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Part7

 

「行くぜ────」

 エヴァンの決意に満ちた声と共にその肉体は変化する。

 クロセストで半ば構築された肉体がその本領を発揮。

 マキニアン、本来の能力を引き出すべく全身が強化されていく。


「アルジェント──」

 プロフェッサーの声で銀色のメメント、アルジェントがしかける。

 その全身を覆う銀色のクロセストが変化。瞬時に右腕と一体化したかのような無数の銃身を持つ回転式機関銃ガトリングガンへ。

 その無数の銃身がエヴァンへと向けられるや否や回転を始め、凄まじい音と共に火花を吹く。


「う、おっと」

 エヴァンはそれを横へ飛び退き回避。そうしながら横目で、今まで自分のいたであろう場所が一瞬にして穴だらけになるのを見る。

「ア、アアアアアアア」

 だがガトリングガンは止まらない。回避したエヴァンを追うようにして凄まじいまでの銃撃を続けていく。エヴァンもそれを躱しつつ、少しずつほんの少しずつ間合いを詰めていく。

「うむ、いい。流石マキニアン。その反射神経、運動性能共に実に素晴らしい」

「アンタに言われるとマジで気持ち悪いなッッッ」

 迫る弾丸を鉄甲状に変化させた腕、”イフリート”で弾く。

 炎の魔神の名を冠するその腕からは文字通り炎が溢れ出し迫る弾丸を弾き、溶かす。


「ううむ、それが君の武器か。こうして目にするとやはり興奮してしまうねぇ」

 ジトリ、としたプロフェッサーの視線はまるで獲物を前にした蛇のよう。

(この人は狂ってる)

 アルはそうハッキリと理解する。この人物には説得は通じないのだと。

 三カ月前、自分を攫った白い少年にも通じる狂気が、ありありと目に宿っているのだから。


「ア、アアアアアアアコロスぅ」

 そして耳を澄ませば銀色のメメントからは微かだが人の声が聞こえる。凄まじい銃撃でよく聞こえはしないが、獣のような雄叫びの中に、だが間違いなく人間の声がする。


「このメメント……もしかして」

「ふむ、いい勘をしているね。そうだ、としたらどうだね?」

「人間を使ってる、の?」

「そうだとも。あのアルジェントは特注品でね。端的に言えばメメントとクロセロトに人間の複合体なのだよ。いやぁなかなかに苦心したものだよ。何せ……」

「ふざけないで! 人を何だと思ってるんですか?」

「ふはは、そんなのは決まってるじゃないかね──だよ」



 ◆



 ガガガガッガガ、という轟音は止まる事無く続く。

 まるで削岩機のような勢いで放たれた弾丸はあらゆるモノを削り取り、抉り出していく。

 だがエヴァンはその嵐のように降り注がれる全ての弾丸を躱し続ける。


「確かにさ、面食らったぜ最初はよー」

 まさか、だった。メメントが武装、それもよりにもよってクロセストを自在に扱うなんて事など想像だに出来なかった。

 だがこうも銃撃され続ければエヴァンも慣れてくる。

「だけどさ要はだぜ。お前は銃を装備したメメント、って思えばいいって事だからよっっ」

 銃撃を回避しながらエヴァンは冷静に状況を見極めるべく相手を観察する。

 いつもならば、敵の観察といった事は氷剣遣いの彼の相棒の役回り。

(だけど今は俺しかいねぇ。だから柄じゃないって分かってっけど)

