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Part4

 

 エヴァンとレイコが出て行ったバーは閑散としていた。

 それも無理はない。ついぞさっき最後の客も帰ってしまい、今やここにいるのはアルと赤毛の少年ことネズミの二人だけなのだから。

「あの、お茶ですけど良かったら」

 ネズミはアルに気を使ったのか、コップにお茶を入れてきた。

「ああ、ありがとういただくね」

 アルはコップに注がれたお茶を一口。ゆっくりとしたその所作は彼女の品の良さを感じさせ、ネズミは思わず見とれてしまう。

「ん?」

 アルも自分へと向けられるその視線に気付き、赤毛の少年へと向き直ると「どうしたの?」と少し悪戯っぽく訊ねる。

「え、あ…………その、ごめんなさい」

 ネズミは顔を赤めて、目を逸らす。

「ふふっ、いいのよ。気にしてないから」

 アルもまた、自分にこんな意地悪な部分があるのだと今更ながら理解して少し苦笑する。



「そう言えばネズミ君はいくつなの?」

「え、僕ですか? どうしてそんなの……」

「別に深い意味はないわ。でも、ネズミ君ってまだ学生さんなんじゃないかなって思って、ね」

 実際、アルの問いかけは本人も言っている通りに、深い意味のない単なる好奇心から起因していた。それは他愛もない質問のはずだったのだが。

「僕は再来月で十六歳です」

「十六歳? じゃあまだ高校生?」

「いいえ、僕は学校には通ってないんです」

「……え?」

 ネズミの言葉にはこれまでなかった何処か投げやりな響きがあった。

「僕は元々、ここの出じゃないんです」

「外から来たって事?」

「いいえ、【地下】から来たんですよ。この塔の街には三つの階層があって、そびえ立つ塔の住人が一番上で、それからその下の世界、彼ら曰く【スラム】と呼ばれる区域。それからその下にあるのが僕のいた地下、【アンダー】です。アンダーにいるのは、よそから不法な手段で街に入った人とか、スラムから追いやられた人とか、犯罪者とか。そういった連中が住みつく不法地帯なんです。僕はそんな場所の出身だから、学校とかよりも、その日食べるモノとかを探してました」

「ごめんなさい、嫌な事を話させちゃって」

「いいんです。それにアンダーだってこの数年で少しはマシになってるんです。ここの繁華街に一杯露店とか屋台があったでしょ? あれ半分はアンダーの住人がやってるんですよ。ここを仕切ってる幹部、今レイコさんとエヴァンさんが会いに行ったクロイヌって人が色々と規制とかを緩和してて、前よりもずっと上と下の行き来も簡単なんです。それに、アンダーにも僕みたいな親無しの子供を集めた施設も作られて、そこじゃ勉強だって出来るんです。もっとも僕はそこからも出てきちゃったんですけどね、あはは」


 ネズミの表情が明るくなる。

 しかしアルの表情は曇ったままだった。彼女は自分の不勉強さを恥じていたのだ。

 塔の街、九頭龍へ旅行が出来ると聞いて調べたのは観光案内。どこがおすすめで、人気なのか。そんな事ばかりに意識が向いていて、街の実情になど見向きもしなかった事を恥じていた。

「ネズミ君、ごめんなさい」

 それしか言葉が出ない。当事者ではない自分がこれ以上何を言っても言葉が軽い、そう思えたから。

「いいんですって。それに僕がここにいるのは、自分の我が儘なんですから」

「我が儘?」

「ええ、僕ある人に憧れてるんですけど、その人がこの店にいるから勝手に押しかけて、居着いちゃったんですよね。あ、今は出かけているんですけど」

「…………どんな人なの?」

「そうですね、悪い人・・・ですよ。口は悪いし、何かってすぐに手が飛んで来る。こっちから悪戯しようとしても、いつも見抜かれて逆に悪戯し返されたり、そのくせレイコさんには全然頭が上がんなくて、どっちかって言ったらヘタレで。何ていうか、ロクデナシもいいとこな人なんですよね」

