宴
宴会の時間になったため、私は迎えの兵に連れられて後宮を出た。しかし私は俯き加減で歩いている。なぜなら……。
(……なんでこんな服なの?)
今の私は、踊り子が着るような露出の高いスケスケヒラヒラの服を着させられていたのだ。腕やお腹、さらには脚まで半透明の布で覆われ中が透けていている。一応胸などの大事な部分は透けていない布を使われているが、ビキニを着て歩いているような感覚でとても恥ずかしかった。
(以前アルフェルド皇子に着せられた服よりも露出高いんだけど! 正直ずっとドレスを着た生活をしていた身としてはこれはキツイよ)
ダーギルの指定してきたこの衣装を見て、宴会に出ると言ったことを後悔したほどだ。
少しでも隠そうと自分の体を抱きしめてみるが、ほとんど気休め程度にしかなっていないのがわかる。そしてすれ違う兵士達の視線が私に注がれているのがとても辛かった。
(だぁ~! もう服のことを考えるのはよそう! それよりも兵の数と配置状況を確認しなくては)
私は羞恥心を無理やり吹き飛ばし、周りに視線を向けながら歩いて行ったのだった。
宴会がおこなわれている広間に到着すると、そこにはすでに大勢の男達が酒を飲みかわし楽しそうに騒いでいた。その服装からダーギルに取り入ろうとしている豪商や貴族のようだ。さらにそんな男達に酌をさせられている女性も数人見える。
どうやらダーギルが集めたハーレムの女性のようだ。ただダーギルの女ということで男達からは酷い扱いを受けていないようだが、一様に表情は強張っていた。そんな女性達を見て、私は改めて助けようと心に誓う。
私は兵に連れられ広間の奥、一段高い場所に設えられた豪華な席で、色気たっぷりの美女をはべらせて座るダーギルのもとまで連れられた。
「ダーギル様、お連れしました」
「遅かったな。……ほ~なかなか似合っているじゃないか」
ダーギルは自分の顎を撫で、ニヤニヤしながら私を見てきた。
「……どうも」
「くく、だいぶその衣装がお気に召していないようだな」
「それはそうでしょう」
「まあそういう反応するだろうと思って、敢えてそれを選んだんだがな」
「……悪趣味」
「くく、いいから座れ」
私の反応を面白がりながらダーギルは私の手を掴むと、自分の隣に座らせてきた。
「お前達は他の相手でもしていろ」
ダーギルはそう言ってはべらせていた女性達を追い払う。女性達は不満そうな顔でキッと私を睨みつけると、言われた通りに他の男達のもとへ散っていった。そんな女性達の反応に私は戸惑う。
(あれ? ここにいる女性は、無理やり連れてこられた人ばかりだと思っていたけど違うのかな?)
すると私の思っていたことがわかったのか、ダーギルが去って行った女性達を見て口を開いた。
「あの女達は、部下が呼び寄せた商売女だ。だがああいった女は俺の趣味ではない。化粧は濃いしわかりやすく体を使って媚びてくる。そういう女はうっとうしいだけだ。やはり慣れていない女が一番だな。俺色に染めていく楽しみがある」
「俺色に染めるって……ああだから自分用に新たなハーレムを作っているのね」
「そうだ。クライブの手がついた女やその子どもには興味がないからな。だがあいつらは利用価値があるから生かしている。まあ必要なくなれば部下にやるか売るだけだ」
「なっ!?」
「奪ったモノをどうしようと俺の自由だ。それよりも、今は自分の心配をした方がいいんじゃないか?」
そう言ってダーギルは私の腰を抱いて引き寄せてきた。
「ちょっ!」
「セシリア、お前も俺に奪われたんだ。俺にはお前を自由にできる権利があるんだぞ?」
「そんな権利なんてないから。それよりも離して!」
私はダーギルの腕から逃れようともがくが、全くびくともしなかった。しかし突然ダーギルはぱっと私を離した。
「え?」
「まあそんなに嫌というなら仕方ない。お前の代わりに別の女に相手をしてもらうことにするか。おいお前、こっちにこい」
ダーギルは近くで別の男にお酌をしていた小柄な女性を呼ぶ。するとその女性は肩をビクッと震わせ、恐る恐るこちらに振り向く。その顔は恐怖で青ざめていた。それだけで女性が攫われてきた人だとわかった。私は慌ててダーギルを止める。
「わ、私が相手をするから!」
「くく、最初っからそう言えばいいんだよ。ああお前はそのままそいつの相手をしていろ。……ただし、そいつは俺の女だから手を出すなよ」
最後は小柄な女性にお酌をされていた男に向かって、ダーギルが鋭い眼差しを向けながら言った。その言葉を聞いた男は、顔を強張らせながら何度も頷いたのだった。
やはりダーギルが、自分のハーレムの女性達に手を出さないように命を出していたようだ。
「さてセシリア、酌をしろ」
「……わかったわよ」
私はため息をつくと近くに置いてあった酒瓶を手に持ち、ダーギルが差し出してきたグラスに注ぐ。それを満足そうに見つめダーギルは一気に酒を飲み干した。
「美味い」
そう言いながら空になったグラスを私に向けてきた。
「はいはい。もう一杯ね」
「いや、お前も飲め。俺が許す」
「私、お酒は飲めないのよ」
「そうなのか?」
「ええ」
「酔ったセシリアも見てみたいと思ったが、まあいい。今日は気分がいいからな。無理に飲まさないでいてやる。まずは素のお前から楽しむことにする」
「?」
言っている意味がわからず小首を傾げると、ダーギルはニヤリと笑った。
「今夜の夜伽の相手をお前がするからだ」
「夜伽って…………ええ!? そ、それってもしかなくても」
「ああ、俺に抱かれるってことだ。安心しろ、お前の旦那より満足させてやるよ」
「なっ」
私は絶句して固まる。
(いやいや、そもそもカイゼルとは夫婦の振りをしていただけでそんなことしたことないから。ってそういう場合じゃない。これは貞操の危機だよ!)
