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怪Ⅹ物語  作者: 風風風虱
怪Ⅰ(いち)
1/17

夜明けと共に現れて、そして命を喰らうもの 1

あなたはまだ起きてもいないことが起きるような気がした事は有りませんか?

また、それが見事に的中した事は?

予感

予言

虫の報せ

誰もがそのような経験をした事はあると思います。

しかし、気を付けて下さい。

あなたが感じた予感は本当に予感なのでしょうか?

予感ではないかも知れません。

特に、あなた以外の人があなたと同じ予感を同時に感じているような時は……

 5時30分

 新聞配達の少年は自転車を止める。


 なんだろう


 何か妙な胸騒ぎがした。夜が明けたばかりで街はゴーストタウンのように人気(ひとけ)がなかった。

 耳を澄ますと微かに朝の仕度の音が、そこここの家から聞こえてくる。いつもと変わらない風景の筈だ。なのにこの違和感はなんなのか、と首を傾げる。

 ふと安羅玉山(あらたまやま)の方を見た。

 山頂に何か大きなものがあった。


 あんな所に建物なんかあったっけ?


 少年は目を凝らす。遠目で良くわからなかったが動いているように見えた。




 ゆかりは目を覚まし、少し戸惑った。

 普段とは違う天井の模様を暫く凝視し、次に左右に目を動かす。見慣れない、だが初めてでもない、むしろ懐かしい部屋の景色。


ああ、そうか


 と、ゆかりは一人合点する。

 自分はひさしぶりに実家に帰ってきていたのだ、と。

 そこは高校まで寝起きした自分の部屋。

大学へ進学した時、実家を出て、そのまま都会の新聞社に就職した。だから、この部屋で寝たのは久方ぶりの事だった。

 親と言うのはありがたい。そんな親不孝者の部屋でもいつでも帰ってこれるように毎日掃除をしていてくれた。

 半身を起こし、落ち着かなさげにもう一度回りを見回す。

 何もおかしなところは無いが、この胸騒ぎはどうしたことかと訝しく思う。

 ゆかりは上っ張りを羽織ると1階のリビングへと降りた。

 リビングには既に両親がいた。時計を見ると6時を少し回った位の時刻だ。母親はともかく休日のこの時間に父親が起きているのは意外だった。


「おはよう」


 ゆかりを見た両親はいたって普通の朝の言葉を発したが、何か空々しいというか、上の空な感じがした。二人とも心ここにあらず、だ。

 父親は配達されたばかりの新聞を貪るように読んでいたし、母親は忙しなくテレビの朝の情報番組をはしごしていた。

 本来ならば久しぶりに集まった家族のリラックスした朝の風景のはずが何かピリピリした緊張感に包まれていた。


「おはよう」


 ゆかりは挨拶を返しながら手近なイスに腰かけ、テレビの画面に目をやる。

 どこかの朝市の場面でリポーターが大きな魚を両手に持って笑っていた。

 と、画面が切り替わり、真面目な表情のキャスターがアメリカの声明について解説を加えていた。

 また、画面が変わる。


「ちょっと、お母さん。チョンネルカチャカチャ変えないでよ」


 ゆかりはイラッとしながら文句を言う。


「だって、どこもやっていないんだもの」

「どこにもって何が?」

「怪獣の事に決まってるでしょ」

「怪獣!?」


 ゆかりは『怪獣』と言う言葉にドキリとする。だが『怪獣』などと小学生が使うような単語を良い歳をした大人が口走ったから驚いた訳ではない。むしろ逆だ。

 鍵穴にかちりと鍵が嵌まったように『怪獣』と言う単語が自分の胸にピタリと嵌まったからだ。

 そうだ『怪獣』だ。

 起きてから感じていたモヤモヤしたもの、それが『怪獣』だと言われてようやく気がついた。


「そうよ、怪獣よ!

大変、私たち怪獣に食べられちゃうわ!」


 勢いよく立ち上がり叫んだゆかりだったが、次の瞬間奇妙な違和感に襲われる。


 食べられるってどういう事?


 何で自分はそんな途方もない事を思ったのか? 

 怪獣に食べられるような夢でも見たのか?

 いや、見ていない。そもそも、『怪獣』と言う単語は母親から出てきたものではないか。

 母親が『怪獣』に食べられる夢を見たのか?

