巫女二人
ニーナと女性神官達の手によって、あっという間に私も白を基調とした巫女衣装に着替えさせられてしまった。
「うわぁぁ! セシリア様素敵です! すごく良くお似合いです!!」
「そう、ですか?」
「はい! まるで女神様みたいです!」
そう言いながら、ニーナは両手を合わせうっとりとした表情で私を見つめてきたのだ。
そんなニーナの様子に私は若干引いていると、その後ろに控えていた女性神官達がニーナの発言に同意するように何度も首を縦に強く振っていたのである。
(いやいや貴女達、さっきまであまり乗り気じゃなかったじゃないですか……)
私はその女性神官達を見て苦笑いを浮かべたのだった。
そうして私は嬉しそうにしているニーナと共に着替え室を出ると、待機していたヴェルヘルムが私に近付いてきたのだ。
しかし私を見つめたままヴェルヘルムはじっと黙ってしまったのである。
「……」
「な、何か言ってください……やっぱり私には似合わないですよね?」
するとヴェルヘルムは無言で私の被っていた真っ白いベールの裾を持ち上げ、そしてそこに口づけを落としたのだ。
「っ!!」
「……想像以上に良く似合っている」
「あ、ありがとうございます……」
「国の者にそれと同じような衣装も用意させよう」
「え?」
「俺のためだけに着てもらうつもりだ」
「なっ!?」
ヴェルヘルムの言葉に私は驚きの表情で固まってしまったのである。
そんな私の様子を見てヴェルヘルムはふっと楽しそうに笑ったのであった。
女性神官達の先導でニーナと共に儀式の間に入っていくと、すでにそこで待っていた神官達が私の姿を見てギョッとしたのである。
そして奥にある祭壇の前に立っていた司祭も目を見開いて驚いていたのだ。
(まあ……そんな反応にもなるよね。私も逆の立場なら同じ反応すると思うからさ)
その私を見て固まっている人達の様子に私は苦笑いを浮かべていると、その神官達の後ろでこの儀式を見学するために先に入っていたヴェルヘルムが、口角を上げて楽しそうに笑っている事に気が付いたのである。
その時私達を先導してくれていた女性神官達がさっと動き、まだ戸惑っている神官達や司祭に近付いてなにか小声で話し掛けていたのだ。
すると今度はその神官達や司祭から哀れんだような同情の眼差しを向けられてしまった。
その視線から察するにどうやら女性神官達がこの私の姿を説明してくれたようなのだが、これはこれでこの眼差しは辛いものがあったのである。
(もうなんとでも思ってくれて良いよ……)
私はガックリと肩を落としながらも、もう気にするのはやめようと思い直し、事前に説明されていた通りにニーナの手を取り司祭の前までエスコートしたのだ。
さながらバージンロードを歩いているようなこの状況に、私はなんとも言えない表情を浮かべつつ巫女衣装二人組の奇妙な組み合わせで儀式が進んだのであった。
そして最初は戸惑っていた司祭もすぐに仕事モードに切り替わり、儀式を難なくとりおこなっていたのである。
私の役目は『天空の乙女』であるニーナを司祭の下までエスコートするだけだったので、後はニーナの後方に下がってじっと儀式を眺めていた。
そうして特に問題も起こらず無事に儀式を終えようとしたその時、突如扉が開き慌ただしい声がこの儀式の間に響き渡ったのだ。
「まあ! ここが儀式の間ですのね! とても神秘的で素敵ですわ!」
「アンジェリカ姫! 勝手に入られては困ります!」
「あら? ここで天空の乙女の儀式がおこなわれているとおっしゃられたのはカイゼル王子ですわよ?」
「それは言いましたが、入って良いとは言っていませんよ」
そんなアンジェリカ姫とカイゼルの登場に私達は驚いていたのである。
「良いではありませんか。それよりも儀式はどうなっていますの? ……早くやってくれないかしら」
呆然とアンジェリカ姫を見ている神官達を見て少し不機嫌そうな顔をしだした。
するとそんなアンジェリカ姫にニーナが近付いていったのだ。
「アンジェリカ姫、申し訳ありませんが丁度今儀式が終わった所です」
「あらそうなの? でしたらもう一度やって頂こうかしら」
「……え?」
「何を呆けた顔をなさっているの? わたくしがやるように言っていますのよ?」
「アンジェリカ姫……無理な事を言わないで頂きたい」
「カイゼル王子、良いではありませんか。わたくしまだ見ておりませんのよ? ね? お願いしますわ」
そう言ってアンジェリカ姫は魅惑的な微笑みを浮かべてカイゼルを見たのである。
しかしカイゼルはと言うと、そんなアンジェリカ姫の微笑みにも動じず困った顔で首を横に振って断っていたのだ。
するとそんなアンジェリカ姫の下に呆れた表情のヴェルヘルムが近付いた。
「アンジェリカ、我儘を言うのではない」
「お、お兄様!?」
「ヴェルヘルム皇帝……どうして貴方がここにいらっしゃるのですか?」
「この儀式に興味があったのでな、勿論事前に許可を取ってここにいる」
「この儀式に興味? ……実はニーナの方に興味があったと言う事ではないのですか?」
「え!? お兄様、それは本当の事ですの!?」
カイゼルの言葉を聞いてアンジェリカは眉をつり上げながらヴェルヘルムに詰め寄ったのだ。
そして突然自分の事を言われたニーナは、困惑しながらカイゼルとヴェルヘルムを交互に見ていたのである。
