夜明けと共に現れて、そして命を喰らうもの 2
「はい、そうです。怪獣です。
えっ、どんな姿か?写真を送れ?
いえ、写真はありません。
ですから、さっきから言ってますが怪獣が現れるのは明日の朝なんですって!
……
何でそんなことが分かるか、ですか?
予感ですよ。
ヨ・カ・ン。
いや、だから女の勘とかではないです。
こう、なんというか、もっとはっきりしたものです。
えっ?意味が分からない?
確かに説明が難しいんですけど……
あっ、ちょっと待って、編集長!
お願い、切らないで、あっ、あああ……
切られた」
ゆかりはがっくりと肩を落として、切られた携帯を恨めしそうに睨んだ。
怪獣の為の取材スタッフの要請をしたのだが全く相手にされなかった。
「もう!」
ゆかりは携帯を放り投げる。
「こうなったら、私一人でやってやるから。
ピュリッツァー賞独り占めよ」
ゆかりは大声で叫ぶ。
だが叫んではみたものの、正直何をどうすれば良いか見当もつかなかった。
何はともあれ怪獣がどんな姿でどんな行動をするかを知るのが第一に思えた。
だが、不思議な事に襲われるのは分かるのにどんな相手にどう襲われるかは、ピンと来ないのだ。
ゆかりは目を閉じて怪獣に襲われる事だけに意識を集中する。
ザッ ザザッ
ほんの一瞬、電波状態の悪いテレビの画面のような荒い映像が頭を過る。
山の頂。昇る太陽を背景に巨大なものが蠢いている。
ゆかりは目を開いた。
お腹の中に大きな氷の塊を突っ込まれような悪寒が走る。
おっきい……
ビルぐらいの大きさだった。
本当にそんな巨大な生き物が世の中に存在するのだろうか?
にわかには信じられないが、とにかく山の形から場所は安羅玉山と分かった。
「お父さん、お父さん」
ゆかりは1階に降りると父を探す。
父親は庭にいた。
「お父さん。車を貸して――って、なにやってるの?」
父はトンテン、トンテン、庭に面した窓に板を張り付けていた。
「戸締まりだ」
釘を数本くわえたまま、父親は器用に答える。
「あいつらが家に入ってこれないようにしているんだ」
「あいつらって怪獣の事?
何言っているのよ。あんな大きなやつ。入ってくる以前に家が踏み潰されるわよ」
ザッ ザザッ
ガラスが水しぶきのように割れる。
居間で恐怖にすくみ互いに抱き合う自分と両親。庭には赤く光る目が無数にあった。じわりじわりと赤い目はゆかりたちの家に侵入してくる。
「……何?まただ」
先程のように突然頭の中に映像が浮かんだ。
一瞬の上に、暗闇に蠢いていたので相手の詳細は分からなかったが大きさは人と同じか、ちょっと大きい位に思えた。
そのぐらいの大きさのものが4、5体庭にいて、中に入って来ようとしていたのだ。
さっきの山頂の怪物の大きさとは明らかに違う。一体、どちらが正しいのだ?
ゆかりは混乱した。
駄目だ、判断するには情報が少なすぎる。
「とにかく、お父さん。車借りるよ」
「車なんてどうするつもりだ?」
「安羅玉山に行くのよ」
「何を馬鹿な事を言っている!危ないじゃないか。止めなさい」
驚き父親に、ゆかりは車のキーを見せて不敵に笑う。
「大丈夫。怪獣が出現するのは明日の夜明けだし、私たちが襲われるのは多分、明日の夕暮れ位だから。
それってつまり、言い換えると明日の夕暮れまでは大丈夫って事でしょ」
「そんなあやふやな話、お父さんは反対だ
あっ、こら。待ちなさい!」
ゆかりは父親の制止を無視しして車に乗り、発進させる。
取り合えず安羅玉山まで行く。後は行った先の状況次第だ。とゆかりは考えた。我ながら、いい加減だと思うが、何があっても明日の夕暮れまでは大丈夫、という予感がゆかりにはあった。
「見つからない?」
市長は憮然と言う。
「はい、ヘリコプターの捜索ではそれらしきものを発見できていません」
「捜索範囲が狭いのではないのかね」
「いえ、安羅玉山山頂を起点に北と東の県境まで隈無く調べていますが全く見つかりません」
警察署長は額の汗を拭いながら答える。
「やはり怪獣は我々が想定しているより小さいのではないのかな。だから、空からの捜索では見つからないとか」
宮野院長が口を挟んできた。
「ヘリとは別に山狩りの方も実施していますが、そちらの方も何も見つかっていません」
とは消防署署長だった。
「県境付近の情報も管轄の警察、消防に問合せをしていますが、特に何も見つかっていません」
両署長の報告に市長は深い溜め息をつく。
「全く訳が分からん。大きいにしても小さいにしても何故何も見つからない?
