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密会

 前を歩いている女性達は、私の様子に気がつかずどんどん先に行ってしまった。

「うぅう!」

 私は唸り声を上げ必死にもがくが、その拘束から逃れることができなかった。しかしそんな私の耳もとで聞き慣れた声が聞こえてきたのだ。

「セシリア落ち着いて。私だよ」

 その声にピタリと動きを止め視線を後ろに向けると、目を見開いた。そこには口元を布で覆いフードで顔を隠しているアルフェルド皇子がいたからだ。

「もう手を離しても大丈夫そうだね」

 アルフェルド皇子はそう言って、私の口を塞いでいた手をゆっくりと離す。私はすぐにアルフェルド皇子の方に体を向け詰め寄った。

「アルフェルド皇子、どうしてここにいるのですか!? それにその恰好は……」

 私はまじまじとアルフェルド皇子の姿を見る。どこで入手したのかは知らないけれど、賊の恰好をしていたからだ。

「それはこれから説明するよ。だけど……まず先に、その姿の説明を聞きたいかな?」

「え?」

 アルフェルド皇子はちらりと私を見てから妖艶に微笑んだが、目が笑っていない。なんのことだろうと、自分の姿を改めて見てすぐにその意味を悟った。

「っ!」

 私は慌てて胸元を隠し恥ずかしそうに俯く。

(気にしないようにしていたけど、やっぱり知り合いに見られるのは恥ずかしすぎる!!)

 だんだんと顔が熱くなっていくのを感じる。

「こ、これはその……ダーギルに着るように言われまして……」

「……ダーギルに?」

 私の返答に、アルフェルド皇子の声のトーンが下がったような気がした。ゆっくりと顔を上げると、アルフェルド皇子は微笑みをなくし私をじっと見ていたのだ。

「アルフェルド皇子?」

「……その魅惑的な姿はとても素敵だけど、私ではなくダーギルに着せられたというのが気に入らない。もしかして、ダーギルに何かされた?」

「え、えっと……」

 言いよどんでいるとアルフェルド皇子は私の両肩を掴み、顔を近づけてきたがなんだか不穏な雰囲気を漂わせていた。

「セシリア、答えて」

「な、何かあったわけではないですけど……よ、夜伽を要求されました」

「っ」

 アルフェルド皇子は私を離すと、ダーギルのいる広間に向かって歩いて行こうとした。それも手は腰に差している柄に置き目は完全に据わっている。私は慌ててアルフェルド皇子を後ろから抱きしめ足を止めさせようとした。

「ちょっ、アルフェルド皇子、何をするつもりですか!?」

「ダーギルを抹殺しに」

「いやいやいや、そんな物騒なことしないでください! 結局何もありませんでしたから落ち着いてください!」

「それでも私のセシリアに夜伽を要求するなど、万死に値する」

「怒ってくださるのは嬉しいですけど、とりあえず今は我慢してください! アルフェルド皇子が乗り込むと、せっかくの潜入計画が台無しになってしまいますから!」

「……」

 私の言葉にようやくアルフェルド皇子は柄から手を離し足を止めてくれた。そして小さく深呼吸をするとくるりと体の向きを変え私を抱きしめてきたのだ。

「ア、アルフェルド皇子!?」

「セシリアお願いだ。もうこのまま宮殿を抜けて安全な場所で身を隠してくれ」

「それは……」

「貴女の身に危険が及ぶことが耐えられない」

 そう言ってアルフェルド皇子は、さらに私を強く抱きしめてきた。

「アルフェルド皇子……」

「私の家族を助けようとする貴女の優しさには感謝している。だがもう少し自分自身を大切にして欲しい。そうでなければ……またこのような傷が貴女についてしまう」

 アルフェルド皇子はそっと私の右わき腹を撫でてきた。

「ひゃあ!」

 一瞬なぜ撫でられたのかわからず驚くが、そこにはビクトリア姫を庇って刺された時にできた傷跡があることに気がつく。私はアルフェルド皇子の胸から顔を上げ、その顔を見て言葉を呑んだ。

 なぜならとても切なそうな顔で私をじっと見ていたから。

(私……いつも皆にすごく心配させてしまっているよね)

