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怪Ⅹ物語  作者: 風風風虱
怪Ⅰ(いち)
3/17

夜明けと共に現れて、そして命を喰らうもの 3

「ほら、急げ、急げ。時間がないぞ」


 恰幅の良い、いかにも建設現場の監督風の男がドラ声を張り上げ、周囲の作業者に発破をかけている。

 そのすぐ近くの広場では灰色の大きなテントが立てられていた。

 急設した怪獣司令本部だ。

 長机を何脚か並べて作った大机にはA0サイズの来留舞地区の詳細地図が載せられていた。あちこちに赤や青の印がつけられている。


「ダイナマイトの設置は終わりましたか」

「あらかた終わったよ」


 ヘルメットを弄びながら三品社長は快活に答えた。


「爆破は誰がやるんだ。署長さんか?」


 社長は隣でじっと地図を見ている警察署長に問いかける。


「どの場所をどのタイミングで爆破をするかは私が指示しますが実際に起爆するのは社長に任せます」


 その言葉が終わるか終わらない内に視界にノイズが走った。


ザッ ザザッ


 小さく丸っこい頭とその数倍はある葉巻を思わせる胴。胴の色は黒。そこに鮮やかな黄色の筋が何本も走っていた。

 胴からは放射状に8本の脚が伸びている。

 頭のすぐ横から生える蛾の触覚のようなものを除けば、その形態は蜘蛛と言い表せる。

 ただ、サイズが桁違いだった。胴体だけで5階建てのビルを越えていた。悪夢の世界を更に飛び抜けた非常識な大きさ。まさに怪獣と形容するのに相応しい。

 その大きさを目の当たりにすると大の男でも体の震えが止まらなくなるだろう。

 怪獣は8本の脚を器用に操りながらゆっくりと街に近づいてくる。

 署長は地図を確認すると指示を出した。

 怪獣の足元で大きな爆発が起きる。あらかじめ仕掛けられたダイナマイトだ。だが、怪獣は爆発に動じることもなく街に近づいてくる。

 再び爆発が起きる。立て続けに二度。

 さすがに嫌気が差したのか怪獣は体を震わせ、進む方向を変えた。だが根本的に街に近づくのを諦めた訳ではない。土煙を上げながら街に確実に近づいてくる。

 と、三度(さんたび)爆発が起きる。今度は怪獣の周辺で連続して爆発する。爆発が怪獣の脚の直下で起きた。

 怪獣のバランスが崩れる。

 それを待っていたようにショベルカーがけたたましいエンジン音をたてながら怪獣に突進してきた。

 1台、2台……10台を数える。

 皆、アームを目一杯前に伸ばして、さながら槍試合の重装騎士のようだ。 


ガツン


 鋼鉄のアームが怪獣の脚にぶつかる。 


ガツン ガツン


 何台ものショベルカーが力を合わせて怪獣を攻撃する。ショベルカーはアームを懸命に振り回し怪獣の脚や胴を叩く。


クリティカルヒット!


 脚をなぎ払われ、怪獣は土煙を上げながら地面に崩れおちた。

 その隙を逃さずショベルカーは怪獣を押す。


ガガガガガ


 待ってましたと言わんばかりにどこからともなくブルドーザーの集団がショベルカー軍団の支援に駆けつけてくる。総数はショベルカーを越える20数台。

 重機軍団が一致協力して地面に倒れた怪獣を押す。重機軍団の圧力にさしもの怪獣の巨体もズルズルと押されていく。押されていく先は大きな穴が待ち構えていた。

 ついに怪獣の巨体が大きな落とし穴、貯水池だった場所に落ちる。

 穴に転がり落ちる怪獣を確認して一斉に重機軍団が後退した。

 ポン、ポ~ンと四方から照明弾がうち上げられる。照明弾は綺麗な弧を描きながら貯水池に吸い込まれていった。


ボン!