「でもその人に憧れちゃったんだね」

「ええ、やってる事がいい事ばかりじゃないってのは僕も分かってるんです。多分本当に悪い事だってやってるんだろうってのは何となく。レイコさんともたまに何か深刻そうな顔で話をしたりもしてますし。でも、知ってるんです。稼いだお金で好きな人に花束を贈ったり、孤児院に寄付したり、それから時間を見つけてはそこの子供達と遊んだりしてるって。だから、僕はいつかあの人みたく、ってあれ、変ですよね。悪い人だって知ってるのに、ははは」

 いつしか少年の目には涙が溢れ出していた。

 アルは理解した。この少年はいくら大人びて見えてもまだ年相応なのだと。そして彼はその憧れの人の事が本当に好きなのだと。

「ううん、変じゃない。ちっとも変じゃないよ」

 アルは優しく話しかけ、赤毛の少年の頭を撫でるのだった。



 ◆◆◆



「…………」


 それは全く持って奇妙な感覚だった。

 エヴァンが歩くのはついぞさっき通ったばかりの裏通り。

 実際、その視界にはボロボロの潰れた店舗跡や、クスリか何かでもやっているのは間違いないであろうジャンキーと思しき連中が物陰からこちらの様子を窺っている。そこまではさっきと同様である。


「エヴァン君、なにゆっくりしてるのよ?」

 敢えてさっきと違いがあるとすれば目の前を歩く淑女の存在であろうか。コツコツとしたブーツの音がやたらと鳴る。レイコはさっきまでのとは違い、タンクトップの上に今はテーラードジャケットを羽織っているのだが、たったそれだけでまるで雑誌に出るようなモデルのような佇まいを醸している。

 一見すると隙だらけで、通りから窺うタチの悪そうな連中からすれば襲って下さい、とでも云わんばかりにもエヴァンには見える。


(ま、そう思うヤツは多分ここにゃいねぇんだろな)


 何故なら連中の視線からは敵意というモノがまるで感じられない。

 それは例えるならば、サバンナを堂々と闊歩する百獣の王を前にして他の生き物全てが道を開け、あるものは怖れ、あるものは恭順を示しているようなモノ、だろうか。

 恐らくは自分よりも年下であろう淑女を、ここの連中は自分達よりも格上と見なしている証左であり、どうやってそれを為したのかはついさっきあっさりと投げ飛ばされた身としては容易に想像出来る。


「うぅ。くわばらくわばら、」

「ん、エヴァン君どうかしたの?」

「いえいえ何でもない何でもない」

「ん?」


 エヴァンは色々と疑念を抱きつつも、レイコの後を歩く。

 天然なのかどうなのか、レイコは物影に隠れてる怪しげな連中に「よっ」と親しげに声をかけており、かけられた側は「姐さん俺なんかに声を──」と涙ながらに喜んでいる様を見て唖然とする。

