深夜にそれは目を覚ます 13
1時間も歩かないうちに広場は林になり、山へつながる上り坂へ変化した。その上り坂をさらに進むと正吾の言ったように広い国道へとつながった。
『北 森岡市 20km 南 森平市 43km』と書かれた標識があった。
当然のように二人は北へのルートを選択した。
くねくねと曲がりくねった山道を登ったり、降りたりを4時間ほど続けると、東の空が白々と明るくなってきた。
「夜明けですよ」
夜が明ければ、あの化け物たちも眠りにつく。大江はようやく、自分が助かったことを実感できた。
「あ、コンビニがある。
君、お金はもっているか?」
少し先に小さな駐車スペースを持ったコンビニが見えた。
「え? えっと、数千円ぐらいならもちあわせてますよ」
「そうか。じゃあ、あそこですこし休憩しよう」
大江と正吾はコンビニのフードインコーナーでパンを貪り食べた。
「ふう。ようやく人心地がついた」
1リットル牛乳の紙パックをラッパ飲みに飲み干し、正吾は大きく息をついた。大江はパンを噛りながら携帯電話でネットを調べていた。
「どうかね。なにか分かったかね?」
「だめです。ネットにはなにも出てません。
ただ、なんとなく違和感があります。
森菜市に関する情報がまるっとないのです。
意図的に隠されているのか、それとも情報がまだ伝わっていないだけなのかわかりませんけど……」
大江はネットの検索に見切りをつけた。すると、さっきのことなんだがね、と正吾は少しためらい勝ちに口を開いた。
「さっきのこと?」
「パトカーのことだよ。『あれ』は一体なんだって言っていたろう。
ずっと考えていたんだ。私は最初、『あれ』はヤドカリのようなものではなかろうかと考えていた」
「ヤドカリ? なるほど、たしかにヤドカリが貝の殻を家にするようにパトカーやゴミ収集車を家にしたっていうのですね。
確かにそれなら、理屈に合う。
あれ。でも、『考えていた』って言いましたね。つまり、今は考えていない、ということですか?」
大江の質問に、正吾は曖昧にうなづく。
「うむ。私もあの小道で君に合流するまでに、町中を逃げていた。その途中で異様な光景をいくつも目撃しているんだ。
例えば、歩道の石畳がばっくりと割れて歩いている人間の足を喰いちぎったり、アスファルトがドロドロにぬかるんで、人や人の乗った自動車を飲み込んでいく光景とかだ。
それは、まるで町全体がどうかしてしまったとしか思えない情景だった。
そんなものを『ヤドカリのような生き物』ではとても説明できないんだよ」
「……じゃあ、やっぱり付喪神ってことですか?」
「付喪神か、いや、だからパトカーやゴミ収集車の付喪神でも説明はできない。アスファルトの付喪神とか歩道の付喪神とか、なにかしっくり来ないだろう?
だから、違うと思っていたのだかね、実はついさっき、思いついてしまったんだ。
それで今、それを後悔しているところだ。
なんで、こんな最悪なことを思いついてしまったのか、ってね」
「最悪なことってなんなんですか。もったいぶらずに教えてください」
大江はじれったそうに正吾を催促する。しかし、正吾は苦しそうに顔を歪める。いや自嘲の苦笑というべきかもしれない。
「君は付喪神の別の書き方を知っているかい?」
「きゅうじゅうきゅうの神……と書くって奴ですか?」
大江は答えに正吾はうなづいた。
「そうだ。ではなぜ九十九と書くか知っているかね?