 普通であれば躱し切れないような銃撃であっても常人ならざる身体能力を、マキニアン本来のスペックを如何なく発揮した今の彼であれば躱す事は可能。

 どう見ても直撃するはずの弾丸の雨を素早いステップと方向転換で避け、アクロバティックに身を回転させ、そしてそれでも回避困難であれば直接イフリートで防ぐ。

「へっへ、大分慣れてきたぜお前の攻撃──」

 そして弾丸の雨をかいくぐって懐へ踏み込む。そして炎に包まれた拳を叩き込む──のだが。

 拳は届かない。

 アルジェントはその燃え盛る拳を容易く左手でキャッチ。

「う、おっ」

 そのまま軽々とエヴァンを持ち上げ──そのまま力任せに叩き付ける。

「ぐ、つっ」

 如何に身体能力が高まっていても、強烈な衝撃はこたえる。受け身は取ったが、それでも全身に電流でも通ったような痛みが走る。

「────アアア」

 アルジェントはなおもエヴァンを持ち上げる。

「させねっっ」

 だがエヴァンもまたこの時を待っていた。胸元を掴んでいる左手を左右の腕で挟み込む。

「ん、ぐっがあああああああ」

 声をあげながら全筋力を集中させ…………ベキ、という鈍い音を立てて丸太のような相手の手をへし折る。アルジェントもたまらずエヴァンから手を離す。

「へ、まだまだっっっ」

 そして自由になったエヴァンは素早く両足を相手の首へと絡め、自分の身体を後方へ捻りながら一気に倒す。プロレスでいう所のフランケンシュタイナーで三メートルはあろう巨体を強引に引き倒す。例えるなら地面に深く根を張った木を引き抜く、といった所だろうか。


「ふう、やっぱ肉弾戦なら何とかなる、かもな」


 アルジェントはガン、鈍い音を立て、鉄製の床に叩き付けられている。

 もろに頭頂部から激突しており、普通なら間違いなく脳挫傷、死に至るほどの重傷なのだが。

「とは言っても、基本的にはメメントだものな」

 銀色のメメントは何事もなかったかのようにすぐに立ち上がってみせる。

「やっぱし、倒すにゃコイツを何とか叩き込むしかねぇよな」

 燃え盛る拳を一瞥、相手へと視線を飛ばす。

 そう、メメントに対して通常の攻撃は決定的な効果を持たない。不死身と思われる程に異常なまでの再生能力を持つメメントを確実に倒せるのはクロセスト──この場に於いてはイフリートのみ。

 だが目の前にいる銀色のメメントを倒すのは現状では困難。

 何故なら相手もまた、クロセストを備えているのだから。

(一体どうやって使ってるのかサッパリだけど………)

 本来なら、相棒のレジーニであればあの氷剣から発する冷気の如く冷静に敵を観察、分析して今頃は結論を導き出せるのかも知れない。

「だけど俺は俺だ、あいつじゃねぇものな!」

 激しく燃え盛る炎とは裏腹に冷静に、エヴァンは相手に応じていく。

 アルジェントの銃撃はなおも続く。

 恐らくは既に数千発は撃ったであろうか。

 エヴァンもまた無傷、とはいかず何発かの弾丸が手足、肩をかすめ抉っていた。

 着ているシャツが血に染まっていくのだが、当の本人は気にする様子もなく平然とした面持ちで向かっていく。その理由はマキニアン特有の回復力。体内を流れるナノマシンの影響でエヴァンは常人を凌駕した生命力を持っており、多少の傷ならば数分も経たずに回復する。既に出血は止まっており、このまま放っておいても傷は塞がる。それを分かっているからこそエヴァンは躊躇なく相手へと向かっていける。


「──ガアアアアッッッッ」

 うなり声をあげつつ、銀色のメメントは自由な左腕で迫ってくる相手へ殴りつける。

「甘ぇよ」

 だが、エヴァンはその攻撃を容易く躱す。日頃から近接戦闘をしている金髪ピアスの青年からすればこの程度の打撃は脅威とならない。威力はあるだろうが当たらなければ意味はない。

「らあっ」

 隙だらけの胴へ燃え盛る右拳、イフリートを叩き込む。

(前は手で受け止めたかが今度はどうよ?)

 その隙を生じさせる為の接近だった。狙い通りにイフリートは相手の胴へ吸い込まれるように叩き込まれる。

 だが、通じない。

「クソ、ダメか」

 アルジェントの銀色のクロセストの一部がまるでグローブのように変化。イフリートを、燃え盛る炎の塊を包み込むように受け止めている。

 しかも、銀色のクロセストは炎をものともしないのか逆に飲み込んでいく。

「やべっ」

 このままでは拳どころか腕ごとなくなる、そう判断したエヴァンは咄嗟に相手へと足を蹴り出す。その反動を利用して拳を抜くと床を転がって間合いを一旦外す。

「ふぅ、あっぶねぇあっぶねぇ」

 軽口とは裏腹にエヴァンは焦りを覚え始める。

 銀色のクロセストは単なる武器としてではなく盾の機能まで持っている。

 しかもイフリートの炎が通じない程の防御性能を保持している。

(これじゃ手詰まりだ。どうすればいい)

 そしてそんなにエヴァンの焦燥感になどアルジェントは関心など持たない。

 距離を取った事で再度そのガトリングガンでの攻撃を再開する。

「ち、またかよ」

 迫る銃撃を毒づきながら回避していく。

「ふはは、どうしたかね。エヴァン・ファブレル君。逃げてばかりではいずれ限界が来てしまうよ?」

 プロフェッサーの嘲笑う声に苛立ちを覚えつつも、だが反論は出来ない。

 実際、このままでは埒があかない。

(にしても妙だ、何で?)