突然、涌いて出たというのか」
「しかし、困りましたね。知事を動かすにたる証拠が無ければ自衛隊の出動は要請できませんよ。
もう2時になります。そろそろ時間切れです。仮に今、要請できたとしても夜明け前までに自衛隊が間に合うとは思えない」
「そんな事は分かっとる!どうしろと言うのだ」
木暮助役の進言に市長は声を荒げる。
「こうなれば、我々だけでやるしかない、という事ですよ、市長」
木下助役が、何か達観したような表情で言った。
「我々でやるしかないとはどういう意味かね?」
「我々で防衛隊を組織するのですよ。
市内にある建設会社からブルドーザやショベルカー等の重機やダイナマイトを調達して防衛線を張るんです。
また、猟友会や銃器保有者から銃火器をかき集めるんです」
「本気で言っているのかね?
どんな相手かも良く分からない敵の相手を市民させろと言うのかね?」
「勿論、装備を借りるだけに留めて、対応は我々だけでやりたいですが、爆発物や重機の扱いができる者は少ないでしょう。我々だけで全てやりきるのは無理だと思います。
幸い、私は建設会社の知り合いが多いので話をつけるのは可能です」
「ならば私は猟友会のメンバーと話をつけましょう」
木下助役に木暮助役も同調してきた。
「「市長、時間が有りません。決断するのは今ですよ」」
二人の助役が同時に市長に決断を迫る。
「うむ、分かった。市独力で自衛団を編成しよう。
自衛団の直接の指揮は警察署長にお願いする。
防衛ラインとエリアを設定して、必要な装備や人員を配置してくれたまえ。
防衛エリアの住民の避難と避難先の確保は消防署署長にお願いしたい。
後、宮野院長には負傷者が出た場合の治療体制を構築してほしい。必要な設備や人員の確保もお願いする。
高橋君は皆のサポートを頼む」
市長は一同の顔を一頻り見るとぽんと手を叩いた。
「どうして通れないの?」
ゆかりは窓から顔を出すと怒鳴った。
「危険だからです」
検問所の警官は無表情で答えた。
「あら!じゃあ怪獣が見つかったの?」
「いえ、そのような情報は有りません」
「じゃあ、何で危険なのよ。危険かどうか分からないじゃない」
ゆかりはしつこく警官に食らいつく。
安羅玉山へ向かう途中でゆかりは検問所で足止めを食らっていた。
「とにかく、この先は行けません。Uターンしてください。あんまり、しつこいと公務執行妨害になりますよ」
若い警官はイライラした調子で言った。
そこまで強硬に言われては、ゆかりとしては引き下がるしかなかった。
ここまでかと諦める。
渋々車をUターンさせながら、戻っていく警官の後ろ姿に秘かに中指を立てた。
ザッ ザザッ
突然、目の前の道路に直径数メートルはありそうな巨大な柱が落ちてきて、アスファルトを貫く。物凄い音と共に土砂が舞い落ちる。
黒と黄色の毒々しいツートンカラー。大木やコンクリート柱とは質感が全く異なる。もっとも近いのはタランチャラの脚だろうか。
ズズン
大分離れた位置に同じような柱が突き立てられ、ゆかりの体を細かに揺らす。
更に後方にも。
ズン
スズン
ズズン
ズン
ズン
ズズン
ゆかりの周辺に次々と都合8本の柱が乱立した。
車に巨大な影が落ちる。
見上げるとゆっくりと黒い塊が空中を移動していくのが見えた。余りに大きく視界に入りきらない。
バン!