 弾けるような音と共に貯水池から物凄い炎が巻き起こる。池に流し込んでおいたガソリンが燃え上がったのだ。

 一斉に歓声が上がる。

 だが、歓声が徐々に小さくなり沈黙した。

 そして誰もが黙って耳を澄ませる。

 空気が微かに震えていた。音にならない低周波、それでいて腹の底に響く不気味な揺れだった。地響きではない。空気全体が震えていた。

 みんな、その不穏な振動がどこから来るのか懸命に探る。

 それは燃え盛る池の中から聞こえてきた。

 焦熱地獄のような炎を上げる池に周囲の人々の視線が集まる。その視線の先、地獄の釜からゆっくりと怪獣が姿を現した。

 どんな手品か、激しい熱でゆらゆらと立ち上る陽炎の中、怪獣の巨体が音もなく宙に浮き上がってくるのだ。

 あれほどの業火の中で、まるでダメージを受けていない。

 絶望。

 宙に浮かぶ怪獣を見つめる人々の心にその二文字が浮かぶ頃、怪獣の胴から四方八方に何が飛び散った。飛び出した物は轟音と共に地面に着地する。

 それは怪獣をそのままスケールダウンしたスモール怪獣だった。スモールと言っても観光バス位の大きさはある。

 スモール怪獣の何体かがショベルカーやブルドーザーをひっくり返す。

 重機軍団がたちまちパニックに襲われる。オペレーターたちが重機のコックピットから飛び出すと右往左往して逃げ惑う。

 と、スモール怪獣の胴体からまた何かが飛び出した。

 スモール怪獣が更にスケールダウンしたミニ怪獣が現れた。大きさは人ぐらいだ。

 ミニ怪獣が跳躍して逃げ惑うショベルカーやブルドーザーのオペレータや警官に覆い被さる。

 周囲はまさに阿鼻叫喚の地獄のような様子になる。

 そのミニ怪獣からもまた同じように更に小さくなった怪獣が飛び出てきた。サイズは30センチ位。プチ怪獣とでも言おうか。

 プチ怪獣は信じられない早さで動き、糸を出し、人を絡めとっていった。


「!」


 イメージが途切れた。

 署長は激しい目眩に襲われる。机に両手をつき、かろうじて倒れるのを防ぐ。


 今のは?!


 脂汗がこめかみを伝い落ちるの感じながら署長は思う。

 今のが現実でないことは分かる。

 目の前には沢山の人々が何事もなく作業に忙しく動き回っている。無論、怪獣は姿形もない。つまり、今見たものを全くの幻覚と片付けるのは容易い。

 だが、果たして……?


これは、これから起きる事なのでは?


 だとしたら、我々は怪獣になす術なく喰われるというのか。

いや、断じてそんな事になってたまるか。

何か方法があるはずだ、それを考えるんだ)


 署長はぎりっと歯を食いしばると目の前の地図を睨み付けた。


 ゆかりはビルの屋上から来留舞大橋の様子を携帯の動画で録っていた。

 何をやっているか良く分からないが多くの作業者が右往左往している。もっと近くで何をしているのか見たり、作業者に取材すべきかと思ったが、作業場は縄で仕切られ、点々と制服の警察官が立って目を光らしているようだった。関係者以外の立ち入りを厳しく制限しているようだ。

 もう、さっきの検問のような不毛な問答はうんざりだった。市長に正式な取材の許可をとる方がこの後の取材には良いのではないだろうか。新聞社に勤めている肩書きを使えばできない事ではない。そう悩んでいる時だった。


ザッ ザザッ


 突然、イメージが割り込んで来た。

 夜明けの情景。巨大な何かがゆっくりと近づいてくる。

 蜘蛛だ。ビル程の大きさの蜘蛛が悠然と歩いていた。

 ただ、ゆかりは余り驚かない。この怪獣を幻視するのは2度目の上、前に見た時よりずっと距離が遠かったからだ。

 足元で何度か大きな爆発が起き、大蜘蛛がバランスを崩して倒れた。すかさずショベルカーやブルドーザが現れ、蜘蛛を貯水池に追い落とした。

 蜘蛛が貯水池に落ちると同時に池の周囲で連続的な爆発が起きた。

 猛烈な土砂が吹き上がり池に降り注ぐ。文字通りの土砂降りだ。さらに何台ものダンプカーが現れる。どのダンプカーの荷台にも土や瓦礫が満載されていた。池の周辺までくるとダンプカーは荷台の土砂を池に落とし始めた。蜘蛛を生き埋めにする作戦だ。