皇妃達を助けることばかり考えていて、その危険性まで考慮していなかった。
(そうだよね。ハーレムに入るってことは、その可能性があったよね。ど、どうしよう)
想定外の事態に動揺していると、ダーギルは面白そうな顔で私を覗き込んできた。
「さっきまでの威勢はどうした?」
「っ……あ、あの私達出会って間もないし、そんなすぐにというのは……」
「なんだお前、旦那がいたんだろ? まさか初めてだとかいわないよな?」
「……」
「ははは、そうかまだか。これはますますこの後が楽しみだな」
大きな声で笑い、ダーギルは私から酒瓶を奪ってグラスに注ぐと豪快に飲んだ。私はその様子を見ながら、どう回避するか必死に考える。
(もういっそ逃げる? いやまず間違いなく捕まって、そのまま寝室に連行されるのが目に見える。だったら寝室でダーギルを殴って気絶させて……逆に押し倒されそう。う~ん、どうすれば)
その時、広間がにわかに騒がしくなった。私は驚いて視線を向けると、そこには酔いつぶれて女性にもたれかかっている男がいたのだ。
「もうつぶれたのか。おい、誰かそいつを連れていけ」
呆れた表情のダーギルが指示を出すと、近くにいた男達が仕方ないという素振りで、その酔いつぶれてしまった男を担いで広間から出て行った。
「あれぐらいで酔いつぶれるとは情けない」
「……じゃあダーギルは、酔いつぶれないのね?」
「あ? 俺を誰だと思っている。他の奴なんか及ばないほど俺は酒に強いぞ」
「え~本当に?」
「そんなに信用できないなら証明してやる。おい、一番強い酒をどんどん俺のところに持ってこい!」
ムキになったダーギルは、給仕の者に指示を出し大量のお酒を持ってこさせた。
(……どうか上手くいって)
私は内心そう願いながら、運ばれてきたお酒を次々とダーギルのグラスに注ぎ飲ませていったのだ。
それから数刻後——。
「俺は……まだ……まだ…………のめ……る…………」
そう言いながらダーギルは、グラスを握りしめたままクッションにもたれかけ寝息をかきはじめた。そのダーギルをじっと見つめ、完全に起きてこないのを確認してからほくそ笑む。
(よしよし、上手く酔いつぶれてくれた。これで今夜は大丈夫そうだね)
私は立ち上がり広間を見回すと、同じく酔いつぶれて眠っている男達や気持ち悪そうにしている人を介抱している女性がいた。
(あれ? あの美女集団がいない……ああなるほど。いつの間にか、好みの男と抜けだしていったんだね)
明らかに最初のころより男の人数が減っていることで納得がいった。
「さて、いつまでもここにいても仕方ないし、一旦後宮の方に戻るかな。シャロンディア様も心配されているだろうし」
私は眠りこけている男達の間を通り抜けながら、そっと女性達に声をかけて回る。
「もう戻っても大丈夫だと思いますよ。むしろこのままここに残っている方が危ないですから、私と一緒に行きましょう」
女性達は戸惑った表情を私に向けるが、すぐに頷いてくれ皆で広間から出て行くことに。
「おい、お前達どこに行く!」
集団で出て行く私達を見て、警護をしていた兵士が険しい表情で呼び止めてきた。
「宴は終わったようですので、後宮の方に戻らせていただきます」
「終わったって……ダーギル様の指示がないのに勝手に戻るな!」
「ですがそのダーギル様が酔いつぶれて眠られてしまっていますので、指示をお聞きすることができません」
「だったら起きられるまで待てばいいだろう」
「あらその場合、もしダーギル様が起きられる前にダーギル様の女が他の男に襲われでもしたら、あなたが責任を負ってくださるのですか?」
「そ、それは……」
「皆さん酔っていらっしゃるから、ダーギル様の命令など頭から抜けてしまう方が居てもおかしくないかと。そのような危険を避けるために、皆で戻ることにしたのです」
「だ、だが……」
「あなたはダーギル様のために私達を帰したと言えば、お咎めはないと思いますよ?」
「……わかった。だが逃げようとはするなよ。まあどうせこの厳重な警備の中じゃ逃げられないがな」
「それぐらい重々承知していますよ。では私達はこれで」
兵士に作り笑顔を向け、私は女性達を引き連れてその場を後にした。そうして私は女性達を守るように最後尾を歩き、後宮までの近道として庭園を横切っていたその時——。
突然背後から口を塞がれ腰に腕を回されると、そのままずるずると物陰に連れていかれてしまったのだ。