 今までのことを思い出し、申し訳ない気持ちで胸が苦しくなる。だけど私の意志は変わらなかった。

「ごめんなさい。でもここで止めるつもりはないのです。心配してくれてありがとうございます」

 私はアルフェルド皇子の服をぎゅっと握り、お礼を言って笑みを作った。

「セシリア……」

 アルフェルド皇子はそれ以上何も言わず、ただ優しく私を抱きしめてくれたのだ。

「……それで、私はいつまでこの状況を見ていないといけないのでしょうか?」

「っ!」

 私達とは別の声に、私は慌ててアルフェルド皇子から身を離し振り向く。そこにはアルフェルド皇子と同じように賊の格好で口元を布で隠しているカイゼルが、目を据わらせながら腕を組んで立っていたのだ。

「カイゼル!?」

「セシリア……そのような恰好で他の男に抱きしめられている姿を見て、私が平常心でいられると思いますか? いい加減離れてください」

 カイゼルはそう言うと、私の腰に腕を回しアルフェルド皇子から引き剥がされた。するとアルフェルド皇子は、ムッとした顔を浮かべ私の手を掴む。

「私から離す必要はないと思うけど?」

「アルフェルド皇子と一緒にさせる必要もないと思いますけど?」

 二人はにっこりと火花を散らせながら私を掴んで離さなかった。

「あ~もう! 今はそんなことをしている場合ではないと思いますよ! ここも安全ではありませんから!」

 私が声を上げて止めると、ようやく二人は落ち着きを取り戻してくれた。

「さてそれで、お二人はどうしてここにいらっしゃるのですか? 特にアルフェルド皇子は、見つかると非常に危ない立場ですよね?」

「それはわかっているけど、セシリアだけに危ないことはさせられないからね。私もできることはしようと思っただけだよ。それにカイゼルも手伝ってくれると言ってくれたのでね」

「だからといって皇子自ら危険なことをされなくても……」

「それはセシリア、貴女にも同じことが言えると思うけど?」

「うっ」

 これ以上言うとまたやるやらないの論争がぶり返すと思った私は、小さくため息をついて気持ちを切り替えた。

「それでお二方が潜入されたことで、何か情報は得られましたか?」

「ああ、実は外壁側の警備が手薄な場所を見つけることができた。ただ母上達を全員逃がすには、そこまでの経路をどう抜けるかが問題だ。あの大勢いる警備の目を潜るのは正直難しい」

「私の方も兵の休憩所や台所等を確認しましたが、全てダーギルの手の者が占拠していましたね。食事もダーギルお抱えの者が作っていましたので、想像以上に大規模な賊の集団のようです。まあ逆にその大人数のおかげで、私達が潜入しても気づかれないで済んでいますが」

「それでも皇妃達が後宮の外で歩いていたらさすがに気がつかれますね」

「そういえばセシリアは母上達に会えたのか?」

「あ、はい。皆様元気にされていましたよ。とても監禁されているようには見えないほどに」

 集団で押し寄せられてきた時のことを思い出し苦笑いを浮かべる。

「ふっ、あの方々らしいな。でも悪い人達ではないから許してやってほしい」

 状況が容易に想像がついたらしく、アルフェルド皇子も苦笑いの表情に。

「許すもなにも、嫌な気持ちになりませんでしたから大丈夫ですよ。むしろ仲がよくて羨ましいぐらいでした。私にはお兄様はいますが姉妹はいませんから。きっと同性同士の姉妹は楽しいでしょうね」

「ああ、その願いならすぐに叶えてあげられるよ」

「え?」

「私と結婚すれば、皆セシリアの姉妹になるからね」

「……」

 私を見ながら妖艶に微笑むアルフェルド皇子を見て、頬をひくつかせているとカイゼルが私の肩を抱きにっこりと似非スマイルを浮かべる。

「それよりもセシリア、もっと身近な存在の方が楽しくなると思いませんか? 例えば……娘、とかね」

「はい!?」

 思ってもいない発言に私は目を見開いて驚く。

「貴女ならきっと素敵な母親になれるでしょう。娘とも姉妹のような関係を築かれ、楽しそうにされているのが目に浮かびます。まあそれは息子であっても同じでしょうが」

「いや、いきなり娘とか言われましても……そもそもまだ結婚もしていませんから」

「貴女さえその気になってくだされば、いつでも現実にできますよ? だってまだ私達は婚約者同士なのですし、そのまま結婚に進むことさえできますから。きっと私達の子供は天使のように愛らしいでしょうね」

