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ハーレム

「見損ないました!」

「私も君がそんな人だとは思わなかったよ!」

「あら、私が悪いとでも言うのですか?」

「そうだ!」

「まあ酷い! もういいです。しばらく貴方の顔なんて見たくありません。一人にさせていただきます」

「ああお好きにどうぞ。私も君の顔なんて見たくないからね」

「あらそう!」

「ふん」

 ザイラの港町から少し離れた場所にある町の入り口付近で、私とカイゼルが言い争いお互い不機嫌そうに顔を反らして背中を向ける。そのまま私は町の中、カイゼルは町の外に向かって歩きだした。

そんな私達を、町の人と賊の一味が遠巻きに見ていた。

私はムッとした顔のままチラリと賊の様子を伺う。すると賊の男達が私を見ながら耳打ちをしていた。それを確認し敢えて私は人気のない裏路地に入っていくと、後ろから一人の賊の男もついてきた。

(よしよし、上手くつられているみたいだね)

 私は見えないようにほくそ笑み、気がつかない振りをしながら足を進める。するとようやく男が私を呼び止めてきたのだ。

「おい、ちょっと待てそこの女」

「え?」

 驚いた振りをして後ろを振り返り、口元を手で隠しながら目を見開く。そして怯えた表情を浮かべた。

「い、一体私になんの御用かしら?」

「な~に、ちょっと俺と一緒に来てほしいところがあるだけだよ」

「あ、あなたと一緒に? い、嫌です!」

「抵抗しても無駄だぜ。ほら、怪我したくないならおとなしく俺についてきな」

「っ!」

 男は短剣を見せつけニヤニヤ笑う。私は恐怖に顔を引きつらせてみせた。

「どうせ旦那と喧嘩したんだろう? 代わりにあんたを可愛がってくれる人のところに連れてってやるぜ」

 そう言って男は私を捕まえ両手首にロープを巻く。そしてそのまま私の腕を掴み歩かされてしまったのだ。

 私はわざと体を小刻みに震えさせつつ顔を俯かせ、男に怪しまれないように逆の方向を見る。そこにはローブを頭まで被って物陰から心配そうにこちらを伺っている、カイゼルとアルフェルド皇子の姿が。私はそんな二人に笑みを向け、バレないように親指を立ててグッドの形を作りアピールした。

(作戦成功! 行ってきます!)

 実はこれ、わざと賊に捕まって後宮に連れていかれるための作戦だった。

 あの隠れ家で私は、自ら後宮に入ると宣言した。そうすれば、内部から手助けができると思ったからだ。しかし当然ながらカイゼルとアルフェルド皇子、さらにビクトルからも大反対を受けてしまう。それでも私は、この案を曲げるつもりはなかった。

 早く捕まっている皇妃達を助けたいという思いと、ただ守られているだけでなく私も何か手助けをしたいと思ったからだ。その思いを必死に伝えると、渋々ながらも三人は私の案を認めてくれた。そしてビクトルはカイゼルに援軍を引き連れて戻ってくるよう命を受け、何度も私を心配しながらも一度ベイゼルム王国に戻って行った。

 そうして私達は事前に夫婦喧嘩を装う計画を立てそれを実行に移したことで、予定通りに賊は私を捕まえてくれたのだ。ちなみにカイゼル達は、もし私が連れていかれる前に危ない状況に陥ったらすぐにでも助けに来てくれることになっていた。

(まああの様子から、作戦関係なくすぐにでも助けたいと思っているのがわかるけど……今は堪えてね! ここで失敗したら、次も上手くいく保証がないんだから)

 私はそう目で訴え小さく頷くと、二人は腰に差していた剣の柄から手を離してくれた。

「ん? 何かあっちにあるのか?」

「だ、誰か助けて……」

「ああそういうことか。だが残念だったな。誰もいないみたいだぜ」

「……」

 男が私の見ていた脇道に視線を向けるが、そこにはもうカイゼル達の姿はなかった。

「諦めるんだな。ほら、さっさと歩け」

「っ! 痛い!」

「お前が歩くのが遅いからだろう。行くぞ」

 全く悪びれる様子もない男によって私は、賊の一味が占拠する宮殿に連れていかれたのだった。


  ◆◆◆◆◆


 私は襲撃により所々壊れてしまっている白亜の宮殿を見上げる。

(まさかこんな形でまたここにくることになるなんてね……)

