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毒矢

 宮殿内の一室でカイゼルはベッドに寝かされていた。しかし意識はなく荒い息を繰り返すばかり。

 私はベッドの脇に座りカイゼルの手を両手で握りしめていた。

「これは……矢に毒が塗られていたみたいです。どうやら遅効性の毒のようですが……」

 カイゼルの肩から抜かれた矢を確認しながら、医者が難しい顔で答える。

「毒!? 解毒剤は無いのですか!」

「あるにはあるのですが……」

「何か問題があるのか?」

 言い淀む医者にアルフェルド皇子は問いかける。

「実は解毒剤を作るために必要な薬草が、今在庫を切らしていまして……」

「そんな……」

 絶望的な気持ちでカイゼルの方を見て手を強く握る。

「その薬草はすぐに手に入らないのか?」

「それが……少し特殊な薬草でして、取り扱っている商人は私が知る限り一人だけなのです。ただその商人は各地を転々と移動しているキャラバン隊なので、現在はどこにいるのか……」

「その商人の名前や身体的特徴はわかるか? こっちで探させてみよう」

「確か……」

 医者が思い出しながら商人のことを話していたのだが、私はその人物に心当たりがあり慌てて二人の方に顔を向ける。

「もしかしたらその人、私の知っている人かもしれません!」

「セシリアどういうことだい?」

「アルフェルド皇子、私が砂漠で助けられたキャラバン隊のお話覚えていますか?」

「ああ……まさか!」

「そのまさかです。キャラバン隊のリーダーの方が、お医者様のおっしゃっていた方と名前も特徴も一致していました」

「そのキャラバン隊はどこに!」

「隠れ家の近くにある村に行かれています。確か数日は滞在すると言っていましたので、まだそこにいるかと思われます」

「わかった、すぐに向かわせよう」

「では必要な薬草を書いたメモをお渡ししておきます」

「ああ頼む」

 そうして数刻後、アルフェルド皇子の指示で商人を探しに行った者が薬草を持って帰ってきた。それを受け取った医者はすぐさま解毒剤作りを始めた。

 その間、私は不安な気持ちのままずっとカイゼルの手を握り続ける。どんどん顔色が悪くなってきているからだ。

「カイゼル、もうすぐだから頑張ってください!」

 そこに解毒剤を持った医者が現れた。

「お待たせしました! すぐに飲ませましょう」

 医者は解毒剤の入ったコップをカイゼルの口につけ、中身を流し込もうとしたが全てこぼれ出てしまう。

「う~ん昏睡状態に入っているため、飲もうとしてくれませんね」

 その後も何度か試してくれたが、結局枕を濡らすだけで飲んでくれなかった。

「このままでは……」

 険しい顔の医者がカイゼルを見て呟く。その意味がわかり私は咄嗟に行動した。

 私は医者が持つ解毒剤入りのコップを奪うと、一気に口に含む。

「セシリア!? 一体何を!」

 アルフェルド皇子の驚いた声が後ろから聞こえたが、無視してカイゼルの頭の下に手を差し込み上を向かせるように持ち上げた。

 そして迷いもなくカイゼルの口に自分の口を押しつけ、含んでいた解毒剤を流し込む。

(お願いカイゼル! 飲み込んで!)

 その瞬間、私の耳にゴクリと喉が鳴る音が聞こえた。

 私は慌てて顔を離し、口の中に何もなくなっていることを確認する。

「飲ん、で、くれたの?」

「ええ、飲まれたようですよ」

 医者の言葉にようやくホッと息を吐き、ゆっくりとカイゼルの頭を枕に戻す。

「これで薬が効いてこれば、容態は安定すると思います」

 確かに少し顔色がよくなり、呼吸も落ち着いたものになってきた。

「よかった……先生、ありがとうございます」

 私は笑みを浮かべたまま振り返り、医者にお礼を言う。しかしそこでアルフェルド皇子が、浮かない顔で私を見ていることに気がついた。

「アルフェルド皇子、どうかされたのですか?」

「いや……なんでもないよ。それよりもカイゼルのことはこちらに任せて、セシリアは少し休んでくれ。ずっと看病続きだっただろう? 貴女まで倒れてしまうよ」

 心配そうに見てくるアルフェルド皇子から、いまだ眠り続けているカイゼルに視線を移す。

「いえ、もう少しここにいさせてください」

「しかしセシリア」

「私は大丈夫です。だからアルフェルド皇子、お願いします」

「……やはり貴女は」

「?」

 何故か少し辛そうななんとも言えない複雑な表情をアルフェルド皇子がする。すると私の視線に気がついたアルフェルド皇子が、いつもの妖艶な微笑みを浮かべた。

「なんでもない。では私はすることがあるから、カイゼルのことはセシリアに任せるよ。必要な物があったら遠慮なく言ってくれていいから。ただし無理はしないように」

「ありがとうございます」

 アルフェルド皇子の様子は気になったが、今はカイゼルのことが心配だったため素直にお礼を言った。

 そして部屋には私とカイゼルだけが残った。私はベッドの側に座り直しカイゼルの手を握る。

「カイゼル、早く目を覚ましてね。貴方が起きるまでずっと側にいるから」

 そうして一晩カイゼルの側を離れず、時々額の汗を拭いたりして見守り続け、ようやく翌朝になりゆっくりとカイゼルの目が開いた。

「カイゼル!」

「セシ、リア?」

 カイゼルはまだぼーっとした様子で私のことを見てきた。

「っカイゼル!!」

 私は嬉しさのあまりカイゼルに抱きつく。

(よかった、よかった! カイゼルが目を覚ましてくれて。生きていてくれて!)

