動き出す悪役皇女
あの後、私の視線に気が付いたアンジェリカ姫はすぐにその場を立ち去っていったのだ。
しかし次の日の朝、突然それは起こったのである。
「セシリア様、そろそろ起き……きゃぁぁ!」
ダリアの悲鳴に寝ていた私は目を覚ましベッドから飛び起きた。
「ダリアどうし……なっ!」
そして目の前の光景に絶句したのである。
何故なら私の寝ていたベッドの上に、ネズミやらトカゲの死体が大量に乗っていたからだ。
「な、何これ……」
私は呆然としながらもそのネズミの死体に恐る恐る手を伸ばした。
「い、いけません! セシリア様!!」
ダリアの悲鳴にも近い制止の声が聞こえたが、そのダリアは明らかに恐怖に怯えてその場から動けなくなっているのが私の目からも分かったのだ。
だからこれは私が確認しなければと思い、そのネズミの尻尾を摘まんでみたのである。
「…………ん? あれ? これってもしかして……」
私はそう呟き、今度はしっかりとネズミの体を掴んでみたのだ。
「ひっ! セ、セシリア様!!」
「……ダリア、これゴムのおもちゃです」
「……え?」
「うん、このトカゲも同じですね」
持っていたネズミの体を潰すように掴みさらにトカゲの体も同じように掴んでみたのだが、明らかに中が空洞で手触りはゴムの感触だったのである。
その私の言葉を聞き、ダリアが恐る恐る近付いてきて震える手で私からネズミのおもちゃを受け取った。
「……本当ですね」
「多分、子供用のビックリおもちゃだと思いますよ」
「そう言えば……私の甥がこのようなおもちゃを持っていたのを思い出しました」
「そうなのですね。それにしても……私が寝る前にはこのような物無かったはずですけど……」
「はい。セシリア様が寝られる前にしっかりと私が確認致しましたが、このような物が隠されていた様子はありませんでした」
「では……私が寝ている間に誰かが……」
「っ! いますぐ衛兵に知らせてまいります!」
ダリアはそう言うと慌てて部屋から出ていこうとしたのだ。しかし私はそんなダリアの腕を掴み引き止めたのである。
「ちょっと待ってくださいダリア!」
「セシリア様、何故お止めになられるのですか!?」
「お願いします。今回の件、私とダリアだけの秘密にして頂けませんか?」
「え? どうしてですか?」
「少し私に思う所がありますので……」
「しかし!」
「ダリア、お願いします!」
私はダリアの腕を掴んだまま真剣な眼差しでダリアを見つめたのだ。するとダリアはそんな私を見て小さくため息を吐き、そして一つうなずいてくれた。
「……分かりました。セシリア様がそこまでおっしゃられるのでしたらそのように致します」
「ありがとうございます!」
「では、他の者に見付かる前にこれらを片付けますね」
「お願いします」
そうして私は手早く片付けてくれているダリアを見ながら、じっと考え事をしていたのである。
(……こんな事をしそうな人って……やっぱりあの人しかいないんだろうな)
私はそう頭の中で確信していたのだった。
あの寝室でのイタズラを皮切りに、私の身の回りで様々な事が起こりだしたのだ。
「セ、セシリア様! 大変です! 今日の舞踏会で着られるご予定でした新しいドレスが……ボロボロにされております!」
そう言ってダリアが無惨にも切り刻まれたドレスを私に見せてきた。
「……残念ですけどそれは使える部分を切り外して、別の用途で使用してあげてください。今日のドレスはあの黄色いドレスで構いませんから」
「え? あれは前に一度着られておられますが?」
「着たと言っても数ヶ月前ですよ。それにまだ一回しか着ていませんから」
「し、しかし……」
「私は全然気にしませんので大丈夫ですよ。それよりもダリア……これも内密にお願いしますね」
「……本当によろしいのですか?」
「ええ、構いません」
戸惑っているダリアに、私はにっこりと微笑んで見せたのだ。
さらに別の日では私が時々使用していた髪飾りが紛失し、それが中庭の池に浮いている所を発見されたのである。