 いや、いや。ならば何故私が食べられるなどと思ったのか?


「そうなんだよ。でも新聞にもどこにも怪獣の事が載っていないんだ」


 お父さんがくしゃくしゃになった新聞を放り投げて叫ぶ。


「あんなでかい奴が突然現れるなんてあり得ない。どこかに警報なり注意を喚起するものがなきゃならないのにどこにも書いて無いんだ」

「えっ、お父さんも怪獣の事なの?」

「そうさ、怪獣さ。明日の夜明け。私たちは、現れた怪獣に食べられるんだ」

「そうよ、こんな大事な事なのにどの番組でも一言も触れていないの。一体全体、どうなっているのかしら!」

「待って、待って」


 ゆかりは今にも爆発しそうに高鳴る胸を押さえて叫ぶ。


「つまり、お父さんもお母さんも、明日の夜明けにこの町に怪獣が現れて、みんなそいつに食べられちゃうって言ってるのよね。

でも、何でそう思うの?夢でも見たの?」

 ゆかりの言葉に両親は互いに顔を見合わせる。

「「何故ってお前、そう思えるからだ」よ」

「「予感というか、虫の知らせみたいなものだ」かしら」


 二人は長い夫婦生活を誇るように、見事なシンクロで答える。


「そう言うお前はどうなんだ?」

「あなたは何も感じないの?」


 両親に問われ、ゆかりはゴクリと唾を飲み込む。

 予感はあった。

 明日の夜明けに現れる怪獣に自分たちはなす術もなく絡め取られて食べられる。

 そんな途方もない予感が半ば確信のようにゆかりの胸にもあったのだ。


「あるわ。私たち怪獣に食べられちゃう」


 ゆかりは青ざめた顔で答えた。


 ゆかりが生まれ育った町は人口10万人程の小さな町だった。何年か前にこの地方出身の武将が大河ドラマの主人公になり話題になったこともあるが、概ねは全国的に地味な一地方都市だった。

 周囲を山に囲まれてJRも通っておらず外部との連絡は主に市営バスかマイカーのみ。

 外の人たちからは陸の孤島と揶揄されていた。

 故に現市長の田沼(たぬま)優作(ゆうさく)はJR駅の誘致(新幹線はさすがに無理) を悲願として政務に邁進していた。

 そんな彼が黒塗りの乗用車から降りたところに多くの市民が駆け寄ってきた。


「市長、怪獣が!」

「怪獣に食べられてしまう」

「なんとしろよ市長!」


 人々は口々に叫ぶ。内容は皆怪獣のことだった。

 市長は詰め寄る人々に手を上げて応える。


「分かっています。今回の件は既に関係各部の責任者の召集をかけております。市民の皆様の安全は市長であるこの田沼が責任をもって保証いたします。ですので皆さんは安心してご自宅にお帰りください」


 市長の自信に満ちた言葉に人々は感嘆の溜め息がもれる。


「では、申し訳ありませんが通してもらえますかな」


 人々の群れは二つに割れ、市役所への道が開かれる。市長はその花道を悠々と歩き、そのまま市役所へと姿を消した。


 市役所の入り口には年配の男が二人と青年が一人、市長を出迎える。年配の男達は助役、青年は市長秘書だ。

 四人は挨拶もほどほどにエレベータに向かう。最上階のボタンを押すと青年が市長に言う。


「既に警察と消防の署長は到着しています」

「うむ」


 先程とは打って変わって渋い顔を見せる市長。


「さっき、知事と話をした」

「ほう。で、どうでしたか?」


 白髪の助役の一人、木下(きのした)朔太郎(さくたろう)の質問に市長は憮然と答える。


「どうもこうもない。まるで相手にならない。寝言を言うなの一点張りだ」

「なんと、まるで相手にしてもらえなかったと?」


 木下助役は落胆の色を隠さない。


「頭がおかしい呼ばわりされたよ。まったく、腸の煮えくり返る。私たちが怪獣に襲われるのは間違いない。そうだろう?」

「そうですな。」


 苛々を募らせる市長に同意をしたのはもう一人の助役小暮(こぐれ)貴司(たかし)だった。

 小暮助役は禿げ上がった頭頂を撫でながら言葉を継ぐ。


「しかし、知事の言うことも一理ありますな。私たちが怪獣に襲われるのは明日の夜明けの事。未来に起きる事の上、起きそうな徴候すらない。あるのは襲われるという予感だけ。知事の立場ならば、さもありなんです」

「この感覚が単なる予感だと言うのかね?」


小暮助役の言葉に市長は反論する。


「これかただの予感というものなら何故君らも同じ予感を感じているのだ?

