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Part1

 

「うっひょおおおお」


 青年は興奮し、思わず歓声をあげる。

 まるで子供のような……いや子供そのものなその有り様に周囲の乗客は顔をしかめ、呆れ顔で、はたまた「いい、あんな大人になっちゃダメよ」と母親は子供に言い聞かせる。


「お客様機内でお騒ぎになられるのは──」


 と挙げ句にCAに注意される始末なのだが、彼のテンションは全く変わらない為にもう諦め気味である。


「ちょ、エヴァン。あの、すみません」


 その代わりなのか、窓に張り付き、完全に幼児退行したかの言動を見せる青年の隣の座席に座る美女がしきりに周囲の乗客に頭を下げている。


「もう、少しは静かにしないと駄目だよ」

「あ~、ゴメンゴメン。でもさ本っ当にスッゴいよな」


 これ以上彼女に迷惑をかけられないと理解したのか、流石にさっきよりは幾分か声のトーンを落とす。

 そうしてまた窓から見える景色へ視線を向けると、まるで抜けるように真っ青な空が窓の外から見える。

 だが、彼がこんなにも上機嫌であるのは飛行機に初めて乗ったからではない。それも確かに少しあるかも知れないのだが、主な原因はそれではない。


「もうエヴァンったら、本当に子供みたい」

「へっへ、ゴメンよ」


 耳に赤いピアスをつけた金髪の青年は笑顔に満ち溢れ、ムフフとした笑い事を抑えるのに精一杯。


(あ~、幸せだなぁ俺)


 青年ことエヴァン・ファブレルはまさに今こそ俺の人生最高の時だぜぃ、という気分だった。

 何故なら今、彼は最愛の女性であるアルフォンセ・メイレインと一緒に初めて二人きりでの旅行中だったのだから。


 それも目的地は、荒廃した世界に於いて、アトランヴィルシティに匹敵、或いはそれよりも発展しているとさえ噂される世界屈指のメガシティ″九頭龍″なのだから。


「しっかし今のご時世に飛行機なんてモノ使ってるなんて……やっぱりここの人達って金持ちなのかなー」


 席を立ったエヴァンが周囲をキョロキョロと眺める様はハッキリいって不審者でしかない。


「もうエヴァンったら、そういうのは失礼だと思うよ」


 そういうアルも飛行機に乗れるとあって当初はウキウキであったのだが、同乗者のあまりにも子供な言動を見ている内にいつの間にかすっかり冷静になっていた。


「そか、そうだな。うん」


 流石に愛するアルからの注意を無視する事はエヴァンには許されない。すごすごと大人しく席に着く。


「もう、エヴァンったら。でもね私も楽しみなんだ。九頭龍って色んな独自の技術が発展してるそうだから、何か面白そうなモノを見れたらいいなぁ、って」

「そっか、なら向こうに着いたら色々調べてみようぜ」

「うん、そうだね」


 アルもまた今回の旅行を楽しみにしている、と分かってエヴァンは満面の笑みを浮かべる。

(うん、やっぱ行く事にして良かったぁ。しっかし、こんな旅行に行けるだなんて、日頃の俺の行いがいいからなんだろうなぁ~)

 そうして思い返すのは先日、とある週末の出来事。



 ◆◆◆



 その日、アトランヴィルシティ。

 そこのアンダータウンにエヴァンとアルの姿があった。

 ここは云わば地下街なのだが、そこを行き交う人々の顔ぶれは周辺とは明らかに異なる。ここは元々は普通の地下街だった。だが様々な諸事情から撤退し、無人となった場所に街の外からやってきた外国人がいつの頃からか住み着き、そこで商売を始めるようになった。

 そうして出来上がったのが、今のアンダータウン。


「しっかし、ここは相変わらず面白い場所だよなぁ」


 エヴァンはここアンダータウンがかなり気に入っていた。

 左右の壁を見れば一体何処の言葉なのかさっぱり分からない文字で書かれたポスターが貼られ、周囲の屋台や店先からは聞いた事もない言葉でのやり取りが続いている。

 ここはよく言えば異国情緒に満ちた場所。悪く言うのなら、無国籍な場所、それがこの地下街。だけどそれが良かった。多分、それはここには自分の事を知ってる人間なんていないのだ、と錯覚出来るからかも知れない。

