作戦決行
宮殿で過ごす最後の夜になるため、盛大な宴が催されることとなった。
私は例に漏れずダーギルに出席を命じられ、数人の女性達と共に宴が開かれている大広間に向かう。
「おおセシリア、ようやく来たな」
すでにお酒も入りご機嫌なダーギルに、私は腕を取られその隣に座らされた。そんなダーギルに呆れながらも、私は一緒に来ていた女性達の方を見る。
「ここはいいですから、他の方々のお相手をよろしくお願いします」
すると女性達はうなずき、それぞれ客人の元に散っていった。
「ほ~後宮の女達を、上手くまとめあげているようだな」
ダーギルは感心したように私と女性達を見比べる。
「べつにまとめているつもりはないわよ」
「まあお前がどう思おうと、実際女達はセシリアの言うことをよく聞くみたいだ。これから皇妃になるのだから後宮のことは頼むぞ」
「だからそれは! ……はぁ~どうせ私が何を言っても聞く耳はないんでしょ?」
「くく、よく分かっているじゃないか」
私の様子を面白がりながらも、持っていたグラスを口につけ中身を飲み干す。
そんなダーギルにため息をつくと、私は近くにあった酒瓶を手に持ち空になったグラスに酒を注ぐ。
「ふっ、今日は前のような失態をさらすことはせんからな」
「はいはい。でもまだまだ飲むんでしょ?」
「まあな」
グラス一杯に入ったお酒を見つめ、ダーギルは上機嫌に口に運ぶ。
私はそれを見てから、ちらりと他の女性達の様子を伺う。
(うんよしよし、皆もガンガンお酒を勧めているね)
多少表情は固いが、客人達に笑顔を向けながら次々とお酒を振る舞っていた。
それを確認してから私は、ダーギルの相手に集中することにした。
(これは絶対失敗は出来ないから!)
そうして皆楽しそうにお酒が進みほどよく酔いが回りはじめたころ、私はもう一度周りを見回して声をあげる。
「あら、もうお酒が無くなってきているわね」
「ん? 給仕の女共が運んで来ていないのか?」
「そうみたいね。もしかしたら、お酒の消費速度に追いつけていないのかも。それに食べ物も少なくなってきてるし……私ちょっと手伝ってくるわ」
「いや、お前がわざわざ手伝う必要など……」
「でもすぐにお酒飲みたいでしょ? もうここには残り少ししかないし。待ってるよりもこっちから取りに行った方が早いから」
ダーギルはちらりと、床に転がっている空の酒瓶の山を見る。
「……分かった。だがすぐに戻ってこいよ」
「わかってるわ。あ、でもさすがに私ひとりでは運びきれないから、一緒に来た女性達も連れていくわよ」
「ああ構わない」
その言葉を聞き、内心ガッツポーズを取りながらすくっと立ち上がった。
「今から新しいお酒を貰いに行きますので、お手伝いお願いします」
私の声にお酌をしていた女性達が振り向きうなずくと、名残惜しそうにしている客人を笑顔でかわして集まってくる。
「じゃあ行ってくるわ」
そういって私は女性達を引き連れ大広間を後にすると、調理場に向かったのだった。
調理場に近づくと、そこから美味しそうな匂いが漂ってくる。だけど中から全く音が聞こえずとても静かだった。
「セシリア様……」
「大丈夫です。どうやら上手くいってるみたいですよ」
不安そうに声をかけてきた女性に、私は安心させるようににっこりと微笑む。
すると調理場からひとり男性が現れ、全員が一瞬息を飲む。
「セシリア」
「ああアルフェルド皇子でしたか」
ホッと息を吐きアルフェルド皇子に近づく。
「首尾はどうでしょうか?」
「上々だよ。ほら、中を見てごらん」
私は言われた通りに調理場の中を覗くと、壁際の1ヵ所におそらく料理人と思われる男性達と給仕の女性達が集められて目をつむっていた。
「……皆寝ているんですよね?」
「勿論だよ。セシリアのお願い通り、誰も傷つけてはいないから」
「それにしても、いまさらですがよく睡眠薬入りの飲み物を飲ませることができましたね。アルフェルド皇子が自分に任せてと言われましたのでお願いしましたが……」
そう言いながら、ぐっすり眠っている人達を見つめる。
「ふふ、そんなに難しいことはしていないよ。ただちょっとあの女性にお願いしただけだから」
アルフェルド皇子の視線の先を追うと、他の女性と寄り添うように眠っている給仕の服を着た色気のある女性がいた。
そしてその女性の恍惚な寝顔を見て私は全てを悟る。
(あ~あの人を魅了して、他の人達に飲ませたんだね)
