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攻略対象者シスラン

 デミトリア先生の横で何故か不機嫌そうにしながら立っている銀縁眼鏡の男の子・・・シスラン・ライゼントは、もう一人の攻略対象者である。

 その見た目はやはりゲーム上で18歳の時の見た目からそのまま幼くした感じであったのだ。

 しかしデミトリア先生からシスランの事を前々から聞いてはいたが、私は今の段階では全く会う気など更々無かったのである。

 だからまさかこのタイミングで会う事になろうとは思ってもいなかったのだ。


(な、な、何でここに来たの!!!と言うか会いたいと言って会いに来たのはそっちなんだよね?だったら何でそんなに機嫌が悪そうなの!?)


 仏頂面でじっと私を見てくるシスランに私は戸惑っていたのだが、そこでハッと気が付き慌ててスカートの裾を摘まんで軽く会釈したのである。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。私、セシリア・デ・ハインツです」


 私はシスランが名乗ったのにまだ自分の名前を名乗って挨拶をしていない事に気が付いたのだ。

 しかしそんな私を見ても眉一つ動かさず、シスランはデミトリアの方に顔を向けた。


「父上、本当にこの女が父上が認めるほど凄い女なんですか?俺には到底そうは見えないんですが」

「シスラン!セシリア様の事をそんな風に言っては駄目だと何度も言ってるだろう!」

「しかし、俺にはどう見ても見た目が良いだけのただの馬鹿な貴族の女にしか見えないんですよ。多分父上の勘違いでは?」


 そう眉間に皺を寄せながらデミトリア先生に言っているシスランを見て、私は笑顔を顔に貼り付けたまま頬をひくつかせていたのである。


(おうおう、やっぱりこの年から初対面の人に対してズケズケと棘のある言い方するキャラだな~。多分この部屋の様子と貴族の令嬢ってだけで私を見下しているんだろうけど・・・さすがにグサグサ心に刺さるよ。まあゲーム上でも初対面のヒロインに対して棘のある言い方で冷たい態度を取ってたもんな~)


 そんな事を思い出していると、再びシスランは私に視線を戻しさらに眉間の皺が深くなった。


「やはりあのようなアホ面の女が俺と並ぶ程に秀才のわけがない。時間の無駄だった。正直勉学の時間を削ってまでわざわざ見に来る程の価値も無かったな」

「シスラン!」

「父上、せっかく頼んだのに申し訳ありませんがやはり俺は帰・・・」

「・・・しっかり確認もしないで人の事を見た目だけで馬鹿呼ばわりするのは如何なものかと思いますが?そう言う貴方こそ本当に神童と呼ばれる程凄いのですか?」

「・・・なんだと?」


 私はあまりにもの言われように段々腹が立ち、額に青筋を浮かばせながらにっこりと微笑んでシスランに言ってやったのだ。

 するとシスランは私の言葉を聞いて険しい表情で私を睨み付けてきたのである。


「私も前から貴方の噂やデミトリア先生からの話を聞いてはいましたが、実際お会いして・・・そんな凄いと言われるような方には到底見えませんけど?」

「お前のようなただ着飾るだけにしか興味の無い貴族の女が俺の事を馬鹿にする事は許さない!」

「あらら、人を見た目だけで判断するような貴方を馬鹿にして何が悪いのですか?」


 私はそう言って口元に手を当ててシスランを馬鹿にするような眼差しを向けたのだ。


「お前!!」

「私はお前ではありません。セシリアと言う名です。先程名乗りましたのにもう忘れたのですか?それほど馬鹿なのですか?」


 そう言ってやった私の言葉に、シスランは歯軋りをさせながらこちらをさらに睨み付けてきたのである。

 しかし私はさすがにその様子を見て冷静になり言い過ぎたかもと思っていたのだが、もうここまでくると後に引けなくなってしまった。


(・・・あれ?よくよく思い出してみたらさっきシスラン帰るとか言いかけていなかったっけ?・・・しまった!みすみす帰ってもらうチャンスを逃してた!!でも、ああも馬鹿にされたらさすがの私も我慢出来なかったんだよね!!)