 エヴァンにはある疑念が浮かんでいた。



「……どうしていつまでも撃ち続ける事が出来るの?」

 そのアルの疑問は至極当然のもの。

 あのクロセストから放たれているのは銃弾。地面に無数にころがっているソレへと視線を向けると、その形状こそ歪ではあるのだが紛れもなく鉄で作られたモノらしい。

 つまりは銃身そのものはクロセストではあるのだが、発している弾は鉄を用いている事が分かる。ただ問題がある。

(一体どうやってそれだけの鉄を確保してるの?)

 するとアルの疑念に気付いたのかプロフェッサーが訊ねる。

「どうしたねアルフォンス・メルレイン。アルジェントの銃撃がいつまでも終わらないのが不思議かねぇ?」

「──!」

「まぁ君の懸念はもっともだ。あのガトリングガンの機構はクロセストそのものだが、吐き出す弾丸は紛れもなく鉄性の弾丸。無限に撃てるはずがない、いやいや確かに確かにだ。

 だがねぇ、そんなのは資源・・さえあれば事足りる話なのだ。分からないかねぇ、鉄分を補充すればいいだけなのだよ、人間のね」

 プロフェッサーはニタリと口角を釣り上げて笑う。悪意に満ち満ちたその笑みを見てアルは目の前にいる人物が人としての倫理観モラルなどとっくに捨て去っているのだと実感させられた。



「く、しっつこいぜいいかげんっっ!」

 エヴァンを襲う銃撃は止む気配もなく、ひたすらに続く。

 数えて等いないものの、壁やら床には抉れたような傷が無数に残っており、既に数千発は撃ってきたように思える。

 まさしく銃弾の雨霰の中を駆け抜けた格好のエヴァンもまた無傷ではなく、全身からは血を滴らせている。無数の傷は深手ではなく、マキニアンに備わった回復能力により既に塞がりつつはあるのだが、疲労までは回復せず徐々蓄積していく。

「───ギュガアアアアアアアア」

 一方の相手である銀色のアルジェントにはそうした様子は一切見受けられない。

 もっとも通常の生き物、という区分から大きく外れた存在にはそういった概念がないのかも知れないのだが。

 まさしく獣のような唸り声をあげつつ、だが攻撃自体は本能任せ、ではなく理性的に見えるのはこのメメントが第三者たるあのプロフェッサーによって改造されたからだろうか。


 エヴァンもまたここまでに幾度となく攻撃を叩き込んではいる。

 相手の銃撃を躱しながら間合いを詰め、燃え盛る左右の拳──イフリートを直撃させている。

 腹部に、胸部に、そして喉元へ。

 いずれも相応の速度にタイミングで命中しており、どれも通常のメメントであれば既に勝負は決しているはずなのだが…………。


「くっそ、またかよ」

 苛立ちを覚え、思わず舌打ちを打つ。

 銀色のクロセストがイフリートの一撃を弾く。

 踏み込みながらのまるで矢のような鋭いストレートを受け流す。

 これでここまで全ての攻撃を防がれた格好となる。

 銀色のクロセストの防御反応は完璧だった。

 ある時は盾のように変化し、ある時はグローブ状に、またある時は今の篭手のように変化して攻撃を受け止め、弾き、流していく。

(攻撃と同時に防御までするとか、反則もいいとこだろコレ。だけど──)

 そんな事を考えていると目の前に巨大な腕が襲いかかってくる。

「うおっ」

 とっさに顔を下げて躱しながら、身体をしゃがみ込ませて足払いを放つ。

 足払いはアルジェントに命中、ぐらりと姿勢を崩す事に成功し、エヴァンは追い打ちの足払いで残った足を刈り取り、アルジェントを後ろへ倒す。

(やっぱりだ。分かってきた。コイツの防御はあくまでもクロセストに対してだけだ。それ以外の例えば足技とかには防御してこない)

