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怪Ⅹ物語  作者: 風風風虱
怪Ⅱ(に)
15/17

深夜にそれは目を覚ます 11

 携帯電話が鳴ったのは、浜辺が署で捜査資料を読んでいる時だった。


『ああ、自分です。青山です

警部、今どこにおられます? ご自宅ですか?』

「青山か。いや、まだ、署にいるが。

どうした、今日は帰ったのではなかったのか?」

『まだ署ですか。そうですか……

いや、実は思いついたことがありましてすぐに相談したいのです。

今から戻るので、少し待っていてもらえないでしょうか?』

「そりゃ、いいが、いったい何の話だ?」

「えっ? えっと電話で話すのはちょっと…… (ガッ!!)」


 会話は突然打ち切られ、鈍い音が携帯電話が~聞こえた北。


「うん? 青山、どうした? なにがあった?」


 浜辺は何度も青山の名前を呼んだが、返事はなく、携帯もすぐに切れた。状況が分からず、次の行動を決めかねているとそこへ坂木巡査が飛び込んできた。


「警部。大変です! 町中のマンホールから触手が出てきた市民を襲っているという通報がありました」

「マンホールから触手が出てきて人を襲っている、だと? 

何を言っているのかさっぱり分からないぞ!」

「自分も分からないんですよ!

ただ、色々なところから同じような通報が相次いでいてとにかく手透きの者は現場に急行しろと各警察署に命令がきています」

「そうなのか。

で、署長はどうしている?」

「全署員の非常呼集を命じられてます!」

「そうか」


 浜辺は、署長のところへ行こうかと思ったがすぐに思い返した。触手と言う言葉が気になったからだ。


「直接見てみたい。現場へ行けるか?」

「えっ、現場へ直接ですか? それは可能ですが……」

「触手と言うのが気になる。もしかしたら、我々がずっと捜していたものの正体ではないのか? だから、直接この目で確かめたい!」


 最初、戸惑った坂木巡査であったが、すぐに頷いた。


「分かりました。パトロールカーを出します」


 二人は騒然とする警察署の廊下を足早に走り始めた。



「それでどこへ向かうんだ?」

 

 パトロールカーの助手席でシートベルトを締めながら浜辺警部は坂木巡査に尋ねた。

 「小柴本通りが一番違いです」と同じく運転席で坂木巡査は答えた。プッシュキーボタンを押して発進させようとした……、が。


「うん? どうした早く車を出せ」

「いえ、それが、エンジンがかからないんです」


 一向に走り出さないのに業を煮やした浜辺が催促をすると坂木は困ったようにそう答えた。答えながらプッシュキーを何度も押す。しかしエンジンはうんともすんとも動かなかった。


「こんな時に何をやっているんだ! 早くしろ!!」

「す、すみません」


 坂木巡査は焦って、スタートキーを何度も押した。と、突然、ボタンが陥没した。その陥没した穴に指がズボリとはまる。坂木は驚いて指を引き抜こうとするがなにかに挟まったようで抜くことができない。指先に鋭い痛みが走った。


「うわっ?! イタタタ 指がなにかに挟まって抜けない」

「なんだ? なにを騒いでいるんだ」

「も、申し訳ありません。 スタートキーのボタンが壊れて指が抜けないんです。

なにかに挟まってるみたいで…… 痛ッ、噛みつかれてるみたい……あいたた、痛い! 痛い」

 

 相当痛いらしく、坂木の額には脂汗が玉になって浮き出ていた。


「待ってろ!」

 

 浜辺警部はシートベルトを外そうとした。

 しかし、こっとも何度レバーを操作してもベルトが外れなかった。


「なにかに引っ掛かっているのか?