 横になっているカイゼルに覆い被さるように抱きついたまま、涙が止めどなく溢れてくる。

「セシリア? 一体どうし……っ!」

 苦しそうな声に慌てて顔をあげると、痛そうな表情を浮かべていた。すぐにそれが肩の怪我が原因だとわかり、急いで体を離す。

「ごめんなさい!」

「いえ、大丈夫です。ですがこの状況は……っそうか。この肩の怪我はあの時のですね」

 カイゼルはベッドから体を起こし、怪我をしている肩を押さえた。

「カイゼル! 寝ていないと駄目です。まだ毒が完全に抜けきっていないはずですから」

「毒?」

「ええ。カイゼルが私を庇って受けた矢に毒が塗られていたらしいのです。でもお医者様が解毒剤を作って……飲ましてくれましたのでもう大丈夫ですよ」

「……」

 私の言葉を聞き、カイゼルは難しい顔で黙り込んでしまった。

「カイゼル?」

 不思議そうに問いかけると、突然腕を引かれカイゼルに抱きしめられた。

「ど、どうしたのです?」

「セシリアが毒矢を受けていなくて、本当によかったです。私は王族ですから、幼少の頃から少しずつ毒に体を慣れさせていたからいいものの……もしこれがセシリアだったらと思うと!」

 私を抱きしめながら辛そうな表情を浮かべる。

「助けてくださりありがとうございます。でもカイゼルは王太子なのですから、私よりも自分を大事にしてください」

「それはできません。愛する人を見捨てて自分だけ助かろうとは思いません。私は何度でも貴女を助けますよ」

「カイゼル……」

 真剣な表情でじっと見つめられ、私は視線を反らすことができなかった。

(なんでだろう? カイゼルが危ない目に合うのは嫌なのに、そんな風に言われると……すごく嬉しい)

 ドキドキと心臓がうるさいほど鳴り響いていた。

「さて、私はいつまでこの状況を見ていないといけないのかな?」

 突然そんな声が聞こえ驚いて振り向くと、扉に寄りかかって腕を組んでいるアルフェルド皇子が呆れた表情でこちらを見ていた。

「もう少し空気を読んでもらいたかったですね」

「これでも読んで黙っていたのだが? そもそも途中から私が来たことに気がついていただろう」

「むしろそのまま部屋から出ていってもらってもよかったのですよ?」

「私がそうするとでも?」

「まあしないでしょうね」

 まるで何事もなかったかのように、いつも通り言い合う二人に私は困惑する。

「ふっ、そこまで元気ならもう大丈夫だな」

「ええ、心配をおかけしました」

 お互い笑みを浮かべて笑い合う。

「とりあえず今は、何も考えずにゆっくりと療養していてくれ」

「そうですね。本当は色々聞きたいことはありますが、まだ体は万全ではなさそうなのでそうさせていただきます」

「だがその前に……そろそろセシリアを離したらどうなんだ?」

「ん~もう少しこうしていたいのですが」

「気持ちはわかるが、セシリアはずっと眠らずにカイゼルの看病をしていたからな。さすがに休ませたい」

「そうなのですか?」

 アルフェルド皇子の言葉を聞いて、カイゼルが私を離し問いかけてくる。

「大丈夫です! これぐらい平気ですから」

 私は元気一杯だとアピールするようにガッツポーズをとる。

「……アルフェルド、よろしくお願いします」

「わかった」

 アルフェルド皇子が返事をすると、突然私を横抱きに抱えあげた。

「アルフェルド皇子!?」

「はいはい、暴れない。じゃあ医者を呼ぶから待っていてくれ」

「わかりました。ではセシリア、おやすみなさい」

 そのままアルフェルド皇子に連れられ部屋から出されてしまう。

「いや、あの、アルフェルド皇子、私のことは気にしなくても……」

「カイゼルのことを考えるなら、しっかり休んであげることだね。これ以上心配かけたくないだろう?」

「うっ、それは……はい」

「いい子だ」

「ですが、自分で歩けますのでおろしてください」

「……せめて今だけは、これぐらい許して欲しい」

 何故か複雑そうな表情で乞われてしまい、それ以上は何も言えなくなってしまう。

 そうして抱えられたまま、私のために用意された部屋まで連れていかれてしまったのだった。

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