帰還
アルフェルド皇子達の隠れ家に到着すると、私に向かって大量の女性達が押し寄せてきた。
「ああ~無事でよかったわ~!」
「大丈夫なの? 怪我はない?」
「ちゃんと生きてますわよね?」
「いや、あの、ちょっと……」
取り囲まれ揉みくちゃにされながら、口々に声をかけられ慌てる。
(うぎゃ~胸の海にのまれる~!! お、溺れる~!!)
女性達の豊満な胸が至るところからぎゅうぎゅうと押し付けられ、男性なら天国の空間かもしれないけど正直圧迫死しそうで生命の危機を感じていた。
「義母さん達も姉さん達もそれぐらいで離してあげてください。セシリアが倒れてしまいますから」
その声がした方を見るとアルフェルド皇子が妹達を押さえながら、困った表情を浮かべてこちらに近づいてくるところだった。
「あら~ごめんなさい。でも本当に心配していたのよ」
「ええわかっています。心配してくださりありがとうございました」
アルフェルド皇子のおかげでようやく解放され、ホッと息を吐く。そして何気にカイゼルの方を見ると、唖然とした様子で立ち尽くしていた。
「カイゼル? どうかされましたか?」
「え? あ、いや……すごい方々ですね」
「あ~そういえばカイゼルは、この状況初めてでしたね。まあ確かにそのような反応になりますね」
どうやら女性達の迫力に面食らっていたのだとわかり、苦笑いを浮かべた。
「……セシリア」
「アルフェルド皇子、今戻り……っ!」
声をかけられたので帰還の挨拶をしようとしたら、突然抱きしめられてしまった。
「ア、アルフェルド皇子!?」
「セシリア、無事で本当によかった。貴女が砂漠に飛び出していったと報告を受け、すぐにでも助けに向かいたかったのだけれど……」
そこで辛そうに口ごもる。
「大丈夫、わかっています。シャロンディア様達を安全な場所に連れていかなければいけませんものね。むしろ私よりも優先してくださってありがとうございます」
安心させるようににっこりと微笑んだ。
「セシリア……」
「それにカイゼルが助けてくださったので、こうして無事に帰ってこられました。さあそろそろ離していただけませんか?」
「もう少しだけ貴女が無事だったことを実感させてほしい」
「そう言われましても……」
ちらりと回りを見ると、皆がニヤニヤした表情を向けてきていて居心地が悪かった。
「アルフェルド……気持ちはわかりますが、さすがに私の婚約者を返してもらいますね」
カイゼルがそういうとアルフェルド皇子から引き剥がされた。その行動にアルフェルド皇子が一瞬ムッとしたがすぐに表情を改める。
「セシリアを救ってくれてありがとう。カイゼルなら絶対助けて帰ってくると信じていたよ」
「信じてくれてありがとうございます。ただお礼を言われるほどではないですよ。しかし本当にあの状況は運がよかったとしか言いようがなかったですね。色々な偶然が積み重なってセシリアを見つけることができたのですから」
「そうか……月の女神に感謝だな」
「私も天空の女神にお礼を言いましたからね」
「さてセシリア、父上と母上が待っているからこちらに」
「はい」
そうしてアルフェルド皇子に案内されて、クライブ皇達がいる部屋に向かった。その途中、最後に脱出させたダーギルのために連れてこられた女性達に、感謝と心配をされたので笑顔で応えてあげた。
「姫!」
「ビクトル?」
大きな声に驚き振り返ると、ビクトルが悲壮な顔で私に駆け寄ってきた。
「姫、ご無事ですか!? お怪我は!?」
「ええ、大丈夫です。どこも怪我などしていませんから」
「よかった……」
私の言葉を聞き、ほっと安心したように表情を緩める。だけどすぐに悲痛な顔に。
「私がお側に居ることができていれば……」
「ビクトルが後方で部隊を揃えて待機してくれているからこそ、なんの憂いもなく頑張れたのですよ。側に居なくても心強かったです。だから気に病まず、むしろこれからが大変になるのですからよろしくお願いします」
「姫……はい。姫の期待を裏切らないよう、全力で挑みます」
「無茶だけはしないでくださいね」
ビクトルが暴走して、単騎で敵陣に乗り込むんじゃないかと心配になった。
(いくらビクトルが強くても、敵の数が多すぎれば返り討ちにあうかもしれないし……)
「大丈夫です。姫のためなら多少無茶でもやってみせますから」