さすがに今度は見付けてきたのが城の衛兵だったので、私はそこを散歩していた時に落としてしまったと説明し誤魔化したのだ。
そんな事が数日続き、さすがにダリアが心配そうな顔で私に話し掛けてきたのである。
「セシリア様……せめてカイゼル王子だけにもご相談されては如何ですか? きっとお力になって頂けると思いますよ? ……もし言いづらいのでしたら私がお話してきますが?」
「ううん。カイゼルに言わなくていいです。むしろ報告すると色々こじれそうですので……」
「こじれる、ですか?」
「ええ。とりあえず今回の事は私がなんとかしますので大丈夫ですよ」
困惑しているダリアに、安心させるように微笑んであげたのだ。
しかしそうは言ったものの具体的な解決策が浮かんでいるわけではなかったので、私はどうしたものかと考えながら城の廊下を一人で歩いていた。
するとその時、廊下の曲がり角からスッと足が出てきて私の足を引っ掛けようとしてきたのである。
「きゃぁ!」
さすがに考え事をしながら歩いていた私はその足を避ける事が出来ず、そのまま足を引っ掛けて倒れそうになってしまった。
だけど私は、咄嗟に足を前に大きく開き倒れないように踏ん張ったのである。
そのおかげで派手に転ぶ事は無かったが、大股で踏ん張ると言うちょっと情けない格好になってしまったのだった。
そんな私の耳に遠くに駆けていく足音が聞こえ私はその体勢のまま首を横に向けると、さきほど足が出してきた曲がり角の先で波打つ濃い紫色の髪が廊下の角に消えていくのが見えたのだ。
(……やっぱりあの人か。しかし、ネタが尽きてきたのか直接行動起こしてきたね)
私はもう見えなくなった廊下の先を見ながら苦笑いを浮かべていたのである。
「……お前は一体何をしているのだ?」
「え? ……ア、ヴェルヘルム!?」
突然後ろから声を掛けられ、私は驚きながら後ろを振り向くとそこには呆れた表情で私を見ているヴェルヘルムが立っていたのだ。
「こんな廊下で一人……そのような格好で何をしているのかと聞いているのだ」
「え? そのような格好って……」
ヴェルヘルムの言いたい事が分からず、困惑しながら自分の姿を確認しそしてその意味を悟った。
私はあの大股開きの体勢のまま動かないでいたのである。
(……確かに端から見たら、何をしているのだろうと奇妙に思うよね)
その事に気が付き、私は照れ笑いを浮かべながら慌てて足を閉じたのだ。
「こ、これはちょっとストレッチをしていまして……」
「こんな場所でか?」
「ふと歩いている時に、無性に足を伸ばしたいと思ってしまいましたので……」
私はそう言い訳をしながら笑って誤魔化していたのだが、ヴェルヘルムはずっと奇妙な目で私を見ていたのだった。
そうしてなんとかヴェルヘルムと別れた私は、再び廊下を一人で歩き考え出したのである。
(う~ん、さっきのあれは……間違いなくアンジェリカ姫だったよね。だったらやっぱり、今までの嫌がらせも全部アンジェリカ姫で間違いないだろうな~。まあ……あの時のアンジェリカ姫は相当怒っていたからね)
そう思いながら鬼の形相で私を見ていたアンジェリカ姫を思い出していたのだった。
(だけど……正直この状況はあまりよくないね。だってなんだかアンジェリカ姫の今の状況って、まるで悪役令嬢……いや悪役皇女そのものだから。そう考えると……最悪の事態が起こる可能性が高いんだよね。となると……あの人が何もしないわけがない。駄目だ! 早めに手を打たなければ)
私はそう思い立つと急いで目的の場所に向かって歩き出したのだ。
「セシリア! 貴女から私の部屋にきてくださるなんて珍しいですね。とても嬉しいですよ」
そう言ってカイゼルはにこにこと嬉しそうに私を部屋に迎え入れてくれた。
「急な訪問申し訳ありません。少しお話したいのですがよろしいでしょうか?」
「少しだなんて言わずにずっとでも私は構わないのですよ?」
「いや、それはさすがに無理ですので……」
「まあまあ、さあ座ってください」
