シスランの私室にて
お披露目パレードで例のちょっとしたトラブルはあったものの、それ以外は特に問題も起こらず無事に王城まで戻ってこれたのだ。
しかしその後噂で、街の一角に女性が男装して演劇を見せる場所が出来たと言う話を耳にしたのであった。
(・・・ちょっと観に行ってみたいかも)
そうして再びいつもの日常に戻ったある日、私は城内の廊下を一人で歩いていると廊下の曲がり角の先から話し声が聞こえてきたのである。
「・・・良いですな~父親が学術研究省の所長をされているとその息子も優遇されるようで」
私はその明らかに嫌な感じの言い方と『学術研究省所長の息子』と言う言葉が気になり、そっと壁際に身を寄せて曲がり角からその声がした方を覗き見たのだ。
するとそこには大臣の服を着た恰幅の良い中年の男性が、どう見ても悪意のある顔で向かいに立っている男性に話し掛けていた。
そしてその男性はこちらに背を向けてはいるが、その綺麗に整えられて一つに束ねている深緑の髪を見てそれがシスランである事が確認出来たのである。
「・・・何が言いたいんです?」
「いやなに、たかが伯爵の息子と言う身分なのに『天空の乙女の教育係り』に任命されたからね。ずっと不思議に思っていたのだよ。身分だけなら侯爵である私の息子の方が相応しいからな」
「・・・・」
「まあ確かに噂ではお前は昔、神童と呼ばれてはいたみたいだが・・・どうせあの父親が流した噂だろう。そもそもあのデミトリア伯が長年所長を務めているのも私はおかしいと思っているんだ」
「・・・父上は実力でその地位に就きました」
「ふん、それが怪しいと言っているんだ。何か不正でもしているんだろう。そんな奴の息子だ、お前も裏で何かしてカイゼル王子達に取り入ったのだろう?私は分かっているんだぞ?だからそれを黙っていてやる代わりに・・・」
そう言って大臣の男はニヤリと笑いシスランに何か取引を持ち出そうとしていたのだ。
(はぁ~!?何あの馬鹿大臣!!何の証拠も無く全部想像で言ってるのに何であんなに自信満々に言ってるのよ!!それに完全にシスランの事も見下してるし!!凄くムカつく!!!・・・だけどよくシスラン我慢・・・あ、いや駄目っぽい)
私にはシスランの背中しか見えてないが、その背中から漂ってくる只ならぬ気配に気が付いた。
しかし大臣の男はそんなシスランの様子に全く気が付いていないのかさらに悪い顔をして話し続けたのだ。
「カイゼル王子の婚約者のセシリア様を私の息子に会わせる手筈をしてくれ。実は私の息子がセシリア様の事を気に入っているんだがなかなかカイゼル王子が会わせてくれないのだ」
「・・・・・セシリアと会ってどうするんだ?セシリアはカイゼルの婚約者だぞ?」
「ふん、そんなの既成事実を作ってしまえばどうとでもなる!そうして既成事実さえ出来てしまえば私がセシリア様の不貞と言う事にして婚約破棄に持ち込み、代わりに傷心のカイゼル王子に私の娘で慰めそのまま娘をカイゼル王子の婚約者にしてやるのだ。そうすれば息子もセシリア様を手に入れられるし娘も将来の王妃!素晴らしい考えだろう?まあ安心しろ、お前にも甘い汁を吸わせてやるからな。どうだ?良い話だろう?」
「・・・・・・・・言いたいのはそれだけか?」
「は?」
「そもそも俺や父上は何も後ろめたい事などしてないからな。その時点であんたの言う事など俺には聞く義理など無い。しかし・・・馬鹿みたいにベラベラと自分の計画を話すとは・・・本当にこの国の政治に関わる大臣なのか?正直呆れる。まあでもそれに関しては俺にはどうでも良い。だが・・・セシリアを巻き込む事は許せんな。今の話全部カイゼルに話す事にしよう」
「なっ!?」
「あのカイゼルが今の話を聞いて何もしないわけ無いからな」
「き、貴様!!・・・いやだが、お前のようなまだ爵位も地位も得ていない若造と大臣をしている侯爵の私なら話の信憑性は私の方が上のはずだ!!」
「・・・では、カイゼルの婚約者である私が口添え致しましたら確実にシスランの方が上になりますね」
私はそう言ってにっこりと似非スマイルを浮かべながら二人の近くに歩いていった。
「なっ!?セシリア様!!」
「・・・セシリア、お前聞いていたのか?」
「盗み聞きみたいになってごめんなさい。でも・・・こんな所で堂々と悪巧みを話されていたからついつい聞いてしまったのですよ?」
そう言って呆れた表情をしているシスランから目を離しちらりと大臣の男を見て意味ありげに笑ったのだ。
「っ!!ち、違うのです!あの話は前からこの男に持ち掛けられていて・・・」
「そうでしょうか?私には今、貴方から持ち掛けていたように聞こえましたよ?確か貴方の御子息と私に既成事実を作らせるとか・・・」
「そ、それは・・・」
「・・・もう二度とシスランやデミトリア伯を貶めるような事を言われないと約束して頂けるのでしたら、今回の件は見逃してあげます。正直私はことを荒げたくはありませんので。如何でしょう?」
「・・・・・分かりました。もう二度と言わないと約束致します。ですのでカイゼル王子には言わないで頂きたい!」
「貴方が約束を守って下さっている間は約束致します。しかし約束を破られるような時は・・・私のお父様にも言いますからね」
「っ!!!絶対言いません!!!」
駄目押しとばかりにお父様の事を言うと、大臣の顔は一気に青ざめ何度も必死に頷いたのである。
(・・・お父様、どれだけお城では恐れられているんだろう?)