車の窓を激しく叩く音に振り向くと先程の警官がこちらを覗き込んでいた。見開かれた眼は血走っていたが焦点がどこか定まっていない。
バン バン!
警官が狂ったように頭を窓にぶつけ始める。
びっくりして固まるゆかり。
警官は不意に動くのを止めるが、今度は直立不動の状態になり背中に手を回す。背中に付いた何かを必死にとろうとしているようだ。
だが、正面を向いているので背中に何が付いているのかは分からない。
と、警官の両肩口から白いものが噴出する。
最初、液体かと思ったが違う。
糸だ。
白い糸が噴出して警官を覆っていく。
警官は大きな口を開けて叫んでいるようだが糸が口回りにも絡みつき何をいっているのか聞こえない。
警官がぐらりと、よろめき背中が露になった。
背中には黒っぽいブヨブヨしたものが取りついていた。
蜘蛛。
その形容がもっともぴったりする。大きさはリュックサックほどあった。
その蜘蛛のようなものがおしりにあたるところから糸を出していた。
見る間に警官はミイラのように糸に覆われる。既に白い塊になっていた警官はびくんびくんと体を痙攣させてもがく。
と、蜘蛛のようなものが一際太い糸を空に向けて飛ばした。次の瞬間、警官だった繭が空高く舞い上がる。
目で追うと繭は先程の空中を移動する謎の物体へと引っ張りあげられていく。
良く見ると黒い物体には同じような白い繭が無数にぶら下がっていた。
イメージが途切れた。
ゆかりは激しく咳き込んだ。イメージを見ている間、呼吸を忘れていたようだ。
全身から気持ちの悪い汗が出ていた。
「今のは怪獣?
大きいのと小さいのがいた。
蜘蛛みたいのと、ものすごく大きいやつ。
どういう事、怪獣は一匹じゃないの?」
ゆかりは大いに混乱した。
「安羅玉山から市内に入るとしたら、どうしても来留舞川を通る事になる。
最短なら来留舞大橋を通るルート。
だとしたら今の内に橋を破壊してしまったらどうだろう」
黄色いヘルメットをかぶったヒゲ面の男が言う。三品建設の社長だ。
だか、警察署長は懐疑的であった。
「相手が人間ぐらいの大きさなら効果もあるだろうがビルぐらいの大きさだと一またぎで越えてくるだろう。あまり意味があるとは思えない。
市内に入るルートは大きく分けると山頂から一旦西に行って、そこから北に転じて侵入するルート。
さっき言った、来留舞大橋の最短ルート。
南下して東から入るルートだな。
いたずらに守備範囲を広げたくない。どうにかしてルートを限定させたいものだが……」
「守るとしたらどこで守りますか?」
背広姿の精悍な顔つきの男が尋ねる。捜査課の若手のホープ、名前を新田と言う。
「来留舞大橋のルートだな。この辺はたんぼが広がっているので戦闘になっても被害が少なくてすみそうだし、重機の扱いも楽だと思う。
それに、たんぼ周辺にダイナマイトで地雷原を作れば侵入を阻むことができる」
「なるほど。
なら、怪獣が現れたら山火事を起こして西と南のルートを遮断したら良いのでは?」
「ふむ」
署長は少し考えたが、すぐに決断する。
「良い考えだ。早速、消防と連携をとって準備をしてくれ」
署長は新田の肩を叩くとニヤリと微笑む。新田も嬉しそうに笑顔で答える。
「了解しました」
敬礼をして去って行く新田を見送ると署長は再び地図を睨み付けた。
「ルートを確定させたとして、次はどう戦うかだ……」
署長は地図に示された青色のエリアにふと目を止める。
「来留舞用水か。
おおーい、高橋さん。ちょっと来てくれ」
直ぐに高橋はやって来た。
「高橋さん、ここの用水は直ぐに水を抜けれるものかな?」
署長の質問に高橋は首を捻る。