こっちはシートベルトが外れないぞ」


 困惑する浜辺。

 その時、鋭い悲鳴が上がった。坂木の悲鳴だ。

 驚いて運転席へ目を向けた浜辺は、その異様な光景に固まった。

 ハンドルが横にばっくりと割れていた。

 その割れ目から猛獣のような鋭い牙が何本も見えた。ハンドルは生き物の顎のように涎のような粘液を滴らせ、小刻みに震えていた。


ズチャリ


 粘りつくような音を立ててハンドルが伸び、坂木の頭を噛り取った。一瞬の間の後、首から大量の血が、噴き出て辺りに撒き散らされる。浜辺も頭から血をぶちまけられた。


「うわわわぁ!」


 警部は悲鳴を上げると狂ったようにシートベルトを外そうともがいた。だがベルトは外れるどころか逆にギリギリと警部を締め上げ始めた。


「どうなっているんだ?!」


 締め上げてくるシートベルト。

 獣のように牙を剥くハンドル。

 どれもこれも常軌を逸した出来事に唐突に襲れ、パニックになるのを浜辺は必死に堪えながら助かる方法を必死に考えた。


「そうだ、グローブボックスに!」


 浜辺は、グローブボックスに緊急脱出用のハンマーがあるのを思い出した。主にフロントガラスを叩き割るための道具だったが、シートベルトを切るカッターも付いている。それを使えばシートベルトを切って脱出にできる。

 浜辺はグローブボックスを開けた。

 確かに赤いハンマーがボックスの底にあるのをみつけた。浜辺はハンマーへと手を伸ばす。しかし、いつもなら簡単に届くはずが届かない。シートにベルトで縛りつけられているから、後少し手が届かないのだ。


「くそ、もう少し……」


 既にシートベルトの締めつけは呼吸にすら支障が出るほどの強さになっていた。それでも浜辺は懸命に手を伸ばす。

 指先がギリギリ触れるぐらいの距離。

 触れては滑り、触れては逃げるハンマーを浜辺は粘り強く自分の方へに引き寄せる。

 そして、ようやくハンマーを掴むことに成功した。


「よし!」


 警部が歓喜の声を上げた、その瞬間、グローブボックスが突然閉まった。

 勿論、浜辺が閉めた訳ではない。

 ()()()()()()()()()()()

 グローブボックスの扉がなんの抵抗もなく浜辺の腕を噛み切った。まるで朝食に出されたソーセージを噛みきるような気軽さだった。


「うがぁ?!」


 自分の腕が切断されるのを目の当たりにした警部の中でなにかがプツリと切れる。肘から少し先を失なった腕をふりふりと振りながら呆けた表情で笑いだす。


「あは、あはは。 腕が、腕がないよ。あははは」


 浜辺警部の座っているシートが徐々に前に倒れ始める。シートベルトでシートに縛りつけられている警部の体もそれにしたがって九の字に折れ曲がり、そのまま圧迫されていく。それでも浜辺はくぐもった声で狂ったように笑い続けた。


「あはは、あはは、あははははははぁ」


プシャリ


 水の入った風船が潰れて割れるような音とともにパトロールカーの窓ガラスが真っ赤に染まった。


ウオオオオオーーン


 低いうなり声のようなものが辺りに響き渡る。それは小柴警察署から聞こえてきた。不気味な声に合わせ警察署全体が小刻みに震えた。


ウオーーーン


 再び、うなり声が響く。その声に微かに悲鳴、怒号、泣き声が混じり聞こえてきた。

 1人の男が3階の窓ガラスを突き破り、外に放り出された。小柴署の署長だ。

 しかし、署長は地面に達することはなかった。地面まで後数センチのところで落下は止まってしまった。バンジージャンプよろしく足にロープのようなものが絡みついている。それは下水道から伸びてくる触手と同じものだった。


「うわーー、助けてくれ!」


 署長は絶望の声を上げる。

 そして足に絡みつく触手をを必死に蹴りつけた。割れた窓からさらに新手の触手が伸び、ぶら下がったままの署長の体に絡まっていく。


「ひい、やめろ、やめてくれ! だれか、助けてくれ。だれか!」


 体をよじらせ必死に叫ぶが、誰も助けには来てくれない。触手が署長の体をゆっくりと引き上げていく。署長は窓枠に手をかけ、必死に抵抗する。か、圧倒的な力の前にその抵抗も長くは続かない。枠にかけた指が一本、また、一本とはずれていく。


