砂漠にて
「……なんでこんなことに」
私は見渡す限り夜空と砂漠しか見えない中で一人佇み呆然と呟いた。
「はぁ~まさか砂漠のど真ん中で馬に振り落とされるなんて」
額に手を当て大きなため息を吐く。
「それもその馬はそのまま私を置いてどっか行っちゃうし……もう泣きそう」
その場に座り込み膝を抱える。
幸いなことに振り落とされたところが砂の上だったことで特に怪我などなかったのだが、現状身一つの状態なので途方にくれていた。
すると何か光を感じ頭をあげる。
「ああ、夜が明けたんだ……」
眩しそうに目を細め、地平線から登る太陽を見つめた。しかしハッと気がつき慌てて立ち上がる。
「マズイ! 昼間の砂漠は、気温が今と比べ物にならないくらい上がるんだった! なんの装備も水もないこんな状態じゃ間違いなく生きていられないよ。どうしよう……あ、確かオアシスがどこかにあるって聞いたことがあった。とりあえずここでじっとしていてもどうにもならないんだから、なんとしてでもオアシスを探し出さないと!」
私はそう決意すると、歩き始めたのだった。しかし数刻後──。
「オアシスどこぉぉぉ!」
半べそかきながら辺り一面の砂漠に向かって叫んでいた。
その私の額からは汗が止めどなく流れ落ち、照りつける太陽が容赦なく全身を焼く。喉はカラカラに渇き唇はカサカサ。どう考えても危険な状態だった。
(嘘でしょ? 私、砂漠で遭難して一人寂しく最後を迎えるの? ようやく死亡フラグを回避できたと思っていたのに……)
とうとう立っていることができなくなり、その場で膝をつくとそのまま横に倒れこんでしまった。
(駄目……起きないと……このままじゃ…………)
そう思うがもう体がいうことを聞いてくれない。さらに視界もぼやけてきた。
そうして熱い砂を頬に感じながら、ぼーっとする頭で無意識に呟く。
「助、けて………………………カイ…………」
その時、段々と閉じていく視界の先に黒いもやが見えた。それも何か叫んでいるような気がする。
だけどもう私にはそれを確かめるほどの気力も体力もなく、そのまま意識を手放してしまったのだった。
何かが喉を通っていく。
(…………水?)
とても乾いていたため水が私の喉を潤していった。
(まだ……飲みたい……)
そう思い口を開く。
「もっと……」
目を閉じたまま誰に言うでもなく呟くと、何か柔らかいものが口を塞ぎそこから水が流れ込んできた。
「ん!」
何が起こったのかわからないが、欲求に抗えず喉を鳴らしてその水を飲み込む。
(一体何が……)
現状を確認しようとゆっくりとまぶたを開くと、見慣れた美形の顔が飛び込んできて驚きに目を瞪る。
「!?」
なぜなら目を閉じたカイゼルのドアップがあったからだ。
(なんでカイゼル!? というかこれって、キスされてるの!?)
まさかの事態に頭が追いつかず激しく混乱するが、ついさっき喉を通った水のことを思い出しハッとする。
(あれってもしかして、カイゼルに口移しで水を飲まされたってこと!?)
状況が理解でき一気に顔が熱くなる。私は慌ててカイゼルの胸を押しのけ離れてもらおうとした。
するとカイゼルが驚いた様子で目を開け顔を離す。
「セシ、リア?」
予想外の反応に困惑していると、突然カイゼルが私を強く抱きしめてきた。
そこでようやくカイゼルが、私を横抱きにして座っていたことに気がつく。
「カ、カイゼル!?」
「セシリア、セシリア……目を覚ましてくれたのですね!」
「えっと……とりあえずカイゼル落ち着いてください。それからさすがに苦しいので離してもらえませんか?」
「ああ、すみません」
私の言葉でカイゼルは体を離してくれた。だけど私を抱えたままの体勢は崩してくれない。正直この密着具合とさっきの口移しの影響で、心臓が爆発しそうなほどドキドキしっぱなしだった。
「セシリア、どこか苦しいところはありませんか? あ、水もっと要りますか?」
「胸なら苦し……いえ、なんでもありません! 大丈夫です。ただ水は欲しいです」
「では……」
「あ! もう自分で飲めますから!!」
カイゼルが水の入ったボトルを口に持っていこうとしたので、私は慌ててそれを止める。
そのカイゼルは少し残念そうにしながらも、微笑みを浮かべて私にそのボトルを手渡してきた。
「ゆっくり飲んでくださいね」
「ありがとうございます」
お礼を言ってボトルを受け取ると、カイゼルに背中を支えられながら中身の水をゴクゴクと飲みだした。
(ああ~生き返る~!)
渇ききっていた喉と体が水を得て癒されていくのがわかる。
そうして満足がいくまで飲んだ私は、ホッと息を吐いてボトルをカイゼルに返した。
そして気持ちが落ち着いてきたので、周りに目を向ける。
「ここは?」
「オアシスですよ」
「オアシス!?」
確かにそこには小さな湖とその周りに草木が生えていた。それに私達がいる所にも木があり木陰になっていて風が吹くと涼しい。
(あんなに探しても見つからなかったのに……というか、そもそもなんでカイゼルがここに?)