ただたんに宰相の地位であるお父様の事を言えば多少効果があるかと思ったのだが、どうも想像以上に仕事モードの時のお父様は怖いようだとこの時初めて知ったのであった。
「で、では私はこれで・・・」
「あ、そうそう一つ言い忘れていました」
「・・・一体何でしょう?」
「貴方の御息子には絶対会いませんので他を当たって下さいとお伝え下さい」
「・・・分かりました」
そうして大臣の男は慌ててこの場から去っていったのだ。
その後ろ姿を満足そうに眺めていると、すぐ近くから大きなため息が聞こえてきたのである。
「・・・何ですか?」
「セシリア・・・あんな場面で出てくるなよ」
「だって・・・どうしても我慢出来なかったんですもの!」
「もしあの大臣が逆上して襲ってきたらどうするつもりだったんだ?」
「う~ん・・・何も考えていなかったです!」
「お前な~!!」
「でも、あのままシスランが酷く言われるのを黙って聞いていられなかったし、それに・・・シスランなら私を守ってくれたでしょ?」
「っ!当たり前だ!!」
「ふふ、ありがとうございます。まあでも本当にそんな事が起こったら、シスランの腕力は期待してないから二人で全力で逃げたでしょうけどね」
「ふん、どうせずっと勉強しかしてないからな。他の奴みたいに力は無いさ・・・」
「でも他の方と違ってシスランには秀でた知力があるんだし私は凄い事だと思ってますよ!」
「・・・褒めても何も出んぞ」
そう言ってシスランは眼鏡を指で押し上げると少し恥ずかしそうにしながらそっぽを向いたのだ。
そんなシスランの様子を見て私はなんだかおかしくなり、口を手で押さえてクスクスと笑ってしまったのである。
「お前な~」
「ご、ごめんなさい。でも・・・本当に昔に比べたらシスラン他の方とも話せるようになりましたよね?まだ少し刺はあるけど・・・昔のシスランだったら話もせず無視して立ち去っていたでしょ?」
「まあな・・・これもセシリアのお陰だがな」
「私の?」
「お前がもっと他の奴とも話せと言ったからだ!それよりも・・・これから時間あるか?」
「え?特に急いでいる用事はありませんけど?」
「なら、俺の部屋に来るか?セシリアの好きそうなお菓子を知り合いに貰ったから・・・」
「行きます!!」
「即答かよ・・・・・・・・・・嬉しいような男として見られていないみたいで悲しいような・・・」
「シスラン何か言いました?」
「いや。じゃあ行くか」
何故か複雑そうな顔でぶつぶつと小さく呟いたシスランを不思議に見ながらも、私はシスランと一緒にシスランの部屋に向かったのであった。
シスランに促され私は初めて城に用意されているシスランの私室に入ったのだ。
「うわぁ~!本が一杯ありますね~!!!」
私はそう感嘆の声を上げながら部屋の壁一面に備え付けられびっしり本が入っている本棚を見回した。
「半分ぐらいは家から持ってきて残りの半分は学術研究省から借りてきたんだ。ああそこに座ってくれ、今お茶を用意する」
「あれ?シスランを世話してくれる侍女はいないの?」
「大体の事は自分で出来るし常にいられると勉学の邪魔だからな。必要な時だけ呼ぶようにしてあるんだ」
「なるほど、シスランらしいですね」
「じゃあ少し待っていてくれ」
「あ、私も手伝いましょうか?」
「いやいい。セシリアは客なんだ座って待っていてくれ」
シスランはそう言ってすぐに隣の部屋に行ってしまったのだ。
私は仕方がないと諦め、指示された長椅子に腰掛けシスランが戻って来るのを待った。
すると暫くして銀のお盆にケーキの乗った皿とポットとカップを乗せてシスランが戻ってきたのである。
そして私の前にお皿とカップを机の上に置くとそのカップにお茶を丁寧に注いでくれ、さらにシスランも自分の分を用意すると私の向かいの長椅子に座った。
「どうぞ召し上がれ」
「では頂きます。・・・美味しい!!」
