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怪Ⅹ物語  作者: 風風風虱
怪Ⅱ(に)
10/17

深夜にそれは目を覚ます 6

「……切るぞ!」

 

 つっけんどんに言うと、青山は携帯電話を切り、廊下を足早に歩いた。少し進むと小柴公園殺人事件捜査本部と貼り出されている部屋が目に入った。その横にもう一枚、『小柴マンション大量失踪事件捜査本部』と書かれた貼り紙があった。まだ乾ききっていない墨が少し垂れて滲んでいた。

 部屋に足を踏み入れると既にたくさんの捜査員が座っていた。顔見知りも何人かいる。皆疲れた表情をしていた。小柴公園での事件で県警から駆り出された捜査員たちだ。


「よお、調子はどうだい?」


 同期の捜査員の隣が空いていたのでそこに座りながら声をかけた。


「最悪だよ。

お前は応援できてくれたのか?」


 寝不足で充血した目を向けながら同期、戸村(とむら)は答えた。


「そうだと言ってやりたいが、残念。俺は新しい方の担当だ」

「だよなあ~。あっちだよな?

マンションの住人がみんないなくなったってやつ。はい、はい。分かってましたよってな。

でもさ、それはこっちの件となにか関係があるのか?

捜査責任者は両方浜辺さんなんだろ?」

「細かなことは、俺もなにも聞かされていないよ。近場で起きたキテレツな事件だから関連性も含めての当面の処置じゃないのか。

まあ、ぶっちゃけ人手が足りないってのが本当のところかと思っているが……」

「アホくさ。舐めてんのかよ。どっちもかなり意味わかんない事件だぞ」

「そんなこと俺に言われてもな……」


 青山は口をつぐんだ。噂の浜辺警部が入ってきたからだ。

 浜辺はいつもの定位置に座るとおもむろに話し始めた。


「現在、小柴公園の事件を担当してる者には申し訳ないのだが、昨日また新たな事案が発生した。こちらも非常に不可解な事件でどう取り扱えばよいのかすら悩ましいものだ。

あるいは小柴公園の事件となんらかの関係があるかもしれないので当面の間、公園の事件と今回の事件を合同で捜査することになった。そして、捜査の指揮も当面私が執る。今度とも宜しく頼む」


 浜辺警部はそこで一旦言葉を切ると部屋に詰めている捜査員一人一人に視線を投げ掛けた。


「では、坂木君、今回の事件のあらましについて説明してくれ」

「はい。

今回の事件は小柴マンションの住人が全て行方不明になった、というものです。

マンションは全部で24室ありますが、その内、住人がいるのは18室。全部で38人が居住していることになっていましたが、今は一人もいません。38人の中には乳幼児、小学生も含まれておりますが、こちらもいなくなっています。

マンションの入り口に設置されている防犯カメラの映像を確認したところ入った者はみなマンションの住人だけであることが確認されています」

「怪しい奴が外部から入ってきた形跡はない、ということか?」

「そうです」


 浜辺警部の言葉に坂木刑事は素直にうなづいた。


「ここで問題なのは、マンションからだれも出て行った形跡がないのにも関わらず、マンションに誰一人いないということです。仮にマンションの住民たちがなんらかの犯罪に巻き込まれたとして、彼らはどこへいってしまったのでしょうか?」


 坂木の問いに答えるものはいなかった。捜査本部は嫌な沈黙に包まれる。


「食われてしまったのかな」


 浜辺警部の横に座っていた桃山署長がぼそりといった。その場にいる捜査員たちの視線が署長に集まった。


「ああ、いや、なんだ……

公園の事件もなにかに食われたんじゃないかと言われているじゃないか。だから今回のもだな、なにかそういうのに食われてしまったという可能性がだな、あるんじゃないかとおもうのだ。うん」


 予想外に注目されたため署長は慌てて言い訳のようにごにょごにょと口走る。


「未知の怪物がマンションの住人を襲って食べてしまった、と?

だとしたら、なぜ防犯カメラに映っていないのですか?」

「透明とか、空から飛んできたとか……知らんよ。なんで私に分かると思うのだ?」

 

 追い詰められて逆ギレし始める署長から浜辺は目をそらす。だが、頭の中では署長の思いつきのようなその途方もない考えを真剣に検討している自分に浜辺自身が少し驚いていた。


 未知の生き物が屋上から侵入して、再び空を飛んで逃げたとしたらどうだろう?


 浜辺警部は微かに首を横に振った。だとしてたらマンション中に血痕や争った跡が残るはずだ。


「マンションに争った跡や血痕はなかったのか?」

「各部屋に多少の乱雑さが見られましたが争った形跡なのかは定かではありません。

また、ルミノール反応も洗面所などに多少検出された箇所が見られましたがそれかなんらかの犯行の結果なのか日常生活において付いたものなのか判然としません」

「手がかりなし、と言うことか」


 浜辺警部は失望の吐息を漏らす。と、そこに一人の捜査員が駆け込んできた。


「小柴マンションの住人が見つかりました!」

「なんだと?! どこでだ?」


 浜辺警部は珍しく大きく叫んだ。その勢い報告した捜査官は一瞬たじろぎ、一転、ばつの悪そうな表情になった。


「ああ、すみません。言い間違えました。

住人が見つかったわけではなくて、住人とおぼしきものが見つかった」

「住人とおぼしきもの……?

何を言っているんだ?

住人とおぼしきものとはなんだ。もっと具体的に言ってくれ」

「はい、なんともうしますか。

204号室の洗面所の水道管のS字トラップのところに、目玉が一つ詰まっておりまして……

おそらく住人のものと思われる、とのことです」

「水道管に目玉……だと?」


 浜辺警部を半分浮かしかけた腰をそのまま力なく椅子に落とす。


 この町で一体何が起きているというのだ?


 鉛製の服を着せられたようなずっしりと重い徒労感が浜辺警部の肩をギシギシと軋ませ、悲鳴を上げさせた。


2022/03/25 初稿

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