 そうして私達の間に見えない火花が散っていると、その間にデミトリア先生が困った表情で仲裁に入ってきたのだ。


「まあまあ二人とも落ち着きなさい。シスラン、そんなにセシリア様の実力を疑うのなら二人でテストを受けてみないか?」

「テストを?・・・父上がそう言うのでしたら俺は構わないですが、父上が出されるテストにそこの馬鹿女が解けるとは到底思えないですけどね」

「・・・私も構いませんよ。ただもし私がシスラン・・・貴方の事呼び捨てでも構いませんよね?に勝っていると証明出来たら私の事は名前で呼んで謝って下さいね!」

「・・・良いだろう。万が一にもあり得ないがな。だがもし証明できなかったら・・・今後一切父上に家庭教師を頼むのは止めてもらおう」

「え?」

「父上はお忙しい身なのに、お前の家庭教師までやっているから俺の勉強まで見てもらえる時間が無いんだ!」

「・・・・・ああ、お父様を取られたくないと言う嫉妬ですか」

「なっ!違!!」


 私の言葉にシスランは顔を赤くして否定してきたが、その様子を見てやはりそうだと確信したのである。


(そう言えばシスランはデミトリア先生と同じ王宮学術研究省を目指しているんだったよね。なるほどただ勉学が好きだから目指しているのだと思っていたけど、どうやら憧れているお父様と同じ職場に就きたいんだ)


