになっちまえ
心中で吐き捨て、俺は寮を後にした
次の仕事を探す前に俺には行きたい、というか必ず行かなければならない場所がある
残業代を稼いでいた俺は幸いにして貯金は六十万ばかりあったので生活はしばらく出来る
その前に少し位の暇つぶし程度ならば支障はないだろう
――――そう。山田の入院している病院にお見舞いするのだ
山田の病室に来た
「よう」
片手を軽く掲げた敬礼もどきで山田に挨拶する
「あ!高垣サン
どうしたんですか?」
「どうしたって…見舞いに来てやったんだよ」
工場とは異なる清潔感溢れる白い病室でパイプ椅子に腰掛けた山田は右手に包帯を厚く巻いている以外は全くの健康体に見える
山田は鍋つかみを連想させるぐるぐる巻きの手を挨拶するよう丁寧に掲げ俺に向かって微かに笑いかけた
俺は山田に問うた
「大丈夫なのか?その腕は」
山田は答える
「はい、でも手首から先の方は………」
どうやらタブーに触れたらしい
「済まないな。酷いこと聞いて」
「別に良いですよ。片手が動かなくても生活は出来ますから」
違う。
俺の聞きたいのはそんな事じゃない
俺が山田に関して懸念を感じる本当の心配は―――
「仕事は……続けるのか?あの会社で?」
「はい。あの会社でも片手でこなせる仕事も有りますしそこに所属を移してくれるみたいです。
そして、何より最近の不況
片腕しか使えない俺にあそこ以外で働くとこなんて有りませんから」
山田は無理をしている
俺に心配をさせんと平気そうに言葉を紡いでいた
しかしこれで多少気は楽になった
あの会社は山田に一生分の損失を負わせてしまっただけの責任を負わないといけなくなり不況とは言え安易に山田をクビに出来ないだろう
仕事に関しては大丈夫な筈だ。会社自体が潰れなければの話だが
「そうか。じゃあな」
これだけ聞けば上等だと思い、俺は病室を後にしようとする下手な詮索は山田を傷つけるだけだと思いつつも、そんな事を考えてアイツの悩みすら聞かずに一方的に言いたい事だけ尋ねてさっさと帰る自分に吐き気を覚える
そうさ、結局は俺は自分の方が可愛いのだ
しかし
「高垣サン!」
山田はそんな俺を引き留めた
「ん?どした」
「俺の代わりに、長町を殴ってくれてありがとうございます」
違う
お前の代わりなどではない
アレは俺が長町にイラついていたから、お前の怪我を理由に殴ってやったに過ぎないのだ
「ああ、アレね。
いいのいいの。俺もアイツにはいらついていたことだし、さ」
「いいえ、高垣サンのおかげで、世の中には長町みたいな腐った人間ばっかりじゃないって気付けただけで充分です
俺、会社で虐められて少し湿った考えを持ってたんです
理屈と利益で行動する大人はズルいなって
だけど、高垣サンみたいに屁理屈じゃなくて感情で動く大人がいることにようやく気付いてから、世の中捨てたもんじゃないなって考えられるようになったんです
実際、キレてる高垣サン漫画の主人公みたいで暑かったし」
「よせやい。照れるで!」
俺は山田の頭を軽くぽん、と叩いた
山田は笑っていた
俺もつられて笑った
そうだな、たまには感情で動くのも悪くないようだ
病室の窓を見上げれば空は俺の心を写したように青々として雲一つなく
正に洗濯日和な天気だった