「それを止めてほしいのですけどね」
苦笑いを浮かべていると、アルフェルド皇子が声をかけてきた。
「そろそろ中に入ってもらってもいいかな?」
「あ、ごめんなさい」
慌てて謝罪をしアルフェルド皇子に続いて私とカイゼル、さらには後ろからビクトルも一緒に部屋の中に入っていった。
すると中には、皇妃に支えられながら座るクライブ皇がいた。
「ああ~セシリア様、ご無事でなによりですわ」
「シャロンディア様、ご心配をおかけいたしました。ご無事に脱出できたようで本当によかったです」
「貴女が私達を逃がすために囮になったと聞き、無理にでも一緒に脱出させていればと後悔していましたのよ」
「それでは全員が脱出できなかったかもしれませんので、私は最後だったことを後悔していません」
「セシリア様……」
キッパリと言いきった私を見て、皇妃は驚いた表情をする。
「ハハハ、やはりアルフェルドが気に入るのもわかる。さてセシリア嬢、我が皇妃達を救いだしてくれたこと感謝する」
「いえ、私一人だけの力ではありません。二人の手助けがあったからこそ成功できたのです」
「だがセシリア嬢が居たからこそ、誰一人欠けることもなく無事に全員脱出できたのだ。ありがとう」
そういってクライブ皇が頭を下げると、皇妃もそれに習って頭を下げてきた。
「あ、頭をあげてください! 私はただ当然のことをしたまでです。どうかお気になさらないでください!」
「しかし……」
「それよりも、宮殿奪還の前にお話したいことがあります!」
「話?」
クライブ皇と皇妃が頭をあげ、不思議そうな顔をする。私はちらりとアルフェルド皇子を見てから、もう一度クライブ皇に顔を向けた。
「敵の首領であるダーギルついてです」
そうして私は実はダーギルが王族で、アルフェルド皇子とははとこ同士であったことと、どうして宮殿を襲ったのかを説明した。
「本当はもっと早いうちにお話したかったのですが、下手に知らせて混乱しては脱出作戦に支障が出ると思い黙っていました。すみません」
「セシリア、その話は本当のことなのかい?」
アルフェルド皇子が戸惑った様子で私に問いかけてくる。
「少なくとも私には嘘を言っているようには感じられませんでした。それにどことなくアルフェルド皇子に顔が似ていましたし……」
「そうなのか?」
「まあはとこ同士だと聞いたからかもしれませんが」
すると難しい顔で黙り込んでいたクライブ皇が、ゆっくりと口を開いた。
「もしやと思っていたが、やはりそうであったか」
「クライブ皇? 何か思い当たる節でもあったのでしょうか?」
「あのダーギルという男、なんの迷いもなく皇の間にたどり着くと皇の指輪を寄越せと言ったきたのだ。最初から部屋の配置も指輪のことも知っていたことに驚いたが、従兄弟の子供だったのなら納得がいく。それに従兄弟の正妃が、ダーギルと同じ燃えるような赤い髪をしていたな。確かに昔、わしの父が実の兄から玉座を奪い皇になった。そのおかげでわしも皇になることができたんだ。しかし奪われる方が悪いのに、諦めの悪い男だな」
「……」
クライブ皇のその言葉に、改めてこの国は欲しいものは奪ってでも手に入れろが当たり前に定着しているのだと思った。私は視線をアルフェルド皇子の方に向けると、何かを考えている風だった。
「アルフェルド皇子、どうかされたのですか?」
「え? いや、なんでもありませんよ。それよりもセシリア、話してくれてありがとう。だからといってこのまま宮殿を、ダーギルの手に渡しておくわけにはいかないからね。取り返すよ」
「そうですね」
「アルフェルドよ、わしはこの怪我では前線に立つことができぬ。だからお前にこれを渡そう」
クライブ皇は指にはめていた指輪を外し、アルフェルド皇子に渡す。
「皇の指輪だ。お前に全権を託す。しっかり頼んだぞ」
「はい、父上。必ず奪還してまいります」
「うむ」
じっと渡された指輪を見てから、アルフェルド皇子は真剣な顔でうなずいた。
「アルフェルド、私の国も手を貸しますので安心してください」
「協力感謝する」
「あ、勿論私もお手伝いしますから」
「「セシリアは大人しくするように!」」
カイゼルとアルフェルド皇子に同時に言われ、さらにはビクトルまで何度もうなずいて同意を示されてしまったのだった。