おそらく男性受けする給仕の女性をあえて選び、アルフェルド皇子の妖艶な微笑みで落としたのだろう。
その様子が目に浮かび、アルフェルド皇子だからこそできることだなと苦笑いを浮かべた。
「大体把握しました。ではここら辺りは問題ないと思っていいのですね? 確かにここまでくるまで誰にも出会いませんでしたが」
「ああ大丈夫だ。周辺の兵にも飲ませて茂みに隠してある。他の場所はカイゼルが上手くやる手筈だから」
「そうですか……わかりました。あとは私達次第ですね」
私は振り向き女性達を見る。すると皆は緊張した面持ちでうなずいてくれた。
「頑張りましょう!」
「……セシリア、無理はしてはいけないからね。もし危なくなりそうなら、すぐに逃げるんだよ」
「はい。だけどそのような事態にならないよう気をつけますね。アルフェルド皇子もこの後のことよろしくお願いします」
そうしてまだ心配そうにしているアルフェルド皇子をその場に残し、私達は睡眠薬入りの新しいお酒や料理人達が寝る前に用意してあった料理を持ち大広間に戻っていった。
「遅かったな」
「調理場が大忙しだったから、なかなか受け取れなかったのよ。給仕の女性達も手伝わされていたし」
そういって私はダーギルの隣に座ながらちらりと他の女性達を見ると、皆もそれぞれ酒瓶を手に持ち散っていた。
「これぐらいで大忙しとは……もう少し仕事ができる奴らだと思ったんだがな。仕方ない、ちょっと活を入れてくるか」
「い、いやほら! せっかく新しいお酒持ってきたんだから、飲んで楽しみましょうよ!」
「……まあそうだな。酒が不味くなっても嫌だからな」
立ち上がりそうになったダーギルを慌てて引き留め、空になっているグラスにお酒を注ぐ。
「ほら飲んで飲んで」
「……」
その満たされたグラスをじっと見つめ、ダーギルがニヤリと笑う。その様子に、睡眠薬が入っているのがバレたかとドキッとする。
「セシリア、口移しでこの酒を俺に飲ませろ」
「…………はぁ!?」
「たまには違う風に飲んでみようと思ってな」
「だからといってそんなこと要求しないでよ!」
「やはり駄目か」
「当たり前でしょう! いいから飲みなさいよ!」
まさかの提案に驚きつつ、内心不安でいっぱいだった。
(ちょっと、やらないと飲まないなんて言わないでよ! さすがにそんなこと、好きでもない人としたくないんだけど!!)
ドキドキしながらダーギルを睨みつける。そんな私を見てダーギルが豪快に笑いだす。
「ははは。相変わらずお前の反応は面白いな。わかったわかった、今回は諦めてやるよ」
そういいながら手に持っていたグラスの中身を一気に飲み干した。
「やはりセシリアが入れる酒が一番美味いな。ほら飲んでやるからどんどん注げ」
「……ええ」
とりあえず飲んでくれたことにホッとしながらも、なんだかダーギルにこの睡眠薬が効くのか少し不安になってきた。
(そんなに一気に飲んでも平気って……私なんて少し飲んだだけですぐ寝ちゃったのに……)
どんどんとお酒を飲むダーギルを困惑しながら見ていると、急に表情が曇りだす。
「ん? なんだお前達、もう眠くなってきたのか?」
その言葉に広間を見渡すと、客人達が次々と横になって眠りだしていた。
(よし! あっちは上手くいってるみたいね。あとはダーギルだけなんだけど……)
そう思いながらダーギルの方を見ると、険しい顔で額に手を置いていた。
「くっ、もう酔いが回ってきたのか? まだまだ飲めるはずなんだが……」
ダーギルは頭を振って眠気を飛ばそうとしている。その様子を見て心の中でほくそ笑みながら、ダーギルに優しく声をかけた。
「無理せず少し眠ったらどう? 仮眠を取ってからまた宴会の続きをすればいいんだし」
「だが、その間……セシリアは、どう……する」
「ダーギルが起きるまで側にいてあげるわよ。どうせここから逃げられないのだから」
「そう、だったな……さすがに、限界だ。……少し寝る」
「ええ、おやすみ」
私の言葉に安心したのか、ダーギルはそのまま後ろのクッションにもたれ掛かって寝息を立てはじめた。
その顔にそっと近づき完全に眠っているのを確認した私は、スッと立ち上がり周りを見回す。
そして他の客人達も起きる気配が無いのを確認すると、女性達に聞こえる声で言った。
「さあ、逃げますよ」
私の声に女性達一斉に立ち上がり、「はい」と返事を返してくれたのだった。