 自嘲気味に笑いながら宮殿の中に足を踏み入れる。そのまま他の部屋より一際立派な装飾が施されている扉の前までやってきた。

「ダーギル様、ハーレム用の女を連れてきました」

「入れ」

 中から男の声が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。私は男に促され部屋の中に入って行った。

 そこにいたのは、褐色の肌に癖のある真っ赤な長い髪をポニーテールのように頭の後ろで縛り、切れ長でぎらつく金色の瞳をした端正な顔立ちの男。おそらく二十代後半ぐらいだろう。ゆったりと大きめのクッションに座り頬杖をついていた。

(……この男が賊の首領? もっと厳つく年のいった人を想像していたんだけど)

 思っていた人物と違い困惑して固まる。

 そんな私の腕を男が強く引き、ダーギルの前に正座させられた。

「ほ~異国の女か」

「はい。異国の旅行者のようです。丁度旦那と喧嘩別れしていた所を攫ってきました」

「くく、すでに別の男のモノか。だが俺には関係ないな。むしろ奪ってきた女……俺に相応しい。よし、お前には多めに褒美をやろう」

「ありがとうございます!」

 私を連れてきた男は嬉しそうに喜び、私を残して部屋から出て行った。そして部屋には私とダーギルの二人だけとなってしまった。

 すると緊張して顔を強張らせている私を、まるで値踏みするかのようにダーギルが見てくる。

「ここら辺では見ない透き通るような白い肌と、きらめく銀色の髪。そしてまるでアメジストのような輝きを持つ瞳か。なかなか美しいな。お前、名は?」

「……」

「俺が聞いているんだ。答えろ」

「……セシリアよ」

「ふむ、セシリアか。で、どこの国の者だ?」

「それは答えないといけないことなの? 答えたら夫のもとに帰してもらえるの?」

 傲慢な態度のダーギルに敬語を使う気にはなれなかった。

「……いや帰すことはない。まあ確かにお前がどこの国の者だろうとどうでもよかったな。しかしお前……俺を前にしても恐れないとは肝が据わっている女だな。今までの女は泣き崩れて怯えるばかりで正直面白みがなかった。まあそれでも顔だけはよかったからな、とりあえず後宮には入れてある。後宮の女の数は皇の権力の証でもあるからな」

「……あなたが皇?」

 私は思わず眉をひそめる。

「そうだ。俺がこの国の新しい皇、ダーギル皇だ。その皇の後宮に入れるんだ。光栄に思うんだな」

「……」

(宮殿を乗っ取ってすぐに皇を名乗るだなんて……。でもここにくるまでに見た部下の様子やその数、さらにさっきの褒美の話から考えると……おそらく侮っていけない相手な気がする)

 とりあえずここは慎重に行動しようと心の中で誓った。

「それで私は、いつまでここにいないといけないの?」

「まだ帰れると思っているのか?」

「夫が心配していると思うから……」

「その夫とは喧嘩別れしてきたのだろう?」

「確かに喧嘩はしたけど……きっと私を探しているはずだから」

「そうか。だがそれでも諦めるんだな。お前は俺に奪われたんだ。この国に足を踏み入れた以上、この国のルールである欲しい物は奪ってでも手に入れろに従ってもらう」

「……」

(敢えて夫がいることを強調させてみたけど、予想通り食いつきがいいね。これならそうそう追い出されることはないでしょう)

 内心ガッツポーズを取りながら、諦めた表情を浮かべため息をつく。

「はぁ~やっぱり変に期待を持っても無駄ってことね。不本意だけどこの状況を受け入れることにするわ。だけど……さっきからずっと座っていて足が痛くなってきたから、そろそろその後宮とかいう場所で休みたいのだけれど?」

「……くく。面白い女だ。自ら後宮に行きたいなんてな。ふっ、お前、いいな」

「?」

「喜べ、お前を俺の一番のお気に入りの女にしてやろう。確か別の言い方だと……寵姫と言うんだったな」

「…………は? 寵姫? いやいや全く嬉しくないから」

 ダーギルの言葉に、私は頬をひくつかせて固まってしまったのだった。





 ダーギルのいた皇の間を出て、私は宮殿内にある後宮へと連れていかれた。そこは美しい装飾が施されている建物で、宮殿と廊下で繋がっている。そしてその扉の両側には賊の男達が立っていた。私は男達が開ける扉を見つめながら、必ずやり遂げて見せると決意する。

 後宮に足を踏み入れた私の後ろで、硬く扉が閉ざされる音が聞こえた。しかし振り返ることはせず、緊張した面持ちで廊下を歩き奥に進む。するとその先に大きく開けた広間が現れたのだ。

(うわぁ~綺麗~!)

