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闇夜に紛れて

 私はアンジェリカ姫の手を引きながら姿勢を低くし建物に沿って逃げ道を探していた。


「……思ったよりも広い敷地ですね」

「本当に逃げられるのかしら……」

「大丈夫です! 必ず逃げましょう!」


 不安そうな声のアンジェリカ姫に振り返り、私は安心させるようににっこりと微笑んだ。

 するとそんな私を見てアンジェリカ姫はふっと笑ったのである。


「ふふ、貴女が言うと本当に大丈夫な気がしてきましたわ」

「うん、元気が出たようですね。ではもう少し頑張りましょう!」

「ええ」


 そうして私達はなるべく物音を立てないように暗闇に紛れ、植木に身を隠しながら移動したのだった。

 そしてそのまま暫く無言で進んでいると、ある一ヶ所の窓から光が漏れている事に気が付いたのだ。

 私はその光が気になりさらに慎重に進みながらその窓の下まで到着すると、アンジェリカ姫にはそのまま待機してもらいそろりと中を覗き見たのである。


「あれは……ストレイド伯とあの頬に傷のある男ですね」


 そう呟きながらその男達がいる部屋を見回した。

 そこはさきほどから確認していた他の部屋とは違い、家具や調度品が綺麗に揃えられていたのだ。

 さらに絨毯もまるで新品のように綺麗だったため、どうやらこの部屋を生活の拠点に修繕したのだと分かったのである。

 そしてその中でストレイド伯は椅子に座って足を組み優雅にワインを飲んでいた。

 するとそのストレイド伯の近くで立ち、手にワインの入ったグラスを持ったあの頬に傷のある男がニヤニヤとした顔でストレイド伯に話し掛けたのだ。


「いや~ストレイド様、全て上手くいきましたね~」

「ふふ、私の計画は完璧ですからね」

「さすがですな! ……それでストレイド様、ストレイド様が皇帝になった暁には俺達を貴族にしてくださる話、忘れないでくださいよ」

「……ああ分かっている。お前達を悪いようにしないと約束しよう」

「おお! ありがたい!」


 頬に傷のある男は嬉しそうに笑い持っていたグラスの中身を一気にあおった。

 そしてストレイド伯はそんな男を見ながらうっすらと笑ったのである。


(……あ~あれは絶対裏切るパターンだ)


 私はそのストレイド伯の表情を見てそう確信したのだった。


「しかしストレイド様……あの皇女様が大人しく結婚してくれますかね?」

「ふっ、必ず快諾しますよ。確かに多少嫌がる素振りはするかもしれませんが、それはただ恥ずかしがっているだけですから。それに……私なくしては生きられないほどに、たっぷりとあの体を可愛がってあげるつもりでいますので」


 そう言ってストレイド伯はニヤリと笑ったのだ。すると私の後ろから短く小さな悲鳴が聞こえてきたのである。

 私はちらりとアンジェリカ姫の様子を伺うと、アンジェリカ姫は両手で口を押さえて青い顔で放心していた。

 そんなアンジェリカ姫を見て私は落ち着かせるようにその頭を撫でてあげたのだ。

 そうしたらアンジェリカ姫は私の方を見て、こくりと小さくうなずき大丈夫だとアピールしてきたのである。

 そんなアンジェリカ姫にホッとしながら、さすがにそろそろ移動しないとまずいかと思いその場を動こうとした私の耳に、今度は私の名前が聞こえてきたのだ。


「そう言えば、あのセシリアって言う女はどうするつもりなのですかい?」

「ああ、あの生意気な女ですか」

「もし用済みになるのなら……俺達がもらってもいいですか? ありゃなかなか見ない上物だし、俺達が可愛がってからでも十分売れると思うので」

「……いや、あの女は私の妾にするつもりだ」

「え? ストレイド様は皇女様一筋なのでは?」

「勿論私の愛はアンジェリカ姫ただ一人のモノだ。だが、それとは別で、この私に生意気な口をきいてきたあの女を……私の手で鳴かせてみたくなった。くく、あの威勢がいつまで保つか今から楽しみです」


