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怪Ⅹ物語  作者: 風風風虱
怪Ⅱ(に)
9/17

深夜にそれは目を覚ます 5

 晶は恐る恐る顔を上げた。

 天井の一部が脱落してぶら下がっていた。ライトを当ててみると、エレベーターの上下降用のスペースがぼっかりと空いているだけで、他にはなにもなかった。メンテナンス用のハッチがなにかの拍子に外れたのかと思った時、ハッチからなにかが落ちてきた。それは晶の頬に当たり、エレベーターの床に転がった。


 なんだろ……?


 落ちたものを拾い上げた晶は首をかしげた。

 それは白い四角張っていた。


 えっ、これってもしかして……


 どこかで見た、というよりむしろ良く見知っているものだ。だが、なぜがそれを言い表す言葉が出てこない。晶は懸命に思い出そうと、指で摘まんでいるものを凝視する。

 ボケていたピントが合ってクリアな像を結ぶようにぼやけていた言葉が記憶の沼から浮かび上がった。


「いやぁあぁー!」


 晶は嫌悪の声を上げながら持っていたものを慌てて投げ捨てる。

 それは人の奥歯だ。


「な、な、なんでこんなものが落ちてくるのよ?!」


 シュルシュル 


   ヒュン ヒュン


  シュルシュルルシュル


 パニックに陥る晶の耳に変な音が聞こえてきた。強風にあおられた電線が立てるような耳障りな甲高い音。それは開いたハッチから聞こえてくる。


「今度は一体なによ!」


 もう一度ハッチへライトを向けて覗きこむ。が、やはりなにもない暗闇が延々と続いているだけ……いや、違う。

 光が届くギリギリのところになにかうごめくものが見えた。と、突然、それがずり落ちてきた。ピンク色のぬめりを帯びた触手のようなものだ。

 無数に絡み合い、うねうねとのたくりながらものすごい勢いで降下してくる。


「えっ? やだ、やだ、やだ。

ちょっと、誰か、誰か助けて!」

 

 晶は狂ったように開ボタンを押す。しかし、ドアは微動だにしない。ハッチを押しやぶるように触手が侵入してきた。


「ぎゃあああああ」


 夜のマンションに晶の絶叫が長い尾を引きながら響き渡った。



 携帯電話がブルブルと震え着信を報せる。大江は飲もうとしていたコーヒーをテーブルに置くと携帯電話を取り上げた。


「おおい、俺だよ。今、どこにいるの?」


 聞き慣れた無遠慮で馴れ馴れしい声が電話口からあふれでてきた。


「駅前のコーヒー屋ですよ」


 微かな苛立ちを噛み殺しながら大江は答える。名乗らなくても相手が誰なのかは分かっていた。宝船新社の編集長だ。大手の出版社ではないが大江にとっては数少ない収入源(お得意様)だ。故に無下にはできない。

 

「そうか。暇なんだ」

「暇じゃないです。執筆中です」

「執筆? なにか面白いネタを仕入れたの? だったら内にも分けてよ」

「そういうのじゃないです。ドキュメンタリーを書いてるです」

「ドキュメンタリー……? ああ、そっちね。なんだ。やっぱり暇なんじゃない」

「だから暇じゃ……」

「あーー、そーいう話はもういいから。それよか、こっちの仕事を頼めない? 人手が足りないし、大江ちゃんところの地元なんだよ」

「地元の仕事?」

「そうそう。妙な事件なんだよねー。

小柴公園の事件は勿論知ってるよね?」

「若い男女がバラバラで見つかった事件でしょ」

「うん。そうそう、でね! その公園の近くのマンションがあるんだけど、そこの住人が消えちまったんだって」


 大江は内心がっかりした。


「失踪事件のルポですか? そんな、人が1人、2人消えたって今時珍しくもないでしょう」

「そりゃねー、1人、2人ならねー。

でもさ、マンションの住人全部ならどう?

それも一夜にしてよ!」

「一晩で、マンションの住人がみんないなくなった?」

 

 大江は眉間にしわを寄せると言葉を失った。



 市営小柴マンションは築20年の古ぼけた建物だった。玄関には縄が張られ、立ち入り禁止の黄色と黒の看板がぶら下がっていた。そして、玄関口には警官が二人、直立不動の姿勢で何者をも近づけさせないオーラを発散させていた。

 大江はマンションから少し離れた所に立ち、しばらく様子を伺っていた。そこは丁度マンションの全景を一目で見ることのできる場所であった。

 一つの(フロワー)に4室あるので全部で24室ある。

 部屋が全部埋っていたとして最低24人。家族の世帯もあるのでそれ以上の人間が一夜にしていなくなったことになる。


 常識では考えられない


 大江は再びマンションへと目を向けた。ベランダに洗濯物が出たままの部屋もあった。そこには何げないいつもの生活が継続しているようにしか見えなかった。


 何にしても事実を確認するのが最初だな


 大江は携帯電話を取り出すと電話をかけた。

 相手は馴染みの警察関係者だった。

 

「この忙しい時になんのようだ?」

 

 何度目かの呼び出し音の後に繋がったとたんにそんな声が返ってきた。


「小柴マンションの話で聞きたいことがあるんだが?」

「……

耳敏(みみざと)い奴だな。今は悪いがなにも話せることはない。切るぞ!」


 返事も待たずに電話は切れた。大江は肩をすくめるとふっと笑みを浮かべる。


当たり(ビンゴ)


 とにもかくにも目の前のマンションで得体の知れないことが起きたのは間違いないと、大江は確信する。


 いや、これは過去形の話なのか?

 『起きている』っていう現在進行形の話なんじゃないのか?


 大江の顔からはいつの間にか笑みが消えていた。

2022/03/18 初稿


次回投稿、3/20 以降毎週日曜日投稿に変更いたします

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