 中央には噴水があり観葉植物が至るところに置かれていて、とても室内とは思えないほどの解放感。だけどそれよりも目を奪われたのは、大勢の美しい女性達が思い思いの場所で寛いでいる姿だった。

(まさにハーレム! これぞハーレム! 以前見た時はこんなにしっかりと見れなかったけど、これは前世で読んでいた漫画と全く同じ情景だ!)

 あまりの美しさに立ち止まり、まるで襲撃などなかったかのようなその様子に思わず見入る。そんな私のもとに、一人の見知った女性が近づいてきた。

 その女性は褐色の肌に白く長い髪が映え、水色の瞳をした美女だった。見た目年齢は三十代後半に見えるが、もしかしたらもう少し上なのかもしれない。それほどに謎めいた雰囲気を醸し出していた。

(……相変わらず美しい)

 そう感心していると、その女性は妖艶な微笑みを浮かべた。

「お久しぶりね、セシリアさん。わたくしのことを覚えているかしら?」

「もちろんです。シャロンディア皇妃様」

「ふふ、また貴女に会えて嬉しいわ。だけど……どうやら貴女も攫われてきてしまったのね。ごめんなさい。でも安心して、ここにいる間はわたくしが貴女に手出しなどさせはしないわ」

 そう言って私の頬を撫でてきた。その優しくも色気のあるしぐさに、アルフェルド皇子の母親だと実感する。

 すると私達の様子を遠巻きに見ていた他の女性達が、なぜかものすごい勢いで私達のもとに集まってきた。

「やっぱりアルの想い人だわ!」

「うわぁ~! アル兄様の彼女さんだ!!」

「アルフェルドが自慢したがるのがわかるわ~。ねえ、この玉のような肌を維持する秘訣教えてくれないかしら?」

「ちょっと! この子の髪、前にも増して絹のように滑らかでスベスベよ! 羨ましいわ~」

 女性達は口々にそう言い、豊満な体を押し付け合いながら代わるがわる私を触ってきたのだ。

「え? いや、あの……ちょっ」

あまりの迫力に面食らっていると、近くで扇がバサッと開く音が聞こえた。その音に私達は一斉に顔を向けるとそこには、羽で作られた扇で口元を隠しながら笑っていない目で笑みを浮かべている皇妃がいたのだ。

「貴女達、興奮する気持ちはわかりますが……少し落ち着きなさい」

 少し低めの皇妃の声に、騒いでいた女性達はピタリと口を閉ざし、バツが悪そうな顔で頭を軽く下げてからそそくさと元の場所に戻って行った。

「……はぁ~ごめんなさい。でも皆悪気はないから気を悪くしないでちょうだいね」

「あ、それは大丈夫です。ですが相変わらずですね……」

 戻っていった女性達を、苦笑いを浮かべながら見つめる。

「そういえば一度会っているのでしたわね」

「はい。それにしてもアルフェルド皇子には、沢山の姉妹がいらっしゃいますね。ですが弟君のお話は聞いたことが……」

「皇子はアルフェルドだけよ」

「え? そうなのですか? でもそのわりにはアルフェルド皇子、とても慕われているようでしたが……」

(普通に考えて、男児に恵まれなかった側室はアルフェルド皇子を恨みそうな気もするけど?)