 ストレイド伯がとても嫌な感じでいやらしく笑った顔を見て、私はうげっと嫌な顔をしたのだった。


「……貴女、大丈夫?」

「え、ええ大丈夫です。ただ……非常にムカついているだけですから。……あのストレイド伯、絶対いつかギャフンと言わせてやりますよ!」

「……その時は、わたくしもご一緒致しますわ!」


 私の言葉にアンジェリカ姫は強く同意したのだ。

 そうして今度こそ私達はその場を離れ、とりあえず確実に外に通じているだろう正門に向かう事にした。

 しかしもうすぐ正門が見えるかという所で、突然何かが激しく破壊される大きな音が響き渡ったのである。


「な、何!?」


 私が思わず驚きの声を上げながら咄嗟にアンジェリカ姫を後ろに庇うと、すごく聞き慣れた声が私の耳に飛び込んできたのだ。


「お前は馬鹿か! そんな音を出して破壊するもんじゃない! もう少し考えてから行動しろ!」

「うるせぇな~。こそこそ小細工するよりもこっちの方が手っ取り早いだろう?」

「手っ取り早いからって、固く閉ざされている門へ巨石を投げて破壊する馬鹿はいないだろう! それでは騒ぎになって姫の身に危険が及ぶではないか!!」


 そんなビクトルの怒鳴り声と一緒に何故かラビの声が聞こえてきたのである。


(え? ビクトル!? ラビ!? どうして二人がここに? それも何故か一緒にいるみたいだし……)


 思わぬ組み合わせに困惑しているとさらに別の声が聞こえてきたのだ。


「…………何処にいます!」

「あ、カイゼル王子! お一人で勝手に入らないでください!」


 その声とビクトルの叫びにどうやらカイゼルもこの場にきている事が分かった。


「っ! カイゼル王子! わたくしを助けに……」

「セシリア! 何処ですか!」

「……」


 カイゼルがきた事を知ってアンジェリカ姫が嬉しそうに走り出そうとしたが、しっかりと私の名前を呼んだ事でひどく落ち込みその場に踏み止まってしまったのである。

 そんなアンジェリカ姫を見て、私は何も言えなくなってしまった。


(カイゼル……せめて自分の婚約者の名前も呼んであげてよ)


 このなんとも言えない雰囲気に私はどうしたものかと困っていると、今度はヴェルヘルムの声まで聞こえてきたのだ。


「セシリア! アンジェリカ! 無事か!!」

「ああ! ヴェルヘルム皇帝陛下まで! それに他の皆様も……もう私は知りません! と言うかこうなったのなら私も遠慮せず突入致します!」

「あ~ビクトル、もう止めるの諦めたみたいですね。しかし……ヴェルヘルムまできてしまわれたのですか……」

「お兄様……わたくしは二番目ですのね」


 ヴェルヘルムの声に再び浮上したアンジェリカ姫だったが、私の次に名前を呼ばれた事で今度こそ完全にガックリとうなだれてしまったのである。


「さ、さあ! 皆さんが心配して助けにきてくださったみたいですので、皆さんと合流致しましょう!」

「……わたくしの事は心配されてなど……」

「大丈夫! 声に出されていないだけできっと皆さんもアンジェリカ姫の事を心配していますよ!」

「……」


 すっかり落ち込んでしまったアンジェリカ姫をなんとか励まそうと色々考えていると、皆がいると思われる方がさらに騒がしくなってきたのだ。


「なんだなんだ! なんの騒ぎ……なっ!? なんであんたらがここに!?」


 それはあの頬に傷のある男の声だった。そしてそれに続いて子分だと思われる男達の怒声が聞こえてきたのである。

 私とアンジェリカ姫はお互いに視線を合わせすぐさま正門が見える位置まで移動した。

 するとそこにはカイゼルを始め、ビクトル、ラビ、ヴェルヘルム、アルフェルド皇子さらにはシスランやレオン王子までいたのだ。

 そしてよくよく見ると、門の向こうの方から恐る恐る様子を伺っているニーナやレイティア様までいたのである。

 そんな全員集合状態に私はただただ呆れてしまった。


(いやいや、いくらなんでも各国の主要人物がここに集まりすぎでしょう!)


