深夜にそれは目を覚ます 7
「うへぇ、くっせえな。吐きそうだ」
「無駄口は叩くな。余計きついぞ」
作業着に長靴、ゴム手袋、マスクに防護メガネにヘルメットといった完全装備の男たちが暗闇の中でうごめいていた。
周囲は筒状の巨大なコンクリートの壁。左右には人が歩くために一段が高くなった50センチ程度の幅のステップがあり、そのステップの間には汚水が糞尿の悪臭を放ちながらじくじくと流れていた。
「こちら1班、青山です。配置につきました。
これから計画通り、公園に向かって探索を開始します」
青山は無線機に向かって報告する。
『了解。連絡は密に』
本部からの少しノイズ混じりの返信を聞くと背後のメンバーを振り返る。
「硫化ガス濃度、酸素濃度問題なし。
じゃあ、いくぞ」
青山たちはノロノロと進み始める。
そこは小柴マンション直下の下水道であった。
大量失踪事件の捜索において204号室で見つかった眼球はDNA鑑定の結果、部屋に住む中野清志さんであることが確認された。なぜ水道管のS字トラップにそんなものが詰まっていたのかは依然謎のままだったが、小柴公園の池とマンションが下水道で繋がっていることが判明した。そのため大規模な下水道内の捜索が計画されたのだ。青山はマンションから公園へつながる下水道の探索を命じられた。
青山たちは静かに下水管の中を進んでいく。
「こちら1班。ただいま接続点J31を通過。今のところなにも異常ありません」
『了解』
本部との定期連絡を取りつつ、さらに奥へ進んでいく。その無線機からは他の班の報告が漏れ聞こえてくる。
『こちら3班……』
3班は青山の同期の戸村がリーダーをしている班だった。
『地図に載っていない通路を発見』
漏れ聞こえてくる戸村の声に青山は一瞬足を止め、聞き耳を立てた。
『直径1500ミリの大きな脇道です。
接続点J21からK21の間。ほぼ北方向に伸びています』
『こちらでも確認した。こっちのマップにもそんな通路は記載されていない』
戸村の担当は確かマンションから東の方向だったよな
そう思いつつ、青山は手元の下水道の配管マップを確認する。確かにそんな脇道は記載されていなかった。
直径1500ミリの下水道が記載されていないなんてとんだ欠陥マップだな。古いのか?
そんなことを考えているところに再び戸村の声が聞こえてきた。
『……硫化ガスとか大丈夫? そうか。
通れそうですのでこの脇道の探索をします』
『了解。連絡を維持しつつ探索を進めて欲しい。
こっちは水道局にその脇道の所在を確認する』
『了解』
一連のやり取りを聞きながら青山は妙な胸騒ぎを覚えた。
『なんだ……?
この下水道、汚水がないな。壁はコンクリート……だよな。ざらつきや色合いは多分そうだと思うのだけど、なにか妙な違和感が……』
当の戸村も同じように不穏なものを感じているようで無線機からの声は微かに震えていた。
『……なんだ、あれ?!』
突然、戸村の興奮した声が響き渡った。青山は歩くのを止め、無線機からの声に意識を集中させた。
『緊急! 緊急!
人の体の一部らしきものを発見!!
……酷いな、これは。腕や足。半分近く白骨化してる。
頭蓋骨も一つ、二つ……無数にあるぞ!
おそらくマンションから消えた住人のものと思われます。至急応援を乞う。繰り返します。応援を要請します!』
「こちら1班。探索を一時切り上げて、これより3班の応援に向かいます」
青山は本部に向かってそう宣言すると来た道を急いで戻り始めた。その時、戸村の声が再び響いた。
『なんだ、この揺れ。地震か?
違う! この下水道、縮んでいるぞ。
おい、ここから出るんだ! 早く!!』
『本部から3班へ。何があった。状況を知らせよ』
『下水道が縮んでるんだ。このままだとつぶされちまう。
どうなってるんだ、この下水道は?!
おい! 急げって!!』
『下水道が縮んでいる? 意味が分からない。説明を求む』
『それどころじゃない!
くそ、間に合わん。 はぁ、はぁ、ああ、ダメだ。急げ! もっと早くだよ! 潰されるぞ。
ああ、ダメだ。ぐあ、痛い。助けて、誰が助けてくれ! ぐあぁ……いいぃ、ぎぁあ!』
『こちら本部。どうした3班、応答しろ。
3班。繰り返す。応答しろ』
「おい、戸村! どうした。応答しろ。
戸村! 戸村! 応答してくれ!!」
青山はすでに走り出していた。懸命に走りながら無線機に向かって叫んだ。しかし、戸村からの応答はない。
「青山さん、J21に着きました」
「よし! そのまま、戸村が見つけた横道を探すぞ。
こちら1班。J21に到着。これより3班の捜索に入ります!」
『了解。
他の班も全員、J21に向かって下さい』
青山たちはライトであちこちを照らしながら下水道を突き進んだ。やがて、K21とラベルが貼られている箇所に到達した。
「K21です」
「なんだって? 横道なんてなかったぞ?!」
青山は困惑した。一瞬見逃したのかと思ったが直径1.5メートルの横道を見逃すとは思えなかった。
「この先か? 戸村の報告が勘違いだったのか? よし、とにかくこの先へ進むぞ。
本部へ、こちら1班。接続点K21まで到達したが、横道も3班も発見できず。
引き続きK21の先へ捜索を拡げる」
『了解。捜索を続行せよ』
「よし、このまま、捜索を続けるぞ。
まってろよ、戸村。絶対助けてやるからな」
青山は小さく呟くと、怪物の口のような下水道の暗闇に向かって走り始めた。
2022/04/01 初稿