 付け入るべき隙を作るのであればクロセストを用いない攻撃、という事に気付く。

 だが、その思惑は。


「アルジェント、いつまで遊んでいるのだね。イゴール、加勢したまえ」


 プロフェッサーの指示により動き出した巨漢、イゴールの介入によって脆くも崩れ去る。

「う、おっ!」

 突然の乱入者からの攻撃は信じ難い速度での体当たりから始まる。

 アルジェントによる銃撃の嵐をかいくぐって反撃の暇を探ろうと考えていたエヴァンは、背後から迫るイゴールを前に反応が一歩遅れる。

「ぐあっっ」

 まるで車と正面衝突でもしたかのような衝撃を受けたエヴァンの身体はあっさりと吹き飛ぶ。

 辛うじて受け身を取れたものの、イゴールはエヴァンに休む時間を与えない。

 またも信じ難い速度で間合いを詰めるとエヴァンの顔位はあるのではないか、という左右の拳を握り締めてフック、アッパー、ボディへとパンチを続々と繰り出していく。

「く、っそ何だよコイツ!」

 エヴァンはそれらの攻撃を捌きながら、一方でお構いなしに続く銃撃にも気を付けねばならない状況に追い込まれる。

 ガトリングガンの方が危険、そう判断するのが普通であり、エヴァンは意識をそちらに向けるのだが。

「おやおやイゴールを侮ってもらっては困るねぇ」

 プロフェッサーはニヤリとその神経質そうな表情を歪める。

「く、っあ────!」

 エヴァンが呻く。

 メキョ、という嫌な感触は脇腹にイゴールと呼ばれた巨人の拳がめり込んだ証左。

 全身がナノギアと化したマキニアンの肉体は常人よりもスペックは高い。それは耐久力、つまりは防御力とて同様なのだが、イゴールの拳はそのエヴァンの肉体にダメージを与える。具体的に説明すれば肋骨を砕いた。

「な、んだとっっ」

 エヴァンはゴロゴロとその場から転がってイゴール、そしてアルジェントからの銃撃を何とか躱すものの、表情には明らかな焦りの色が濃くなっている。

(マジかよ? 後ろへ飛び退いてこれか──!)

 銃撃を躱す為の行為だったその動きがなければ、間違いなく今の一撃で自分が戦闘不能になっていた事を理解し、思わず笑う。

「おやおや? 気でも狂ったかね? だが致し方あるまい。そこなイゴールはこの私が手ずから改良・・を施した強化人間・・・・なのだからね」

「──!」

「おお、勘違いするな。イゴールはマキニアンではない。当然ながらナノマシンも投与されてもいない。ただ、身体機能の大半を機械化サイボーグしただけの存在だよ。

 目的はマキニアン対策だよ。アルジェントの銃撃を見て近接戦闘を試みる君のような者を叩き潰す。それがイゴールの役割なのだ。で、どうするねエヴァン・ファブレル君?」

「く、!!」

 くっはっは、というその高笑いは最早エヴァンの耳には入らない。

 イゴールが接近。その巨大かつ強力無比な拳を振り上げる。


「ちっくしょ──」

 状況は確実にエヴァンにとって悪くなっていく。

 ただでさえあの銀色のメメント、アルジェントの銃撃を躱しながらその防御を如何にして突破すべきか、未だ答えが浮かばない。

 その上で目の前でその拳を、蹴りを放つイゴールという名のサイボーグによる攻撃。

 イゴールはマキニアンでもなければメメントでもない。

 しかしその攻撃力は、この場にいる誰よりも上に見える。

「く、きっ」

 何とか頬を掠めるだけで済ませた拳が船体の壁に突き刺さる。

 メキャメキャ、と金属のひしゃげる音はその威力がまともに受ければ容易く骨を砕き、肉を潰せる証左。

「はっはっは。どうやら手も足も出ないようだねぇ。そうだ、君に勝ち目など有り得ない。大人しく確保されるがいい。そしてこの私の為に役立ってもらうよ」

 プロフェッサーは狂気じみた笑みを浮かべる。正気だとは到底思えない表情を間近にし、アルは訊ねる。

「何でマキニアンに、エヴァンにこだわるの。だって、マキニアンなら他にも……」

 それが如何に最低な考えなのか、彼女自身が分かっている。普段であればそんな言葉が口をつくなど有り得ない。

 だが今。彼女の目の前では自分が愛する青年が窮地に陥っている。ただでさえ厄介な特性を持つメメントに、圧倒的な攻撃力を持つサイボーグによる猛撃を前に、エヴァンは反撃すらおぼつかずにただ傷を深めていく。耐えられなかった。無力な自分に耐えられなかった。もう目の前で彼が傷付くのを見ていられなかった。