 私はそう心の中でツッコミながらも、頬に傷のある男達と対峙している皆の様子を物陰に隠れるように見ていたのだ。


「よお! ドビリシュ盗賊団の首領、マックス久しぶりだな」

「……ラビてめえ! なんでお前がここにいるんだ! それも騎士団長や王族やらと一緒にいるなんてあり得ねえだろう!!」

「……まあ~普通に考えればそうだよな。正直、俺様もいまだにこの状況が不思議でたまらん。だが……お前は俺様の一番大事な物を盗んでいった。それは絶対許せねえんだよ」

「お前の一番大事な物を俺が盗んだ?」

「ああ、俺様の大事な大事な銀色の姫さんだ!!」

「……それはあのセシリアっていう公爵令嬢の事か?」

「ああそうだ。あの姫さんは俺様の嫁さんになる予定だからな、その嫁さんを他の男に拐われたとあっちゃ黙っていられるわけないだろう!」


 ラビが不機嫌そうにそう言い放つと、マックスは驚きに目を見開き他の皆は一斉にラビに抗議をした。

 しかしラビは全く動じずじっとマックスを見ていたのである。

 そしてアンジェリカ姫は私をなんとも言えない目で見てきたのだ。


(いや、そんな目で見られても……私も困っているんだけどな~)


 私はそんなアンジェリカ姫に苦笑いを浮かべたのだった。


「そ、そうか……まあお前の趣味にとやかく言うつもりはないがな。それよりもどうしてここが分かった!」

「ふん、そんなの俺様が率いるロンジャー盗賊団の情報網に掛かれば簡単だ。半年ほど前からここをドビリシュ盗賊団が根城にしていると情報は入っていた。さらに数ヶ月前から、ある元貴族がここを出入りしていたとの情報も掴んでいるぜ」

「ちっ、そこまで分かっているのか。仕方がねえ! おいお前らこいつらをここで始末してやれ!」


 マックスは舌打ちすると後ろに控えていた子分達に合図したのだ。

 その合図を受け武器を構えて待機していた子分達は一斉にカイゼル達に襲い掛かったのである。

 するとカイゼル達もすぐさま反応しそれぞれ武器を抜いてマックス達と応戦しだした。

 そんな交戦状態を見て、私とアンジェリカ姫は激しく動揺しだしたのだ。


「ど、どうしましょう! まさかここで戦いが起こるなんて……」

「お兄様が! それにカイゼル王子も! あのままでは危ないですわ!」

「出来れば戦いが起こる前にカイゼル達と合流したかったのですが……」

「では今からでも合流致しましょう!」

「いえ、今の状況で下手に皆さんの所にいきますと逆に皆さんを危険にさらす可能性が高いです」

「ではどうすれば……」

「今はとりあえずここに身を潜めて、出るタイミングを見計らいましょう」

「そうですわ……」

「いえ、今がそのタイミングですよ」

「え?」


 突然私達以外の声が後ろから聞こえ、驚きながら後ろに振り返るとそこにはストレイド伯が微笑を浮かべながら立っていたのである。


「逃げ出すなど、いけない人ですね」


 そうストレイド伯が言うと、アンジェリカ姫の腕を掴みその胸に引き寄せてしまった。


「きゃぁ!」

「アンジェリカ姫!」


 私は慌ててアンジェリカ姫を救いだそうと手を伸ばしたが、そんな私を別の男が後ろから近寄り羽交い締めにしてきのだ。


「くっ! アンジェリカ姫を離してください!」

「それは出来ない相談ですね」

「ストレイド伯! お兄様達がきてくださったのですよ! もう観念なさりなさい!」

「いえ、むしろ好都合な状況です」

「え?」

「さあ、いきましょう」


 アンジェリカ姫がストレイド伯に捕まりながら睨み付けると、ストレイド伯はニヤリと口角をあげて笑いそして私とアンジェリカ姫を捕まえたまま、いまだに戦いが繰り広げられている皆の下に向かってしまったのだった。

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