「そこはあの子の人徳と、努力の賜物よ。子供のころから、争いにならないよう上手く立ち回っていたわ」

「そうなのですか……」

(あの妖艶な笑みの裏で、色々と考えていたんだろうな~)

 私の知らないアルフェルド皇子を思い浮かべる。

「さて話を戻すわね。確か貴女とカイゼル王子は、この国へ旅行しにいらっしゃるとアルフェルドの手紙で事前に伺っていたわ。けれど……どうやら巻き込んでしまったようね。大丈夫、わたくしが責任を持って貴女を解放するようダーギルに交渉するわ」

「いえ、その必要はありません。私は自らここに来ましたので」

「え? それは一体どういうことかしら?」

 皇妃は驚いた表情で私を見てくる。

「それをこれからご説明いたします」

 そうして私はここまでの経緯と、皇妃達を助けに来たことを説明することにしたのだった。





 後宮内の皇妃の部屋に移動し私の話を聞き終えた皇妃は、胸に手を置きホッと息を吐く。

「そう。クライブ様は無事に逃げられたのね、よかったわ」

「クライブ皇はシャロンディア様のことを大変心配され、酷いお怪我をしているのに助けに向かおうとされていました」

「まあ」

 その話を聞き、皇妃は嬉しそうに両頬を手で押さえる。

(相思相愛で羨ましいな~。私もそんな恋ができればいいけど……いや、いまはそんなこと考えている場合じゃないか)

 私は頭を振り皇妃に話しかける。

「シャロンディア様、賊について何かわかることがあれば教えていただきたいのですが」

「賊について、ですか……わたくし、ここに幽閉されていてあまり外のことはわからないのだけれど、賊にしては異常に統制が取れているようには感じたわ。それにボスのダーギルは、皇になることを異様にこだわっていたわ。ただ皇の証である指輪をクライブ様が持っているから、今部下を使って必死に探させているみたいね」

「皇の証の指輪?」

「ええ。代々この国の皇に引き継がれているモノで、それがないと正式に皇と認められないのよ」

「ああだから見つからないように、あのような場所で隠れていたのですね」

「でも見つかってしまうのも時間の問題かもしれないわ」

「……そうですね。やはり早くこの状況を打破する手立てを考えませんといけませんね。シャロンディア様達を人質に取られている以上、アルフェルド皇子は動けないでいますから」

「そうね。でも出入り口を見張られていて逃げ出すことは難しいわ。それにこれだけの人数を逃がすのも……」

 皇妃は深刻な顔で考え込む。そんな皇妃に私は落ち着いた声で話しかけた。

「とりあえず、今は様子を見て機会を伺いましょう。なんとか皆で逃げる方法を考えますので」

「……本当にアルフェルドが、貴女に惹かれたのがよくわかるわ」

「え?」

「ねえセシリアさん、やっぱりアルフェルドのお嫁さんにならない? わたくし貴女が娘になってくれたらとても嬉しいのだけれど」

「いや、それは……」

「まあいいわ。今の事態が解決してから、もう一度このお話をしましょうね」

「はぁ……」

 妖艶に笑う皇妃を見て顔をひきつらせていると、そこに深刻な顔をした侍女が部屋に入ってきた。

「お話し中のところ失礼いたします」

「何かあったの?」

 皇妃が問いかけると、侍女は戸惑いながら私の方を見てきた。

「実は……ダーギルからセシリア様に今晩の宴会へ出席するようにと伝言がありました」

「え?」

「さらに着飾るようにとの指示も……」

「セシリアさん、出る必要はありませんわ。わたくしがダーギルに直接話をつけます。ミア、賊の兵に話があるからダーギルを呼ぶようにと伝えなさい」

「しかし……」

 ミアと呼ばれた侍女は、心配そうな顔で皇妃を見る。確かにそれは皇妃の身に危険が及ぶ行為でもあったから。私はスッと顔を引きしめ口を開く。

「シャロンディア様、私のことを心配してくださりありがとうございます。ですが私は大丈夫です。こう見えて色々と場数は踏んでいますので。それにこれは逃げるための下見にもなりますし、おとなしく従っておいてダーギルを油断させることもできますから」

「でも……わかりましたわ。貴女がそう言うのであれば止めはしないわ。……無理はしてはいけませんよ? 貴女はこの国の客人であると同時に、アルフェルドの大切な人でもあるのですから」

「はい。友人として頑張ります!」

「友人、ね……アルフェルド、もっと頑張りなさいね」

 私の言葉を聞き、皇妃は苦笑いを浮かべながら呟いたのだった。

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