いや、いや。私たちだけではないぞ。市役所の前の人だかりを見ただろう。彼らは皆、口々に怪獣に襲われると言っていたのだ」

「それは否定しません。しかしですな、一歩この市を離れればその予感を感じる者は一人もいないのです。知事が良い例です」


木下助役の声が上昇を続けるエレベータ内に静かに響く。


「さっき、警察署長と少し話しをしたのですが署長も県警に電話をしたが全く相手にされなかったと言ってました。

新聞やテレビも見ましたが怪獣に関する情報はありません」

「……それでも怪獣はいるんだ」


 市長は憮然と呟く。


「それは分かっています。何故なら私も同じように感じているのですから。

てすが、この奇妙な予感というか虫の知らせのようなものは一体全体なんなんでしょう」


 木下助役も混乱した面持ちで答える。


 市役所の最上階、市長室の隣にある会議室に市長以下三人が入る。会議室には既に三人の先客がいた。一人は警察署長、もう一人は消防署署長。三人目は宮野クリニック、市で最も大きな総合病院の院長、宮野だった。

 市長の入室に三人は起立しようとしたが市長は逆に軽く手で着席するよう合図する。


「忙しいところご足労頂きありがとうございます」


 市長は例を言いながら自分も着席をする。


「時間がないのでさっそく始めたい。よろしいか?」


 市長の言葉に皆無言で頷いた。


「会議の議題は、怪獣についてです。

この脅威にどう対処するかを話し合いたい。」

「先ずは状況の整理と共有をするのが肝要かと思いますが、如何か?」


 小暮助役が割って入った。


「もっともだ。では高橋君、分かっている事の説明を頼む」


 市長の言葉に、後ろに控えていた高橋秘書がホワイトボードのところへ移動する。

 一度軽く頭を下げ喋り始めた。


「まず、今回の最も特異な点についての解説及び情報の共有をさせていただきます。

最も特異な点、それは我々が怪獣を全く確認できていないにも関わらず何故か怪獣に襲われて食べられると言う確信に近い予感をもっている、という事です。

一体この確信が何処から来るのか分かりませんが、まるで過去に体験した記憶のようにはっきりと怪獣に襲われるという予感を感じています。

我々がいつ頃からこの様な予感を感じるようになったのかは判然としません。

しかし、本日の5時32分に怪獣に襲われるという通報が警察にあります。

間違いありませんよね、署長」

「うむ。記録によると5時32分に通報があり、その後にも類似の通報が立て続けに市内各地から寄せられた。センターが一時パニックになるほどだったよ」


 警察署長は手元の資料を見ながら答えた。高橋秘書は軽く頷くと話を続ける。


「通報の内容はおおむね『明日の夜明けに得体の知れない怪獣が現れて食べられでしまうから何とかしてくれ』と言うものです。

冷静に考えると何を言っているのか分からない通報ですが、同じ予感を持つものには理解出来ます。

かく言う私は理解できます。恐らく、市長を初め、ここに居られる方は皆、理解できるでしよう。何故なら予感を共有しているからです」


 そこで高橋秘書は一旦言葉を切った。


「では、予感を共有している人はどのくらいいるのか、が気になるところです。

電話での聞き取り調査を実施した結果がこちらです。

赤い点が予感を持つ者、青が予感を持たない者の所在地です」


 高橋はホワイトボードに貼られている地図を示す。地図は四方を山に囲まれた市を中心に隣の市の一部も描かれていた。市エリアは赤い点が無数に書き込まれ真っ赤に染まっている。一方、市エリアを外れると逆に青い点しかなかった。