「うーん。どうでしょう。農政担当に聞いてみないとなんとも」
「聞いてもらって良いかな。
いや、ちがう。
ここの池の水を全部抜いてほしい。しかも、直ぐにだ」
「ふむ。分かりましたが、一体何をしょうと言うのですか?」
「それは、見てのお楽しみだ」
署長はニヤリと笑って見せた。
宮野病院は市のほぼ中心にある総合病院だった。その大会議室に院長はいた。
「なるほど。つまり、来留舞大橋付近が防衛ラインになるんだな。分かった」
宮野院長は携帯を切ると市の地図を睨む。
「来留舞大橋付近が主戦場になるとすると、この病院は少し遠いな」
「しかし、この病院でなければ満足な手術は行えませんよ」
副院長の飛田が言った。
「ふむ。それは分かるが遠すぎては助かるものも助からなくなる。
よし、来留舞第二市民会館とこだま小学校の体育館を一次の救護所としょう。
それぞれの指揮は救急救命の田所先生と北沢先生にお願いしましょう。
看護師さんの人選は田所先生、北沢先生と看護部部長の佐伯さんで相談して決めてもらってください。
必要な医療品は南と西の病院の協力をお願いして。文句を言うようなら市長に話して直々に依頼をしましょう。
ああ、全部持っていくのはダメですよ。最悪の最悪は南と西の病院が最後の拠点になる可能性もあるのですから。
飛田先生。田所先生たちとの打ち合わせをお願いします」
宮野院長に言われて飛田は会議室を退出する。
「では、残りの先生方でこの病院での医療体制について話を……」
ザッ ザザッ
大会議室の中。照明は落ちていた。
暗いが非常灯のお陰で辛うじて誰がいるのかは分かる。
岩田、北川先生。そして、飯山看護師長以下、斎藤、木下看護師。
皆、緊張した面持ちで息を潜めている。
ドン ドン ドン
と、激しく扉が叩かれる。しかし、扉にはテーブルやイスを積み重ね即席のバリケードを作っていた。そう簡単に破られる事はないだろう。
扉は執拗に叩かれていたが、ふっと静かになった。
先程とは打って代わって恐ろしいほどの静寂が訪れる。誰も何も喋ろうとはしない。
その場にいる全員がじっと耳を澄ましていた。
カサリ
部屋のどこかで何かが擦れる音がした。
一人の空耳でないことは皆の表情を見れば分かる。一人一人が懸命に音の所在を聞き分けようとしていた。
カサリ カサリ
カサ カサ カサ
何かが床を這いずっている音。一つではない。複数のものがそこここで這いずっている。
甲高い悲鳴が静寂を破る。
飯山師長がうつ伏せになりながら、必死の形相で床に爪をたてている。
が、抵抗も虚しく飯山師長はずるずると会議室の奥の闇に引きずられていく。引きずる物の姿は闇に溶け込み見えない。
あっという間に飯山師長は闇に飲み込まれた。
続いて悲鳴が上がる。斎藤、木下看護師が天井を見上げている。
見上げると岩田先生が宙に浮いていた。
苦し気にもがく先生の背後から無数の白い糸が噴出して、先生を包んでいく。
助けねば、と思った瞬間、なにかねっとりしたものが首の回りに巻き付く。
あっと思うまもなく空中に引っ張られ浮遊感に襲われた。
「院長、院長、どうなされました」
イメージが切れる。
心臓が今にも破裂しそうな勢いでバクバクしていた。
「どうしたんです。急に黙ったりして。ご気分でも悪いのですか?」
「あ、ああ。喉が乾いたので少し休憩しようか。誰かミネラルウォーターを持ってきてくれないか」
心配そうに顔を覗かれたが適当な言葉で誤魔化す。
院長は手近なイスに腰掛ける。
今のは一体……幻視なのか。それとも……
院長は心の中に沸き起こった不吉な思いを懸命に打ち消そうとした。
2018/05/20 初稿
2019/04/16 文章少し変更