私はカイゼルに促されて長椅子に座らされると、その隣にカイゼルも当然のように座ったのだ。
そしてカイゼルは侍女にお茶を用意させると、全員席を外させたのである。
「それで、私にお話とは?」
「……単刀直入にお聞きします。何か裏で動いていますか?」
「え?」
「カイゼルの事ですから……私の今の状況、知っていますよね?」
「……」
私はじっとカイゼルの目を見ながら問い掛けた。するとカイゼルは笑顔を消してじっと私を見てきたのだ。
そのカイゼルの様子から、私の考えが合っていた事が確信できたのだった。
「……ではセシリアが来られたのは、私に助けを求めにきたからですね」
「いえその逆です」
「え?」
「何もしないで頂きたいのです」
「な、何故!? 私の知る限りでは相当酷い事をされていますよね? ……あのアンジェリカ姫に」
「……確かに少し行きすぎた事もされていますが……それでも、そこまで大した事ではありませんので」
「しかし……」
「それよりも、私はカイゼルが暴走してアンジェリカ姫を貶めるような事をされないか心配しているのです。例えば……断罪、そして投獄。さらには処刑まで考えているのではと」
「……どうしてそれを……」
「やはりそうでしたか……お願いです! そんな事をしないで頂けませんか!」
考えていた通りの事をカイゼルが裏で動いていると知り、私は真剣な表情で訴えたのだ。
しかしカイゼルは首を縦に振ってくれなかったのである。
「カイゼル!」
「いくらセシリアの願いでもそれは聞けません」
「どうしてですか?」
「簡単な事です。私の愛しいセシリアに嫌がらせをしている事が、私には許せないからです!」
「カイゼル……」
すると突然カイゼルは私の方に体を向け、似非スマイルを浮かべながら私の両手を握ってきた。
「しかし……貴女が再び私の婚約者になってくださると言って頂ければ、私は何も致しませんよ」
「え? ……カイゼル、何を言っているのですか?」
「その言葉の通りです」
「言葉の通りですって……よく考えてください! 私は今、不本意ではありますがヴェルヘルムの婚約者なのですよ? それにカイゼルにもアンジェリカ姫と言う婚約者がいらっしゃるではありませんか!」
「そのような事、セシリアが『はい』と一言言ってくださるだけで私がどうとでも致しますよ」
そう言ってカイゼルはにっこりと微笑んできたのだが、なんだかその笑顔がとても黒いものに感じたのである。
そんなカイゼルを見て、私は本能的にここで『はい』と言ったら最後二度と逃げられないような予感がしたのだ。
「い、いいえ! 結構です!! アンジェリカ姫の件は自分でなんとか致しますので!!」
私はそう叫ぶと同時にカイゼルから自分の手を奪い返し、椅子から慌てて立ち上がると扉に向かって早足で歩き出した。
「セシリア!」
「失礼致します!」
後ろから私を呼び止めるカイゼルの声が聞こえたが、私は一切振り向かず素早く部屋から出ていったのだ。
しかし部屋を出た所でタイミング悪くアンジェリカ姫と出くわしてしまったのである。
「……貴女、何故カイゼル王子の部屋から出てこられたのかしら?」
「そ、それは……」
「カイゼル王子はわたくしの婚約者ですのよ! 目障りだわ! さっさと何処かに行ってちょうだい!!」
アンジェリカ姫は私に目くじらを立てながら怒鳴ってきたので、私は困った表情で頭をさげてからすぐさまその場を離れた。
だけど私が曲がり角を曲がるまで、私の背中にはアンジェリカ姫の鋭い視線がずっと突き刺さっていたのである。
そうしてカイゼルに自分でなんとかする宣言をしてから数日が経ったのだが……結局これといって解決する事が出来ず焦りがつのっていたのだ。
そんなある日、私が廊下を歩いているとそこにアンジェリカ姫が現れたのである。
「ちょっとお話がありますの。一緒にきてくださらないかしら?」
「お話、ですか? ……いいですよ。私もそろそろアンジェリカ姫と直接お話したいと思っていた所でしたので」
そう言って私はアンジェリカ姫と共にその場から移動したのだった。