「御覧いただければ一目瞭然。市エリア住在の人は100%予感を共有しています」

「一人の例外もなくか?」


 市長が少し驚いたように言う。


「一人の例外もなくです。

そして、市のエリアを外れると予感の共有者は居なくなります。こちらも例外なく一人もいません。

宮野先生。この辺の現象について何か医学的な知見はございますか?」


 名前を呼ばれた男は少し思いあぐねる様な沈黙の後、おもむろに口を開いた。無意識だろうがメタルフレームをくいっと上げた。


「儂はそちらの分野の専門家ではないので浅学だが。山岳遭難等の極限状態だと、何かを切っ掛けに集団で同じ幻覚を見たり、同じ行動をとる事もある。だが、今回のような市民全員がなんの理由もなしに同じ予感に囚われるなど聞いた事がない。つまり、医学的に説明できる理論は何もないよ」

「ありがとうございます。

つまり、常識では考えられない異常事態が起きている、と解釈して宜しいですね」


 院長のコメントに高橋は念を押す。院長は無言で頷いた。


「では、続けます。

予感についての聞き込み結果についてです。

まず、怪獣が現れる時刻について。

正確な時刻を特定する人は皆無でしたが、ほとんどの人が夜明けといっています。

以上の事から怪獣の出現時刻は明日の夜明け、即ち5時30分前後と推定します。

そして、場所ですがこれもほぼ同じ地名が出てきます。

安羅玉山(あらたまやま)山頂。

ここです」


 高橋は市の中心部から北東に位置する山を差し示した。


「ここまでで何かご質問はありませんか?

無ければ、怪獣の姿や行動についてお話したいのですが……」


 ここで高橋は言い淀む。


「残念ながらこれについては良く分からないと言うしかありません。

何故かどのような姿をしているのか、どう行動するかについての予感を持つ者はほとんどいません。持っている者の情報も矛盾や相反する内容が混在しています。

実のところ怪獣の数すら特定できないのです」

「「え?

でかいのが一匹だけじゃないの?」」


 市長と小暮助役がほぼ同時に叫んだ。


「聞き取り調査ではサイズは5、6階立てビルぐらいの大きさから人間位、或いは子犬程度迄。

数は一匹から無数迄幅があります。

サイズが大きくなると数が減り、小さくなると数が増える傾向があります」

「確かに儂はこの位の奴が部屋中にいた気がする」


 宮野院長は両手で30センチ位の大きさを作り、そういった。


「全くもって皮肉な話しじゃないか。出現場所や時間が分かっても、大きさや行動が分からなくては対応のしょうがない」


 消防署署長が溜め息混じりに呟く。


「何にしてもだ。

人ぐらいの大きさならともかく、ビル程の大きさになると我々の装備では対応のしようがない。それこそ自衛隊の仕事だ」


 警察署長が市長の方を見て言う。


「自衛隊? どんな名目で呼ぶんです」


 小暮助役が驚いたように目を剥く。


「災害派遣、害獣駆除、なんでも良い」


 市長は五月蝿そうに答えた。


「しかし、災害派遣では武器とか携行されないんじゃ?」

「災害派遣と武器の携行、使用可否は関係ない。害獣駆除、炎上タンカーの排除に機銃や魚雷が使われた事例もある。

つまり災害派遣は目的を達成するのに適切な装備を使う事が可能なわけだ。

まあ、適切な装備とはなにか?と言う議論はあるがね。

問題なのは災害派遣にしろ防衛出動にしても自衛隊を呼ぶには知事からの要請が必要だと言うことだ。そして、知事を説得するには物的証拠が必要だ」


 市長は、警察署長と消防署署長の方を見る。


「そこで警察と消防で協力して一刻も早く怪獣の所在と形態を明らかにしてほしいのだ。

証拠を突きつけて知事に自衛隊の出動を要請してもらわなければならん」

「分かっています。

既に警察と消防のヘリを全て安羅玉山付近へ送っています。地上からの捜索隊も手配完了済です。後1時間もすれば山狩りが始まるでしょう」


 と、警察署長は胸を張り答えた。消防署署長も同意する。


「ビル程の大きさのものならすぐに見つかりますよ。映像でも音声でもばっちり証拠を撮りますので大船に乗ったつもりでいてください」

「事は一刻を争う。どんな形でも良い。とにかく知事が動かなくてならなくなる証拠を一秒でも早く見つけて欲しい」


 市長は重々しい表情でそう言った。


2018/05/20 初稿


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