 そんな場所を彼は幸せ一杯に歩いていた。


「エヴァン、こっちこっち」

「あ、ああ」


 今、エヴァンはアルとのデートの真っ最中。

 彼にとってこの日のデートは特別だった。

 だって彼の稼業に休日という単語は基本的に存在しないのだから。




 エヴァンの仕事は表向きは厳ついクマ親父ことヴォルフの経営する店の店員なのだが、その裏である裏家業をしていた。

 ヴォルフはアトランヴィルシティの一角、サウンドベルにある飲食店″パープルヘイズ″の店主にして、裏稼業者に仕事を斡旋する″窓口″の一人。


 ″異法者ペイガン


 それは裏家業者バックワーカーと呼ばれる存在の中でも特殊な存在である。

 アトランヴィルシティを始めとした大陸には他の地域とは大きな違いがある。それは人ならざる″異形″が街の裏側で蠢動する事。

 異形は″メメント″と呼ばれ、不特定のあらゆる生き物が死を迎えた後に誕生する事が知られている。


 メメントは通常の手段では殺せず、それを可能にするのは″クロセルト″と呼ばれる特殊な武器のみ。

 異法者とはそのクロセルトを持ちし者、死に依って生まれ出でる異形の脅威を人知れず狩り取る者の呼び名であり忌み名。


 エヴァンもそういった異法者の一人であり、メメント退治を生業としている。昼間はパープルヘイズ、夜はメメント退治という二重生活をしている彼にとってこんなにも穏やかな休日なんて一体いつ以来だろう。まして愛する人と過ごせるなんて、それを思うだけで金髪の青年は望外の幸せの中、その頬が緩むのを堪えきれない。


「アル、そのさ」

「ん、どうかしたエヴァン?」


 屋台で買ったばかりの綿飴を口にしながらアルが微笑む。

 この笑顔だ、と思った。これさえあれば俺はどんな事があっても大丈夫だ、とそう強く思える。


「うんにゃ、何でもない」

「そう。何だか嬉しそうだけどいい事でもあったの?」


 こちらを覗き込む恋人の顔、そして吐息がエヴァンの頬を撫でる。


「ア、アルさん」「ん、どうしたのエヴァン?」


 傍目から見れば二人の様子はさぞや面白かったに違いない。

 金髪ピアスのやんちゃそうな青年があたふたとして、何処かいいとこのお嬢様でも通じそうな美女が何も意識せず距離を詰めている。

 エヴァンとしては己の理性と絶賛死闘中。

 ほぼ零距離の、パーソナルスペース内にて、今すぐにでも肩と腰に手を回して抱き寄せたいと思う一方で、待て我慢だ。そんな強引な事を彼女は望まない、という声がぶつかり合って拮抗している。


 そんな様を通行人やら観光客やらが、一方で「大胆ねぇ」と笑い、かたや「まぁ恥じらいってものがないのかしら」と声をひそめる。


 だがそんな好奇や嫉妬の視線など当事者二人には全く気にもならない。

 エヴァンは煩悩と理性の狭間で死闘を繰り広げ、天秤がぐらつく。

 アルは最初こそ何とも思っていなかったが、今更ながらに自分がエヴァンに近付き過ぎた事に気付き、その顔を真っ赤に染め上げ、思考停止状態に陥っている。




「はぁ、危なかった」


 結果として二人の間には何も無かった。

 エヴァンは唇を重ねたい、という煩悩を何とか抑えつけ、アルとの間に距離を取っている。


 ──全くそんな事だからいつまでも何も起きないんだ馬鹿め。


 もしもこの場に、異法者としての相棒であるレジーニがいたのであれば溜め息混じりにそう言われたに違いない。


「エヴァン、ごめんね」

「ああ、いいって」


 アルはエヴァンの脳内が今にもオーバーヒート寸前になった事に気付くと、素早く距離を取った。

 彼女自身も人生初めての恋人との距離感については手探り。

 事前に目を通した本を参考に知っているはずの知識が全く使えず、困惑していた。

 そうして二人はキスの代わりに互いの手を繋いていた。


(今はこれで充分だ、ゆっくり進んでいけばいい)

(エヴァンの手、温かいな。本当に落ち着く)