もっともな疑問が湧き、身を起こしてカイゼルに問いかけようとした。しかし途端に頭がくらくらして再びカイゼルの体に身を預ける。
「無理しないでください。セシリアは脱水症状になりかけて危ない状態だったのですよ」
「脱水症状……」
そこで私の脇や首筋などに、濡れたタオルが巻かれていることに気がつく。
「これをカイゼルが?」
「ええ。……貴女を見つけた時、意識がなくこのままもう目を覚まさないのではないかと絶望していました。しかしそこに偶然キャラバン隊が通りかかり、助けてくれたのです。このオアシスにもその方々が連れてきてくれたのですよ」
そういってカイゼルが少し私の体を動かし、離れた場所でテントを張っている人々を見せてくれた。
「そうなのですか……体が動くようになりましたら、お礼をしにいかなといけませんね」
「そうですね。ですが今は安静第一にして休んでいてください」
「はい……とその前に、そもそもなぜカイゼルが居るのですか? 確かアルフェルド皇子と一緒に、宮殿の外でシャロンディア様達の脱出を手助けしていたはずでは?」
「勿論宮殿から脱出された皇妃達の保護をしていました。しかし最後に出てきた女性達から貴女が囮になって逃げていると聞き、アルフェルドに後を任して急いで助けに向かったのです」
カイゼルがきゅっと私の左手を握る。
「すると裏門付近で騒ぎが起きていることに気がつき、慌ててその場に向かったのですが……丁度暴れる馬にセシリアがしがみついて裏門から外に飛び出していく所でした。私はすぐダーギルに気がつかれないように馬に乗り、貴女の後を追いかけたのですよ。ですがようやく見つけた時、そこには馬が一頭だけ居て辺りには貴女の姿がなくとても焦りました。そうして色々探し回り、なんとか倒れていたセシリアを見つけることができたのです」
その時のことを思い出しているのか、辛そうな表情になる。私は思わず空いてる方の手でカイゼルの頬を撫でた。
「カイゼル……ありがとうございます」
「セシリア……本当に目を覚ましてくれてよかった」
カイゼルは頬にある私の手に被せるように上から手を重ね、頬擦りすると手のひらにキスを落としてきた。
「っ!」
その行動にさきほどの口移しが思い出され、再び顔が熱くなった。
「そ、そもそもなぜ水を、その……口、移しで……」
あまりの恥ずかしさにモゴモゴと口ごもる。
「ああ、本当は直接水を飲ませようとしたのですが、口に入れても全て出てしまったため、あの方法で飲んでいただいたのです」
「そ、そうだったのですね。ありがとうございます」
私のためで他意がないと知り、恥ずかしがっていたことを誤魔化すように苦笑いを浮かべる。
するとカイゼルが私に顔を寄せ、うっすらと笑みを向けてきた。
「まあ、セシリアにキスをしたかったという下心も少しはありましたが」
「っ!!」
絶対私の顔は真っ赤になっていると思い、うつむいて顔を手で隠す。
「ふふ、可愛らしいです」
「そんなこと言わないでください!」
頭を振って今度は耳を手で塞ぐ。
「ごめんなさい。貴女があまりにも愛らしい反応をするもので、つい止められなくなってしまいました。もう言いませんので、少し休んでください。今夜はここで一泊することになっていますから。明日はセシリアの体調次第ですが、アルフェルドが待つ隠れ家に向かいましょう」
「……はい」
とりあえず今はしっかりと体を休め回復を優先することにし、カイゼルの体に身を預け目をつむる。
(皆無事だといいけど……まあ、私の方は相当危なかったんだけどね)
心の中で苦笑いを浮かべたのだった。
その後私達はキャラバンの人達から水と食料、さらには毛布等を譲り受けオアシスで野宿をすることに。
しかしその間、ずっとカイゼルが私の体を支えてくれていたので正直休める気がしなかった。だけどいつの間にか眠りに落ちていて、朝目が覚めた時にはすっかり元気になっていた。
それから朝食を食べた後、キャラバンの人達が私達の目的地の近くにある村まで行くことが分かり一緒についていくことに。
カイゼルの操る馬に乗ってキャラバン隊と一緒に砂漠を進み、目的の村が見えてきた所で歩を止めた。
「本当にここまででいいのかい? なんだったら一緒に村まで行かないか?」
「いえ、ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」
「そうか、わかったよ」
キャラバンのリーダーである男性ににお礼を言うと、リーダーがカイゼルの方を見て声をかけた。
「そうそう旦那、もう嫁さんと喧嘩なんてするんじゃないぞ」
「ええ勿論ですよ。今回のことで、妻をどれだけ愛しているのか再認識しましたから。二度とこのようなことはしないと誓います」
「だったらいいけどよ。嫁さんの方もいくら腹がたったからって、無闇に砂漠になんて飛び出すなよ。自殺行為だからな」
「あ、はい……すみません」
カイゼルが私達の関係を夫婦だと伝え、さらに喧嘩してしまったことで私が怒って一人で砂漠に向かってしまったのだと説明してあった。
(いくら怪しまれないようにするためとはいえ、夫婦設定を続けなくても。それも人前で……愛しているとか恥ずかしすぎるんだけど!)
私の肩を抱いて笑みを浮かべているカイゼルをちらりと見て頬が熱くなる。
「……まあでも、もうそんな心配はいらないみたいだな」
そういってリーダーの男性は、私達を見ながらうなずき笑ったのだ。
そうして私達は去っていくキャラバン隊に手を振って見送った後、目的の場所に向かって歩きだしたのだった。