 あっという間に池が土砂に埋まる。作戦は上手く行ったように思えた。

 しかし、どこからかブーンという音が聞こえてきた。初めは耳鳴りと思うぐらいのものだった。しかし、それは少しずつ大きくなっていく。


 突然、空に異変が生じた。


 地面から数十メートル上の中空に真っ黒な染みのようなものが現れた。

 染みは奇妙に立体感が欠如していた。平ぺったい円にも球形にも見えた。染みは見る間に周囲を侵食して大きくなる。

 染みの中からズルリと蜘蛛の頭、脚、そして胴が現れた。貯水池に埋もれた筈の怪獣が、まるで手品のように姿を現したのだ。蛾を思わせる触角が小刻みに震え始める。

 するといたるところの空間に染みが現れはじめる。染みの大きさや場所はまちまちだったが、染みの中から続々と蜘蛛が現れる。

 大きさは染みの大きさに比例している。バス位の大きさから、人サイズ、リュックサック位まで多岐にわたった。

 ゆかりの立つ屋上にも染みが現れた。

 あっと思う間に染みから人サイズの大蜘蛛が姿を現す。

 ゆかりは慌ててビルの屋内に逃げた。

 間一髪。

 ドアを閉め、鍵をかける。激しくドアが叩かれたが、ドアはなんとか耐えた。

 そう簡単には壊れそうにない。

 今の内にとゆかりは暗い階段を駆け下りる。 

 足がなにかに引っ掛かり、転びそうになった。とっさに手すりを掴む。手のひらにヌルリした感触が伝わる。異様な感触に全身に悪寒が走った。

 手を見ると、手すりから手のひらに白っぽい糸が引いていた。

 カサカサという音がする。

 頭の上だ。

 頭上を見ると蜘蛛の巣が幾重にも張られていた。その巣の一つ一つに一抱え程の大きさの蜘蛛がいた。蜘蛛たちは新たな獲物に赤く光る八つの目を向けるとゆるりと蠢き始めていた。

 

 イメージが途切れる。


 カツン カツン


 取り落とした携帯が屋上のコンクリート床で乾いた音を立てる。

 気づくとゆかりは屋上に佇んでいた。暗い階段も蜘蛛たちの姿もない。

 また、幻覚かと、ため息をつきながら携帯を拾う。画面に縦一文字のヒビが走っていた。


「嘘、割れてるじゃん」


 ゆかりはショックを受け、叫ぶ。そして、もう一度、さっきより深いため息をついた。

 この幻覚が予知夢のようなものならば、ここで待つのはまずい、とゆかりは思った。襲われたとしても簡単に逃げれるような方法を考えるべきだ。例えば、車で待機する、とかだ。

 そう考えた時だった。またも幻覚が割り込むできた。


ザッ ザザッ


 ゆかりは車を走らせている。対向車も後続車もない早朝の道路を、ゆかりは普段なら絶体出さない速度で逃げていた。

 バックミラーで後方を確認する。

 片側二車線の大通り。左右に背の高い建物が整然と並ぶずっと後方に黒地に黄色の筋の走る胴を持った怪獣が見えていた。

 大分距離が離れている。これなら逃げ切れる。そう思ったゆかりはアクセルを踏む足の力を抜き、車の速度を緩めた。

 十字路のさしかかった。

 信号が赤に変わる。

 信号を守るべきか一瞬ゆかりは迷った。

 と、道路の真ん中に黒い染みのようなものが現れた。目の錯覚かと思ったが、それはみるみる大きくなっていく。そして、その中から五角形を逆さにしたようなものがぬうっと現れた。赤い八つの点がH型に並んでいる。

 蜘蛛の頭だ。ついで脚が一対、二対と染みから突き出てる。蜘蛛は体を捩り、染みの中から出ようともがいていた。大きさは観光バスほど。本体の怪獣よりは小さいが、ゆかりの進路を阻むには十分な大きさだった。