 縮まらない距離感を感じながらも、二人はデートを継続する。

 屋台の食べ物を買って食べ、それから出店を回る。

 まるで互いにウブな中高生のような休日。だけど当事者二人はそれで良かった。

 共に恋愛初心者であり、若葉マークであっても、今この時を一緒に楽しめるという事実が何よりも大切な事だったのだから。


 そして、その店はあった。

 場所はアンダータウンの丁度真ん中だろうか。


「お客さん、うちでくじ引きしてかないかい?」


 呼びかけられたエヴァンが足を止めて振り返ると、こじんまりとした店がそこにあった。


「あれ、ここに店なんてあったんだな?」

「はいぃ、期間限定営業中ですよ」


 ニッコリと愛想の良さそうな笑顔で出迎えるのは、背の低い老人で肌の色に発音を聞けば異国出身なのは間違いない。


「どうかしたのエヴァン」

「アル、くじ引きだってさ。面白そうだから引こうぜ」

「はいぃ、ウチのくじは外れなしだよ」

「それじゃ赤字じゃないかよオジサン」

「あいぃ、コトバのあやだよ。どうするかいぃ?」

「うん、一回引くよ」

「それじゃここに手を入れてねぇ」


 エヴァンは目の前に出された箱に手を入れると中にある無数の紙をガサゴソ、と回す。


「どれにすりゃいいかな~」

「エヴァンがコレだって思ったらそれでいいと思うよ」

「そだよ。それがくじ引きってもんだよ」

「うーん、……じゃコレだ」


 そうしてエヴァンが引いたくじこそが、特等だった。


「おお、こりゃ凄いぃ。特等の九頭龍への飛行機のペアチケットの大当たりいぃぃぃぃ!」


 カランカランと鈴が鳴らされ、その音に通行人が一斉に振り向きエヴァンとアルへ視線が集中する。


「ちょ、恥ずかしいから鳴らすのやめて」

「いぃや。まさかコレ出るなんてねぇ。これで皆もウチに注目するし、勘弁してねぇ」

「おじさんこれ本当に私達が貰っていいの?」


 その問いかけでアルの目が点になってる事に気付く。

 心底驚いた、という表情を浮かべている。


「もちろんもちろん。それはアナタ達への景品なんだからね」


 老人はニコリと人の良さそうな微笑みを浮かべると、今の騒ぎで店へ近寄る通行人へと声をかけ出す。


「さぁさ、引いてみないかねぇ。外れなしのくじ引きだよぉ」


 そして通行人はあっという間に列を作り、続々とくじを引き出す。

 そして結果に一喜一憂していく人々その様を、エヴァンとアルは呆気に取られた表情でしばらく眺めているのだった。



 ◆◆◆




「でも驚いたよ。飛行機代ってスゴいんだな」

「でしょ? 昔は違ったそうだけど今じゃ何分の一にまで便数が減ってて、その上外国への渡航費なんて普通の生活じゃまず賄えないらしいからね」

「こんな紙切れがなぁ~」


 エヴァンの目の前には先日くじ引きで自分が引いたこの飛行機の搭乗券があった。

 そうして、この薄い紙製のチケットの金額を聞いた時、思わず目が点になったのを思い出す。


「ビックリしたよ。金額聞いたらまず買わねえもの」


 そうして当たった際のアルの驚いた顔も納得だと思ったのだ。

 この今時珍しいチケット一枚の金額はエヴァンのパープルヘイズでの二カ月分に相当したのだから。


「でも普通はここまで高くはないのよ。渡航先の九頭龍が飛行機での往き来に関して、色々と制限をかけているからこんなにも高いんだって」

「ふーん。でもまぁ、折角の機会なんだ。向こうに着いたら色々と見て回ろうぜアル」

「うん、そうだね。楽しみ」


 そして飛行機はやがて降下し始める。

 そうしてエヴァンは窓から下を眺めて「うわっ」と驚く。

 その目に入ったのは、無数の塔。

 正確にはとてつもない高さを誇り、そびえ立つ無数の超々高層ビル群の威容であった。


 かくしてエヴァンとアルの二人は九頭龍、またの名を″塔の街″へ辿り着く。

 観光客として訪れた二人はまだ何も知らない。

 二人を待つのは楽しい観光なのではない事を。



 ◆◆◆



 深夜のアンダータウンを一人の男が歩いていた。

 黒髪碧眼の男が如何に整った外見をしているのかはすれ違った女性のほぼ十人中十人が振り返る事が実証している。長身でスーツを着用した姿はまるで一流モデルか映画俳優かが何かの撮影でもしているのか、とも思わせる。