 そして彼は理解した。さっきから彼らが何をそんなに睨んでいたのかを。彼らはレイコではなく、自分を睨んでいたのだと。

「ち、違う、俺にはアルっていう素敵な彼女がいるんだからな」

 エヴァンはその無数の視線を前に思わずそう叫び出し、それを目にしたレイコはと言えば、

「ヒドイ、アタシのコトは遊びだったのね」

 という今ここで言ってはならない冗談第一位を口にし、レイコが「ジョーダンよみんな♪」と弁解するまでの間、さっきよりも痛烈な視線を一身に受ける事になるのであった。



 ◆



「エヴァン君、到着したわ」

「え、ここ?」

 足を止めたレイコの言葉にエヴァンは驚く。

 ここは繁華街の大通り、それもその一番華やかな店がズラリと立ち並ぶ一等地のど真ん中にあるビル。

「別に驚くコトはないんじゃないかな」

「ま、そりゃそうだけど……」

 そこは一見すると華やかそうな店の入った複合ビル。

 ただ入り口の前には黒服の厳つそうな男が数人待ち受けていて、出入りする人間を身分証などで確認している。

 そんな黒服の前をレイコはスタスタ、と一向に気にする様子もなく横切っていく。


「通るわよ、──あけなさい」

 レイコの一言で黒服の男は道を開ける。

「エヴァン君。さぁ、」

「え、ちょ」

 そしてレイコに手を掴まれると、そのままビルへと入り、そのままエレベーターへ。

 ウィィィィン、というエレベーターの駆動音だけが聞こえる。

 外を見るとそこからは繁華街の煌びやかさと、同時にそれ以外の真っ暗な街並みとが一望。エヴァンは複雑な心境を覚える。

「ここはね、良くも悪くもこういう街なの。特に夜はそう」

 エヴァンの視線を察したのかレイコも街を見下ろしながら少し寂しそうに呟く。

「でもね、昼間は今は暗くたって街中色んな場所が輝いてるの。

 エヴァン君とアルはどの位ここにいるつもりだったの?」

「え、と。四日かな」

「じゃ、この件が終わったら案内するわよ。アタシこう見えてもこの街では結構顔が利くんだからね」

「あ、ああ。頼むよ」

 そんな話をしている内にエレベーターは目的地に、ビルの最上階へと到着する。

「よ、クロイヌはいるよね?」

 レイコはフロアに入るなり、群がってきた黒服達へそう一言だけ問う。黒服達も、レイコの事は知っているのだろうか、無言で引き下がると「社長はいつもの場所です」と言葉を返す。


「なぁレイコさん」

「ん、何?」

「レイコさんってここのボスとどういう繋がりなんだ?」

「そうね、腐れ縁ってヤツかな。向こうはこっちのコトを子供の頃から知ってるから」

「ふうん」


 何てことのなさそうに言うが、エヴァンには前を歩く淑女が相当に壮絶な人生を歩んでいるように思える。


(ま、だから何だってんだ。人それぞれってヤツだろ)


 エヴァンとてアルに出会う前は、軍の特務機関に所属していた。

 ″イーデル″それがその機関の名称。

 そこはある存在に対処すべく設立された。

 その名は″メメント″。

 それがいつから姿を見せるようになったのかは定かではない。

 あらゆる生命は死ぬ事で終わりを迎える。それが大多数の生物の在り様だ。

 だがメメントはその在り様、摂理を大きく歪める存在。

 何故ならば、メメントとは生き物の”死”から生まれ出でる異形の存在なのだから。

 一度死に、その役割を終えた骸に″モルジット″と呼ばれるモノが入り込み”生き返らせる”のだ。

 だがそれはもう元の存在とは明確に異なる異形。

 その変化はまさしく生き物の数に比例でもするかのように多種多様。元の生き物の面影を保つ個体もあればもう何も残っていない個体もある。

 メメントの恐るべき点はその”不死”とも思えるレベルでの異常な回復力に基づく生命力。

 銃火器でいくら攻撃しようとも、メメントは死なない。その四肢が千切れ、バラバラになろうとも死なない。メメントを殺す、正確には消滅させる手段は現状では”クロセスト”と呼ばれる特殊仕様の兵器のみ。

 他にも方法がない訳でもないのではあるが、現実的ではないので実質的にはクロセストのみがメメントを倒せる武器であり方法だとされる。


 エヴァンはそのクロセストを用いるイーデル内部の戦闘部隊”SALUT(サルト)”の一員だった。

 もっともSALUTに入るにはある条件・・が必要であり、それによってエヴァンの人生は大きく変わってしまったのだが。


(だけど俺は今の生活に満足してる。確かにSALUTの殆どにはもう会えないのかもしんねー)


 エヴァンは十年もの歳月を冷凍保存(コールドスリープ)されてしまった事から所属していたイーデルを襲った悲劇である通称”パンデミック”から逃れはした。だが結果的に彼はそれによって仲間と離れ離れになってしまった。数十人いた自分と同じ境遇だった仲間の大半はパンデミックを境に消息不明となり、彼が目覚めた時にはもう、誰もそこにはいなかった。

 新たな仲間も出来たし、裏家業者としてメメントとも戦いもした。

 しかし彼は何処か、何か足りないように思えた。

 そんな日々が続く中だった。


(でも俺は彼女に出会った。出会えたんだ)


 目覚めた世界、変わってしまった世界でエヴァンはアルに出会った。彼女との出会いはエヴァンにこれまで知らなかった様々な事を教えてくれた。最初こそそれは単なる異性への興味だったのかも知れない。だけど共に日々を過ごす中でエヴァンにとって、アルはもう欠けてはいけない存在になっていた。

 口にこそ出しはしないがエヴァンは十年のコールドスリープはアルと出会う為だったのではないかとすら思う。


(だから俺は何が何でもアルを守る。守り抜いてやる)


