深夜にそれは目を覚ます 2
深夜。公園は騒然としていた。
オレンジの服を着たレスキュー隊員や警官が何人も池の周りを走り回っていた。
「ライト! あっち照らして。ボートじゃない。水面だ! 水面を照らせって!!」
レスキューの隊長とおぼしき男が大声を張り上げていた。そんな様子を手持ちぶたさに見守っている男がいた。この公園を管轄とする派出所の警官である。緊急連絡でこの現場に最初に到着した人物であった。電話で知り合いが池に落ちたという110番通報が端緒である。とにかく指定の公園に着くとすぐに池の近くで落ちている携帯電話を見つけた。ライトで池の面を探ってみたがなにも見つからないのでレスキュー隊員を呼んで池を捜索するという今の騒ぎになっている。
「田所さん……」
振り向くと一緒に現着した後輩の警官だった。
「どうもこの人が二人が池に落ちるのを見たそうなんです」
隣にはみすぼらしい格好の男が一人立っていた。田所は男の顔に見覚えがあった。たまにパトロールで見かけるこの公園を根城にしているホームレスだ。
「二人? 一人ではなく二人? 二人とも池に落ちたのか?」
田所はすこし衝撃を受けながら問いただした。男が池に落ちたという情報であったが、もう一人、女の方の行方は良く分かっていなかったのだ。
「女の人というのはこの携帯の持ち主ってことでいいですか?
それで池にが落ちたのは確かなのですか? 落ちるのを目撃したということでいいですか?」
公園で拾った携帯電話を見せながら田所は男に矢継ぎ早に質問をした。酔っぱらっていたのかなんだかわからないが男が誤って池に落ちる、ということはおかしいことではない。だが、女も池に落ちるのはしっくりこない。
男を助けようとして落ちたとでもいうのだろうか?
「池におちた」
田所が考えを巡らしていると、ホームレスがぼそりといった。
やはりそうか、と自分の推測が正しかったことに田所は内心うなづいた。たがまだ、ひっかかることもあった。だとしたら、なんで携帯電話が池から10メートルも離れたところに落ちていたのが気になる。もしも、池に落ちたのなら、電話も池に落ちるか、池の近くに転がっているはずだ。
そのことについて質問しようとした田所より先にホームレスが、何かに引きずりこまれたんだ、と続けた。
「はっ? 何かに引きずりこまれた……?
落ちたのではなく引きずりこまれた? 一体何に引きずりこまれたっていうんだ?」
「何かは、何かだ。白っぽいものが池から女を絡めてとって引きずりこんだ」
田所はホームレスの顔をまじまじと見返した。無精ひげと長く伸びた髪に交じる白いものでそれ相応の年齢だとわかった。60を過ぎているかもしれない。
どこかで見覚えがある気がするが……はて?
パトロールの時にチラ見していた時には気づかなかったが、まじまじと見たホームレスの姿はどこかで見たような気がした。
田所は違和感に首をひねる。
目の前のホームレスの目には知性の輝きが宿っているように思えた。酔っ払いの与太話を聞かされているわけではなさそうだ。
そうだとしても、言っていることが理解の範疇を越えていることに変わりはない。
「白っぽい何だって?」
「白っぽい『なにか』だ」
「だから、その『なにか』って『なにか』ときいているんだ」
「わからないから、『なにか』は『なにか』としかいいようがない」
重ねて聞いたが、ホームレスの答えは禅問答のようで要領を得ない。田所は助けを求めるように後輩の方に目を向けたが、後輩の警官も困惑したように肩をすくめるだけだった。
「ちょっと、意味が分からない。もう一度聞くが、まず男が誤って池に落ちた。それは間違いないか?」
ホームレスは黙ってうなづいた。田所はさらに質問を重ねる。
「それで男を助けようとした女も誤って池に落ちた。そうじゃないのか?」
「違う。女は『なにか』に引きずりこまれたんだ」
首を横に振り、ホームレスは最初の主張を繰り返す。
「しかし、そんなことが……
一体、その『なにか』っていうのはなんなんだ?」
その時、突然池の方が騒がしくなった。なにかが見つかったようだ。レスキューのボートのひとつが急いで戻ってくるのが見えた。
時間的に言って生存は絶望的ではあったが一縷の希望を抱きつつ田所はボートに近づいた。
「見つかったんですか? 息はありますか?」
レスキュー隊員に問いかける。隊員は青い顔を田所に向けた。
「息があるとかないという話ではないです。
これは一体なんていうのか……
なんでこんなことになったのかさっぱり分かりません」
戸惑い口ごもる隊員の視線の先にはなにかが転がっていた。ボートの底に無造作におかれた泥で汚れた物体。いびつなYの形をしていた。
「えぇ?! これってまさか!」
その正体に思い当たった田所も絶句する。それは、太ももから下がもぎ取られた女の下腹部だった。
2022/02/25 初稿