 うっとりとした表情のカイゼルを見て、ふとある想像が頭に浮かんだ。それは輝くような金髪と紫色の瞳に、カイゼルの面影がある男女の双子の子どもが私を見上げながら純真無垢な笑みを向けているところを。

「カイゼル、往生際が悪いぞ。婚約は白紙に戻すと話が進んでいるだろう」

 アルフェルド皇子の声にハッとした私は、頭を軽く振ってその想像を吹き飛ばす。

(な、何を考えているの私、カイゼルとの子どもを想像しちゃうなんて…………でも、可愛かったな~。正直あんな子どもなら欲しいかも……って今はそんなこと考えている場合じゃないから!)

 自分に言い聞かせ、また婚約話で言い合いを始めている二人を止める。

「今はそんなお話よりも、これからどうするかを話し合いましょうよ!」

 私の言葉に二人はハッとした顔になり、コホンと咳ばらいをして姿勢を正す。

「そうだな。しかし話し合うといっても、まだ現段階ではどうすればいいかが見えてこない」

「う~ん。せめて宮殿内の兵士だけでも全員いなくなるか、それか寝てくれれば簡単なのですが……」

 カイゼルが腕を組み難しい顔で話す。その話を聞いて私はある考えが閃いた。

「アルフェルド皇子!」

「ど、どうしたんだいセシリア?」

 勢いよく詰め寄った私に、アルフェルド皇子は驚く。

「アルフェルド皇子、以前私が飲まされた睡眠薬を持っていますか?」

「あの睡眠薬? いや、今は持っていないが手配をすることは可能だよ」

「それはどれぐらいかかりますか?」

「無味無臭という特殊な睡眠薬だからね。おそらく三、四日はかかるかと」

「そうですか……ではそれを多めに手に入れてください」

「それは構わないが、セシリア一体何をするつもりだ?」

「ふふ、それはもちろん兵士達に眠ってもらうためですよ。効果は身をもって知っていますからね」

 私はにっこりと微笑んでみせた。

「……なるほど。だけどどうやって兵士達に飲ませる?」

「それはこれから考えます。とりあえず、まず睡眠薬を手に入れないと話は進みませんから」

「そうだな。わかったすぐに手配させる」

「よろしくお願いします。さてさすがにそろそろ戻らないと、先ほどの女性達やシャロンディア様達が心配されて騒ぎ出すかもしれませんので戻りますね」

「ああそうだな。母上達のことよろしく頼む」

「任せてください!」

 胸を軽く叩き頷く。そして急いでその場を離れようとした私を、ずっと黙り込んでいたカイゼルが呼び止めてきた。

「待ってくださいセシリア」

「カイゼル、どうかしたのですか?」

「セシリアが飲まされた睡眠薬とはどういうことですか?」

 カイゼルはにっこりと似非スマイルを浮かべるが、その背中から黒いオーラが漂い出ているように感じ、私とアルフェルド皇子は同時に冷や汗をかく。

「え、えっとそれは……」

「まだ私に話していないことがあったのですね?」

「っ……以前アルフェルド皇子に攫われた際に睡眠薬を飲まされていました。きっと話がこじれると思い黙っていたのです。ごめんなさい!」

「カイゼル、私も話していなかったことを謝るよ。だから怒りを収めてくれ」

 私とアルフェルド皇子は慌ててカイゼルに謝る。

「……とりあえず、あの時のことを全て話してもらいましょうか」

「あの、その……本当に戻らないといけないからアルフェルド皇子、後のことはお任せします!」

「あ、セシリア!」

 後ろでアルフェルド皇子が呼び止めてくる声が聞こえたが、私は一直線に後宮に向かって駆けだしていったのだ。その際ちらりと後ろを見ると、アルフェルド皇子はカイゼルに詰め寄られていたのだった。

(ごめんね、アルフェルド皇子!)

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