 ただその目は、彼と目を合わせた相手のその悉くが次の瞬間「ヒッ」という声あげる程、刃のように鋭利で研ぎ澄まされている。

 何にせよ、この時分のアンダータウンには似つかわしくない男である。


 日中こそ観光地化したアンダータウンだが、夜にはまた別の顔を覗かせる。

 それは裏家業者達の巣窟、という面である。

 武器や人の出入りを含めた様々なモノの密輸。

 それから価値ある場所での盗掘、それらは勿論犯罪行為なのだが、このアトランヴィルシティの影の支配者たる″ジェラルド・ブラッドリー″の許可の元に半ば公然と彼らはそれらを行っている。


「…………」


 男は無言でアンダータウンを歩く。

 夜もここには多くの観光客が行き交うが、彼らの大半はここにスリルを求めるらしいが、それは普段とは違う場所、空間を体感したいかららしい。

 馬鹿共め、と男は思う。そんな一時の快楽や経験をしているすぐ隣に″非日常″は転がっているというのに。目を凝らし、手を伸ばせばすぐそこにあるのに。尤もその代償は命、になるのは間違いなく、それをすら躊躇いなく賭けられるのであれば、だが。

 とは言え、ここの住人達もそうした浮ついた観光客やら一般人を巻き込む事は滅多にしない。下手を打てば折角築いたこの場所を失う羽目になるし、それ以上にここの元締めによる制裁を受けるのが恐ろしいからである。


「うん、?」


 目に飛び込んだのは何やら出店の一つらしきモノを打ち壊す住人達の姿。彼らは手に金鎚やらバールやらを手に、バキバキ、と音を立てて壊している。住人達の目には何の感情も浮かんでいない事から察するに、どうやらこの店は元締めの″許可″なく勝手に営業していたのだろう。


「マッタク、乱暴で困ったモノね。あれそう言えば小炎シャオヤンはどうしたね?」

「ふん、その乱暴を許可する本人がどの面でそれを言うんだ? あの猿なら今頃旅行中だ」


 男の横に姿を見せたのはファイ=ロー。

 彼こそが地下街アンダータウンを統治する主であり、ぎょろっとした目をし、服装はといえば作務衣を着る一見すると風采の上がらない男。だがこの男こそは紛れもなくこのアンダータウンの元締めであり、かのブラッドリーとも渡り合える数少ない人物であるのも事実。

 冷凍保存コールドスリープ処置を受けていたエヴァンが今こうして無事に過ごせているのは墓荒らし・・・・で見つけたそれについて彼が手回ししたからこそ、でもある。

 ちなみに彼の言うところの、小炎とはエヴァンの事である。


「イヤね、あの店だけどワタシの許可がないのに、何故か許可証持っててネ。それで妙な商売してたのヨ」

「……妙とは何だ?」

「大赤字間違い無しのくじ引きヨ。で、どうにもキナ臭いのよねぇ。

 あー、ごめんね。無関係な話をしちゃって」

「いや。それでこんな時間に僕を呼び出す程の用事っていうのは何なんだ?」

「それはね──」


 彼の名はレジナルド・アンセルム。通称レジーニ。エヴァンの相棒である。彼もまたこうして一連の事態へ巻き込まれようとしていた。



 ◆◆◆



 数時間前。アトランヴィルシティ近郊にある空港にて。



「ン、肩こったぁ。やっぱ飛行機ってのはどうにも馴れないよな」


 飛行機のタラップをゆっくりと降りながら青年は呟く。

 青年、とはいったものの、その童顔の為か少年にも見える。

 ただその軽薄そうな顔つきとは違い、目にはまるで野生の獣のような獰猛な光をたたえている。


 彼の名はイタチ。

 塔の街からの来訪者であり、その裏社会に深く関わる人物。


 エヴァンと入れ替わるようにして塔の街こと九頭龍から訪れたトラブルメーカーによって引き起こされる騒動の全てを予期できる者は、今はまだ誰もいなかった。


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