「それは良かった」
「このケーキ、スポンジは軽くて食べやすいし生クリームもくどくなくて凄く私の好みの味です!!」
「そんなに気に入ったのなら、今度そのケーキをくれた知り合いにどこで買ったか聞いておくが?」
「よろしくお願いします!!だけど・・・このシスランが入れてくれた紅茶も凄く美味しいですよ!!いつも自分で入れているのですか?」
「ああ、わざわざ頼むのも面倒だし自分で入れている」
「・・・今度入れ方教えて下さい」
「そんな特別な事はしてないんだがな・・・まあべつにいいぞ」
「ありがとうございます!」
そうして私とシスランは美味しいケーキとお茶を飲みながら他愛のない会話を楽しんだのである。
しかしふとシスランが何かを考え込みじっと私を真剣な眼差しで見つめてきたのである。
「・・・セシリア、お前に聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事ですか?」
「お前・・・本当にこのままカイゼルと結婚するつもりがあるのか?」
「え?」
「どうも俺から見るとカイゼルとの結婚を考えているように見えないんだが・・・」
「そ、それは・・・」
シスランのその言葉に私は言葉を詰まらせ戸惑いを見せたのだ。
(確かに・・・シスランの言う通り私は何も考えていなかった。そもそも私はニーナとカイゼルがくっついた時は潔く身を引くつもりでいたんだよね。でもよくよく考えたら、ニーナが他の攻略対象とくっついて私が殺されないで済んだ場合は必然的にそのままカイゼルと結婚する事になるんだった。そうなると・・・将来王になる予定のカイゼルと結婚した私はもしかしなくても王妃!?私が王妃!?ヤバいそこまで考えていなかった・・・)
私はその事に漸く気が付き激しく動揺していると、いつの間にか隣に座ってきたシスランが膝の上に置いていた私の手にそっと自分の手を重ねてきた。
そのシスランの行動に驚きハッとシスランの顔を見ると、先程よりもさらに真剣な表情で私の事をじっと見つめていたのである。
「どうやらその顔は本当に考えていなかったんだな。だが・・・その様子だとカイゼルと結婚する事に抵抗があるんだろう?」
「っ!!」
「・・・それならカイゼルと結婚するの止めてしまえよ!」
「で、でもそれは・・・」
「俺、半年後に行われる学術研究省の採用試験に絶対合格してそこで確固たる地位に就いてみせる!」
「シスラン?」
何故か突然の決意を語りだし私の手をぎゅっと握ってきたシスランに私は戸惑い、なんだかよく分からないが落ち着かない気分になってきたのだ。
そしてシスランは私との距離を詰め熱い眼差しを私に向けてきたのである。
「そしたらその時に俺は・・・」
「すみませんシスラン様、少しお聞きしたい事が・・・」
何かシスランが言い掛けたその時、ノックと共にニーナが扉を開けて中に入ってきたのだ。
しかしニーナは何故かその扉の付近で私達を見つめながら固まってしまったのである。
私はそのニーナの様子を不思議に思っていたが、ハッと気が付き慌ててシスランの手から自分の手を離したのであった。
そしてすぐに椅子から立ち上がり、慌ててニーナに話し掛けたのだ。
「ニーナ!誤解しないでくださいね!私達お話していただけですから!!」
「セシリア様・・・」
「ああ!そんな悲しそうな顔をしないでください!!私ニーナとシスランの仲を邪魔するつもりは無いですからね!!」
「・・・え?」
「・・・は?セシリア一体何を?」
「これからせっかく二人っきりになる所なのにお邪魔虫がいたらいけないし、私これで失礼しますね!シスラン、ケーキとお茶御馳走様でした!」
「おい!セシリア何か勘違いしてるだろう!!いや、ちょっと待て!!」
「セシリア様!全然お邪魔じゃ無いですよ!!」
そんな二人の慌てた声を背に受けながら急いでシスランの私室から退出していったのであった。