隠し通路
私は女性達と共に急いで後宮に戻る。しかし後宮の扉の前を警護している兵士が二人いることに気がつき足を止めた。
(ここの兵士は飲んでくれなかったみたい。困ったな……)
難しい顔で悩んでいると、兵士の一人が私達に気がつき怪訝な表情を浮かべた。
「おい、まだ宴が終わる時間じゃないだろう? なんで戻ってきた」
そう私達向かって大きな声をあげこちらに向かってこようとする。するとその時、扉が中から開きそこから肩を露出し豊満な胸元が強調されている服を着た女性が現れた。
(確かあの人は……アルフェルド皇子の大勢いる姉の一人だったはずよね)
どうしたのだろうと思っていると、その女性はちらりと私の方を見てから兵士に顔を向けた。
「あら~なんの騒ぎかしら~」
女性は甘ったるい声と艶のある眼差を兵士に向けながらゆっくり近づく。そしてわざと胸を押し上げるように腕を組んだ。
途端に兵士はその胸に釘付けとなり鼻の下が伸びている。よく見るともう一人の兵士も同じような表情で女性を見ていた。
その時、静かに扉から二人の女性が出てきてそれぞれ兵士の後ろに回り込む。しかもその手には壺を持っていた。
次の瞬間、ガシャンという音と共に二人の兵士はその場に崩れ落ちたのだ。
「ふふ、あの時勧めたお茶を飲んでいれば、こんな痛い思いをしなくても済んだのにね」
組んでいた手を外し口元に持っていくと、クスクスと笑いながら倒れている兵士達を見下ろす。さらに壺で兵士の頭を叩いた二人の女性も笑みを浮かべていた。
私は目をパチクリと瞬かせていたが、ハッと気がき慌ててその女性に近づく。
「ありがとうございます」
「これぐらいなんてことないわよ。それよりも帰ってこられたってことは、作戦は成功したってことよね?」
「はい。ダーギル達は皆、薬でぐっすり寝ています」
「そう、お疲れさま。さあ中に入って。皆準備はできているわ。いつでも行けるわよ」
「わかりました」
私はうなずくと後宮の中に入って行った。
「お帰りなさい、セシリア様。ご無事でなによりですわ」
中に入ると皇妃が笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「ただいまです。ではさっそくですが行きましょう! いくら薬が強力だとしても油断はできません。それに先ほどの扉の前の兵士のように、全員が寝ているわけではないでしょうし異常に気づく者もでてくるかもしれなせんから」
「そうね。では皆行くわよ」
皇妃は私の言葉にうなずくと、後ろを振り返り声をかける。すると後ろで控えていた女性達が揃って肯定の返事を返した。
私は皆を見回し問題ないことを確認すると、周りを警戒しながら再び後宮の外に出る。後ろからは皇妃を先頭に女性達もついてきた。
そうして私達は目的の場所に向かったのだ。
そっと扉を開き中をキョロキョロと確認する。
「大丈夫です。誰もいません」
そういって扉を大きく開け皇妃達を中に入れた。
「……とりあえず荒らされてはいないようね」
皇妃は部屋の中を見回しホッとした表情を浮かべる。なぜならここは皇と過ごしていた皇の間だったからだ。
「シャロンディア様……すみません、あまりゆっくりしている時間が無いのですが……」
「ああごめんなさいね」
苦笑いを浮かべた皇妃は足早に玉座に近づいていく。そして後ろの壁に飾りつけられていた色とりどりの大きな布を一枚外した。
しかしそこにはただ白い壁があるだけで何も無い。
(確か間取り図ではそこから隠し通路に繋がっていたはずなのに……もしかしてダーギルに気がつかれて塞がれたとか!?)
最悪な状況に頭が真っ白になる。
「シャロンディア様……」
「ふふ、セシリア様心配なさらなくても大丈夫よ」
私の考えていることがわかったのか、皇妃はクスクスと笑うと壁に手を当て何かを探るように動かしはじめた。
「あったわ」
そういうと壁の一部を押す。するとその部分だけ中に押し込まれ、代わりに何かを差し込むような穴が開いた部分が戻ってきた。そして皇妃はその穴にいつもはめている指輪の飾り部分をはめ込む。
その途端ガコンと音が鳴ったと同時に、ゆっくりと壁が奥に向かって開いたのだ。
(おお!! 凄い! これぞまさに隠し扉!!)