さらにカイゼルは、なんだかしてやったりと言った表情をしていたのだ。
(あれ? そうだったんだ! なるほど、ヴェルヘルムがどうしてこの儀式の見学を申し出たのかと思っていたけど……ニーナが目的だったんだね。なんだ~それならそうと早く言って欲しかったな~)
そう私は一人満足そうにうなずいていると何故かヴェルヘルムが私の方をじっと見てきた。
「俺はこの儀式にニーナ嬢のパートナーとして参加するセシリアに興味があっただけだ」
ヴェルヘルムのその言葉を聞きカイゼルとアンジェリカ姫が一斉に私の方を見てきたのだ。
どうやらそれまで私の存在に気が付いていなかったようで、二人共目を見開いて驚いていたのである。
「あ、貴女! 一体なんて格好をなさっていますの!? 巫女と同じ衣装だなんて・・・なにを考えているの?」
そう言ってアンジェリカ姫は嫌悪感をあらわにして私の事を見ていた。
そんなアンジェリカ姫に、私はある意味ごもっともな意見だと思い苦笑いを浮かべるだけで答えられなかったのだ。
するとその横にいたカイゼルが何故かボーっとしながらふらふらと私に近付いてきたのである。
「……カイゼル?」
「……なんて美しいのでしょう。まるで女神のようです……ああ! 私のセシリア!!」
「なっ!?」
突然カイゼルは惚けた表情のまま私を抱きしめてきたのだ。
その突然の事に驚き私は激しく動揺するが、とりあえずカイゼルの腕から抜け出そうともがいた。
しかし想像以上にカイゼルの腕の力が強く全く抜け出す事が出来なかったのである。
「カ、カイゼル! 離してください!」
「嫌です! もう離したくありません」
「いやいや、落ち着いて下さい! と言いますか、場所を考えて下さい! 皆さんが見ていますよ!」
「私には貴女しか映っていません」
「他も映して下さい!!」
私はカイゼルの腕の中から必死に訴えたのだ。
その時そのカイゼルの腕をアンジェリカ姫が両手で掴み私を離させようとしだした。
「カイゼル王子! なにをなさっていますの! 婚約者はわたくしですわよ! わたくし以外の女を腕に抱くなど許しませんわ!!」
そう怒鳴りながらアンジェリカ姫は必死にカイゼルの腕を引っ張るが、全くびくともしなかったのである。
すると怒りの矛先が今度は私に向き目をつり上げながら私を睨み付けてきた。
「貴女もいつまでそこにいますの! 早く離れなさい! カイゼル王子はわたくしの婚約者ですわよ!!」
「いや、私も出来る事なら離れたいのですが……」
「離しません」
そんなカイゼルの言葉と共に私の頬に何か柔らかい物が触れたのだ。
「な、な、なんて事を!!」
驚愕の表情で見てくるアンジェリカ姫を気にする余裕もなく、頬に触れたカイゼルの唇の感触に一気に顔が熱くなった。
(ほ、ほっぺにキスされた!!)
まさかの出来事に私の頭の中は大パニックを起こしていたのである。
「っ! もうわたくし知りませんわ!!」
そうアンジェリカ姫は怒鳴ると怒りの形相のまま儀式の間から出ていってしまったのだ。
「カイゼル王子! 抜け駆けは禁止のはずですよ!」
「ああニーナ嬢、すみません。ですがこんな美しいセシリアを前に理性が抑えられなかったのです」
今度はニーナが怒りながらカイゼルに詰め寄ると、さすがに冷静になったカイゼルが謝罪の言葉をのべたのである。
しかしそれでもカイゼルは私を離そうとしてくれなかった。
「カイゼル、いい加減……」
「いい加減俺の婚約者を返してもらおうか」
私の言葉へ被せるようにヴェルヘルムが言うと同時に、後ろから腰に腕を回されそしてカイゼルから引き剥がされたのだ。
「ヴェルヘルム皇帝!」
「……なにか文句があるのか? むしろ今の状況を考えれば立場が悪くなるのはカイゼル王子の方だと思うが?」
「うっ!」
ヴェルヘルムに後ろから抱きしめられている格好なため、そのヴェルヘルムの表情を見る事が出来ないのだが、その声の感じからすると明らかにすごく怒っているのが伝わってきたのである。
(……なんでそんなにヴェルヘルムは怒っているのだろう? 婚約者と言っても私の条件が良かったから婚約者に選んだだけだろうし……)
何故ヴェルヘルムがそこまで怒っているのか分からず戸惑っていると、そのままヴェルヘルムに促されて歩かされた。
「ヴェルヘルム?」
「もう儀式は終わりだろう。戻るぞ」
「え? このような状態でですか!?」
「ああ」
有無を言わせないそのヴェルヘルムの様子に、私は諦め顔だけ振り返ってニーナ達に頭を下げて謝ったのである。
そうして私は何故か怒れるヴェルヘルムによって強制的に儀式の間から退出させられたのだ。
そして廊下に出て暫く無言で歩き私の部屋に向かっていたその時……。
「……セシリア」
「はい、なんで……っ!!」
ヴェルヘルムの呼び掛けに顔を向けようとして私は固まってしまったのである。
何故ならさきほどカイゼルにキスされた場所と同じ所に、ヴェルヘルムが身を屈めてキスをしてきたからだ。
「な、な、なん……」
「消毒だ」
その一言だけヴェルヘルムは言うと満足そうな顔で歩きだしてしまった。
そんなヴェルヘルムを驚愕の表情で見ながら、二人にキスされた頬を押さえて顔を熱くしその場で立ち止まっていたのである。
しかしその時、鬼の形相で物陰から私を見ていたアンジェリカ姫の姿が目に入ったのであった。