 そう気が付くとその可愛らしい理由に思わず微笑ましい気持ちになってシスランを見たのだ。


「・・・その目を止めろ」


 シスランはそんな私の視線に居心地悪そうにしながらそっぽを向いてしまったのである。

 そうして私達は新たに用意してもらった机にそれぞれ着席し、デミトリア先生が急遽用意してくれたテストを受ける事になったのだ。


「俺の答え見るなよ」

「・・・こんなに机が離れているのに見えませんよ」


 私はそう呆れた声で答えていると、デミトリア先生の苦笑混じりの開始の合図でテストが始まった。










 それから数分後、終了の時間になったので私達はそれぞれ答案用紙をデミトリア先生に渡しじっと採点を待っていたのである。

 そうして採点を終えたデミトリア先生はとても楽しそうな笑顔で私達の前に立ったのだ。


「お二人共よく勉強されているね。とても素晴らしい成績だよ。だけどシスラン・・・前にも言ったと思うが、ここの王国の歴史の部分にミスがあったぞ」

「え?」

「年式を間違えて覚えてしまっているからちゃんと覚え直すように言っただろう?」


 そう言ってデミトリア先生は答案用紙をシスランに見せ、その間違っていた部分を指で指し示した。

 シスランはその部分をじっと見て、すぐにあっと気が付きとても悔しそうな顔をしたのだ。


「しまった・・・」

「まあ今度は気を付けるように」

「・・・はい」

「だけどそれ以外は完璧だったよ」

「・・・今度は全て完璧にします!まあそれでもこの成績なら俺より優れているとは証明出来ないな。ふっ、残念だったな」


 そう言ってシスランは勝ち誇った顔を私に向けてきたが、私はそれを無視してじっとデミトリア先生を見ていた。


「・・・シスラン、残念だったのはお前だよ」

「え?」

「セシリア様、素晴らしいです!完璧な答えで全問正解ですよ!」

「ありがとうございます」

「なっ!?」


 デミトリア先生が私達に見せるように私の答案用紙を掲げ持つと、そこには全ての答えに丸が印されていたのだ。


「そ、そんな馬鹿な・・・」

「シスラン、残念だったですね」

「っ!」


 私がニヤリと笑いながら言うとシスランはとても悔しそうにし、さっとデミトリア先生から私の答案用紙を奪ってじっと見た。


(・・・そもそもテスト内容は私が前世で学生の頃習っていた日本語や漢字、さらに数学とそんな難しい問題では無かったんだよな~。まあ確かにこの世界専用の問題で王国の歴史とかもあったけど・・・デミトリア先生の分かりやすい授業と前世で『悠久の時を貴女と共に』のゲームと同時に出た公式の設定資料集を何度も熟読したおかげなんだよね。しかしあの設定資料集・・・ゲームと同時に発売した物だったから攻略情報は載ってなかったんだけど、ゲームの色々な設定が事細かく書かれていて読んでいて面白かったな~)


 そんな事を思い出していると、シスランが愕然とした表情で答案用紙から私の方に視線を向けたのである。


「信じられない。馬鹿な女だと思っていたやつに俺が劣るなんて・・・」

「世の中にはそんな人沢山いますよ」

「・・・・」

「一人で籠って勉強ばかりして外に目を向けないから知らないだけで、シスランが思っている以上に優秀な人は沢山いるしその人達は様々な人と付き合って知識を増やしていくから、どう頑張っても今のシスランのままでは追い付けませんよ」

「今の俺のままでは・・・」

「だからこれからは勉学だけではなく、もっと人と付き合う事も覚えた方がいいですよ!それにはまず・・・」

「なんだ?」

「はい!証明したので謝って下さい!」

「うっ・・・・・馬鹿な女と言って済まなかった」

「名前は?」

「っ!・・・・・・・・セシリア、様」

「あ、もうセシリアで良いですよ」

「・・・セシリア」

「はい、良くできました!」

「っ!!」


 私はにっこりと微笑みシスランを褒めてあげたのだ。

 すると何故かシスランは私の顔を見て固まり、そしてみるみるうちに顔が真っ赤に染まってしまった。


「・・・シスランどうかしたんですか?」

「い、いやなんでもない!!」

「そうですか?でも顔が赤いような・・・」

「き、気のせいだ!それよりも・・・また来て一緒に勉強して良いか?」

「え?」

「セシリアが言っただろう、もっと他の人と付き合えと」

「ま、まあ言いましたけど・・・それは別の方の事で・・・」

「俺はまだすぐに他の奴と付き合える自信が無いから・・・セシリアに付き合って欲しいんだ」

「え、しかし・・・」

「自分で言った責任はしっかり取らないと駄目だと思うが?」

「うっ・・・分かりました」

「と言うわけですので父上、俺がセシリアと一緒に勉強するの許してもらえませんか?」

「・・・まあ良いでしょう。しかしあのシスランが積極的に人と付き合おうとするなんて・・・今日は連れてきて本当に良かった。セシリア様ありがとうございます」

「い、いえ・・・」


 私としては連れてきてもらって良くなかったのだが、こんな嬉しそうにしているシスランを目の前にしてそんな事が言えるわけもなく、頬を引き攣らせながら笑っていたのである。

 そうしてその日はデミトリア先生と一緒にシスランは帰って行ったのだが、次の日デミトリア先生の授業が無いのにシスランが一人でやって来たのだ。


「・・・本当に来たんですね」

「そう言っただろう。さあさっそく勉強しよう。あ、これ俺のお薦めの書物を色々持ってきたんだ」


 そう言ってシスランは机の上にドサリと何冊かの本を置いた。

 私はそれを呆れながら見つつとりあえず置かれた本を一冊手に取って中をパラパラ捲ったのだ。


「・・・これなかなか面白いですね」

「そうだろう?きっと気に入ると思ったんだ」


 シスランが持ってきた本は設定資料集では書かれていなかったさらに詳しいこの世界の事が書かれていて、『悠久の時を貴女と共に』の大ファンだった私としては大いに興味が惹かれたのである。

 そうして私はウキウキした気持ちで長椅子に座りその本を読んでいると、いつの間にかシスランも私の隣に座って一冊の本を読んでいたのだ。


(・・・向かいにも椅子があるのに何で隣に座るんだろう?確かに子供の私達なら余裕で座れるけど・・・一人で座った方が広々と使えて楽だと思うんだけど?)