「そうだねぇ。確かに本来ならばマキニアンなら誰でも良かったのだよ」

「──!」

「だが残念だ。私は彼という最上の供物を見つけてしまった。他のマキニアンとは一線を画した存在。入手した資料を見てもだ、未だに全貌を把握出来ない謎のマキニアン。この私が解析してもなお分からないのだよ。実に興味深いし、是非とも欲しいのだ。この私のこれからの為にね」

「これからの為?」

 アルは不意に気付く。プロフェッサー、と呼ばれる男の悦に入った表情と口上から滲み出る異様な執着心を。それは単に研究の為、だとかそういった好奇心とは違うように思える。

「あなたの目的は何なんですか?」

 だからそう訊ねる。今、この狂気じみた研究者は自分に酔っている、そう見えたから。

 するとプロフェッサーもまた、興が乗ったらしく、口元を歪ませて問いかけに応じた。

「そうだねぇ。折角の観客だ、良かろう話してやろうじゃないか。まずはこれを見たまえ」

「……え?」

「どうだ醜いだろう? 私の家系だけで代々遺伝する不治の病だ。このように肌が変色すると同時に徐々に身体の臓器が機能不全を起こし、やがては死に至る。これが私の定められた運命なのだよ」

 プロフェッサーはおもむろに自分の着ていた白衣を脱ぎ、シャツをめくって上半身を見せた。

 そこにあったのは、どす黒く変色した皮膚。首から下、上半身全体がまるでタールを思わせるような異様な色合いになっている。医学的知識を持たないアルの目から見ても、原因などは到底推察出来ないが、明らかに異常な状態であるのだけは理解出来た。

「先祖の中には呪われた人間だ、と断じられ火炙りになったり、絞首刑に処された人もいるそうだ。まぁ、不気味だろう。それに、この病が何らかの因果でも持ってるのか、代々一族の者は総じて周囲の他者よりも優れた人物だったそうだよ。まぁ、自分よりも優秀な人間を周囲が妬むのは仕方のない事だ」

「…………」

「そして私にも病がこうして襲いかかった。九頭龍の、塔の組織の医学は間違いなく世界でも図抜けて素晴らしい。だが、その医療を以てしても延命・・が精々だ。遺伝子レベルでの欠損が理由だそうでね。私は死ぬのだそうだよ、確実に。

 恐ろしかった。死ぬのが心底恐ろしい。そもそも私がメメントの研究に没頭したのも人間を凌駕したメメントという異形の遺伝子を調べる事で、病気に対する何らかの対抗策を得る為だった。それこそ寝食を忘れたよ。メメントは本当に面白い存在だからねぇ。

 だが、メメントを調べてもなお、一族の病に対する手がかりなど皆無だった。そして絶望した。私の遺伝子の欠損は、もうどうにもならない。手遅れなのだとね。

 だからねぇ、思ったのだよ。では、発想を変えればいいんじゃないかとね。

 だからまずは、機械化工学・・・・・に着手した。イゴールがそうした研究の成果だ。

 それから、メメントの品種改良・・・・にも手を延ばした。こっちは失敗したね。だが特殊な神経パルスを送る事で一定レベルの操作・・が可能になった。メメントを軍事利用可能になったのだ。まぁ、それもどうでもいいのだがね。ともかくも、肝心の私自身を救う事は叶わなかったのだ」

「じゃあ、何でエヴァンを狙うの? あなたの事は残念だとは思う。だけどだからってエヴァンを狙う理由には繋がらない」

 アルには分からなかった。神経質そうな科学者が死に怯えているのは理解出来る。誰だって死にたくはない。助かる可能性があるのなら、藁にもすがりたいのは当然だと思う。

 だがそれでは何故、マキニアンを、ひいてはエヴァンに固執するのかが理解出来ない。

 エヴァンは二対一の状況で確実に追い詰められている。こんなのは無駄な戦いではないのか。なのにどうして、と疑念が湧き上がる。


「そうだねぇ。私は死ぬ。それはもう避けられない事実だ。

 だがねぇ、死んでも死なないのだとしたらどうかな?」

「え?」

 アルは改めて科学者を見た。にわかには意味が分からない。

「理解出来ない、といった面持ちだね。だが事実だ。私は新しく生まれ変わるのだよ。クッハハハハハハハハ」

 プロフェッサーは愉悦に満ち満ちた笑顔を浮かべ、濁った目でアルを見据えた。


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