 ゆかりはアクセルを目一杯踏み込む。

 ぐんと車が加速する。目の前の蜘蛛が完全に姿を現す前に横を通り抜けるつもりだった。

 蜘蛛もそれに気づいたのか、既に外に出ている脚の一つを振り上げると一気に降り下ろした。

 ゆかりはハンドルを切り、それをかわす。

 タイヤが悲鳴を上げる。

 車は歩道に乗り上げ、激しくバウンドした。

 ゆかりはハンドルにしがみつき、歯を食いしばりアクセルを踏み込む。

 車のすぐ横に電信柱程の太さの脚が突き刺さる。跳び散った道路の破片が車の窓ガラスに当たり、無数のヒビが走らせる。

 蜘蛛の横をなんとか通り抜けるのを確認すると、ゆかりはもう一度ハンドルを切り、車を道路に復帰させた。

 遠ざかる蜘蛛をミラーで確認しながら、ゆかりは、ほっとため息をついた。

 ゆかりは自宅前で車を止めるとエンジンをかけたまま家に飛び込む。土足だが、今はそんなことを構っている場合ではない。

 母親と父親を呼ぶが返事がない。

 おかしい、家にいる筈なのにと内心焦りながらリビングを覗いて息を飲む。庭に面した窓が割れ、机やイスがひっくり返っていた。既に何かが起きたのだ。

 再度、二人を呼びながら台所などを調べた。だが見当たらない。

 役に立つとは思えなかったが台所に転がっていた包丁を手にして、二階に向かう。

 階段のところに白い塊があった。包帯でグルグル巻きにされたミイラのようだった。

 恐る恐る触れてみる。手触りは包帯ではなく絹を思わせた。きめ細やかでサラサラしている。極細い糸で幾重にも巻かれているようだ。

 その中に何があるのか想像したくなかった。顔に当たる部分で名前を呼んでみたが反応はなかった。

 ゆかりはとりあえず階段を上がる。

 廊下に同じように白いミイラがあった。今度のは天井から糸で吊り下げられている。大きなミノムシのようだ。

 ゆかりは近づくと、母親の名前を呼んだ。認めたくはなかったがミイラのフォルムで何となく中身の想像がついた。もう一度、呼び掛けるが反応はない。

 さっき台所で調達した包丁で顔の当たりを削り始めた。傷つけるリスクを承知の話だ。

 慎重に、慎重に。

 額に玉の汗をかきながらゆかりはその作業に没頭する。

 どのくらい時間が経過したか分からないが、目鼻の輪郭が分かるようになった。

 ゆかりは透かして中を伺う。果たして、母親だった。ゆかりは母親を呼ぶ。呼んでは削り、削っては母親を呼ぶ。

 ついに糸を削り落とし、母親の顔が完全に露出した。震える指で母親の顔に触れてみる。


 息がある!


 ゆかりは母親の頬を叩き、呼びかける。何度も、何度も。

 不意に母親が目を開けた。そして、絶叫し始めた。ゆかりは母親を落ち着かせようとしたが、母親の狂乱は止まらない。

 困惑するゆかり。そして、気がつく。母親は自分を見ていないことに。

 母親の視線は自分の肩を越え、後ろに注がれている。

 ゆかりははっとなって後ろを振り返る。

 目の前に自分より二回り程大きい蜘蛛の姿があった。


 イメージが切れる。

 ゆかりは荒い息をつく。

 今のも幻覚なのかと、困惑する。関連がありそうで、細部が微妙に異なる幻覚。何よりもこちらが行動しようとすることに、幻覚が対応してくる。

 しかも、なにをやっても上手くいかない。考える度に片っ端から否定されている嫌な気分になる。

 これは本当に幻覚とか予知夢で片付けられる現象なのだろうか。何かとんでもない勘違いをしているのではないかと思えてきた。


 とりあえず、お(かあ)さんたちに警告をしよう


 このまま、家にいては危険であることを一刻も早く二人に知らせなければと考え、ゆかりは携帯を取った。

 画面を見て、絶句する。


「これは……どういう事?」


2018/05/20 初稿


2019/04/16 一部改稿

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