 エヴァンは静かではあったが、怒りを覚えていた。

 九頭龍への旅行。それはアルとかけがえのない思い出になるはずだった。

 それを誰かが脅かした。

 自分が狙われるのは構わない。だけど彼女を狙ったのだけは許せない。


(誰がやったかはしらねぇけど、ソイツを俺は一発ぶん殴る)


 そう思いながら歩く内に、案内役たるレイコの足が止まる。

「行くわよエヴァン君──」

「ああ、頼むよ」

 コンコン、ドアを叩く音が妙に甲高く聞こえる。

「どうぞ」

 すぐに部屋の主らしき人物の声が聞こえ、レイコはドアをバタンと開く。

「え、」

 エヴァンは思わず驚く。

 仮にも裏社会の幹部とやらに会うというの目の前の淑女の仕草は気心の知れた友人にでも会いに来たかのような気軽ささえ感じさせるモノだった。


「──やはりお前かレイコ」

 ため息でも聞こえそうな呆れた声が聞こえる。

 部屋の主を目の当たりにしたエヴァンが見た男は、一言で表すなら″暗闇″のように思えた。

 その全身は黒一色。靴もズボンもスーツもシャツもネクタイやサングラス、時計も文字通り全身に纏うもの全てが黒。


(そう言えばここに来るまでに見かけた部下も全員黒一色だったな)


 まるで喪服。コスプレのようにすら思えた男達のそれとはまるで目の前の男は違う。

 部屋には照明だって灯っており、明るさは充分だと云うのに。

 カウチに座るその男一人の存在だけで部屋すらも暗闇の中なのだと錯覚してしまいそうな感覚を覚えた。


「──そいつがエヴァンか。どうやらかなり実戦慣れしているらしい」

「──っ」

 本能的に危険を察知したのかエヴァンは気付けば無意識にとっさに構えていた。

「心配するな。お前をどうこうしようとは思っちゃいない」

 男は淡々とした口調で諭すように話す。

「エヴァン君、大丈夫よ。コイツ、すっごい怪しいけど少なくとも今は敵じゃないわ」

「…………」


 レイコの言葉と握りかけた拳へと添えられた手で冷静さを取り戻したエヴァンは構えを解く。

 その様子を見て表情を緩めた淑女は、クルリと奥に腰掛けている男、クロイヌへと顔を向けると、

「ったく、いつも言ってるけどクロイヌ。アンタその威圧的な恰好とかやめろって言ってんでしょ!!」

 と一喝。仮にも相手が大物であるのを完全に無視するような、辛辣極まる言い方にエヴァンの方が驚く。

「やれやれ。お前にはかなわないな」

 苦笑しながら、ゆらりとカウチから立ち上がる暗闇からはさっきまでのような異様な雰囲気は消し飛んでいた。


「さて、早速本題に入らせてもらおうか。俺の名前はクロイヌ。もっともそこにいるお転婆娘に聞いたとは思うが」

 クロイヌはフフ、と笑いながら部下に運ばせた紅茶を口にする。

「お転婆って言ってくれるじゃないの。アンタだって昔は単なるチャラ男だったでしょうが」

 レイコはクロイヌに対してあくまでも強気、というか気心の知れた友人のような接し方。

 クロイヌの部下も心なしか、レイコに怯えていたようにも思える。


「あの、二人はどういう関係なのかな?」

 エヴァンは気になってしまい、つい訊ねてしまう。

「ああ、クロイヌはね。アタシの父さんの弟子みたいなもんなの。まぁ、子供の頃からアタシの近くにいた叔父さんみたいなモンかな」

「ふ、叔父さんときたか。全くお前くらいだぞ。仮にも組織の幹部にそんな軽口を叩ける一般人・・・はな」

「はぁ、なる程ねぇ」

 何だか拍子抜けしたエヴァンも、用意された紅茶を口にする事にした。

 しばらくクロイヌとレイコは談笑し、エヴァンは時折その会話に横入り。それは驚く程に穏やかな時間だった。


「さて、自己紹介の続きをしようか」

 カチャ。

 クロイヌはティーカップを置くと話を切り出す。

「俺はこの九頭龍、いや″塔の街″を実質的に支配する連中の小間使いをする為に作られた組織で、九頭龍と呼ばれる区域を仕切る立場にいる。この繁華街を中心にした第十区域が俺の縄張りだ。