前世の漫画やアニメで見たことがあるような仕掛けに、私は興奮しながら開かれた扉を凝視していた。
皇妃は微笑みながら、道を開けるように横に移動する。
「さあ、開いたわよ」
「あ、ありがとうございます。それにしても一体どういった仕掛けなのでしょう?」
「ふふ、それは秘密よ。ただ言えることは、皇か皇妃の指輪が無いと開くことが出来ないってことね」
「そうなのですか……」
(そう考えると、以前アルフェルド皇子に攫われてきた時にここの場所のことを思い出していても、結局は使えなかったってことね)
そう思い苦笑いを浮かべる。
「確かこの先の出口でアルフェルドが待機しているのよね」
「はいそうです。ではシャロンディア様からお先にどうぞ。私は全員が出られたのを確認してから向かいます」
「……わかったわ。気をつけてね」
「はい。大丈夫だとは思いますが、シャロンディア様もお気をつけください」
そして皇妃を守るように側室達が前後に立ち通路に入って行った。さらにその後ろから他の女性達が続いていく。その姿を見ながら入口の扉近くに立ち、外の様子を警戒する。
そうしてあと少しで全員が入り終わるところで異変は起こった。
(ん? 何か聞こえたような……)
私は扉に耳を当て聞き耳を立てる。
「……ア…………ど…………」
「……誰か叫んでる?」
怪訝に思いながらも少しだけ扉を開けてよく聞くことにした。
「……セシリア………どこ………だ」
「っ!」
その声が誰かとわかり息を飲んだ。
「嘘、ダーギルもう起きたの?」
思わず呟くとまだ残っていた女性の一人が、不思議そうな声で私に話しかけてきた。
「セシリア様、どうかなさったのですか?」
「……どうもダーギルが、目を覚ましてしまったみたいです」
「え!?」
「声からして、こちらに近づいてきているようです」
「セシリア様、どうしましょう!?」
女性は動揺し、他の女性達もお互いを見合って不安そうな顔をする。
(とりあえずダーギルがここに気がつく前に急いで皆と隠し通路に……いやそもそも、この隠し通路の扉の閉め方を知らないんだった。このままだとこの部屋に入られたらすぐにバレそう……そうなるとあっという間に追いかけられて捕まってしまうかも。せめて皆が逃げきれるまでの時間を稼がないといけないよね)
難しい顔で考え込んだ私を女性達が心配そうに見てくる。
私は一度目を閉じてから、意を決した顔で目を開け声をかけてきた女性に告げた。
「私は今からこの部屋を出て、ダーギルにわざと見つかってきます」
「なっ!?」
「そしてなるべくこの部屋から遠ざけるように逃げますので、その間に貴女方は隠し通路から急いで逃げてください。あ、最後にあの布で入口を隠してくださいね。まあ気休め程度にしかならないと思いますが」
「いけませんセシリア様! そんな危険なこと……」
「今はそうする他無いんです。そうこうしているうちに声が近づいてきてます。お願いです、行ってください! 私なら大丈夫ですよ。おそらくダーギル一人だけなので、なんとか逃げてみせますから」
「ですが……」
「シャロンディア様によろしくお伝えください。では行きます!」
「あ、セシリア様!」
女性の呼び止める声を後ろに聞きながら私は急いで皇の間を飛び出すと、ダーギルが居ると思われる方に走っていった。
そうしていくつか廊下の角を曲がった先でダーギルと出くわす。
「セシリア!」
「……」
そのダーギルは辛そうな顔で壁に手を置き、体を支えている状態だった。
(完全には薬は切れていないようね。だけどすぐに起きれるなんて……おそらくそういうのに耐性があるのかも。う~ん、盲点だった)
「セシリア……どこに行っていた?」
「どこでもいいでしょ」
「……お前、あの酒に何か仕込んでいたな」
「さぁ~なんのことかしら」
「とぼけるな! あの広間にいた奴ら全く目を覚まさなかったぞ。それに警護していた兵士達にも飲ませていたな!」
眉間に皺と額に冷や汗をかきながら私を睨みつけてくる。
「……もしそうだとしたら、私をどうするつもりなの?」
「薬の出所を吐かせて……お前を鎖に繋ぎ一生幽閉してやる」
「そんなことおとなしく受け入れるわけないでしょ!」
私はそういい放つと、くるりと踵を返して走り出した。
「待て!」
ダーギルは叫びながら私を追いかけてきた。しかし薬のせいか思うように走れないようで追いつかれる心配はなさそう。
(よしこのまま皇の間から引き剥がしたら、撒いて逃げよう!)
そんなことを思いながら、追いつかれない程度にダーギルを引きつけていた。
しかしふと後ろから聞こえる足音が増えていることに気がつき、ちらりと後ろを振り返る。
(うわ!)
そこにはどこから現れたのか、武装した兵士がダーギルと共に私を追いかけていた。
「あの女を絶対逃がすな! ただし怪我だけは負わすんじゃないぞ!」
「はっ!」
私はその言葉を背中で聞きながら冷や汗をかく。
(ヤバイヤバイ! このままじゃ捕まっちゃう! どうにかして逃げきらないと……あ、確かこっちの方に馬小屋があったはず!)
そのことを思い出した私は速度をあげて走り出す。そしてなんとか追いつかれる前に馬小屋に到着すると、丁度馬具が取りつけられていた一頭の馬を見つけて外に連れ出した。
しかしそこに兵士を引き連れたダーギルが到着してしまったのだ。
(ぎゃぁ! さっきよりも兵士の数が増えてる!)
内心焦っていると、ダーギルが勝ち誇った顔で近づいてきた。
「セシリア、もう逃げられないぞ。おとなしくこっちにこい」
「っ! 絶対嫌よ!」
私はそう叫ぶと慌てて馬に飛び乗る。するとその行動に驚いた馬が、大きく嘶き前足をあげてから猛スピードで走り出した。
「きゃぁぁぁぁ!」
あまりの早さに叫び声をあげながら、目を閉じ振り落とされないよう必死に馬の体にしがみつく。
「セシリア! そっち駄目だ!」
ダーギルの必死な声に薄目を開けて先を見ると、閉じられた門が先に見えた。しかし馬は全く速度を落とす様子もなく一直線に裏門に向かって走っていく。
(ちょっ、ぶつかる!)
だけどその予想は外れ、馬は大きく跳躍すると軽々と門の上を飛び越えてしまった。
(嘘でしょ!?)
まさかの跳躍に驚くが、門の外に降り立った馬はそこで足を止めることなく走り続ける。
「いや、待ってどこ行くの!? そっちは砂漠なんだけど!」
涙目で訴えるが聞いてくれるわけもなく、私を乗せた馬がどこまでも広がる砂漠に向かって走っていってしまったのだった。