昔、器物は100年、大切に使われると神様になると信じられていてね。それが乱暴に扱われたりして、100年に満たないうちに壊れたり、捨てられたりして神様になりそこねると、物はそれを恨んで妖怪になるといわれている。100に満たないから99、つまり九十九神さ。
パトカーやゴミ収集車が99年も経過しているとは思えない、石畳やアスファルトもそうだ。
そんなものはないと思っていた。
だが、あったんだ。あと少しで100年になるのに私たちが破棄してしまったものがね!」
正吾が言いたいことが大江にはよく呑み込めなかった。どういうことですか、と問おうと口を開きかけた大江だったが、その口からは別の言葉が発せられた。
「地震?」
ズズ ズズスン ズズン
微かな揺れが規則的に腹に響いた。それが地震の揺れとはまるで違うことはすぐに分かったが、ではなんのせいなのかはまるで見当がつかなかった。生まれてこのかた経験をしたことのない類いの揺れであった。
ズズン ズズン
規則的な、単発な揺れ。それは巨人が歩く時に立てる地響きというのが最もしっくりした。
「ああ、まさか!」
正吾が悲鳴のような声を上げるとコンビニの外に飛び出した。なにが起きているのが分からぬまま大江も正吾を追って外へ飛びだした。
「ああ、やっぱりだ」
正吾は森菜市の方向を見て、大声で叫んだ。峠に位置するそのコンビニから森菜市の方向は緩い下り坂となっていた。しかし、その方向を見ても、なにも変なものが見えなかった。ただ、遠くに微かにビルの町並みが見えるだけだ。
「ビルの町並み?」
いや、そこにあんな街並みが見えるはずがないのだ。森菜市は20キロ先で、一山超えた先にある。このコンビニとの間は高い山に遮られ、見えるはずがないのだ。
「あんなビル街なんかなかったぞ。いや、見えるはずがないのに……」
大江はそのビル街の形に見覚えがあった。それは確かに森菜市の繁華街の形だった。中央にあるのは森菜市役所の建物だ。
「なんで、森菜市の町並みが見えるんだ」
「移動してきたんだよ」
「移動って、町が移動とかそんな馬鹿な話がある……」
「付喪神だ!」
正吾の鋭い声が大江を遮った。
「森菜市全体が丸ごと付喪神になってしまったんだ。
下水道から現れる大量の触手も、人を喰う歩道も、市の持ち物であるパトカーやゴミ収集車が人を襲うのもみんな説明がつく。
覚えているだろう。森菜市は今年、市政99年記念をやるってことを、それはつまり、来年は統合されてなくなってしまうからだ」
「いや、そんな、そんな馬鹿なことがおこるなんて」
ズシン ズシン、と規則正しく、小刻みに地響きが繰り返されていた。
心なしか、振動も、地響きも一段大きくなった気がした。
「でも、なんで日が照っているのに活動しているんです! あれは夜行性でしょ?!」
「はっ? 夜行性だなんて誰が言ったんだ?
それに、森菜市に一体何万人の人間がいたか知っているか?
もしもその人たちすべてを『あいつ』が取り込んだとしたら、どれほどの力がつくと思う?
日の光の下を動けるようになったとしてもそれがどうだっていうんだ?」
大江は絶句して森菜市を見た。見慣れた街並みの中心に市役所らしきものを確認する。
市役所に目を凝らすと『祝 森菜市 市政開始 99年』という横断幕が揺れていた。
(了)
2022/04/10 初稿
《怪獣ファイル02》
分類 器物
名前 ザ・シティ
全周 およそ30キロメートル
体重 ?
森菜市が付喪神化した怪獣
発端は森菜市の財政逼迫による隣の市との合併である
自我を持ったばかりのザ・シティは活動時間や能力が限られていたが森菜市の小動物などを補食し徐々に力をつけ、ついに人間を餌として襲うようになる
森菜市所有のものは、下水道、歩道、ゴミ収集車等すべてシティの体の一部であり、自在に操ることができる。故に歩道を陥没させたり車道を底なし沼のようにすることもできるので、シティ内部に取り込まれた人々が逃げ出すのは困難を極める
大江や林正吾が脱出に成功したのは偶然国道を脱出ルートとして選べたことが大きい
森菜市の住民をほとんど補食したシティは移動能力を身につけ、次の獲物を目指し移動を開始し始める。シティの倒しかたは、町全体の設備を完全に破壊するしかない