 まぁ、平たく言えばヤクザだのギャングの幹部の一人だと思っていい」

「分かった」

 エヴァンは頷く。

「結論から言おう。エヴァン・ファブレル、お前は故意にこの街へ誘われた。ある男の思惑でな」

「ある男?」

「ああ、通称プロフェッサー。本名は不明の科学者だ」

「──クロイヌ、ついでだから聞いてもいいかしら?」

「何だ、お前が遠慮するとは珍しいな?」

「まずエヴァン君に聞くわ。君ってアトランヴィルシティから来たのよね?」

「? ……そうだけど」

「で、ウチからは【イタチ君】がアトランヴィルシティに行ったのよね。……丁度入れ違うみたいに」

 レイコの目が細められる。

(イタチ? 誰だろうな)

 エヴァンはそう思いながらレイコを見る。

 レイコの面持ちはさっきまでとは別人のように険しい。朗らかに話していたはずの顔馴染みに対してする表情とはおよそ思えない。

「どうした? これはまた珍しく随分と殺気立っているようだが」

 いなすようなクロイヌの言葉。レイコはその気配を緩める気配はない。

「アンタ、イタチ君に何をさせるつもりなの?」

「お前の察している通りの事だが」

「いつまでイタチ君にあんなコトをさせるワケ?」

「仕方あるまい。あいつは誰よりも腕のいい掃除人クリーナーなのだからな。それにあいつ自身が了承した事だ。お前がどうのこうのと言える筋合いはない」

「ならリサちゃんを放しなさいよ」

「彼女は未だに眠ったままだと聞くが、いいのか?」

「く、」

 エヴァンにはそれが何を言い争うのか半分も分からない。だが、少なくともこの二人の間に決定的な溝が存在する事は理解出来る。


「レイコ。ここで俺とお前がやり合っても埒があかない。それに今、重要なのはこの場にいるエヴァン・ファブレルの事だ。そうだろう?」

「…………そうね。ゴメンなさいエヴァン君」

 そう言って深々と頭を下げるレイコにエヴァンは戸惑う。

「いや、俺は正直二人が何でそんなに言い争うのか分かんねぇ。だけど互いに何か守りたいモノがあるってのは何となくだけど分かる。クロイヌさんだっけ? そのプロフェッサーってのは何を考えて俺をこの街に呼んだんだ?」

「その目論見はこちらも把握してはいない。だが、奴がアトランヴィルシティへ送ったモノならおおよそ把握している」


 見ろ、と言ってクロイヌがエヴァンとレイコへ見せたのは数枚の写真。その殆どは遠くから撮影したのかピンぼけ気味で不鮮明な物なのだが。

「何これ? 大きなクマか何か?」

 レイコはその奇妙な生物を見てそうこぼす。

「コイツは……まさか」

 一方でそこに写るものを見たエヴァンの表情は曇る。

「何、エヴァン君は分かるワケ? この変な生き物みたいなのが」

「──この写真は何処で撮ったんだ?」

 エヴァンはレイコの言葉に反応せず真っ直ぐにクロイヌへと視線を移す。クロイヌは、シガーケースから葉巻を取り出しつつ答える。

「生憎だがこの写真は九頭龍の港湾地区で撮られたモノだ。これが何か、お前には言うまでもないな?」

「ああ、そうだな──よぅく知ってる」


 その写真に写るモノは彼が狩る対象そのもの。海を渡ったここにいるなんて話はこれまで一度とてなかったはずの異形メメントだった。

「メメント、というらしいな。お前らの間じゃな」

「ああ、そうだ」

「こっちじゃこれは【ヌエ】と呼ぶのだそうだ。これがどうもお前らの街から運ばれた荷物らしい」

「…………」

 重苦しい空気に包まれる中、エヴァンは不意に嫌な予感を覚える。背筋がゾクリ、とする。それはエヴァン・ファブレルという存在が本能的に察したある存在の気配。そしてこの感覚が意味するのは彼が知る限りたった一つの事実を示している。


「──伏せろッッッ」

 声を張り上げてレイコの肩を持つとその場に倒れ込む。

 と、それと呼応するかのように窓ガラスが砕け散る。

 バババババ、という轟音が鳴り響き、無数の銃弾が三人へと襲いかかった。


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