 私はそう不思議に思いながらもまあわざわざ言うほどではないと気にしない事にした。

 そうして私とシスランは静かに読書タイムを楽しんでいたのだが、その時突然大きな音を立てて扉が開き荒々しい靴音を立てながら誰かが入ってきたのだ。

 私はその音に驚き慌てて椅子から立ち上がって振り返ると、そこには何故かとても険しい表情をしたカイゼル王子が立っていたのだ。


「カイゼル王子どうかしたのですか!?」


 しかし私の問い掛けにカイゼル王子は答えず、鋭い眼差しを私の横で立っているシスランに向けながらこちらに向かって歩いてきた。


「・・・貴方は確かシスラン・ライゼントですね。何故貴方がここに?基本的に誰とも関わろうとはせず一人でいる事が多い貴方がどうしてセシリアの隣に座っていたのですか?」

「・・・俺はここで一緒に勉強していたんだ。それよりもカイゼル王子、貴方こそどうしてここに?」

「貴方がセシリアと勉強?・・・私はセシリアの婚約者です。婚約者に会いに来て何かおかしな事でも?」

「・・・ちっ、そう言えばそうだったな」

「とりあえず・・・セシリアから離れて頂きましょうか」


 そうカイゼル王子は言うとこの状況に困惑している私の腰を後ろから抱きしめシスランから無理やり離されたのだ。


「ちょっ、カイゼル王子離して下さい!」

「駄目です。そもそも貴女も悪いのですよ?私と言う婚約者がいるのに別の男と二人っきりになるなんて・・・」

「二人っきりって・・・ただシスランとは一緒に勉強していただけですよ?」

「・・・『シスラン』?」

「カイゼル王子、セシリアが嫌がっているだろう!」

「・・・『セシリア』?・・・何故貴女達は名前で呼び合っているのですか?」

「え?どうしてと言われましても・・・自然にそうなっただけとしか言いようがないのですが・・・」


 何故カイゼル王子がそんな事を気にするのか分からず戸惑っていると、私を抱きしめてくる腕の力が強くなった。


「カ、カイゼル王子!?ちょっと苦しいです!」

「セシリア・・・私の事も名前で呼んで下さい」

「へっ?いや名前で呼んでますよ?」

「・・・王子は要らないです」

「さすがにそれは・・・」

「セシリア」

「っ!・・・カイゼル」


 渋々私が名前を呼ぶとカイゼル王子・・・カイゼルがとても嬉しそうな笑顔になったのである。


(何でそんなに名前で呼んだだけで喜ぶんだろう?)


 そう不思議に思っていると突然私の腕がシスランに引かれ緩んでいたカイゼルの拘束から抜け出したのだ。

 そしてそのまま私はシスランの背中に隠されるように移動させられた。


「シスラン?」

「・・・カイゼル王子、俺は貴方とセシリアの婚約は認めない」

「・・・シスランに認めてもらわなくても私は一向に構わないですよ。ただこれは決定事項ですので貴方如きでは覆せませんから。それよりもセシリアを返しなさい」


 カイゼルはとても不機嫌そうな顔でシスランの後ろにいた私の腕を掴んで引っ張ったのだが、その反対の腕をシスランが掴み私を引き止めたのだ。

 結局私はそのまま何故か両方の腕をそれぞれに掴まれている格好になってしまったのである。


(な、なんだこの状況は!?)


 そうしてこのよく分からない状況に狼狽えている私の頭上で、どうしてかカイゼルとシスランがお互いを睨み合って火花を散らしていたのであった。

次回はシスランの心情編の予定です。

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