「いやだぁ、死にたくない。だれかあぁぁ」


 ついに最後の一本の指が外れ、署長の姿が警察署の中へ消えた。


「ぎゃあああああ」


 凄まじい断末魔の悲鳴が上がる。と、当時に警察署全体がぶるりと震え、すべての音が途絶えた。

 先ほどまで騒然としてた周辺の音が消失する。ふっと、警察署から漏れていた電灯の光が消える。

 気づけば人の気配はどこにもなく、警察署とその周辺は完璧な静寂と闇に包まれていた。




「ねえ、あたしら、いつまでこうしてなきゃ行けないの?」


 立てこもったキッチンの床に座り込んだ女客が誰に問うでもなくなく呟いた。答えは返ってこない。誰も分からないからか、誰からも答えはなかった。


「ねえ、だれか答えてよ」


 それが気に入らなかったのか、女は少しキレ気味に問いを繰り返した。


「落ち着けよ。もう少しだよ」


 隣に座っていた連れの男が女を宥めようとするが、女は肩にかけられた手を払うと立ち上がって地団駄を踏む。


「だ、か、ら! もう少しっていつかって聞いてんのよ!!」

「俺に分かるわけないだろう。少しは静かにしてろ!」

「まあ、まあ、少し落ち着いてください。なにか飲み物でも飲みませんか?

今野さん、皆さんにコーヒーを出して」


 男の方もキレて大声を上げ始めたので、慌てて店の従業員(ホールスタッフ)が間に入った。今野と呼ばれた女性が立ち上がり、コーヒーの準備を始める。金は出さないぞ、と男客が息巻いていた。

 シンクでカップを洗っている女スタッフの後ろ姿をぼんやりと眺めながら大江は腕時計で時間を確認した。後、5時間ほどで夜が開ける。さっき青山に披露してたように今回の『化け物夜行性説』が正しいならば、朝になれば大人しくなるのではないかと大江は思っていた。


「みなさん、コーヒーで良いですか?」

「ああ、自分はコーヒーで良いです」


 ガラス製のコーヒーサーバーを片手に笑顔を見せるスタッフに、大江はそう答える。

 コーヒーを貰おうと立ち上がった、その瞬間。

 突然、女スタッフの背後に無数の触手が現れ、頭に絡みついた。

 そして、あっという間もなく女スタッフはシンクに引きずり込まれる。

 頭がシンクに消えるのと同時に、ブシャリと血が噴き上がった。女は両手足を一度だけ激しく痙攣させると後はぐったりと弛緩した。

 想定外の出来事に誰もが凍りついたように動けなくなった。

 

 コリ コリ コリ コリ コリ


 ブジュ ブジュ ブジュリ

 

 キッチンの中で、耳障りな音が静かに続く。

 音がする度に女の体が少しずつ、少しずつシンクの中に引き込まれていく。


 排水口だ!


 大江の頭に閃くものがあった。

 青山から聞いてことを思い出したのだ。排水口から見つかった目玉。

 触手は下水道から水回りの排水菅を伝わってこれるのだ。

 小柴マンションの大量失踪事件のからくりを大江は全く理解した。


 だとしたら、まずいぞ。

 ここには()()()()()()()()があるって言うんだ?


 大江は素早く視線を走らせる。シンクは後二つある。つまり、女を補食している排水口を除いてもまだ触手の出てくるところが最低二つあると言うことだ。床にも水捌け用の排水口がいくつかあるだろう。


 まずい!

 ここにじっとしているのは絶対にまずい!!


 大江は瞬時に置かれている状況を認識した。


「裏口から逃げよう!」


 大江は叫ぶと急いで裏口を固めていたバリケードをどかし始めた。それを見て男客が怒鳴った。


「お、おい! 裏口は危ないんじゃないのか?」

「あいつらは排水口から侵入してくるんだ。このままここにいたら絶対に助からない。一か八か外に逃げるしかないだろ!」


 大江は後ろを指差して怒鳴り返す。今野と呼ばれていた女スタッフの体は既に両足がシンクから出ているだけになっていた。


2022/04/10 初稿

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